ニュートンは反キリスト? - 歴史・宗教

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ニュートンは反キリスト?

「ニュートンの予言 2060年、世界は滅亡する」第三部(最終回)
中見利男




前回に続く。

*さらにローマ教会は12世紀末から13世紀初頭にかけて教皇インノケンティウス3世の時代に絶頂期を迎えている。彼はローマ・カトリックの司祭によって聖別されたパンとぶどう酒がキリストの肉と血になるという「化体説」をカトリック公認教理とした教皇で、「キリストの代理人である教皇は、神よりは低いが人よりは高い。教皇は誰でも裁くことができるが、誰からも裁かれることはない」と豪語し始めるのである。ちなみにイエスがこんな発言をしたとは新約聖書にはみられない。こうした教皇周辺の傲慢ともとれる排他的な動きは異端信者ばかりでなく、女性にも向けられていく。たとえばイエスは女性解放、男女同権の先駆者だと語られるが、キリスト教を国教としたローマの皇帝や教皇を中心とした教会は、まるでそのイエスに対立するかのような動きを示すのである。
彼らは聖なる女性を魔女とみなし、女性の学者、祭司、ジプシー、神秘主義者、自然崇拝者、薬草収集家など、あらゆる女性に対して、魔女狩りを行なうのである。それには助産婦まで含まれていたというから、残虐にもほどがある。しかもそれが行なわれた300年のあいだに教会が焚刑に処した女性の数は、実に500万人に達するという。
女神を永久に消し去ることで、母権的な異教社会から父権的なキリスト教社会へ転換させるための政策とはいえ、その論拠は旧約聖書の創世記にあることだけはたしかである。
そしてもう一つの理由は男女をある意味同権とみなす秘密結社や異端の教えを粉砕するためであった。その究極の異端とはイエスとマグダラのマリアから放たれたグノーシスの教えである。驚くべきことに、当時のキリスト教世界はイエスの教えとペトロの教えとが二つに分かれてせめぎあっていたことになる。こうした事実を踏まえたうえでニュートンは、竜とは先のローマ帝国、海の獣を西ローマ帝国、そして陸の獣をその西ローマ帝国を復活させたローマ教会。このように看破してみせたのだ。その証拠に彼はイコン崇拝と三位一体論を推進するカトリック教会に対して次のように断言してみせる。
「唯一の父なる神、子、聖霊(三位一体主義)がキリスト教全体の荒廃であると信じる」
ちなみにヨハネの黙示録では、先にも述べたとおり三匹の獣のほかに赤い竜にまたがった女がもう一人登場する。
赤い竜はキリスト教を迫害したローマ帝国で、女はその上位に君臨する教会ということになる。この女は公認となったキリスト教のうち三位一体を信奉するローマ教皇であると考えられる。つまり竜と女が一体となった生き物とは、大都市ローマに根をおろし、ローマ帝国を基盤としたローマ教会なのである
。それが終わりの日に打ち倒される、とニュートンは考えたのである。
ただし、この三者は自滅するのではなく、凄まじい地獄絵図を展開しながら地球のあらゆる民族を巻き込んでいくのだという。それは我々日本人も決して無関係ではいられないほどの凄まじい日であるらしい。

フランク王国の源流は、シカンブリア人であるが、彼らの先祖はイスラエルを追放されたベニヤミン族であったという。そのベニヤミン族と逃亡先に住んでいたチュートン族と婚姻関係を結んだ結果生まれたのがシカンブリア人であったもともと彼らはカトリックではなく、ベニヤミン族によってユダヤ教カバラの影響が強い神秘的な信仰をもっていた。一説にはそれがアリウス主義だったともいわれている。それが496年、フランク国王のクロヴィスのときに、カトリックに改宗したのである。
この頃のローマ教会といえば、384年から399年にかけてローマ司教は教皇と自称しはじめたが、彼らは今日の教皇と異なり、まったく普通の司教と同じ立場であった。つまり当時の教皇は、今日のようなキリスト教世界の絶対的、精神的な指導者ではなく、多数の分派と同じ脆弱な基盤の上に立っていた。つまり信じられないかもしれないが、イエスが人間であり、神ではないと主張する前述のアリウス主義などの異端に比べ正統派の権威は低かったのである
そのため三位一体のローマ教会が権威を保持するためには、その権威を象徴する世俗側の強力な援護が必要だったのだ。いわばキリスト教をローマ教会の教義と一体化して発展させるためには、異端を打ち壊すだけの世俗権力がなければならなかった。そこに登場したのがフランク王国のクロヴィスだったのだ。
アルデンヌ出身のクロヴィスは、486年までには敵側の部族を次々と打ち破って多数の周辺諸国を併合し、メロヴィング家の領土を飛躍的に拡大させたのだが、そのクロヴィスにローマ教皇は目をつけたのである。
・・・・・(中略)・・・・・
ローマ教会とクロヴィスが結んだこの協定は、旧約聖書で神とダビデ王が結んだ契約と似たものであり、修正はできても、取り消したり、破棄したり、裏切ったりできないものであった。つまりローマ教会をクロヴィスが支え、そこからより一層強大な権威を生み出すための陰謀ともいえるシナリオが両者の間で練り込まれたのである。その後のローマ教会の飛躍的発展は今さら述べるまでも無いだろう。いわばローマ教会が今日あるのもこのメロヴィング朝フランク王国のクロヴィスとの協定が存在するからであった
反対にそれまでのアリウス派の信仰を棄てカトリックに改宗したクロヴィスには「新皇帝」の称号が与えられ、「神性ローマ帝国」という統一帝国を支配することになった。洗礼に先立ってクロヴィスは「メロヴィング家の代々の遺産となるべきローマ帝国を引き継いだ」と語ったといわれる。
あるいは「クロヴィスは統治はしなかったが、すべての人民と王を支配する西洋皇帝、西部ドイツ人の家長となった」と研究者は指摘している。
つまりクロヴィスの洗礼は、彼の軍事力、政治力を背景としたローマ教会によるキリスト教帝国の誕生を意味したのである

*もともとカトリック教会は、フリーメーソンを悪魔の集団と見なしていた。
ガリレオを迫害し、宗教裁判にかけたように、かつてバチカン(ローマ教会)は科学を敵視し、科学者はフリーメーソンに逃げ込み、そこでネットワークを維持してきたという歴史がある。彼らは、その象徴的人物として、当時傑出した数学者のピタゴラスや箱舟の設計技師であったノアをあげ、二人を崇拝しているが、フリーメーソンは科学の追及を思想信条としており、カトリックは科学的検証や実験、仮説を打ち立てる学者を神への挑戦者とみなし、宗教世界の敵と考えてきた。
そこで弾圧された科学者たちは、それに対抗するための地下組織を作る必要があったのだ。そのためフリーメーソンとバチカンの対立は時代が進むとともに先鋭化していったのである


*ここでもう一度、ニュートンの予言を見てみよう。
「二匹の獣と竜が暴れ始めてから1260日(年)後のそのとき、彼らは神によって打ち倒される。それは2060年のことである」
ニュートンは一匹の獣を西ローマ帝国、もう一匹の獣をローマ教会だと解釈した。
では終わりの日を50年後に控えた今、西ローマ帝国などどこにあるというのだろうか

・・・・・(中略)・・・・・
先ごろ合意されたEU改革条約は、実質的にEU憲法の締結であり、今後西ローマ帝国の皇帝同様にEU大統領が誕生する気配である。EU経済を支配するロスチャイルドを陰の主役とすれば表の主役とは前述のEU大統領に他ならない。
奇妙なことに、今、このEU大統領の座を目指しているイギリスの元首相ブレアは引退後ただちにカトリックに改宗している。彼はローマ・カトリック教会の権威を背景に大統領の座を掌中に収めようというのだろうか。
・・・・・(中略)・・・・・
そのEU統合本部のあるブリュッセルのコンピュータールームにあるコンピューターは、「Battle Engagement Area Sumilator Tracker」の頭文字をとって「BEAST(ビースト)」と呼ばれ、ここにはEU国民のあらゆる個人情報がデータ保存されている。EUとビースト。
おそらくニュートンがスコープを未来に向けたときに、彼はこのEUを最後の獣の一匹だと言い当てるはずだ。
そうなると、海から上ってきた獣はEU、そして地上から上ってきた獣がバチカンという最強の構図が出来上がる。しかもローマ帝国すなわち竜の伝統に裏打ちされた両者の存在。




(管理人)
その名を知らない人はほとんどいない、と思われるアイザック・ニュートン。しかし、一般に知られている彼のイメージと実像の間にはかなりの乖離が生じていたようである。
ニュートンの思想に迫るにはヨーロッパの歴史を振り返ってみる必要があるようだ。
興味深かったのは、東ローマ帝国(ビザンティン帝国)と西ローマ帝国及びバチカン(ローマカトリック教会)とフランク王国に関する記述である。
フランク王国をウィキから抜粋する。



フランク王国(フランクおうこく、フランス語: Royaumes francs、ドイツ語: Fränkisches Reich)は、5世紀から9世紀にかけて西ヨーロッパを支配したゲルマン系の王国。最大版図はイベリア半島とイタリア半島南部を除く西ヨーロッパ大陸部のほぼ全域(今日のドイツ・フランス・イタリア・スイス・オランダ・ベルギー・ルクセンブルクに相当)に及び、この地域を統一支配した空前にして絶後の国家でもある。
ゲルマン系フランク人のサリー・フランク族が建てた王国であることからこの名がある。現在のフランス・イタリア北部・ドイツ西部・オランダ・ベルギー・ルクセンブルク・スイス・オーストリア及びスロベニアを領土とした。首都は508年にパリに置かれた。カール大帝時代はアーヘンに王宮が置かれてここが事実上の首都となった。
フランク王国の成立は、古代末期、旧ローマ帝国領にゲルマン系諸族が大量の移住を行ったことに起因する(ゲルマン民族の大移動)。特にフランク族のサリー支族はローマ帝国の同盟軍として、シカンブリ人(英語版)など他のゲルマン系部族やローマ系住民を吸収して共同の軍役の中で集団形成を行い、ローマ的要素とゲルマン的要素を併せ持つ文化を発展させた。幾つかの幸運が重なり、フランク族は3世紀の間、中部ヨーロッパで勢力を保ち続け、次第に現在のドイツとフランスに勢力を伸ばした。ローマ帝国の没落につれて、フランク王国は西ヨーロッパで最大の国力をもつこととなった。フランク王国の系譜は、シカンブリ人系のサリー・フランク人クロヴィス1世がフランク人を統一して王国を開いたメロヴィング朝と、それを継承したカロリング朝に分けられる。

サリー支族から出たクローヴィス王は、フランク人を統一して覇権を得た。その上でランス司教のレミギウスの洗礼によりカトリックを受容した。このことは、旧ローマ帝国領で既にカトリックを受容していた在地勢力からの支持を得る上でも有益だった。その後もゲルマン諸勢力に対して遠征を敢行し、507年にはヴイエの戦い(英語版)で西ゴート王国からガリア南部(ガリア・アクィタニア)を奪い、ガリア支配を確立させた。
フランク王国では分割相続がとられた。そのため、クローヴィスの死後に王国はテウデリヒ1世(ランス)、クロドメール(オルレアン)、キルデベルト1世(パリ)、クロタール1世(ソワソン)の4人によって分割された。これらの分王国(アウストラシア分王国、ネウストリア分王国、ブルグント分王国、アキテーヌ分王国)は、6世紀半ばのクロタール1世や、7世紀初頭のクロタール2世によって再統一されることもあったが、多くの分国王は領内の指導力を欠いており、有力貴族が宮宰(王宮の長官)の地位について貴族を統率していた。とりわけ、アウストラシア分王国ではカロリング家が宮宰の地位を世襲化しており、7世紀後半の宮宰ピピン2世(中ピピン)は全ての分王国における宮宰職を独占するに至った。こうして台頭したカロリング家は、各地の実力者にその所領や特権を保障し、その代償として自らの家臣団に組み込んで軍事的奉仕を求めることで、その地位を強化していった。
こうして、既にカロリング家はフランク王国における事実上の支配者となっていたが、当時においてはメロヴィング家の血統が権威化されていたため、王位にはメロヴィング家がふさわしいとする考えが有力だった。そのため、カロリング家はローマ教皇との接近を強め、カトリックの権威を通じて自らの国王即位を正統化しようとした。当時はローマ教皇もビザンツ皇帝との対立を深めていた時期で、新たな政治的保護者を求めていた。こうして両者の思惑も一致し、751年にローマ教皇の支持下でピピン3世(小ピピン)がフランク国王となった。これによってカロリング朝が創始された。756年にはピピンが北イタリアのランゴバルド王国に遠征し、征服したラヴェンナ地方をローマ教皇に献上することでその連携を深めた。
ピピンの息子で後継者となったカール大帝(シャルルマーニュ)とその弟カールマンはフランク族の習慣に従って国土を分割した形で統治を開始したが、カールマンは771年に早世したためカールは単独の国王として長く君臨した。そして精力的に各地に遠征、ランゴバルド王国を滅ぼし、ザクセン人の強硬な抵抗を屈服させ、キリスト教を受容させて、彼の治世にフランク王国は最も隆盛を誇り、その版図は最大に達した。このような功績によってカール大帝は「ヨーロッパの父」「最初のヨーロッパ人」と呼ばれた。
800年のクリスマスに、カール大帝はローマ教皇レオ3世より西ローマ帝国皇帝(フランク・ローマ皇帝)に戴冠された。これはカールの王国が理念的にも東ローマ帝国(ビザンツ帝国)から自立し、独自性を得たことを意味する象徴的事件だった




本書によると、「フランク王国の源流は、シカンブリア人であるが、彼らの先祖はイスラエルを追放されたベニヤミン族であったという。そのベニヤミン族と逃亡先に住んでいたチュートン族と婚姻関係を結んだ結果生まれたのがシカンブリア人であった。もともと彼らはカトリックではなく、ベニヤミン族によってユダヤ教カバラの影響が強い神秘的な信仰をもっていた。」とのことである。つまり、シンカブリア人なるものはユダヤの系統であり、ユダヤ教カバラを信仰していたとのことである。そして、このフランク王国を建国したクロヴィスも、当初は東ローマ帝国皇帝から「執政官」職を授けられ、西ローマ帝国を継承する代理支配者とされていたのである。
この文章に私は大変違和感を感じる。それは、以前ユースタス・マリンズの書に東ローマ帝国に関する記述が記されていたからである。
そこにはこう記されていた。
「ユダヤ人がローマ帝国を破壊した後に、ローマの指導者たちが建国した東ローマ帝国(330~1453年)は、世界の歴史における帝国としてはもっとも長く1200年続いた。その最大の理由は、全史を通じて、ユダヤ人は、帝国の行政的な地位に就くことも、青少年を教育することも、勅令によって禁じられていた。東ローマ帝国滅亡後、ユダヤ人は、東ローマ帝国の歴史の痕跡をすべて抹消しようと試みてきた」と。
ユダヤを排除していた東ローマ帝国皇帝がユダヤの系統であるシンカブリア人のクロヴィスに西ローマ帝国を継承する代理支配者の地位を授けるはずがない、と感じたのである。

本書によれば、その後クロヴィスは東ローマ帝国を裏切り、フランク王国はローマ教会と繋がり、カトリック(三位一体論)に改宗し、勢力が拡大したという。
東ローマ帝国は偶像崇拝を禁止しているのに対して、西ローマ帝国及びローマ教会(以下、バチカンと称す)は実質上認めている。ニュートンは偶像崇拝が許せないためにバチカンを徹底批判していたとのことだ。
そしてバチカンはフランク王国の武力を背景にして反抗勢力を異端として扱い、キリスト教における中心勢力となることができたとのことである。今日バチカン及びローマ教皇が勢力を誇っていられるのもフランク王国の後ろ盾があったからこそだ、とのことだ。
フランク王国もバチカンの後ろ盾があったからこそ「神聖ローマ帝国」として勢力を拡大することができた、とのことである。

ところで、改めてニュートンとは何者だったのだろうか?

1、 ユダヤ系統のシカンブリア人とメロヴィング朝を支持している
2、 ユダヤ及びユダヤ教を肯定している
3、 キリストを否定してはいないが、神としては認めていない
4、 ローマ教皇及び三位一体論を否定している
5、 グノーシス主義を肯定している
6、 秘密結社・薔薇十字団及び錬金術に関わっていた
7、 フリーメーソンを肯定している

恐らくニュートンは何らかのユダヤの血統ではないだろうか。
そして、秘密結社に関わっていたのは間違いないだろう。
三位一体論や、偶像崇拝や、魔女裁判等、ローマカトリック教会がやってきたことには問題が多いと思う。しかし、フリーメーソン、イルミナティが長年やってきていることは、バチカンの比ではない。まさに、悪魔そのものである。ニュートンがキリストの神性を否定するのも十分理解できるが、「彼が信仰する旧約の神なるものも、ユダヤ人には都合のいい神かもしれないが、ユダヤ人以外には悪魔としか言いようのない存在である」と、私は感じる。そういった“恐るべき神”を信仰しているニュートンという人物を私は到底信用することはできない。
そもそも、バチカン自体がイエズス会で代表されるようにユダヤフリーメーソンに支配されているようですがネ(笑)

ところで、AP通信が配信した「ニュートンの秘密文書」なるものは本当に存在していたのであろうか?AP通信に限らず、通信会社なんてものは全てユダヤ系であるからにして、「彼ら」の色眼鏡を通してからでないと我々は国際ニュースという奴を目にすることができないのだ。この「秘密文書」を競売で競り落としたケインズも「彼ら」のお仲間ですしネ(笑)。このニュースが配信されたのが2007年6月21日、
全て足すと18(=6+6+6)だ。まさに、カバラだ!

本書はニュートンのローマカトリック教会に対する思いに迫った貴重な書だと思うが、どうしても上記の理由から胡散臭さを感じざるを得ない。

ところで何か忘れてませんか?
はい、2060年の終末予言のことですよネ。
ほとんどカバラには関心がないのでスルーしときました(笑)



評点:60点





ニュートンの予言―2060年、世界は滅亡するニュートンの予言―2060年、世界は滅亡する
(2007/10)
中見 利男

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