日本人の知らない日本軍の実体 - 戦争

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日本人の知らない日本軍の実体

「捏造された日本史~日中100年抗争の謎と真実」
黄 文雄





1997年の書である。著者は1938年台湾生まれの評論家であり、拓殖大学日本文化研究所客員教授である。親日・反共主義の立場から日本統治を肯定的に叙述している。
この書では、中国・韓国・台湾及びアジアにおける“日本人の知らない日本軍の実体”を記している。
以下、一部引用する。




*近現代史のなかで、中国においても評価が定まっていないのが義和団事件(1900年)である。洪秀全率いる太平天国の乱は、貧しい農民が起こした革命的反乱であるという美称を用いることができるが、義和団事件に、社会主義中国がよしとする「革命的」という評価を与えるのはむずかしい。
社会主義になる前の中国の知識人からは国辱、つまり国の恥として見られていたが、共産党が独裁政権をとる国になってからは、反封建、反帝国主義の人民史観によって、一変して「反帝闘争」との評価を下された。
そもそも義和団とは、「扶清滅洋(ふせいめつよう)」、つまり清を支援し、外国人やキリスト教徒を排除することをスローガンとして掲げる武力集団だった。メンバーは、少林寺拳法に一流派と思われる義和団武術団を中心に、神拳、紅拳、大刀会、女性だけの集団である紅灯照(こうとうしょう)などの武術集団からなっていた。
彼らの考えでいうと、西洋人やキリスト教徒は、祖先を捨て、神仏を敬わず、天の大罪を犯しているという。男女はみだらにも同席し、人としての倫理も貞節もなく、犬畜生同然である。西洋人の目が青いのはその証拠だ。鉄道や電線は中国の「風水」を破壊した。天災や飢饉もみな西洋人とキリスト教のせいだ。だから彼らを皆殺しにし、鉄道や電線を打ち壊してしまわなくてはならない。これが彼らの考えだった。
・・・・・(中略)・・・・・
このような無知蒙昧な集団であったが、「扶清滅洋」という大義のもと、西欧の勢力に押されて尊厳を失いつつある中国社会を反映し、下は無学な庶民から上は朝廷の重臣、さらに最高権力者の西太后まで、あらゆる階層から支持された。
義和団事件は、無知な武力教団の暴動というより、儒教、道教、仏教を三位一体化した中国民衆の伝統宗教と、キリスト教の宗教戦争、もしくは民族戦争という面でとらえることもできる。

大英博物館の壁に描かれた「人類進化図」が白人優位のものの考え方をよく示している。それには人類の進化がサルから始まり、黒人になって黄色人種になり、進歩の最終段階で白人になっているのである。

*辛亥革命が、袁世凱(えんせいがい)軍によって挫折すると、革命軍は1913年(大正2年)、袁世凱打倒の第二革命を起こしはしたが、資金繰りに手を焼いていた。ちょうどそんなとき、三井物産の森恪(もりかく)は、南京にいた孫文の秘書、山田純三郎を通じ、宮崎滔天(とうてん)、孫文、胡漢民(こかんみん)に呼びかけ、四者会談を行なった。議題は日本の満州買い取りの条件だった。日本が満州と引き替えに孫文の革命軍にわたすのは、二個師団分の武器と、現金2000万円である。孫文が、別室にいた黄興と相談したところ、彼もその条件に同意した。
しかし、革命軍はやがて敗退し、孫文と黄興はともに日本に亡命してしまったのである。また、山本(権兵衛)内閣で、山県有朋が「満州はすでに日本の勢力範囲になっているのだから、金で買い取る必要はない」という意見を出し、結局満州の買収計画は立ち消えとなってしまった。これは森恪の伝記につづられた事実である。

*「東亜先覚志士記伝」(国竜会編)によると、1907年(明治40年)1月、日本に亡命していた孫文は、東京でこんな演説をしていた。
「革命の目的は「滅満興漢」である。日本がもし支那革命を援助してくれるというのなら、成功のあかつきには満蒙を謝礼として日本に譲ってもよい」


台湾には戦後もずっと一日も休むことなく「君が代」が歌われているところがある。それは台南の飛虎将軍廟(ひこしょうぐんびょう)である。この廟に祀られているのは、太平洋戦争の末期、昭和19年10月12日、台南近郊の上空で米軍機に体当たり攻撃をして果てた零戦パイロット杉浦茂峰ら三名の海軍航空隊兵士である。空中戦を観戦していた農民たちは、畑に墜落した彼らの遺体を収容し、護国の神として廟を立てたのである。「君が代」と、そして「海ゆかば」が祝詞となった。
戦後、中国国民党政府の役人や警察によって祭事の停止が強制され、廟の取り壊しも命じられたが、廟を守る堂守と現地の農民たちは一丸となって抵抗し、今日まで伝えているのである。

日本が東南アジアに進軍して現地人から歓迎されたのは、支配者である白人たちを追放したためばかりではない。白人の代理支配をしていた華僑を粛清したためでもあるのだ。このことは日本ではあまり語られていない。
・・・・・(中略)・・・・・
西欧の植民地支配は、たいてい代理統治する人種を設定するものだが、アジアではミャンマーを境にインド洋からアフリカが印僑、ミャンマーより東が華僑というように代理人が定まっていた。現地人は政治的に白人に支配され、経済的に華僑に搾取された。だから政治的な変動があるたびに華僑には襲撃が加えられたものだった。今日にいたっても経済面でも、文化面でも現地人の華僑に対する反感は消えていない。
・・・・・(中略)・・・・・
日本軍とビルマ独立軍がラングーンを解放したとき、まず追放したのが、それまでは白人(イギリス)支配者と手を組んでビルマを搾取しつづけていた印僑と華僑だった。イギリスはビルマを統治するとき、被支配者たちが団結しないように少数民族によって統治のための軍隊を編成し、華僑と印僑を利用して代理統治させていたのである。彼らの追放なくして植民地からの解放はなかった。
・・・・・(中略)・・・・・
もし日本軍による華僑粛清がなければ、マレーシアの独立はなかったといっても過言ではない。日本軍はマレーで華僑を追放し、マレー人を行政の担い手として教育した。このときの人材が今日のマレーシア連邦の基礎をつくったのである。

*日清・日露の戦争が「帝国主義戦争」だとするのは、日本の国力を買いかぶっている話である。
日本にとってこの二つの戦争は無理を承知の上の戦争だったのである。日清戦争では外債を3分の1も使い、日露戦争では半分以上を費やした。兵器も多くは欧米製であり、日露戦争などは英仏の代理戦争といってもいいものである。


(管理人)
著者が台湾人であるからこそ知っている“アジアにおける日本人の知らない日本軍の実体”が、詳細に渡って述べられている。中国や韓国に「戦争責任」を追及されることが日常化されているような日本の過去について、“当時の日本軍部にはこんな素晴らしい一面があったのだな”と、気付かされた。確かに日本軍は悪行も多々犯しただろうが、善行も多々行なっていたのである。韓国や台湾や東南アジアのインフラを整備し、治安維持や教育にも力を入れていたことは事実である。
さらに、ビルマやマレーシアの人々を白人による植民地支配から解放し、結果として独立に貢献したのも事実である。かといって、中国において、「731部隊」に代表されるように“悪逆の限り”をし尽くしたのも、紛れもない事実である。
私は、日本軍がやってきた「悪行」と「善行」の両方を学校教育でしっかりと子供達に伝えていくべきだと思う。そうしないと、片方は日本軍の悪行ばかりを追及し続け、片方は日本軍の善行ばかりを主張し続けるという「相反する歴史認識」が、いつまでたっても平行線をたどるばかりだからだ。もちろん加害の歴史ばかりではなく、「アメリカに不必要な原爆を2発も落とされた」という被害の歴史も、加害国であるアメリカに堂々と訴えていくべきである。“くさいものには蓋をする”のではなく、そういった正しい歴史教育を行なう事が重要なのである。
しかし、現在マスゴミ中心に韓国勢力が行なっている日本支配の現状は、また別の問題であるのだから、これを主導している「反日勢力」に対しては厳しく断罪するべきだろう。
また、この書を読んで、何故に前マレーシア首相であるマハティール氏が「ルック・イースト」という“日本を見習え”といった政策及び発言をされていたのかが理解できた。彼は、マレー人であるため、白人の代理支配を行なってきた華僑を粛清してくれた日本人に対して好印象を持っていたために、ああいった政策や発言をされたのだろう。
ただ著者は、「日清・日露戦争は欧米製の兵器を使った英仏の代理戦争といってもよい」と述べているが、“英仏の代理戦争”であることをものの見事に言い当てているにもかかわらず、「太平洋戦争も含めたこれらの戦争が、イルミナティと日本の売国奴勢力によって仕掛けられた“八百長戦争”であった」ことは理解されていないようである。
前にも書いたが、中国共産党が政権を執ったのも、彼ら(イルミナティ)のシナリオに従ったまでのことなのだ。何度も言うが、この世界には「右」も「左」もないのである。両勢力ともが、「彼ら」が作り出した“芝居”であり“演出”なのだ。
最後に気になったのは、どうやら著者が「ある特定の新興宗教勢力系の政党の講演を複数回されているらしい」ことに気付いたことだ。せっかく、「日本人の知らないアジアにおける歴史の側面」を伝えてくれているにもかかわらず、特定の組織・団体に関わっていると、穿った見方をされてしまいかねない。今後は、そういった関わりを断ち切ってもらって、独立独歩の立場で著作活動や講演活動を続けていただくことを期待している。
私は決して“右より思想”(左よりでも)の持ち主ではないが、それにしても、韓流勢力に支配されてしまった情けない国家で生活している現状において、外国の方がここまで日本の過去の歴史を高評価してくれていることは、正直言って悪い気はしない。
日本人は、もっと日本人であることに誇りを持ってもよいのではないだろうか。

最後に、マレーシアで日本軍との戦争を経験されたマレーシア人の方の証言を掲載したブログを紹介する。

http://yamatokamikaze.blog129.fc2.com/blog-entry-14.html


評点:70点
捏造された日本史―日中100年抗争の謎と真実捏造された日本史―日中100年抗争の謎と真実
(1997/09)
黄 文雄

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