JAL123は小型中性子核ミサイルによって撃墜された - 9.11他やらせテロ

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JAL123は小型中性子核ミサイルによって撃墜された

「JAL123便事件から29年、その真相とは!」

まずは、こちらをどうぞ↓



坂本九さんの事故当日、最後の歌声です。「この世で一番肝心なのは素敵なタイミング」と歌っていますが、あまりの“タイミングの悪さ”が哀しく感じてなりません。
JAL123便事件から29年が経過しました。韓国ウジテレビは、しらじらしく、本日この事件を扱ったドラマを放送するそうです。真実偽装番組であることは見る前から解かっていますが・・・。
この世界は嘘ばかりですが、この事件はその最たるものでしょう。
それも、あまりにも酷すぎます。真実に近づけば近づくほど、怒りがこみ上げてきます。
真相を理解しようとしない方は見ないほうがいいと思います。
それでも、あえて真相を知ろうと思う方のために、真相に肉迫したブログ記事等から転載します。
お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りいたします。



http://blog.livedoor.jp/ijn9266/archives/4121599.html
(ijn9266のブログ)さん
8月10
JAL123便墜落事故の真相① 助かるべき多くの生存者が情け容赦なく殺された

真実は当初から超国家権力によって隠蔽され続け、20数年間深い闇の中にあった。しかし、近年になってようやく、新たな証言者が現れ、この問題を長年追い続けて来た人達と結びつき、遂に闇の核心部分に光が当たるようになった。墜落は単なる事故ではなく、驚天動地、世界規模の大事件だった!

故高濱雅己機長の遺族は、妻の淑子さんを始め執拗なイヤガラセを受けた。最愛の人を亡くした悲しみに加え、加害者扱いという二重の苦しみが、高濱機長の遺族を襲った。何度電話番号を変えてもイヤガラセ電話が絶えなかったという。
しかし高濱機長を始め、日航乗務員15名は、最悪の条件下、最後の瞬間まで命を懸けて闘った。加害者等では断じてない!真の英雄達だ!極限下で示された彼らの勇気ある行動とその気高き精神は讃えられ、彼らの名誉は何としても恢復されなければならない。

青山透子氏(元日航客室乗務員)ブログ:「あの事件をうまく隠ぺいした人は異例の昇進をし、それを追及した人は辞職を強要されたそうです。正直な人が辞めさせられて、ずるい人が残るとすると、本当にひどいですね。」

あの日1985年(昭和60年)8月12日JAL123便に、一体何が起こったのか?事件の背景は?それを知ることは、大きな目覚めになる。「我々は高度にマインドコントロールされ、慣れ親しんだ現実は、全て幻想だったのだ」と。

世界の真実の姿を求めて!TV新聞報道では、助かった4人以外に少なくとも生存者が3人、合計7人の生存者がいた(この日本経済新聞の記事は日航パーサー落合由美さんを忘れている。従って8人が正しい。)。しかし、4人は報道直後突然失踪!彼らは一体どこへ消えたのか!?

さらに最低50人くらいの生存者が墜落現場にいた、指先が1本ちぎれただけの男の人もいた、と、まだ夜も明けやらぬ現場に駆けつけた若者は証言!生存者達も同様、墜落現場では多くの人達が助けを呼んでいたと証言

☆川上慶子さん(当時12歳)は、同乗の両親と妹が亡くなるも奇跡的に生還。病院を退院後、島根の実家に帰った際に証言:墜落したあと、ふと気が付いたら周囲は真っ暗だった。あちこちでうめき声が聞こえ、私の両親もまだ生きていたような気がする。しばらくすると前方から懐中電灯の光が近づいてきたので助かったとおもった。そのあとまた意識がなくなり、次に目が覚めると明るくなっていたが救助の人は誰もいなくて、周りの人たちはみんな死んでいた。(慶子さんは意識が無くなって幸運だった。もしその時懐中電灯の人物に助けを呼んでいたら、彼女の今日は無かっただろう。近くに居た、落合由美さんや吉崎さん母子の今日も…理由は後述。)

☆日航機元客室乗務員、作家・安部譲二氏談:御巣鷹山近くの複数の住人が、123便が炎をあげて墜ちてきた、光るものが飛んできたと証言している。(これこそ123便が空中で爆発した目撃証言ではないのか?何故事故調査委員会はこの証言に耳を傾けなかったのだろう?空中爆発だと何が都合悪かったのだろう?)

☆日航123便墜落事故群馬県医師会記録 救助がもっと早ければ……空白の15時間。

☆元日航職員佐宗邦皇(さそう・くにお)氏の証言(動画開始後2分10秒辺りから):JAL123は小型中性子核ミサイルによって撃墜された

貝のように口を閉ざす日航関係者の中にあって、佐宗氏は自らこのJAL123便墜落事故の調査を行い真実を発信する大変貴重な存在だった。2009年8月9日午前11時突然帰らぬ人となるまで、その活動は続いた。享年59歳。亡くなる前日のワールド・フォーラム(前述の動画はその開始部分)で「天皇の金塊」著者高橋五郎氏の講演に続き自身が登壇、用意された「おーいお茶」500mlボトルに口をつけて1分以内に椅子から崩れ落ちる。最前列の聴講者が機転を利かし、素早くそのボトルを確保し、後で遺族に提出。不審な数人の男達が飛び出し、同じくそのボトルを確保しようとしたが得られず、凄い形相でその聴講者を睨みつけたという。(コメント38参照)

☆JAL123便撃墜の証拠が写真誌フォーカスに!!第3エンジンから突き出る不発弾と思しきファルコンミサイル! JAL123便墜落事故-真相を追う-そしてミサイルは発射された(2) http://blog.goo.ne.jp/adoi/e/66f90662378566829c72baa85589bd29

軍事専門家談:これは大型機撃墜のため開発されたファルコンミサイル。1985年当時における空対空ミサイルの起爆タイミングは、命中直撃を無理に狙わず、敵機近傍で爆発し、確実にダメージを与える「近接爆発方式」が主流。ただし、ファルコン系列ミサイルは、「直撃」が可能なら自律的にそちらを選択する。(「ミサイルは近接信管(きんせつしんかん)だから123便に命中する前に爆発するはずだ。このサイトの筆者はそんなことも知らないのか!?」等という馬鹿にしたような書き込みが時々ある。この方は自衛隊関係者なのかもしれないが、ファルコンミサイルの実際を知らないようだ。軍事専門家によれば、ミサイルはセンサーが敏感過ぎてちょっとの振動で爆発しても危険なので、敏感すぎないよう調整されており、その理由からおよそ50%は不発弾になってしまうという。)

墜落現場123便第3エンジン付近に散乱する米国レイセオン社製空対空ミサイルの部品!
ブログ主:これまで私が書いてきたことに対して、色々なご意見やご批判があるようですが、お願いしたいのは、人生、たかだか数10年のご経験やそこから得てきた常識だけで物事を判断するのを止めていただきたいことです。読者の皆様に限らず、この調査に協力していただいているメンバー全てが、最初は目の前に突きつけられた現実に対し拒絶の念を覚えながらも、自身の経験と常識を乗り越える選択をし、このブログでの発表を決意したのです。(中略)批判を行う方は、少なくとも現地を訪れ、群馬県上野村、および事故現場周辺のあの独特の雰囲気を肌で感じてください。また、土の採集や放射線測定器で調べればより多くのことがわかってくるでしょう。ただし、くどいようですが、現地は最高レベルの監視体制下に置かれていることだけは、初めにご忠告申し上げます。

☆(新)日本の黒い霧-現場に散乱する破片を収集、軍事専門家による分析の結果驚愕の結論に至る  

☆田村珠芳-軍事使用目的プルトニウム運搬、目撃者殺害/誘拐による隠蔽工作  

☆NEWS U.S.- 戦後日本最大級の事件、日米露を巻き込んだ軍事衝突 

☆犠牲者の霊に導かれ…現場に小型中性子核ミサイル使用の痕跡を見る

日本と世界の闇の権力者間で起こった核兵器開発を巡る軍事衝突。その背景には為替レートを円高誘導せよという国際金融寡頭勢力と、それを拒否する日本経済界の壮絶なしのぎ合いがあった。

「11時生存者発見、12時仮設ヘリポートへ、ヘリポートで1時間30分以上待たされ14時15分ごろやっと病院へ搬入」(元日航パイロット藤田日出男著「隠された証言・日航123便墜落事故p.55、2行目)…せっかく発見され一刻を争う救命処置が求められる生存者を現場に2時間近く放置、病院搬入まで3時間以上も費やしている。まるで生き延びてもらっては困るかのように

何と酷い!これが人間のすることか?恥を知れ!
救助隊にはわざと遅く現場に着くよう、或いは違う場所に行くように、NHKにはわざとウソの墜落地点を報道するように命令が出ていた!(元日航客室乗務員:青山透子氏ブログ)


②の核兵器使用の痕跡と、情け容赦無い殺害部隊の存在

核兵器使用の痕跡。ピカッと雷光のように走った閃光、黒いキノコ雲が目撃されている。

墜落現場に残るイエローケーキ(核兵器に使用される軍用の濃縮ウラン、錬度が高く、レンガ色をしている。墜落現場で収集した方が123便事件講演会会場に持ち込んだところ、多くの人が体調に異変を来たす。その症状から放射性物質と判明したという。)

骨が約3cm刻みの破片になって飛び散るほどの、広島原爆の30倍以上と推定される衝撃。これらは小型の核爆弾使用を示唆している。決して不時着態勢に入っていた速度の航空機のものではない。
元日航職員佐宗邦皇(さそう・くにお)氏の証言(動画開始後2分10秒辺りから):JAL123は小型中性子核ミサイルによって撃墜された)



東大地震研究所の微小地震計が、墜落時刻に異常振動を観測、記録している。第一波は18:56:26、第二波は3秒後。これら二つの波は極めて微小な物。墜落の衝撃だ。しかし18:56:31から観測された第三波は、約5秒間揺れ、その後も10秒近く揺れる大きなものだった。最初の二つの波は航空機の地面衝突によるものだろう。しかし、第三波は一体何だったのか?広島原爆の30倍を超える小型核爆弾の衝撃ではなかったのか?(池田昌昭「完全犯罪JAL123便撃墜事件」)ミサイル使用の痕跡。 この遺体散乱状況写真を見ると、123便の進行方向に対し、右側からミサイルと思しき爆発物が命中し、乗客・乗務員を左前方に吹っ飛ばしたことが分かる。

乗員乗客殺害部隊の存在
8月13日04:00頃 墜落翌日まだ夜も明けぬ早朝、白バイを振り切って、長野県からオフロードバイクと徒歩で駆けつけた若者達2人。生存者の呻き声が谷にこだまし、響き渡っているのをはっきりと聴いた。およそ50人と推測。指が欠損しただけの、比較的軽症の人も。この人は助かる、と確信。既に到着していた100名くらいの自衛隊員。片手に抜き身の大型アーミーナイフ、目には暗視ゴーグル、また、靴は急峻な山での作業に適した短靴。1時間後、次の部隊が続々と到着。後から来た部隊は山で歩きにくいブーツ着用。(「救助に向かう自衛隊は武器を携行しない。もし携行するとすればその手続きは煩雑で必ず証拠が残って居る。その証拠が出ていない以上、このサイトに書いてあることは悪質な作り話である」という書き込みがこのサイトにあった。その人は自衛隊関係者で実際の武器携行手続の経験から言っているのかもしれないが、世界の厳しい現実を知らないおめでたい人、という他無い。「答えてみろ、この嘘つき野郎!オレが怖いのか?オイコラ!」と余りに礼儀を欠くチンピラのような調子だったので削除。)

しかし、彼等は一向に生存者の手当をしようとはしない。大きな袋に何かを集めて入れる作業を黙々と続け、上空でヘリコプターがホバリングしながら集めた袋を回収するのみ。何故だ!?何故この部隊は救助をしない!?目の前で多くの人々が手当を待っているというのに!!人命より優先される回収物とは、一体何だ!?以下にその件についてのウェブサイトを紹介する。
「JAL123便墜落事故-真相を追う- 闇夜に蠢くもの(4)」
http://blog.goo.ne.jp/adoi/e/9218d78bddf9f12a9d7bdc8ebec1c10a

このオフロードバイクと徒歩で駆けつけた若者の一人は24年間海外勤務にあって真実を語る機会が無かったが、2010年5月16日、江戸東京博物館にて、その日目撃したことの証言を依頼される。ところが、講演の2週間前、アクシデント発生。車の後輪がバースト。あわや死亡事故につながる緊急事態を咄嗟の運転テクニックで回避する。損傷部分を検証した結果、軍関係者しか持たない、熱線銃によるものと判明。「123便事件の真実について、これ以上語るのを止めよ」というメッセージが彼に送られる。幸いにも、かろうじて講演会当日は会場に無事駆けつけ、証言することができた。

話を墜落の日の翌朝に戻そう。日が昇ってからも奇怪な事が起こる。公式に生存者とされる4人の女性以外に、3名乃至4名の生存者が目撃されている。生存4人の現場からさらに200mの急斜面を登ったところにいた朝日新聞社の社会部記者が「今さらに3人の生存者救出!2人は担架に乗せられているが、1人は担架が必要無いほど元気な女の子で、救助隊員に抱かれている。」と無線で報告。
朝日新聞前線キャップ木村卓而氏は『一人の女の子は、担架に乗らないほど元気で、救助隊員に抱かれている。他の二人は毛布をかぶされているため、男女の別やけがの程度ははっきりしない』と元気で無事救出された女の子のことを報告。だが、その後女の子はどうなったのか?突然存在が消えてしまう
また、8月13日午前9時~10時頃、地元上野村消防団が墜落現場に、獣道を伝って登っていく途中で、沢伝いに下ってくる「中学生くらいの男の子を含む男性四人連れ」に遭遇。衝撃の現場から来たというのに、挨拶しても返事もしない、何も語らない、不気味な沈黙の集団。「沢伝いに下りてくる、中年の男性三人と中学生くらいの少年が加わった四人のグループに出くわした」飯塚訓(いいづか・さとし)著「墜落現場、遺された人たち」p.119、5行目~。

この男の子は一体どこへ連れ去られたのだろうか?「この少年は生きているのではないのか?私の知り合いの医療関係者は、筋肉の張り方など自力で腕を上げていると観察され、この時点では明らかに生きているだろうと語っている。」元記事

さらに、7歳~8歳くらいの小さな男の子が13日午前「走り回っている」ところを自衛隊員に発見されている。報告は無線でただちに流された。報道関係者もこの無線を傍受。「男の子発見」のニュースは流れた。フジテレビの「ニュースレポート」では、マイクを握ったフジの山口氏が『現場は惨憺たる状況です。まもなく、担架に乗せられた七、八歳の少年が運ばれてきます……。』と生中継。しかし、この「男の子」に関する情報が途絶。以後、まるで神隠しにでも遭ったように、その後の「7歳~8歳くらいの小さな男の子」の消息は杳として知れない。

③のメディアによる撹乱。

NHKを始め、民放各局は事故直後からわざと偽の墜落地点情報を流して、救助隊の到着を遅らせた。墜落現場には米軍ヘリが既に飛来していた。以下「JAL123便墜落の真相」から引用。
http://ugyotaku.web.fc2.com/JAL123Sinsou/JAL123Sinsou.htm#S10 
「やがて真っ暗闇のなかに、ヘリコプターの音が聞こえたのです。あかりは見えないのですが、音ははっきり聞こえていました。それもすぐ近くです。これで、助かる、と私は夢中で右手を伸ばし、振りました。けれど、ヘリコプターはだんだん、遠くに行ってしまうんです。このときもまだ何人もの荒い息遣いが聞こえていたのです」(落合由美さんの証言)。

このように、1994年9月25日の「ニュース・ステーション」は、日本側の都合による米軍救援活動中止要請が事実であることを報道しています。何ということでしょう。米C-130は午後7時30分に墜落場所を特定し、20分後には横田基地に正確な墜落場所を知らせているのです。もちろん日本側にもその時点で伝えられています。

元日航客室乗務員青山透子氏ブログ(前述):なぜ墜落場所を地元民や黒澤村長が伝えても報道は聞き入れなかったのか?特に13日早朝、地元では当然御巣鷹の尾根とわかっているのに、まだNHKでは、小倉山と報道し続けていて、呆れた地元民が、NHKの記者を怒鳴りつけた。

最後に④の世界に起こった変化。

日航123便墜落事故の翌月22日、歴史的なプラザ合意から円ドル為替レートが250円/ドル台から1年後には一気に120円/ドル台に円が急騰。
急激な円高を受けて、以降日本経済は輸出企業を中心に大打撃を被る。そして日銀の窓口指導による、バブル創出、崩壊、金融ビッグバンによるM&A等で外資ハゲタカファンドの進出、郵政民営化、莫大な国富の喪失と続いて行く。これらは決して偶然では無い。全ては仕組まれたことだった。ある闇の勢力によって。


助かっていたはずの乗客達。不幸にも軽症すぎたがため、また不運にも見つかってしまったが故に、最後の最後で、彼等は口封じのために殺された。航空機事故遺体に模して。決して知られてはならない秘密があったから。そうとしか考えられない。無念であったろう…震えが止まらない。

この墜落現場で「生き残った罪も無い乗客、乗務員にとどめを刺した者達」は恐らく国籍が日本では無い、と信じたい。来るべき極東有事を演出するために特別訓練された、日本の自衛隊を偽装した部隊の可能性が高いのでは?任務遂行のみに全神経を集中する訓練と共に、部隊を編成するに当たって「日本人を嫌悪する教育」を受けた者達が選ばれたのではないか?

123便の乗客、乗務員はこの者達の手にかけられ、処分された。殺人鬼が迫って来る瞬間、彼等は一体何を思ったのだろうか?『お前達は何者だ!?乗客乗員の救助に来たんじゃないのか?』現場で何が起こっているのか、理解している人はほとんどいなかったであろう。彼等は無残にも、毒ガスで息の根を止められたり、火炎放射器で生きたまま焼かれた。

尋常ならざる遺体の状況 参考ウェブサイト:http://www.asaho.com/jpn/bkno/2010/0809.html

ジェット燃料は高くて1400℃に到達するというが、それは灯油の1100℃とたいして変らない。実体はほとんど灯油と同じと考えてよい。写真の子供は頭部の輪郭が崩れる程激しく燃えており、ジェット燃料(灯油)が原因ならば、まとまった燃料が本人にかかり燃えた、あるいは近くで激しく燃えていたことになる。しかし、子供の遺体に寄り添うように生えた木立にはほとんど焦げ跡がない。しかも雑誌の文面には「紙幣や書類が周囲に散乱していた」(写真誌フォーカス)と記載されている。ジェット燃料はこの子だけをめがけ飛び散り、この子だけを燃やして火は収まったというのだろうか?この不自然な状況を説明する理由を私はこう考える、「この子はごく間近から火炎放射器で焼かれたのだ」と。元記事

当時、遺体の歯形で本人確認を行った大國勉氏(歯科医師、群馬県警察医会副会長)に、青山さん(元日航客室乗務員、青山透子氏)は何度もインタビューを試みている。「私は群馬県警察医として千体ほど焼死体を見てきたが、それでも歯は『すす』で黒くても、裏側や一部は白いままだし、骨もそこまで燃えていない。なのに、あの事故の時は骨の奥まで炭化するほど燃えていた。…二度焼きしたような状況だ」。周囲の木々が幹の中までは燃えていないのに、遺体だけが骨の芯まで焼かれているのはなぜか。群馬県の検視報告書において担当医が「二度焼き」という言葉を使ったことは、ただごとではない。


http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/a1a847e042b50e4899e8cc57750e87d1
(原発問題)さん
【JAL123便墜落事故】彼等は無残にも、毒ガスで息の根を止められたり、火炎放射器で生きたまま焼かれた

【JAL123便墜落事故】
国家機密を守るため、特殊部隊が編成され事故処理にあたった。
123便の乗客、乗務員はこの者達の手にかけられ、処分された。
殺人鬼が迫って来る瞬間、彼等は一体何を思ったのだろうか?
彼等は無残にも、毒ガスで息の根を止められたり、
火炎放射器で生きたまま焼かれた。
待機命令に反し、人命救助に急いだ隊員は射殺された。
精神状態がおかしくなる隊員も少なくなかったという。
口外すれば家族にまで危害が及ぶと言う事を暗にほのめかされ・・


日航ジャンボ機JAL123便墜落事故(M氏の証言_完全版)
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=Pf3-eJgnOkM
2011/1/8
証言を箇条書き
・13日午前4時、公式発表ではまだ発見され
 ていないはずの墜落現場に自衛隊員が既に100名程度は来ていた
・自衛隊員は人命救助よりも何かの回収を優先していた
・4~50名の生存者の声が聞こえた
・1時間後には生存者の声が全く聞こえなくなった
(事故概略)
1985年8月12日 18時12分に羽田を大阪に向け離陸した日航123便(ボーイング747型ジャンボ機・乗員15人、乗客509人、計524人)は離陸してまもなく大島西方上空付近で機体の異常を訴え、数十分間ダッチロールと呼ばれる異常飛行の後、18時56分すぎ、群馬県上野村の三国山の北北西約2.5キロメートル、標高1,565メートルの通称・御巣鷹の尾根に激突し炎上した。4名の重傷生存者と520名死亡の犠牲を出した。
このとき、横田基地所属のC-130機が墜落現場を発見し、座間基地所属の陸軍ヘリUH-1が救助活動のため現場に入ろうとしたが、どうした訳か(日本政府から協力を拒まれ?)、墜落現場の真上でロープ降下しようとしていた救助ヘリと上空で待機していたC-130を引き返させるという不可解な命令が出た。
米C-130は午後7時30分に墜落場所を特定し、20分後には横田基地に正確な墜落場所を知らせている。
自衛隊は、当日から明け方まで墜落場所の誤報を意図的に繰り返していた
朝になって長野県警のヘリが正確に位置を確認、
生存者を発見したのも長野県レスキュー隊。
自衛隊はそれまで何かを運び出すのに精一杯)だった。(意図的誤報についての引用元)
実際の事故機墜落現場は早くからわかっていたが、
訓練中の標的機(オレンジ色)が123便にぶつかった残骸の回収を優先

JAL123軍事破壊・軍事焼却の背景は中曽根康弘軍事指揮にあり
http://heiwarikkoku.jugem.jp/?day=20100601 より(抜粋引用)
「おかあさーん」と呼ぶ男の子の声もしました。 
ナゾの自衛隊のチームの ナゾの10時間の行動。かれらは なにをしていたのか。
狭い空間に三人もいて高浜(機長)さんだけ木っ端微塵になったのはなぜですか
コックピット部分には燃料タンクはないのに焼け爛れていたといわれます。それは、まるで火炎放射器で焼いた跡のようであったといいます
当時 突然 垂直尾翼が大破し 不可解な「攻撃されているというSOS信号」が発信され(JAL123便の「スコーク77」の発信) 自衛隊機2機がスクランブル発信しました(自衛隊のマッチ・ポンプ?)。そのあと墜落までの数十分間 管制塔との交信がされていて レーダーでも捕捉されています。
 そして 空中で ナゾの爆発が2回起こり(前後に付き添う2機の自衛隊機が目撃されています) とうとう 御巣鷹山に墜落
「奇跡的四人の生存」の件だが、これは現場自衛隊員による、上官命令に逆らった「名誉ある反乱」の結果だろう。軍事隠蔽からすれば「全員死亡」がシナリオだった筈だ。御巣鷹山墜落現場に辿り着いた消防・救命救急及びアメリカ軍・救命救急まで「軍事拒否」している訳だし。
自衛隊員の告白 本当の話です。事故原因も分かっていない時期に、私に、いずれは分かると思うんだけど(直ぐに真の原因が分かると言う意味だったんだと思います)...と言って話してくれた事は、「123便の事故は、本当は○○隊が○落させたんだよ。当時訓練で標的機を飛ばしていて、それが操縦不能になって、行方が分からなくなり、そのとき近くを飛んでいた123便にぶつかったんだ。墜落現場には標的機のオレンジ色の残骸があったから、誰もいないうちにヘリで回収したんだ」と。
実際の事故機墜落現場は早くからわかっており、地元民らは救出に向かおうとしていたのに、わざと違う事故現場を報道させ、また地元民らにも救出に向かうことを禁止した
日本自衛隊・人命救助に急ぐ隊員を射殺! JAL123便墜落時には、「待機命令に反して御巣鷹山へ怪我人救助を急いだ自衛隊員1名が射殺された」旨、当日のNHKニュースで発表
加藤紘一氏(当時の防衛庁長官)、
 事故当夜、現場の上空まで行っていた!!
 遭難者を救助する前に、
 自衛隊が「大事件」証拠物件を搬出するのを見届けに行ったのか?
http://c3plamo.slyip.com/blog/archives/2010/08/post_1819.htmlより(抜粋引用)
この"重大事件"を隠蔽しようと画策し、123便の横田基地への着陸を拒否し、2機の自衛隊機を発進させ、遠く御巣鷹(=地元)の尾根まで同機を誘導させた、その命令権者としての中曽根元総理は、当日、一体、何を考え、何を命令したのか?
 2機の自衛隊機が、ミサイルで123便を撃墜したという説(池田昌昭氏)もある。また、二つの原爆の様な「きのこ雲」が湧き立つのを見たという、多くの目撃証言もある。
 さらには、墜落した123便の機体後部(尾翼付近)に、ミサイルAIM4(オレンジ色の機体)が突き刺さっていたという証言(佐宗邦皇氏の言)さえもある。
 実際、ご遺体の識別や鑑識に関わった医師や歯科医師が、「単なる墜落事故の遺体とは思えない」と語っているのを、われわれは、すでに聞いている。

 それゆえ、私は、正直に問いたい。
中曽根元総理、あなたは、あの日、防衛庁、とりわけ航空自衛隊に対して、一体、如何なる命令を下されたのか?!
 何故、あなたは、墜落後の乗客の早期救出を命じられなかったのか? 事実、墜落直後、数十名の生存者がいたというではないか。
 そればかりか、早期救出に向かおうとした数名の自衛隊員が、待機命令違反というだけで、なぜ、射殺されなければなかったのか?!
 加藤紘一氏(当時の防衛庁長官)、当日、あなたは、当時の中曽根総理から、一体、如何なる命令を受けられたのか?!
 第一、あなたは、事故当夜、現場の上空まで行っていたというではないか! 一体、何をしに行ったのか? 遭難者を救助する前に、自衛隊が、「大事件」の証拠物件を搬出するのを見届けに行ったとでも言うのか?!

(中略)
 実は、この時、操縦桿を握っていた佐々木副操縦士こそ、少年の頃、私が、心から憧れていた先輩である。まさに、「事実は、小説よりも奇なり」である。
 佐々木先輩のご母堂は、彼の没後、私の母に、こう語られた。「息子は、戦死しました」と。今、私には、この言葉の意味が、よく分かる。今日、そのお母様も、もう、この世におられない。

 『日航123便はなぜ墜落したのか 2010年8月9日』 --> こちら から引用
(抜粋引用終了)
最重要証拠となるボイスレコーダーには、数々の編集跡がみられる
さらに大事な部分がカットされている模様だ。

日航機墜落の真実を求めて
「1985年8月12日発生の日本航空123便墜落事故」はネット上でも真実が解き明かされ始めた 
http://nvc.halsnet.com/jhattori/nikkou123/
★★御巣鷹山日航ジャンボ機事件から23年目 特にボイスレコーダの編集疑惑や当時の加藤防衛庁長官の行動にも疑惑が。
最重要な証拠となるボイスレコーダーを一切公開しなかった。10年ほど経ってから、その一部を公開したものの専門家の分析ではその音声には数々の編集跡がみられるとのこと、さらに大事な部分がカットされてる模様だ
おそらく自衛隊機との交信部分をカットされてるんじゃないかという気がする。(実際、スクランブルした自衛隊機が平行して飛んでいるにもかかわらず、両機が全く交信すらしないというのは考えられないこと。)
・ジャンボ機のあとを、戦闘機みたいなのが2機追いかけていった(『疑惑/JAL123便墜落事故』早稲田出版刊の筆者:角田四郎氏)
・マンションのベランダから西空を眺めていたところ、突然雲の 透き間から太陽が射すようなオレンジ色の閃光を見た。双眼鏡で覗くと両側から青、真ん中から赤い光を発した大型機が北の方に消えた。―浦和市に住む住民の目撃証言
・飛行機が飛んで行った後から、流れ星のようなものが近くを飛んでいるのが見えた。―長野県南相木村中島地区の住人3人
<当時自衛官で、事故処理に参加した友達の兄貴の告白>
誤射、国家機密、緘口令、事後処理の為の特殊部隊の編成
情報撹乱、ガス、火炎放射器...。まさに地獄以下の有様
生存者をかくまったために 拘束されて送り返された者も少なくなかった
日航ジャンボ123便 ソ連軍機ベア~標的機誤射~緘口令~
事後処理の為の特殊部隊の編成~情報撹乱~ガス~火炎放射器~地獄~
http://www.asyura2.com/09/lunchbreak27/msg/1221.htmlより(抜粋引用開始)
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 16 日 19:54:18: aijn0aOFbw4jc
翌日のニュースは、もっと衝撃的だった。 日本の救助隊は現場を発見できず、やっと着いたのは墜落の14時間後だと言っているではないか。 私は焦って自分の地図を取り出し、墜落現場を正確に伝えたかどうか調べた。私には自信があった。 伝えた位置は正確だった。海軍のヘリは私の情報に従って現場に来たのだから、間違いない。
我々はあの時、現場の上空を飛んでいた日本の救援隊にを任せた。
それにしても、どうして墜落現場がわからなかったのか?一体、朝まで何をしていたのか?不思議でならなかった。
事故から2週間たって、私は『タイム』と『ニューズウィーク』で 生存者が4人いたことを初めて知った。
『疑惑/JAL123便墜落事故』(早稲
田出版刊)の著者、角田四郎氏は、御巣鷹山の現場登山に行ったさい、ある金属片(添 付ファイル)をひろって持ち帰り、事前説明なしで、友人の航空機の整備士(米国人)に 鑑定を依頼しています。結果はどうだったのでしょうか。結果について書かれた部分を ご紹介します。
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      彼の答えは、私のド肝を抜いた。「たぶん」と疑問視を付けて
      慎重に、しかし、はっきりとこう言った。
      「ミサイル」(This is missile.)
      「まさか!」(Not Really !)
      「たぶん、ミサイル」(Maybe missile.)

         ――角田四郎著、『疑惑/JAL123便墜落事故』より


http://www.rui.jp/message/23/62/58_e8b4.html
(るいネット)さん
236258 アメリカ→官邸→マスコミの共認支配を許すな
日航ジャンボ機の米軍戦闘機による撃墜事件=広島・長崎への原爆投下

猛獣王S  ( 不惑 東京 営業 ) 10/08/15 PM11

『日航ジャンボ機の米軍戦闘機による撃墜事件=広島・長崎への原爆投下』(オルタナティブ通信)リンクより転載します。
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1985年8月12日に起こった、日航ジャンボ機墜落事故に関しては、旅客機の機器の故障説やエンジントラブル等、諸説の原因が言われ、日航側は既に死者への賠償に応じている。

現在、日本、韓国、ハワイ、グアムに駐留する米軍基地内で、米軍の機関誌として読まれている「パシフィック・スターズ・アンド・ストライプス」という雑誌の85年8月27日号には以下の内容の記事が掲載されている。日航ジャンボ機墜落事故から、わずかに2週間後の発行日付である。

「日航ジャンボ機墜落事故当時、横田基地に配属されていた米空軍の輸送機U130のパイロット、マイケル・アントヌッチ中尉は以下のように証言する。

『事故当日、空中戦の演習を行っていた米軍練習用戦闘機から事故が起こったとの緊急無線が入り、一番近くを飛行していた私のU130輸送機が事故現場へ救出のため急行した。

いつものようにアメリカ空軍の練習用戦闘機が、日本の民間旅客機をターゲットにミサイル発射のシミュレーション演習を行っていた所、安全装置が解除されている事に気付かず、実弾ミサイルを日航ジャンボ機に命中させてしまった、というのが無線の第一報の内容だった。』 


この空軍中尉マイケル・アントヌッチは、日本政府から奇妙な事に『緊急の救助のために現場に行かなかった事、第一報の無線も聞かなかったと発言するよう要請された』と語っている。」

この現役アメリカ空軍中尉の証言は、米軍機が「動く格好のターゲットである日本の民間旅客機」、つまり日本人をターゲットに日常的に「撃墜演習」を行っている事実を示している。

これが、日本に米軍基地がある、という事の意味である。


広島・長崎に原爆が投下され多数の日本人が殺害された、その犠牲者と、沖縄の米軍基地によって沖縄県民が受けている被害、日航ジャンボ機の「米軍戦闘機による撃墜事件」による被害者は、「同一」の米軍による日本支配と言う事態による被害者である。

なお、日航ジャンボ機を撃墜した米軍戦闘機のパイロットが、事故ではなく、「何者かの命令によって」意図的に、ミサイルの発射安全装置を外していたのか、どうかは、闇の中であるが、このパイロットは事故の責任を取り処罰される事は無く、その後「順調に昇進」している。


http://blog.livedoor.jp/omttm202/archives/51462832.html
(ななしのいいたい放題)さん
17名のトロンOSの研究者を載せた日本航空123便墜落事故 撃墜されたのか?

自衛隊の無線技師だった知人の祖父は、事故当時、北海道は根室にて亜米利加空軍の軍事演習のやり取りを処理しており、こんな無線を受けた。

「…あ、当たっちゃった」

いやいやビンゴ、狙い通りでしょ?

追記:尚、この便には、純国産コンピュータ・オペレーション・システム「トロン」開発プロジェクトの技術者17名が搭乗していた。


■TRONプロジェクト
http://ja.wikipedia.org/wiki/TRONプロジェクト
グーグルのOS参入「クロームOS」から思う

<OS無償化時代の到来か>
 マイクロソフトからWindows7が今年発表されたばかりである。
 このWindows7は、前作のVistaに比べて速いとかシンプルであるとかと概ねユーザーには好評のようである。

 そんな中、革新的なアイデアで急成長をしている「グーグル」からOSへの参入が表明されて話題を呼んでいる。
 「クロームOS」と言うのだが、その最大の特徴は「無償」であることであろう。

 これまでOSと言えばマイクロソフト「Windows」の独占的な市場であった。
 ここに無償であるOSが、しかもグーグルから出るという衝撃はかなりなインパクトがあると言ってよい。

 既に、世界トップのPCメーカーである米ヒューレット・パッカード(HP)をはじめ、台湾エイサー、東芝、中国レノボなど世界の名だたるPCベンダーがクロームOSの共同開発に参画することを表明している。
 クロームOSの詳細は不明であるが、同社のウェブブラウザーであるクロームにOS機能を一体化させたもので、オープンソース(プログラムの設計図が公開され、誰でも利用できる)の無償OSと見られているのである。

 中国やインドなどの新興国で急激な伸びを示しているパソコン市場であるが、そこでの必然的な低価格競争に対してOSの無償化によるメリットは計り知れない。
 このことは、世界のOS市場を独占しているマイクロソフトやアップルにとってかなりな驚異となる筈である。


<実は20年前に日本に無償のOSが存在した>

 無償OSというと耳新しいもののように感じるが、実は20年程前、即ち「Windows」の草創期の頃のこの日本に「トロン」というOSがあったのである。
 「トロン」は坂村健・東大教授(当時、助手)が開発した基本OSでオープンソースであり無償なのであった。

 95年に「Windows95」が日本に上陸しパソコン市場を席巻し独占したわけだが、実はその当時、日本の多くのパソコンメーカーはOSとして「トロン」の採用を希望していたのである。
 それがWindows95の独占的な採用になったのは、米国政府からの圧力だったのである。
 即ち、米国政府からの 「スーパー301条」による報復関税や輸入制限の制裁措置をちらつかせた圧力に、当時の日本政府が屈した結果だったのである


 もしもこのとき日本のメーカーがパソコンのOSを「トロン」にしていたなら、無償というメリットもあって世界中のパソコンに採用されていたかも知れないのである。
 日本の基本OSが世界を席巻し、現在のマイクロソフト「Windows」の躍進やOS市場の独占も無かったかも知れないのである


<現在トロンは搭載数が世界一のOSである>

 この日本発の基本OSはその後消滅はしなかった。
 「トロン」には、「Windows」に遥かに勝る「省エネ能力」と「高速処理能力」というメリットがあったのである。

 この特長によって、携帯電話、デジタルカメラ、ビデオカメラ、DVD、FAX、コピー機、カーナビ、銀行のATM、電子ピアノなどあらゆる電子機器が、実は「トロン」で動いているのである。
 何と、現在では、世界で最も搭載数の多いOSに成長しているのである。

 そして、今日のグーグルの「クロームOS」の参入を見たとき、日本の「トロン」は20年も前にその先を行っていたとは言えないだろうか。
 グーグルも米国の企業ではあるが、当時の米国の政治的圧力で「トロン」の採用が見送られたことを、返すがえす残念に思うのであり情けなくも思うのである。

参考資料(過去のブログ記事「Windows Vista」)→ http://blogs.yahoo.co.jp/ming_sunfield/10626985.html



http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14112993759
御巣鷹の尾根へのJAL123便墜落について。 機長はなぜ歯1つしか見つからなかった...

質問者
ruhmi10345105963さん
2013/9/522:14:10
御巣鷹の尾根へのJAL123便墜落について。

機長はなぜ歯1つしか見つからなかったのですか?

墜落時のGや衝撃で肉体が砕け散ったんでしょうか?

歯1つしか見つからないなんて火災では到
底説明がつきません。

火葬でかなりの高温で燃やしてもたくさん骨が残りますしね。

回答↓
http://gray.ap.teacup.com/123ja8119/

COMMENT

NoTitle

無償(オープンソース)だけで言えば既にLinux系やubntuなどあるが一部のビジネス向け以外では浸透率は微妙なところ。クロームOSはネット接続必須というシンクライアントモデルに近い物でスタンドアローンで使えるWindowsやMAC、LINUXとは似て非なる物。
そもそも仕様がフリーなだけのTRONと比べるのがおかしいし、本来BTRONだけの問題を無理矢理組込型のITRONを持ち出して比べてる時点でなあ。

NoTitle

交信記録が公開される前の主張なら
信じる人も結構いたのかもね

Re: NoTitle

名前のない方

> 交信記録が公開される前の主張なら
> 信じる人も結構いたのかもね

あれだけの事故であるにも関わらずボイスレコーダーは長年公開されませんでしたし、
編集されているようですね。

まぁ、何を言っても無駄でしょうけどね。
「理解」しようとしない人には。
「理解」が広まるとマズイ人には。

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