天皇絶対主義創作に利用された明治天皇 - 歴史・宗教
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天皇絶対主義創作に利用された明治天皇

「明治天皇を語る」ドナルド・キーン


2003年の書である。著者の書は初めて読んだ。以下、一部引用する。

*日光東照宮訪問にしても、徳川幕府との関係からすれば躊躇しても不思議はありませんが、そのようなことは全くありません。それどころか徳川家伝来の由緒ある建物に感動し、保存のための資金を提供します。

*明治天皇は東京行幸を皮切りに、北海道から、四国、九州まで、あらゆる地方を訪ねています。一連の巡幸は有史以来の長い旅行でした。明治天皇以前に、富士山を見たことのある天皇も、伊勢神宮を見たことのある天皇もいません。
・・・・・(中略)・・・・・
当時、民衆の多くはまだ、日本という国家よりも藩に対して強い帰属意識を持っていました。だから、日本はどんな藩よりも大きい、天皇はどんな大名よりも権威があるということを、一般の民衆に教えなければならなかった。
最近のある学者は、巡幸の目的は民を脅かすことだったと言っています。つまり天皇はどんなに強いか、あるいは天皇はいつも国民を見ているから注意しなさい、と知らせることだったというのです。

*一方の明治天皇は亡くなるまで、一度も銅像は作らせませんでした。他の皇族の銅像は上野公園などにありますけれども、明治天皇のものはない。これは世界的に見ても不思議です。
お札にも明治天皇の顔は登場しない。金貨とか銀貨とかにも天皇の顔は見えません。切手にもない。自分を人に見せようといった、そういう意思はほとんどありませんでした。

*明治天皇は極端に写真が嫌いでした。生涯で許した写真は二点しかありません。二点とも二十歳前後のものです。

*たとえば明治天皇は贅沢が非常に嫌いでした。
・・・・・(中略)・・・・・
明治天皇は、節約すべきだといつも言っていました。接ぎを当てた軍服を着ていたこともあります。穂先がちびた筆を使い、小さくなった墨を使いつづける。靴の裏に穴ができた場合はそれを修理に出しました。ある時、侍従が、実は修理代よりも新しい靴のほうが安いと言ったのに対して、明治天皇は、かまいません、修理すれば使えるものは修理してください、と答えています。物を捨てることはよくない、と考えていました。いかにも儒教的な考え方です。彼の倹約ぶりのため、蝋燭で煤け黒ずんだ宮殿のカーテンや障子もそのままでした。

*明治27年、朝鮮での清国相手の海戦と陸戦で勝利、壊滅的に敗走させたのち、日本はついに宣戦布告します。豊臣秀吉の朝鮮出兵以来、はじめて日本の軍隊が海外に打って出たのです。
・・・・・(中略)・・・・・
宣戦の詔書が公布された直後、そのことを伊勢神宮や孝明天皇陵に報告する勅使の人選を、宮内大臣が天皇に相談します。その返事が驚くべきものでした。
「その必要はない。自分はそもそもこの戦争には反対だったが、皆が開戦は避けられないというので許しただけだ。それゆえどうして先帝らに報告できるか」
宮内大臣は驚き、「天皇自らが宣戦を布告し、戦争はもう始まったのです。今になってそれをやめることはできない」と、天皇を諫めようとした。しかし「二度とお前には会いたくはない」と逆鱗に触れてしまった。




(管理人)
どうせ明治天皇礼讃の御用本だと思って読んだのだが、それなりに役には立った。
明治天皇の日光東照宮訪問に関する記述では、徳川の建造物を排除するどころか保存のための資金を提供していたことが分かり、明治維新が維新側と幕府側の八百長によって成立したことがここでも確認できた。

明治天皇の行幸に関する記述では、当時の国民は藩に対する意識が強く、天皇に対する想いは少なかったことが記されている。明治天皇の行幸によって天皇の権威を国民に知らしめることが目的だったのだろう。そのために若い天皇は日本全国を連れまわされたのだろう。
伊藤博文や大久保利通や岩倉具視の命令には逆らえなかったのだろう。

明治天皇の銅像や写真がなかったというのも、当然、天皇が入れ替えられたということを国民から隠したかったという意図が感じられる。「あれっ、天皇の顔が違う。以前と別人になったのでは?」と庶民に思われたらマズイですからね。天皇の意思というよりも、伊藤博文や大久保利通や岩倉具視の意思が感じ取られる。
明治天皇が節約家だったというのは、天皇が入れ替わっていることを端的に証明しているだろう。庶民として育った大室寅之助は、突然天皇になったからといって、昔からの習慣を変えたくはなかったのだろう。

明治天皇は日清戦争・日露戦争には反対だったのだろう。同じく伊藤博文や大久保利通や岩倉具視の命令には逆らえなかったのだろう。幼い頃に命じられて天皇にさせられたのだろうが、人間的にはいい人だったように思われる。
糾弾すべきなのは、明治天皇ではなく、この国を外国勢力に売り渡した伊藤博文や大久保利通や岩倉具視らの売国奴勢力である。

こうやって江戸時代には存在していなかった天皇絶対主義が創作されたのだ。

天皇絶対主義は戦争を企む勢力にとっては非常に“都合がいい”のである。

こうやって創作された天皇絶対主義の下、外国に侵略戦争を企む“戦争大好き国家”に変貌させられたのだ。

天皇の命じる戦争に協力しない者は非国民とされ、問答無用で戦地に駆られるようにさせられたのだ。

天皇の命令で日本が起こした日清戦争・日露戦争は、イエズス会が戦国大名を操って中国を侵略しようとしたのと同じ意図が働いていたのである。

日本国民は兵隊として利用されたに過ぎないのだ。

昭和の時代になり、この国の国民は、改めて中国侵略戦争に駆り出された。
いつの時代の戦争も、すべて国家・国民のためのものではなく、世界を支配する国際金融勢力によって意図的に起こされる八百長なのである。
世界を支配する国際金融勢力は、自分たちの意図する戦争が起こしやすいように、自分たちの意のままに動かすことができる傀儡を国の指導者に据え置くのである。
そういった腐りきった輩を売国奴と呼ぶのである。
この売国奴の末裔が今も外国勢力の傀儡として国家・国民を売り渡そうとしていることを、我々は覚えておくべきだろう。
国際金融勢力の傀儡として据え置かれた売国奴が行おうとしている憲法改悪、そして戦争への道が、すべて「偶然」ではなく意図的に仕組まれた八百長であることを、我々は理解しなければならない。


評点:50点





<参考記事>
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-9.html
天皇史そして日本史の真実
「天皇破壊史」太田龍



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COMMENT

ずっと裏から糸を引かれていたのでしょうね。。
諸外国もそうだと思います。

少し飛びますが、日光東照宮の三猿が数年前にお化粧直しされましたけれど、酷くチープになってしまいましたね💦
当時腰砕けてしまいました😭
小学校の修学旅行や個人的にも数回行っていたので、ガックリです。
やっちゃった感が半端ないです( ˙-˙ )

Re: タイトルなし

> ずっと裏から糸を引かれていたのでしょうね。。
> 諸外国もそうだと思います。


ある意味、可哀想な人生だったんだろうな、と感じるようになりました。


>
> 少し飛びますが、日光東照宮の三猿が数年前にお化粧直しされましたけれど、酷くチープになってしまいましたね💦
> 当時腰砕けてしまいました😭
> 小学校の修学旅行や個人的にも数回行っていたので、ガックリです。
> やっちゃった感が半端ないです( ˙-˙ )


そうなんですか。
実は、私、一度も日光東照宮に行ったことがないんですよ。
昔、添乗員をしてたので、日本全国ほとんどの観光地には行ってるんですが、
日光や尾瀬等の関東の観光地にはほとんど行ってないんですね。
良き日光東照宮を見られていたシェイクさんにとっては残念なことですよね。
昔、オーストラリアに一人旅をした時に、アデレードの教会を訪ねたんですが、
そこの神父さんが日本に行ったことがあるようで、「日光は素晴らしい」と話してくれたことが印象的でした。
オーストラリア人に日本の素晴らしさを教えられたことは驚きでした。

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