Rolling StonesもぱくったJimmy Reed - ブルース
FC2ブログ

嘘八百のこの世界

この世界の真実を追究して行くための読後評を中心に書いていきます

HOME プロフィール 真実を追究するマロン

ソウルマンの娘のマロンです。お散歩大好きです。 

最新記事 最新コメント 月別アーカイブ カテゴリ
ランキング
にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 ポチッと押してもらえると、明日への活力となります↑
ロック
頭脳警察、PANTA
RCサクセション、忌野清志郎
ブラック・ミュージック
広告

Rolling StonesもぱくったJimmy Reed

「俺がジミー・リードだ、文句があるか!」


数あるミュージシャンのなかで、堂々と自分の名前を主張したデビュー・アルバムが文字通り代表作になった人間も珍しいだろう。はい、「I'm Jimmy Reed」のジミー・リードです。
今日、8月29日はジミーの命日なので追悼したいと思う。彼は、「私はバカの一つ覚えのようなことを延々やっているだけさ」と、語ってたそうだが、確かに、とりたてて特徴があるわけでもなく、実に地味なブルース・ミュージシャンであったようにも見えるが、「淡々とした歌いっぷり」と「シンプルなギター・ワーク」は、“ブルース界のいぶし銀的な存在”であった。多くのロック・ミュージシャンに影響を与えているが、特に、ストーンズのキース・リチャーズには強く感じられる。ストーンズの「Little By Little」は明らかにジミーの「Shame,Shame,Shame」のパクリですナ。


(ウィキより)
ジミー・リード(Jimmy Reed, 1925年9月6日 - 1976年8月29日)は米国のブルース・シンガー。本名はマティス・ジェイムズ・リード。南部出身らしい力の抜けた緩いサウンドが特徴的だが、R&B、ポップ色を織り込み、1950年代から1960年代にかけてヴィージェイ・レコードより数多くのヒットを生み出した。また、ハーモニカホルダーを使用し、1stポジションによる高音部のブロウベンドを駆使した特徴的なハーモニカ演奏は、個性的なものとしてよく知られている。

彼の影響はブルースの枠にとどまることなく、ローリング・ストーンズ、エルヴィス・プレスリーなどのロック・アーティストなどにも広がっている。代表曲は、"Ain't That Lovin' You Baby"、"Honest I Do"、"Bright Lights, Big City"など。
1925年、ミシシッピ州ダンレイスに生まれた。のちにシカゴのシーンで共演者となるギタリストのエディー・テイラーとは同郷の幼なじみであり、彼からギターやハーモニカを教わった。

15歳の頃、シカゴに移住。兵役に就いた後、インディアナ州ゲイリーに移住する。やがてジョン・ブリムと出会い、彼のサイドマンとして活動するようになった。このとき、ブリムのバンドでドラマーを務めていたのが、後にギタリストとして大ブレイクすることになるアルバート・キングだった。

1953年、そのアルバートの紹介で新興レーベル、ヴィージェイ・レコードと契約。同年、"High and Lonesome"でレコード・デビューを果たした。以後、リードはヴィージェイが倒産する1966年までレーベルに在籍し、計10枚のアルバムをリリース。アルコール中毒と癲癇でときに体調を崩しながらも、音楽活動を続け、レーベルの看板スターとして活躍し、黄金期を築いた。

ヴィージェイ倒産後は、ABC-ブルースウェイ・レコードへ移籍し、1973年までの間に計5枚のアルバムをリリースするなど活動を続けるが、ヴィージェイ在籍時のような成功を収めることは出来なかった。

1976年8月29日、リードは50歳の若さで死去した。1991年、彼はロックの殿堂入りを果たしている。


ストーンズもカヴァーした「Honest I Do」




ローリング・ストーンズの「Honest I Do」




「Shame,Shame,Shame」




ローリング・ストーンズの「Little By Little」




「Bright lights,Big City」


COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント