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ソウルマン

「古代ギリシャのメディア王国由来の魔術は、新プラトン主義と結び付き、キリスト教と結び付き、悪魔と結び付き、現代のメディアを通して大衆洗脳に使われている。」byソウルマン

「魔法~その歴史と正体~」⑦K・セリグマン、(訳)平田 寛


前回に続く。以下、一部引用する。

*東西間の膨張する交通の実験室になっていたアレクサンドリアでは、ユダヤ人の哲学者フィロン(前20年生まれ)が『旧約聖書』をギリシア語に翻訳し、古いユダヤ教の教義とギリシア哲学とのあいだの関係を示そうと企てた。フィロンは、ギリシア哲学はユダヤ教よりもすぐれていると公言した。しかし彼は、哲学における偉大な思想の多くはヘブライ人のうちに起源をもっており、西洋がヘブライ人からそれを借用したのだと主張した。けっきょくフィロンの哲学は、真の知恵と道徳とは知的な理解力よりもすぐれたもので、知識だけでは恵みは得られぬという信念にまで高まった。
フィロンとともに、アテナゴラスやユスティヌスなどの初期のキリスト教徒が、新プラトン説への道を地固めした。彼らは、キリスト教を超プラトン的なものとして示そうという野心をもって、この新しい信仰をプラトン哲学とストア哲学とに結びつけようと努力した。彼らは、キリストの啓示がほんとうであることを証明するために哲学をもち出した。

*プラトンの時代には、国家に役立つ魔術であれば、それがどんなものでも宗教と融合することができた。異教徒時代のローマ皇帝のもとでは、おおやけの祭儀は合法化された魔術であった。私的に魔術を行なうことは、政府の支配外に出ることになるので、こわがられていた。新プラトン説は、これまでローマの知らなかった儀式を紹介したが、それらは、なにか新しい禁令の魔術とみることもできたし、また改革的な性質のものとみなすこともできた。アプレイウスが魔法使いのかどで告訴されたとき、彼は、自分の行為は国家宗教が認可している行為とすこしも違わない、と言明した。その後まもなく新プラトン説は、事実上、異教の神学と同一視されるようになった。キリスト教徒の皇帝たちが魔術を取り締まる法律でだれに有罪の宣告をくだすかは、だれにもはっきりいえなかった。そしてこのあいまいさが、支配者たちにとってはかえって実際的であることが立証された。明らかに彼らは、ローマが魔法の取締りのために制定していた古い法令を復活させたのである。しかしながら、大きく変化した社会に時代おくれの法律を適用したため、別な結果をひきおこすことになったのである。



(管理人)
新プラトン主義をウィキで見てみる。

新プラトン主義(英: Neoplatonism)は、後3世紀に成立し、西洋古代哲学の掉尾を飾った潮流である。始祖とされるプロティノス(3世紀)は、プラトンのイデア論を徹底させ、万物は一者から流出したもの(流出説)と捉えた。ネオプラトニズムとも。
「新プラトン主義」(独: Neuplatonismus)は18世紀のドイツで生まれた造語が19世紀に入ってから定着した近代の用語であり、シュライアーマッハー以降、文献学により、プラトン自身のオリジナルの教説と後世の追随者の思想とが区別して捉えられるようになって確立した概念である。多くの場合、時代的に新しいプラトン主義であるというだけでなく、いくつかの面でプラトン思想とは異なる特徴を呈しており、本来のそれからの逸脱である、という含みをもって用いられる。
新プラトン主義の創始者はプロティノスあるいはその師アンモニオス・サッカスとされる。プロティノスの思想はプラトン哲学(プラトニズム)を出発点としており、プラトンの正しい解釈として考えられたものであるが、実際に構築された哲学体系はプラトンのオリジナルのものとはかけ離れたものとなっている。プロティノスは「プラトンの徒」(プラトーニコス)をもって自ら任じたが、エネルゲイアなどのアリストテレス哲学の用語を用いており、また、その共感(シュンパテイア)理論はストア派に由来することが指摘されている(このように、それまでの諸思想を総合した新プラトン主義の特徴を、ヘーゲルは言葉のポジティブな意味において「折衷的」と評した)。
このプロティノスの新プラトン主義はオーソドックスなものだとみなされていて、一者への「帰還」にテウルギアを取り入れたイアンブリコスやプロクロスなどの後期新プラトン主義とは区別される。
プロティノスの時代には、ギリシア起源の思想に、当時の政治体制が一体化したオリエントからの思想が流入して、神秘的宗教思想が流行していたが、新プラトン主義もそうした当時の思想動向から大きな影響を受けている(プロティノスはグノーシス主義を批判した)。また、逆に新プラトン主義も神秘思想へ大きな影響を与えた。
新プラトン主義の思想の大きな特徴は、一者からの流出の観念である。「一者」の思想は容易に「一神教」と結びつき、新プラトン主義の思想は中世ヨーロッパのキリスト教思弁哲学の基盤のひとつとなった。
プロティノス、ポルピュリオス、プロクロスといった古代の新プラトン主義者はキリスト教徒にとっては異教徒であったが、キリスト教的中世の思想にも影響を与えた。
プロティノスやポルピュリオスの影響は、新プラトン主義の影響を受けたラテン教父アウグスティヌス、古代哲学と中世哲学の橋渡しとなった「最初のスコラ哲学者」と呼ばれるボエティウスらを通じてラテン世界へ伝達された。プロクロスも古代の新プラトン主義と中世哲学とをつなぐ媒介者となり、その影響は西欧中世全体に及んだ。プロクロス哲学をキリスト教神学に改変した偽ディオニュシオス文書が9世紀にラテン語訳されて重んじられたほか、プロクロスの『神学綱要』の抄録である『原因論』がアリストテレスの著作としてラテン語訳されたことによって中世アリストテレス主義に新プラトン主義的思考が注入されたからである。
ルネサンス期においても、プラトンの思想と新プラトン主義は区別されていなかった。
15世紀のフィレンツェでメディチ家を中心にプラトン研究が盛んになり、プラトンやプロティノスの著書がラテン語に翻訳された。ビザンツ出身の学者ゲミストス・プレトン、プロティノスの『エンネアデス』をラテン語訳したプラトン主義者マルシリオ・フィチーノが知られる。フィチーノは美に対するプラトン的な愛(プラトニック・ラブ)によって人間は神の領域に近づくことができると考えた。
新プラトン主義の思想はルネサンスの文芸・美術にも大きな影響を与えた。
18-19世紀英国のトマス・テイラーも広義の新プラトン主義者とされる。




「新プラトン主義の思想の大きな特徴は、一者からの流出の観念である。「一者」の思想は容易に「一神教」と結びつき、新プラトン主義の思想は中世ヨーロッパのキリスト教思弁哲学の基盤のひとつとなった。」とのことである。
「一者」の思想とは何か?


プロティノスの思想はプラトンのイデア論を受け継ぎながら、その二元論を克服しようとしたものである。プラトンの『パルメニデス』に説かれた「一なるもの」(ト・ヘン to hen)を重視し、語りえないものとして、これを神と同一視した。万物(霊魂、物質)は無限の存在(善のイデア)である「一者」(ト・ヘン)から流出したヌース(理性)の働きによるものである(流出説)。一者は有限の存在である万物とは別の存在で、一者自身は流出によって何ら変化・増減することはない。あたかも太陽自身は変化せず、太陽から出た光が周囲を照らすようなものである。光から遠ざかれば次第に暗くなるように、霊魂・物質にも高い・低いの差がある。
また、人間は「一者」への愛(エロース)によって「一者」に回帰することができる。一者と合一し、忘我の状態に達することをエクスタシスという。[エネアデスVIの第11節] ただし、エクスタシスに至るのは、ごく稀に、少数の人間ができることである。プロティノス自身は生涯に4度ばかり体験したという。また高弟ポルフュリオスは『プロティノスの一生と彼の著作の順序について』(『プロティノス伝』と称される)の中で、自らは一度体験したと書き残している。



一言で言えば、一神教のことであろう。
しかしプロティノスは、「神が人間の方へ降りてくることはない」として(グノーシス主義を含む)キリスト教を批判していたという。
魔術と国家(支配者層)の関わりは、大まかに言えば、このような時代の流れであろう。


ギリシャ・プラトン時代・・・魔術を肯定
ローマ時代・・・魔術を否定
中世カトリック全盛時代・・・魔術を否定
ルネッサンス時代・・・魔術を肯定
現代・・・魔術を表向きは否定しているが実際は肯定


古代ギリシャのメディア王国由来の魔術は、新プラトン主義と結び付き、キリスト教と結び付き、悪魔と結び付き、現代のメディアを通して大衆洗脳に使われている。







魔法~その歴史と正体



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