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ソウルマン

「イエスは復活した後、天界に上ってヤハウェの右に座り、永遠の命を得たようである。 クリスチャンの方はこれを本気で信じているのかな? 信じるか信じないかはあなた次第です(笑)」byソウルマン

「聖書・マルコによるによる福音書」


「聖書・マルコによるによる福音書」を読んだ。引用後、思うところを記す。

*〔9 週(しゅう)の初(はじ)めの日(ひ)の朝(あさ)早(はや)く、イエスはよみがえって、まずマグダラのマリヤに御(ご)自身(じしん)をあらわされた。イエスは以前(いぜん)に、この女(おんな)から七つの悪霊(あくれい)を追(お)い出(だ)されたことがある。
10 マリヤは、イエスと一緒(いっしょ)にいた人々(ひとびと)が泣(な)き悲(かな)しんでいる所(ところ)に行(い)って、それを知(し)らせた。
11 彼(かれ)らは、イエスが生(い)きておられる事(こと)と、彼女(かのじょ)に御(ご)自身(じしん)をあらわされた事(こと)とを聞(き)いたが、信(しん)じなかった。
12 この後(のち)、そのうちのふたりが、いなかの方(ほう)へ歩(ある)いていると、イエスはちがった姿(すがた)で御(ご)自身(じしん)をあらわされた。
13 このふたりも、ほかの人々(ひとびと)の所(ところ)に行(い)って話(はな)したが、彼(かれ)らはその話(はなし)を信(しん)じなかった。
14 その後(のち)、イエスは十一弟子(でし)が食卓(しょくたく)についているところに現(あらわ)れ、彼(かれ)らの不(ふ)信仰(しんこう)と、心(こころ)のかたくななことをお責(せ)めになった。彼(かれ)らは、よみがえられたイエスを見(み)た人々(ひとびと)の言(い)うことを、信(しん)じなかったからである。
15 そして彼(かれ)らに言(い)われた、「全(ぜん)世界(せかい)に出(で)て行(い)って、すべての造(つく)られたものに福音(ふくいん)を宣(の)べ伝(つた)えよ。
16 信(しん)じてバプテスマを受(う)ける者(もの)は救(すく)われる。しかし、不(ふ)信仰(しんこう)の者(もの)は罪(つみ)に定(さだ)められる。
17 信(しん)じる者(もの)には、このようなしるしが伴(ともな)う。すなわち、彼(かれ)らはわたしの名(な)で悪霊(あくれい)を追(お)い出(だ)し、新(あたら)しい言葉(ことば)を語(かた)り、
18 へびをつかむであろう。また、毒(どく)を飲(の)んでも、決(けっ)して害(がい)を受(う)けない。病人(びょうにん)に手(て)をおけば、いやされる」。
19 主(しゅ)イエスは彼(かれ)らに語(かた)り終(おわ)ってから、天(てん)にあげられ、神(かみ)の右(みぎ)にすわられた。
20 弟子(でし)たちは出(で)て行(い)って、至(いた)る所(ところ)で福音(ふくいん)を宣(の)べ伝(つた)えた。主(しゅ)も彼(かれ)らと共(とも)に働(はたら)き、御言(みことば)に伴(ともな)うしるしをもって、その確(たし)かなことをお示(しめ)しになった。]



イエスは復活した後、天界に上ってヤハウェの右に座り、永遠の命を得たようである。
クリスチャンの方はこれを本気で信じているのかな?
信じるか信じないかはあなた次第です(笑)




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ソウルマン
Posted byソウルマン

Comments 3

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mint

ソウルマンさん

音楽はもちろん、様々な記事の更新をいつもありがとうございます。
世界一のベストセラーとはいえ、なかなか通読されていない聖書についても、読み進められコメントして下さり、大変嬉しく思っています。

今回の記事から思ったことを書かせて下さい。
聖書から学んで感じたことです。

神が私たちへの救いの道として、イエス キリストを人の子として、この地にお遣わし下さいました。
私たちが悪を避け、救われる道をイエス キリストが人の子として、私達に示して下さっています。
悪を避けること、どんな酷い世の中になろうと、必ず救いの道はあることを、聖書は、イエス キリストは示して下さいます。

その道は、ラクダが針の穴を通るより狭いと例えられます。しかし、全てを諦めたくなる様な絶望の中にも必ず光があると信じられることは、大きな力になります。

イエス キリストが悪を打ち負かされる時は必ず来ます。(今回引用の時は、打ち負かす時ではありませんでした)
悪も滅ぼされることを知っているので『ひとりでも多くの道連れを』と躍起です。

神が最も悲しまれる事は、神が愛され創造された私たちが悪に染まり、神の救いから離れ、滅ぼされること。(終わりのない地獄の苦しみとされています)
神がそれを成される悲しみは如何なるものでしょうか。そして、それこそが悪の究極の目的です。悪は卑劣です。


その時には、イエス キリストが全ての悪を一掃されます。
その時には、もう何の猶予もなく救いの扉は閉まります。

その時に滅ぼされる多くの人々の中から、神はまだ救いの道があることを
私たちが自分たちの悪を認め、滅びの道から救われる道がまだ残されているという、神の恵みの時が今です。

神のことば、救いの道が聖書には記されています。
嘘八百な悪の世の中ですが、真実の救いを求めて生きていきたいと願います。


話は変わり過ぎますが、いつか是非『インドカレーの会』を宜しくお願い致します!笑

2023/05/29 (Mon) 13:05
ソウルマン

ソウルマン

Re: タイトルなし

mintさん


>
> 音楽はもちろん、様々な記事の更新をいつもありがとうございます。
> 世界一のベストセラーとはいえ、なかなか通読されていない聖書についても、読み進められコメントして下さり、大変嬉しく思っています。
>
> 今回の記事から思ったことを書かせて下さい。
> 聖書から学んで感じたことです。
>
> 神が私たちへの救いの道として、イエス キリストを人の子として、この地にお遣わし下さいました。
> 私たちが悪を避け、救われる道をイエス キリストが人の子として、私達に示して下さっています。
> 悪を避けること、どんな酷い世の中になろうと、必ず救いの道はあることを、聖書は、イエス キリストは示して下さいます。
>
> その道は、ラクダが針の穴を通るより狭いと例えられます。しかし、全てを諦めたくなる様な絶望の中にも必ず光があると信じられることは、大きな力になります。
>
> イエス キリストが悪を打ち負かされる時は必ず来ます。(今回引用の時は、打ち負かす時ではありませんでした)
> 悪も滅ぼされることを知っているので『ひとりでも多くの道連れを』と躍起です。
>
> 神が最も悲しまれる事は、神が愛され創造された私たちが悪に染まり、神の救いから離れ、滅ぼされること。(終わりのない地獄の苦しみとされています)
> 神がそれを成される悲しみは如何なるものでしょうか。そして、それこそが悪の究極の目的です。悪は卑劣です。
>
>
> その時には、イエス キリストが全ての悪を一掃されます。
> その時には、もう何の猶予もなく救いの扉は閉まります。
>
> その時に滅ぼされる多くの人々の中から、神はまだ救いの道があることを
> 私たちが自分たちの悪を認め、滅びの道から救われる道がまだ残されているという、神の恵みの時が今です。
>
> 神のことば、救いの道が聖書には記されています。
> 嘘八百な悪の世の中ですが、真実の救いを求めて生きていきたいと願います。


宗教は別として、神が善なる存在であるならば、希望の光に違いないでしょう。
悪にとことん染まったこの世界、悪魔の僕の邪悪な奴らが一掃されるよう願っている次第です。

>
>
> 話は変わり過ぎますが、いつか是非『インドカレーの会』を宜しくお願い致します!笑


楽しそうな会ですね。是非、いつの日か開催しましょう。よろしくです(笑)

2023/05/29 (Mon) 17:03

mint

次の記事にコメントしたつもりが、間違ってこちらに書いてしまいました(汗)

しかしながら、大変素敵なコメントが、次の記事に上がっていましたので、楽しみに熟読させていただきます(^-^)♪
ありがとうございます。

2023/05/29 (Mon) 20:16