嵌まり込んだら抜けられない「カメルーンのタコ入道」の音世界 MANU DIBANGO - アフリカンミュージック
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嵌まり込んだら抜けられない「カメルーンのタコ入道」の音世界 MANU DIBANGO

「AFRIJAZZY」MANU DIBANGO



音楽をジャンル分けすると、「アフロ・ソウル」とも「アフロ・ファンク」と言われているマヌ・ディバンゴですが、アルバムタイトル通り「アフリジャジー」が一番近いかもしれない1987年のアルバムです。
マヌは1933年12月12日カメルーン生まれのサックス奏者であり、作曲家であり、ささやくようなヴォーカリストでもある。両親は厳格なプロテスタントで、母親は教会で聖歌隊を指揮していたとのことだ。15歳のときに、医師や弁護士になるためにフランスへ留学したというのだから、かなり裕福な家庭で育ったのだろう。フランス滞在中にサックスを覚え、ジャズ・クラブに出演するようになった。ルイ・アームストロングやデューク・エリントンやソニー・ロリンズやジョニー・ホッジスが好きだったとのことだが、その中でも特に影響を受けたのがソウル・テナー・サックス奏者のキング・カーティスである。
こういったジャズ・ソウルミュージックに南部カメルーンの伝統的なリズムを組み合わせた音楽“マコッサ”をパリに持ち帰り、ディスコ調にアレンジした曲が1973年のマヌ最大のヒット曲「ソウル・マコッサ」である。ただ、「“マコッサ”はマヌが創始者ではなく、「ソウル・マコッサ」は、“正調マコッサ”ではない」とマヌ自身が認めている。今作ではアレンジされた1987年ヴァージョンが収録されているが、バック・メンバーも超一流である。ピアノがハービー・ハンコック、ドラムとベースがスライ&ロビーのスライ・ダンバーとロバート・シェークスピア、ギター・ベースがブッチー・コリンズというから驚くしかない。「ドゥアラ・セレナーデ」はマヌの故郷の町ドゥアーラをテーマにした曲であり、実に哀愁に満ち溢れた名曲である。全曲マヌの自作である。
これだけ才能有るミュージシャンであるにもかかわらず、日本での知名度は今一つのように感じられる。一度嵌まり込んだら最後、二度と抜けられない“カメルーンのタコ入道”こと天才マヌ・ディバンゴの織り成す「音世界」に皆さんも嵌ってみて下さい。








評点:100点

Afri-JazzyAfri-Jazzy
(1994/03/08)
Manu Dibango

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