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「鎖国の理由は、キリスト教禁教のためではなく、硝石を独占するため。 これが、徳川が300年続いた理由。」by八切止夫

「謀殺―続・信長殺し、光秀ではない」八切止夫


信長殺し、光秀ではない」の続編である。
1968年の書だが、2002年の再販ものを読んだ。
ポイントを書いておく。


・硝石は、日本では産出されなかった。

・信長は、堺を輸入港としてマカオから硝石を輸入。

・秀吉は、備中備後から硝石を輸入。

・家康は、長崎出島でオランダ人から硝石を輸入。

・鎖国の理由は、キリスト教禁教のためではなく、硝石を独占するため。

・これが、徳川が300年続いた理由。

・信長殺しに使われた新型火薬の新硝石は、数年前に南米チリで開発されたもの。

・新型火薬の新硝石を持っていたのは、ポルトガル人の宣教師だけ。

・本能寺から至近距離に『真の教えの天主会堂』という3階建ての建物があって、ポルトガル人の宣教師がいた。

・本能寺の変後、オルガンチーノは、九州まで逃避行した。

・スペイン王兼ポルトガル王フェリッペ2世は、オルガンチーノにマカオに帰ることも許さず。

・秀吉は、他の宣教師は追放したが、オルガンチーノだけは保護して日本で死なせてやった。

・家康と秀忠の父子は、はっきりと神派を自認し、徹底的に仏徒派を弾圧した。

・家光からは、体制ががらりと変わる。

・家光と春日局の関係は?

・単なる乳母が何故に権力を持ったのか?

・春日局の父親は、信長殺しの実行犯。

・春日局と家康の関係は?

・春日局は仏徒派?

・秀忠は、「徳川の家は神徒なり、墓や廟所(びょうしょ)はいらぬぞよ」と遺言した。

・当時の仏教はみな土葬だから、寺には墓地という死体格納のガレージがあった。

・神徒は火葬で、その骨壺は各自の神棚においた。

・大正になって土葬を禁じて火葬を奨励。

・各自がその骨壺を自宅保管したら、寺が儲からぬと、「埋葬許可令」を施行し「焼いて粉にして埋めろ」となった。

・これまで墓地や石碑のなかった神徒も、仕方なく寺へ頼んで墓地を分けてもらい、これまで墓はなかったのだから「何々家先祖代々の墓」というのを一斉につくった。

・徳川と松平はまったくの別。



このぐらいにしておく。
ここに紹介したのは、本書の膨大な情報のほんの一部に過ぎない。
テレビと学校教育を信じ込んでいる限り、いつまでも国民はフールなままである。
踊る阿保に、打つ阿保・・・


評点:80点








八切止夫



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Posted byソウルマン

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