神武東征の真相は? - 関裕二

嘘八百のこの世界

この世界の真実を追究して行くための読後評を中心に書いていきます

HOME プロフィール 真実を追究するマロン

ソウルマンの娘のマロンです。お散歩大好きです。 

最新記事 最新コメント 月別アーカイブ カテゴリ
ランキング
にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 ポチッと押してもらえると、明日への活力となります↑
ロック
頭脳警察、PANTA
RCサクセション、忌野清志郎
ブラック・ミュージック
広告

神武東征の真相は?

「消された王権・物部氏の謎」オニの系譜から解く古代史 第三部(最終回)
関裕二


前回に続く。

*近年、「日本書紀」の不自然な記述から、藤原氏が成り上がりであったとする説が急浮上しつつある。そして私見は、藤原氏の祖・中臣鎌足を、乙巳の変の直前に来日し、白村江の戦いで行方不明となった百済王子。豊璋(ほうしょう)と同一人物と見ている。
その理由をいくつかあげてみよう。
まず第一に、鎌足の「日本書紀」での出現がきわめて唐突であるが、豊璋が人質として来日した時期と鎌足の活躍は時間的に重なっている。
そして第二に、この事実はあまり知られていないが、鎌足が歴史から忽然と姿をくらましている時期があって、これが豊璋の百済への帰国と重なっている点が怪しいのである。
それは白村江の戦いの直前、一度滅亡した百済が、復興のために豊璋をよび戻したときのこと、中臣鎌足は、天智王朝最大の危機、白村江の戦いに参戦することもなく、なぜか姿をくらましてしまったのである。
そして、百済が破れ、豊璋が行方不明になったところで、鎌足は忽然と天智の智将として再び姿を現すのである。
そして第三に、豊璋は帰国に際し、当時の日本の最高冠位・織冠(しょっかん)を授けられるが、やはり鎌足も大織冠を得ていて、しかも歴史上この冠位を得た者が二人だけであったことは、はたして偶然なのであろうか。
そして第四に、壬申の乱で大友皇子に加勢した亡命百済王族は天武王朝で冷遇されるが、不思議なことに、彼らの盛衰はこののち藤原不比等と同じ歩みを見せるのである。そして藤原一族を百済王家出身と考えることで、なぜ雄略的な姿勢を見せた天智を彼らが後押しし、逆に反天智、反独裁指向を示した蘇我氏を執拗につぶそうとしたのか、その理由が明らかになるはずである。
百済は、高句麗の南下、新羅の圧迫によって滅亡の危機に瀕していたのであり、彼らの日本での闘争は、祖国救済の命を賭けた目的があったとみなすことができる。さらに、反百済を貫いた蘇我氏や伽耶に“鬼”のレッテルを貼った意味も理解できるのである。

*ちなみに、蘇我入鹿滅亡に際し、最後まで蘇我を守ろうとしたことで知られる東漢(やまとのあや)氏は、壬申の乱に際し天武の武力として活躍しているが、彼らは鬼の国伽耶の小国・安耶(あや)出身と考えられる。彼らの本拠地もまた、飛鳥檜隅(ひのくま)から葛城にかけての地域であった。
さて、天武天皇は壬申の乱の直前、吉野に逃れるが、ここで天武を守った鬼が役小角(えんのおづぬ)とされている。この伝承が事実かどうか確かめるすべはないのだが、文武二年(698)に伊豆に流されてしまった役小角が、少なくとも天武天皇の時代には、朝廷から認められていたらしいことは、
初め小角、葛木山(かつらぎのやま)に住みて、呪術を以(もっ)て称(ほ)められる
と、「続日本紀」にあることで明らかであろう。役小角は持統の登場によって、危険視されていった可能性は高いのである。
役小角という修験道の祖が、いったい何者であったのかは定説となるものはない。しかし、葛城を根城に活躍していたこと
土着の賀茂氏と強い関係で結ばれていたことは確かであろう。この賀茂氏は、大物主神の末裔で、三輪氏と同族、物部氏の遠縁に当たっていることを忘れてはなるまい。

神・天皇は、そのじつ、大嘗祭や伊勢神宮、あるいは宮中で、鬼の主・大物主神や出雲神を最も重視していたのであり、国家の誕生日には、園(その)神、韓(から)神と称し、出雲の神、伽耶の神、双方の鬼を祀っていたからである。
鬼を祀る神、鬼には頭が上がらぬ神、それが天皇であることを、鬼どもは見抜き、だからこそ奉仕したと考えられるのである。
・・・・・(中略)・・・・・
相手は定住せず実体がないのだから、権力者にとってはじつに厄介な輩であり、彼らが天皇のみを主としていったために、権力者の王権簒奪の野望は、この闇の社会が抑止したのであろう。
もちろん、この闇の社会、裏の王権を形づくる担い手となったのは、八世紀に野に下った“モノ”の一族物部氏であった。そして物部氏が大豪族としてのかたちを失ったのちも、彼らが守り抜いた土着の精神、縄文からつづく太古の記憶は、日本人の遺伝子にすり込まれ、誇り高く、またしたたかな鬼どもを輩出していったのであろう。
こうして鬼たちの手によって、つぶされることのない王権は生まれたのである。そしてすでにふれたように、この王権のシステムは、“循環する王権システム”でもあった。すなわち、支配の建て前上のベクトルは、天皇→貴族(藤原氏)→良民(農耕民)→鬼(非農耕民)であり、鬼は最下層の被支配者でありながら、天皇という権威を守ることで、実際には闇、裏の世界からこの世を支配する者という逆説を生み出してしまったのである。



(管理人)
いやはや、実にユニークな視点で古代史を分析した良書であった。
通説では天皇家の皇祖神は伊勢神宮で祀られている天照大神であると言われている。
しかし、「大嘗祭という天皇即位の儀式及び宮中の儀式は天照大神が由来ではなく、物部氏の祖であるニギハヤヒから伝わるものであった」こと、そして「大嘗祭の本質はニギハヤヒを祀ることである」という驚くべき記述が書かれてあった。
以前紹介した関氏の書でも「天照大神の正体は男性神であり、日本書紀が天照大神を女性神であるように偽装工作をした」ということを記したが、今回の内容は「“鬼”の一族、物部氏と“神”の一族、天皇家が事実上、表裏一体である」とする明らかなスクープである。
ここまで偽造だらけの日本史であるならば、当然「神武天皇の東征」という話も疑わざるをえない。「神武はニギハヤヒを武力で制圧し、ヤマトを建国した」というのも当然嘘だろう。著者の言うとおり、「ニギハヤヒが神武を迎え入れ、王権を禅譲した」というのが正解ではないだろうか。そしてニギハヤヒは神武に王権を禅譲するために、義理の兄にあたる長髄彦を殺している。
これは一体どういうことだろうか?
著者の文面からも長髄彦は蝦夷(=縄文人=本来の土着の日本人)であると思われる。
ニギハヤヒは賀茂氏と繋がっていることからも、秦氏とも繋がっていると推察される。
ということはユダヤの系統であろう。
神武というのがよく分からないが、これまた東征とアレキサンダーの東方遠征の伝説が似かよっている話からも、ユダヤの系統ではないだろうか?
ということはですナ、あまりにも強引で申し訳ないですが、
ユダヤからやって来た(ユダヤ人)ニギハヤヒと神武が手を組んで、土着の日本人であった長髄彦及び日本原住民を武力制圧したのが事実ではないだろうか?
こんなことを言ったのは、後にも先にも私だけかもしれない。
真剣に調べたわけでもなく、思いつきで書いているので何の信憑性もないが、つきつめて考え込んだところで、歴史の真実などタイムマシンでその時代へ行かない限り、「絶対にこれが正解だ」などということは誰も言えるはずがないのだ。
この説でいくと、
1、 日ユ同祖論におけるユダヤと日本の神道の繋がり
2、 天皇家が今でも物部氏の祖であるニギハヤヒ由来の宮中儀式を大事に執り行っている理由
3、 さらに飛躍すれば、三輪山の大神神社が“蛇神”を祀っており、大嘗祭が“蛇の呪文”に彩られている理由
が解決してしまうのである。
どうやらこの世界の真相を理解するには、一つの側面ばかりに目を向けていてはいけないように感じる。古代史、日ユ同祖論、イルミの陰謀、レプティリアンに関する考察、
こういったノーマル・アブノーマルを飛び越えた多角的な視点を持たないと、古代史の真実は見えてこないだろう。
単なる仮説に過ぎないのに、さも古代史の真相を知ってしまったかのように語っている私も実にE度胸をしていると感じる。私のような思いつきとは違って、緻密な歴史考察を重ねられて、これだけ優れた書を書かれた著者に改めて拍手を送りたい。

評点:90点


(参考記事)
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-31.html
「聖徳太子は蘇我入鹿である」関裕二

http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-37.html
「天武天皇 隠された正体」関裕二





消された王権・物部氏の謎 オニの系譜から解く古代史 (PHP文庫)消された王権・物部氏の謎 オニの系譜から解く古代史 (PHP文庫)
(2014/01/24)
関 裕二

商品詳細を見る

COMMENT

NoTitle

伊邪那岐命ー伊邪那美命→ヒルメムチ(天照大神)、素戔嗚命。天照大神ー神産巣日神(思兼命)→5男(天穂日命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命、天忍穂耳命)、3女(多紀理姫、市寸島姫、多岐都姫)。天忍穂耳命ー万幡豊秋津師姫命(高御産巣日神=髙木命の娘)→饒速日命、天火明命、邇邇芸命。饒速日命ー鳥見屋媛命(三炊屋媛命=長髄彦の妹)→宇摩志摩遅命(物部連、穂積連、ウネベ連の祖)。邇邇芸命ー木花咲耶姫(大三島の大山祇命の娘)→鵜萱葺不合命。鵜萱葺不合命ー玉依姫(塩土翁の娘)→五瀬命、稲氷命、御毛沼命、神倭伊波禮毘古命(サヌ命=神武天皇)。多紀理姫ー大国主命→阿遅志貴高日子根命(加茂命)、下照姫(天若彦の出雲の妻)。神武天皇ー伊須気余理姫(宇摩志摩遅命の娘)→日子八井命、神八井命、神沼河耳命(綏靖天皇)。
これが古代飛騨皇統系図です。日本の始まりは飛騨であり、純日本人は飛騨乗鞍岳の麓に誕生しました。
奈良橿原大和は兄の饒速日命が開拓。弟邇邇芸命の孫のサヌ命(神武天皇)は九州平定(天孫降臨)後、饒速日命の待たれる大和へ御帰還。

Re: NoTitle

ご推薦いただいた山本健造氏の書を読んでいます。

ひょっとして、Misaki-1167 さんは山本氏のお弟子さんでしょうか?


NoTitle

いえいえ、違います。そんな、畏れ多い。
ただ、山本氏の著書を読んでいるだけです。
今は、各天皇の血について調べています。
大国主が新羅へ行き「ソ氏」の娘に小彦名を孕ませ、後に出雲に来て、出雲の返還後に統治していた天穂日命を殺し、出雲を乗っ取った。そこにはクエヒコが絡んでいた。彼は三輪山の日向神社に祭祀までされている。饒速日の御諸山は大田タネコ(少彦名の子孫)に乗っ取られ、以後出雲新羅が皇位を狙い「天照大神の八咫鏡」をつけ狙った。
そして蘇我氏の代に完全に新羅ソ氏の血が天皇に入った。用明天皇には新羅の血が入っている。今上天皇にも新羅の血が入っている。蘇我娼子と蘇我堅塩媛が血を入れた。藤原不比等の妻が娼子だ。不比等自体も怪しい男だ。

Re: NoTitle

古代史お詳しいですね。
古代史というのは調べれば調べるほど深みに嵌る底なし沼のようなものですね。
でも、それが魅力なんでしょうけどね。

山本氏の著書、読み終えました。
山本氏は霊能者の顔も持っていたそうですね。
近々、記事にするつもりです。


NoTitle

本日、確認がある方よりとれました。「飛騨の口碑」は言い伝えだけではなく、書面に記録されたものが、嘗ては実際にあったそうです。なんでも神棚の奥に隠してあったのを故山本健造氏と共に立ち会われた方が見たそうです。しかし、当時山本氏もその立ち会われた方もその重要性に気付かれていなかったのか、直接手に取って見られなかったとのこと。当時山本氏も半信半疑で翁の話を筆記されました。それから50年以上経ってから本格的に研究されました。既に翁はなくなっており、その書面も何処へ行ってしまったか今は探す術もないそうです。翁の御子孫も「そんなものはない!」の一点張りで取りあわれないそうです。なんということでしょうか。その書面があればもっと詳しいことが分かったかも知れません。本当に残念の極みです。

Re: NoTitle

本当ですか?
確かに山本氏の情報は「飛騨の口碑」によると書かれていますが、その詳細が分かりにくかったです。
子孫の方も様々な圧力等を感じて書面があっても秘匿されているのかもしれませんね。
それにしても、山本氏も翁の話を聞いて実際に研究されたのは50年後なんですね。
人の話というものは大抵の人間はすぐには受け容れないでしょう。
テレビの嘘ニュースはすぐに受け容れるみたいですがね(笑)


NoTitle

私は「日本起源の謎を解く」「明らかにされた神武以前」「暴かれた古代史・二千年の涙」程度しか読んでいません。
故山本氏も22、23歳の当時、日本人渡来説を信じてみえたので、口述を半信半疑で筆記され、長らく御自分の六次元弁証法の御研究や生業の教師の立場もあり、不敬罪の疑いを持たれては大変とのことで、70歳過ぎまでは興味も湧かなかったようですね。
こちらからご夫婦の著書取り寄せ可です。
http://fukurai.thebase.in/
古代史は謎だらけですが、魅力いっぱいの世界ですね。

NoTitle

飛騨の伝承↓をご存じですか?
http://roots-hida.info/
これを見ると、蘇我氏一族が滅ぼされた理由は、仏教排除ではなく、オオナムチの(新羅の女との間の)子 イソタケル命(=少彦名命)を神とするシラギ神崇拝教(=出雲族)を神社(権力)から排除するためでした。

Re: NoTitle

グリさん

コメントどうもです。
また、ユニークなサイトをご紹介いただき有難うございます。

> 飛騨の伝承↓をご存じですか?
> http://roots-hida.info/

存じています。
以前、この件をご紹介いただいた方もおられまして、
山本氏の書も一つ読みました。

> これを見ると、蘇我氏一族が滅ぼされた理由は、仏教排除ではなく、オオナムチの(新羅の女との間の)子 イソタケル命(=少彦名命)を神とするシラギ神崇拝教(=出雲族)を神社(権力)から排除するためでした。

ご意見は分かりますが、私は、この説は矛盾していると感じます。
確かに、出雲や蘇我氏が新羅と繋がっていたのは、間違いないでしょう。
ただ、飛騨に滅ぼされた出雲が一方的に飛騨を逆恨みしている、という説には賛同できません。
蘇我氏を倒したのは飛騨というよりも、百済の勢力下(というよりも百済人)であった中大兄皇子らによる行為だったのではないでしょうか?
蘇我氏排除の目的が仏教排除でないことは当然ですが、大化の改新の背景は、国内問題というよりも朝鮮国内の勢力争いであったという関氏の説が正しいのではないか、というのが現時点の私の考えです。
ただ、飛騨の天孫降臨説、ヤマトの名称が「飛騨から下山したことによる”山のふもと”説」を唱えた山本氏の主張は正解であると、私も考えています。

歴史というものはロマンがあり、真実を探求することは魅力的ですね。
ただ、少なくとも「公式ストーリー」は、嘘に満ち溢れていますね。

EDIT COMMENT

非公開コメント

テンプレート説明

このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。
背景はスライドショーになっています。

◎プラグイン説明

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。
←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。
このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

※最上部メニューバーの上に隙間がある方

最上部のメニューバーの上にFC2検索バー用のスペースを設けています。
検索バーを表示しない設定にしている方は、cssの最上部メニュー.MegaMenuの中にあるtop:27pxをtop:0に変更してください。

◎背景スライドショー説明

random : 1, // ランダム 0:オフ 1:オン
transition : 1, // 0:単純画像切替 1:フェード 2~7:移動 8:ページ更新毎に切り替え
transition_speed : 1000, // 画像間の切替時間
slide_interval : 3000, // 1枚毎の画像停止時間
slides : [
{ image : '画像URL' } // 画像の追加・削除はここ

★テンプレート名で検索すると、作者のブログにより詳しい説明があるかも知れません。