生きている間は、意志の力はどんな障害にもうち勝つことができる ROKIA TRAORE
「WANITA」ROKIA TRAORE
マリのミュージシャン、ロキア・トラオーレの1999年(日本盤のライナーには2000年と表記されているが)のセカンドアルバムである。
一部の歌詞の大意を記す。
「KANAN NENI(私を罵らないで)」は、「『恩知らず』は恋愛や友情においても、血縁関係においても、ふさわしいものではない。善行の根本というのは概してそんなに難しいものではなく、単純に、恩を忘れないということだ。」と歌っている。
私には「玉葱~、卵パンを~」と聞こえる(笑)。
「MOUSO NIYALEN(良い女)」は、「数え切れない女たちが一夫多妻制に苦しんでいる。男の居場所は一番目の妻の横。彼らは共に歳を重ねていく。ココロフェ鳥の教えのように。」と一夫多妻制を批判している。
「SOUBA(スバ)」は、「愚かな人というのは他人の気持を受け容れられない人、他人に背を向け、自分のことしか考えない人。」と歌う。コーラスが美しく、不思議に日本の民謡のようにも聞こえる。太古の時代に日本と何らかの繋がりがあったのでは?
「YERE UOLO(強い人)」は、「白人植民者の大砲や機関銃にも勇敢に立ち向かったその気高い戦士は最後に自分の弾薬で自害してしまった。『服従して生き延びるより、威厳のある死の方がましだ!』と言い残して」と歌う。アップテンポな勇ましい曲だ。
「WANITA(ワニータ)」は、「どんな力を尽くしても死を止めることはできない。しかし生きている間は、意志の力はどんな障害にもうち勝つことができる。」と歌う。トゥマニ・ジャバテのコラが効果的に挿入されている。
「CHATEAU DE SABLE(砂の城)」は、「人生は絶え間ない変化の積み重ね。その変化について行く強い意志を持たなければ。万難を排してついて行かなければ。」と歌う。コーラスが絶妙で、これまたトゥマニのコラが美しい。
決してシャウトしないが淡々と抑揚のある声で歌い、マリの伝統音楽と現代音楽を融合させた独自の音楽世界を醸し出すロキア・トラオーレは只者ではない。
評点:100点
<参考記事>
静かに熱く「禅」を歌う、ROKIA TRAORE
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-58.html
マリのミュージシャン、ロキア・トラオーレの1999年(日本盤のライナーには2000年と表記されているが)のセカンドアルバムである。
一部の歌詞の大意を記す。
「KANAN NENI(私を罵らないで)」は、「『恩知らず』は恋愛や友情においても、血縁関係においても、ふさわしいものではない。善行の根本というのは概してそんなに難しいものではなく、単純に、恩を忘れないということだ。」と歌っている。
私には「玉葱~、卵パンを~」と聞こえる(笑)。
「MOUSO NIYALEN(良い女)」は、「数え切れない女たちが一夫多妻制に苦しんでいる。男の居場所は一番目の妻の横。彼らは共に歳を重ねていく。ココロフェ鳥の教えのように。」と一夫多妻制を批判している。
「SOUBA(スバ)」は、「愚かな人というのは他人の気持を受け容れられない人、他人に背を向け、自分のことしか考えない人。」と歌う。コーラスが美しく、不思議に日本の民謡のようにも聞こえる。太古の時代に日本と何らかの繋がりがあったのでは?
「YERE UOLO(強い人)」は、「白人植民者の大砲や機関銃にも勇敢に立ち向かったその気高い戦士は最後に自分の弾薬で自害してしまった。『服従して生き延びるより、威厳のある死の方がましだ!』と言い残して」と歌う。アップテンポな勇ましい曲だ。
「WANITA(ワニータ)」は、「どんな力を尽くしても死を止めることはできない。しかし生きている間は、意志の力はどんな障害にもうち勝つことができる。」と歌う。トゥマニ・ジャバテのコラが効果的に挿入されている。
「CHATEAU DE SABLE(砂の城)」は、「人生は絶え間ない変化の積み重ね。その変化について行く強い意志を持たなければ。万難を排してついて行かなければ。」と歌う。コーラスが絶妙で、これまたトゥマニのコラが美しい。
決してシャウトしないが淡々と抑揚のある声で歌い、マリの伝統音楽と現代音楽を融合させた独自の音楽世界を醸し出すロキア・トラオーレは只者ではない。
評点:100点
<参考記事>
静かに熱く「禅」を歌う、ROKIA TRAORE
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-58.html
![]() | Wanita (2013/07/09) Rokia Traore ルキアトローハ 商品詳細を見る |