第九は大工であり石工でありフリーメーソンそのものなのかもしれません。 - クラシック

嘘八百のこの世界

この世界の真実を追究して行くための読後評を中心に書いていきます

HOME プロフィール 真実を追究するマロン

ソウルマンの娘のマロンです。お散歩大好きです。 

最新記事 最新コメント 最新トラックバック 月別アーカイブ カテゴリ
ランキング
にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 ポチッと押してもらえると、明日への活力となります↑
ロック
頭脳警察、PANTA
RCサクセション、忌野清志郎
ブラック・ミュージック
広告

第九は大工であり石工でありフリーメーソンそのものなのかもしれません。

「フリーメーソンであったシラーがフリーメーソンの理念を詩にしたものであり、ドレスデンのフリーメーソンの儀式のために書かれた詩をもとにした歌が「歓喜の歌」である」



今日の1曲ではないが、本日は「世界で最も有名な歌」といってもいい「歓喜の歌」を取り上げたいと思う。
先日、以前「ケーブル白痴製造機」で録画していた「世界アニメ偉人伝」の中からベートーヴェンの話を見た。
そして、最後にこの曲の歌詞が歌と共に流れたのだが、歌詞はこのようなものだった(冒頭のみ)。


分断されたわれらの世界がここにふたたびひとつになる
神のはためく翼のもとで われらは兄弟となり愛しあう
このくちずけを世界中にとどけよう そして皆で抱きあおう
世界をひとつにまとめ すべての人に安らぎをもたらそう


なんなんだ、この歌詞は・・・
明らかに、「ワン・ワールド推進」を歌っている。
「兄弟となり」の言葉からフリーメーソンの匂いがプンプンする。

そして、調べた。


歓喜の歌(ウィキより抜粋)

『歓喜の歌』(かんきのうた、喜びの歌、歓びの歌とも。独: An die Freude / アン・ディー・フロイデ、英: Ode to Joy)は、ベートーヴェンの交響曲第9番の第4楽章で歌われ、演奏される第一主題のこと。
歌詞は、シラーの詩作品「自由賛歌」(独: Ode An die Freiheit[1]、仏: Hymne à la liberté[2] 1785年)がフランス革命の直後ラ・マルセイエーズのメロディーでドイツの学生に歌われていた[2]。そこで詩を書き直した「歓喜に寄せて」(An die Freude 1785年初稿、1803年一部改稿)にしたところ[1]、これをベートーヴェンが歌詞として1822年 - 1824年に引用書き直したもの。ベートーヴェンは1792年にこの詩の初稿に出会い、感動して曲を付けようとしているが、実際に第9交響曲として1824年に完成した時には、1803年改稿版の詩を用いている。

1785年のシラーの「自由」(Freiheit / フライハイト)の詩はフリーメイソンの理念を詩にしたものであり、ドレスデンのフリーメイソンの儀式のために書かれた[3][4]。

歌詞(ドイツ語原詞・日本語訳)[編集]An die Freude

O Freunde, nicht diese Töne!
Sondern laßt uns angenehmere
anstimmen und freudenvollere.
(ベートーヴェン作詞)

Freude, schöner Götterfunken,
Tochter aus Elysium
Wir betreten feuertrunken.
Himmlische, dein Heiligtum!

Deine Zauber binden wieder,
(1803年改稿)
Was die Mode streng geteilt;
Alle Menschen werden Brüder,
(1785年初稿:
Was der Mode Schwert geteilt;
Bettler werden Fürstenbrüder,)
Wo dein sanfter Flügel weilt.

Wem der große Wurf gelungen,
Eines Freundes Freund zu sein,
Wer ein holdes Weib errungen,
Mische seinen Jubel ein!

Ja, wer auch nur eine Seele
Sein nennt auf dem Erdenrund!
Und wer's nie gekonnt, der stehle
Weinend sich aus diesem Bund!

Freude trinken alle Wesen
An den Brüsten der Natur;
Alle Guten, alle Bösen
Folgen ihrer Rosenspur.

Küsse gab sie uns und Reben,
Einen Freund, geprüft im Tod;
Wollust ward dem Wurm gegeben,
und der Cherub steht vor Gott.

Froh, wie seine Sonnen fliegen
Durch des Himmels prächt'gen Plan,
Laufet, Brüder, eure Bahn,
Freudig, wie ein Held zum Siegen.

Seid umschlungen, Millionen!
Diesen Kuß der ganzen Welt!
Brüder, über'm Sternenzelt
Muß ein lieber Vater wohnen.

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.
「歓喜に寄せて」

おお友よ、このような旋律ではない!
もっと心地よいものを歌おうではないか
もっと喜びに満ち溢れるものを
(ベートーヴェン作詞)

歓喜よ、神々の麗しき霊感よ
天上楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて
崇高な汝(歓喜)の聖所に入る

汝が魔力は再び結び合わせる
(1803年改稿)
時流が強く切り離したものを
すべての人々は兄弟となる
(1785年初稿:
時流の刀が切り離したものを
物乞いらは君主らの兄弟となる)
汝の柔らかな翼が留まる所で

ひとりの友の友となるという
大きな成功を勝ち取った者
心優しき妻を得た者は
彼の歓声に声を合わせよ

そうだ、地上にただ一人だけでも
心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ
そしてそれがどうしてもできなかった者は
この輪から泣く泣く立ち去るがよい

すべての存在は
自然の乳房から歓喜を飲み
すべての善人もすべての悪人も
薔薇の路をたどる

自然は口づけと葡萄酒と 
死の試練を受けた友を与えてくれた
快楽は虫けらのような者にも与えられ
智天使ケルビムは神の前に立つ

神の壮麗な計画により
太陽が喜ばしく天空を駆け巡るように
兄弟よ、自らの道を進め
英雄のように喜ばしく勝利を目指せ

抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
愛する父がおられるのだ

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう



はい、曲の元となったシラーの詩は、「フリーメイソンの理念を詩にしたものであり、ドレスデンのフリーメイソンの儀式のために書かれた」とのことである。
シラーは明らかなフリーメーソンである。
ベートーヴェンがフリーメーソンであったかどうかは不明だが、この詩に感銘を受けたところからもフリーメーソンであった可能性は高いだろう。
ちなみにモーツァルトがフリーメーソンであったことは有名な話である。
そして、フリーメーソンが起こしたフランス革命関連の歌にもなっているようですね。
相変わらず、フリーメーソンはロータリークラブと同じような慈善団体であると偽る工作活動も盛んなようですが・・・

ところで、歌詞が白痴製造機で放送していたのとはかなり違っているようです。
どこにも「分断されたわれらの世界がここにふたたびひとつになる」などといった歌詞は存在していません。
恐らく訳詩及びアニメ製作に携わった人たちが、「フリーメーソンの基本方針に沿っていれば歌詞を変えても問題ない」と判断したのではないでしょうか?
訳詩及びアニメ製作関係者も、その筋の人間である可能性が高そうです。
ところで、この歌詞は相当な内容ですね。
「汝が魔力は再び結び合わせる」とか、「快楽は虫けらのような者にも与えられ 智天使ケルビムは神の前に立つ」とか、「兄弟よ、自らの道を進め 英雄のように喜ばしく勝利を目指せ」
とか・・・ ・・・。
ここにおける神とは何者でしょうか?
少なくともキリスト教の神とは別人であることは間違いないでしょう。
キリスト教は魔力を称賛などしないでしょう。
智天使ケルビムとは何でしょう?



智天使ケルビム(ウィキより抜粋)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%BA%E5%A4%A9%E4%BD%BF
智天使(ちてんし、ヘブライ語ケルブ(ケルーブ) כְּרוּב kĕrûḇ、複数形ケルビム (ケルービーム) כְּרוּבִים kĕrûḇîm、 ギリシア語: χερούβ、複数形 Χερουβείμ, χερουβίμ、ラテン語 Cherub, 複数形 Cherubim、英語Cherub、複数形cherubim又はcherubs)は、天使の一種。偽ディオニシウス・アレオパギタに由来する「天使の階級」では第二位に位置づけられる。
旧約聖書の創世記によると、主なる神はアダムとエバを追放した後、命の木への道を守らせるためにエデンの園の東に回転する炎の剣とともにケルビムを置いたという。また、契約の箱の上にはこの天使を模した金細工が乗せられている。神の姿を見ることができる(=智:ソフィア)ことから「智天使」という訳語をあてられた。

エゼキエル書10章21節によれば、四つの顔と四つの翼を持ち、その翼の下には人の手のようなものがある。ルネッサンス絵画ではそのまま描写するのではなく、翼を持つ愛らしい赤子の姿で表現されている。これをプット(Putto)という。

「彼はケルブに乗って飛び、」(サムエル記下22章11節)「主はケルビムの上に座せられる。」(詩篇99編1節)といった記述があり「神の玉座」「神の乗物」としての一面が見られる。

ケルブの起源はアッシリアの有翼人面獣身の守護者「クリーブ(kurību)」といわれている[1]。

旧約聖書によるとケルビムの姿は「その中には四つの生き物の姿があった。それは人間のようなもので、それぞれ四つの顔を持ち、四つの翼をおびていた。…その顔は“人間の顔のようであり、右に獅子の顔、左に牛の顔、後ろに鷲の顔”を持っていた。…生き物のかたわらには車輪があって、それは車輪の中にもうひとつの車輪があるかのようで、それによってこの生き物はどの方向にも速やかに移動することができた。…ケルビムの“全身、すなわち背中、両手、翼と車輪には、一面に目がつけられていた”(知の象徴)…ケルビムの一対の翼は大空にまっすぐ伸びて互いにふれ合い、他の一対の翼が体をおおっていた(体をもっていないから隠しているという)…またケルビムにはその翼の下に、人間の手の手の形がみえていた(神の手だという)」とされている。

なお絵画表現において、セラフィムと混同されて描かれているものもある。



(レムナント出版)さんより転載
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/shumatsu09.htm
堕落前のサタンはエデンの園を守っていた

 旧約聖書エゼキエル書二八・一二~一六の次の聖句には、サタンの堕落のことが、二重写しに語られていると考えられています。
 「神である主は、こう仰せられる。あなたは全き者の典型であった。・・・・あなたは神の園、エデンにいて、あらゆる宝石があなたをおおっていた。・・・・わたしはあなたを、油注がれた守護者ケルブと共に、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石の間を歩いていた。
 あなたの行ないは、あなたが造られた日から、あなたに不正が見いだされるまでは、完全だった。・・・・あなたは罪を犯した。そこで、わたしはあなたを汚れたものとして、神の山から追い出し、守護者ケルブが火の石の間からあなたを消えうせさせた
」。
 この聖句によると、サタンは堕落前に、エデンの守護天使ケルブと共に、エデンの園にいました。守護天使ケルブと共にエデンを守る役か、管理する役にあたっていたのでしょう。
 「わたしはあなたを・・・・守護者ケルブと共に、神の聖なる山に置いた」。
 この「聖なる山」とは、天界にある聖なる山シオンのことでしょう。
 黙示録によると、天界には神の聖なる山「シオン」がある、と言われています(黙示一四・一、ヘブ一二・二二)。堕落前のサタンは、天界のその聖なる山シオンに置かれ、エデンの園を見守っていたのです。
 現在の世界は、天界と地上界とが分立して存在しています。しかし当時のエデンの園は、天界と地上界が一体化していました。
 創世記二・一五には、
 「神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた」
 と記されています。エデンの園の地上的部分は、アダムによって守られました。しかし天界部分については、堕落前のサタンや、守護天使ケルブが守ったのでしょう。
 「ケルブ」はひとりの守護天使を表し、「ケルビム」はその複数形です。「ケルビム」は、アダムとエバのエデン追放の際の記事に、出てきます。
 「こうして神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと、輪を描いて回る剣を置かれた」(創世三・二四)。
 この「ケルビム」は、守護天使「ケルブ」の複数形なのです。エデンの園は、アダムとエバの追放以前においても、その天界部分において複数の守護天使が守っていたに違いありません。
 新改訳(日本聖書刊行会訳)では、先のエゼキエル書二八・一四の言葉は、
 「わたしはあなたを、油注がれた守護者ケルブと共に、神の聖なる山に置いた」
 と訳されていますが、これは「七〇人訳」(旧約聖書の古代ギリシャ語訳)を参考に訳したもので、じつは原語のヘブル語では、次のようになっています。
 「あなたは、油注がれた守護者ケルブ。わたしはあなたに与えた。あなたは神の山にいて、火の石・・・・」(新改訳・欄外注参照)。
 この言葉からすれば、サタンは守護天使ケルブ(ケルビム)のひとりであった、という意味に取れます。堕落前のサタンは、天使のひとりであり、しかも長のような存在であったのでしょう。
 彼は、すぐれた知能を持つ者であり、多くの権限が与えられていたに違いありません。



以上、転載終了。

こういった文章から推察すると、この歌における神とは、サタンもしくはルシファーではないのだろうか、と私は考えます。
日本人は、サタンやルシファーを讃えた歌を、毎年、年末等に聞かされているようですね・・・。
第九は大工であり石工でありフリーメーソンそのものなのかもしれません。
これでもクラシックファンの皆さんは、これからも「歓喜の歌」を聞きにいかれますか?













ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」
(2015/04/29)
ハイティンク(ベルナルト)、ポップ(ルチア) 他

商品詳細を見る

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

テンプレート説明

このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。
背景はスライドショーになっています。

◎プラグイン説明

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。
←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。
このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

※最上部メニューバーの上に隙間がある方

最上部のメニューバーの上にFC2検索バー用のスペースを設けています。
検索バーを表示しない設定にしている方は、cssの最上部メニュー.MegaMenuの中にあるtop:27pxをtop:0に変更してください。

◎背景スライドショー説明

random : 1, // ランダム 0:オフ 1:オン
transition : 1, // 0:単純画像切替 1:フェード 2~7:移動 8:ページ更新毎に切り替え
transition_speed : 1000, // 画像間の切替時間
slide_interval : 3000, // 1枚毎の画像停止時間
slides : [
{ image : '画像URL' } // 画像の追加・削除はここ

★テンプレート名で検索すると、作者のブログにより詳しい説明があるかも知れません。