“八百長戦争”を仕組んだ財閥と、“八百長戦争”を応援した新聞社は、表裏一体だったのだ! - 広瀬隆
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“八百長戦争”を仕組んだ財閥と、“八百長戦争”を応援した新聞社は、表裏一体だったのだ!

「持丸長者[国家狂乱篇]~日本を動かした怪物たち」① 広瀬隆


2007年の書である。発売当時に読んだものを再読した。
複数回分けて記す。以下、一部引用する。



*読売と言えばジャイアンツを育てた正力松太郎のイメージが強烈だが、正力によって買収されるのは、はるか後年の1924年(大正13年)であり、それまでの読売は、子安を継いで社長となった本野盛亨(もとのもりみち)の一族によって代々発刊されてきた。
本野は佐賀藩士の息子だったので、大隈重信が設立した佐賀藩校・致遠館でオランダ生まれのアメリカ人宣教師フルベッキの教えを受けていた

*三井物産創業者・益田孝の日本経済新聞社、経済支配者・福沢諭吉の時事新聞社、藤田財閥創始者・藤田伝三郎の大阪毎日新聞社、川崎財閥創始者・川崎正蔵の神戸新聞社、三菱財閥創始者・岩崎弥太郎の女婿・加藤高明の東京日日新聞社(現・毎日新聞社)などは、これら財閥・富豪と共に世に出て大いに隆盛を誇った。加藤高明は、第一次世界大戦渦中で大隈重信内閣の外務大臣として中国の袁世凱に対華21箇条要求を突きつけ、巨大な大陸利権の強奪を画策し、日本が中国から最大の憎悪を買った外交の最高責任者である。そのあと総理大臣となって、世紀の悪法“治安維持法”を施行して国民に対する言論弾圧をおこなった悪名の代表者である。新聞人が自ら、言論弾圧をおこなったのだ。

日本で「鉄道の父」と呼ばれてきた長州藩出身の井上勝は、幕末に、五稜郭を建設した函館奉行所の才覚者・武田斐三郎(あやさぶろう)に英語など数々の学問を師事したのち、長崎のグラバーに手引きしてもらってイギリスに密航し、その国に5年間学んだ人物であった。したがって明治元年に帰国した井上は、素人ではなかった。
・・・・・(中略)・・・・・
この井上を支援したほかの出資者は、福岡県第一位の長者で、イギリスのケンブリッジ大学に留学した旧福岡藩世嗣(よつぎ)・黒田長成(ながしげ)、イギリスのオックスフォード大学に留学し、日本鉄道会社と東京電灯の設立に参画した、徳島県第一位長者一族の旧徳島藩主・蜂須賀茂韶(もちあき)、大名華族のなかで日本一の長者一族である旧加賀藩世嗣・前田利嗣(としつぐ)、三菱財閥の岩崎久弥、住友財閥の住友吉左衛門、安田財閥の安田善次郎、大倉財閥の大倉喜八郎、藤田組の藤田伝三郎、どこにでも顔を出す第一銀行頭取の渋沢栄一に三井の番頭・井上馨は勿論、日本最高の長者全員が揃って、汽車製造会社が「出発!進行!」した。
しかし資金があっても、機関車を設計できる技術者がいなければ、汽車製造にはならない。井上勝は渋沢栄一らを口説いて、日本鉄道会社が大宮に建設中の工場から、設計者の長谷川正五を引き抜いたが、この長谷川が奇しくも「日本人として初めて列車に乗った」ジョン万次郎の近親者だったのである。つまり正五の妻の兄が鉄道院副総裁・長谷川謹介で、謹介の娘がジョン万次郎の息子と結婚したのだ。



(管理人)
まず、ゴミ売の件である。この組織の正体は、正力松太郎が起源ではないようである。
改めて本野盛亨をウィキで見てみる。



本野 盛亨(もとの もりみち、1836年9月25日(天保7年8月15日) - 1909年(明治42年)12月10日)は、日本の官僚、実業家、読売新聞創業者。旧姓は八田。
肥前国佐賀藩の久保田村(後の佐賀市)に八田晋の子として生まれた。後に、本野権太夫の養子となる。佐賀有田で谷口藍田に師事し、藍田塾の仲間の縁で大阪へ出て、緒方洪庵の適塾で蘭学を修めた。長崎の致遠館では、フルベッキに英語等を学んでいる。



本野盛亨が受けた「フルベッキの教え」が英語だけでないことは、言うまでもありません。
正力松太郎は「フルベッキの教え」を引き継いだようですナ。
これで「フルベッキ由来の本野盛亨」と「CIA由来の正力松太郎」が「同一路線」であることが分かりますネ。
ゴミ売新聞の正体は、フルベッキ&CIA由来のものであり、日本人のための存在でないことが証明されています。
基本知識をご存じない方のために、CIAとゴミ売新聞の関係を改めて紹介しておきます。
ついでに「飛行機雲の正体」をご存じない方のために、「基本情報」をお伝えしておきます。
たまには空を見てくださいネ。



http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-43.html
イルミナティ→CIA→正力→日本テレビ→宮崎駿→風立ちぬ→戦争?
「あの素晴らしい“空”をもう一度」



このような汚い偽装ジャーナリズムは、ゴミ売新聞だけではありません。
当時の(今も変わりませんけどね)ほとんどの新聞社が財閥と表裏一体であったようである。

“八百長戦争”を仕組んだ財閥と、“八百長戦争”を応援した新聞社は、表裏一体だったのだ!

加藤高明をウィキで見てみる。



加藤 高明(かとう たかあき、安政7年1月3日(1860年1月25日) - 大正15年(1926年)1月28日)は、日本の外交官、政治家。外務大臣(第15・18・25・27代)、貴族院議員、内閣総理大臣(第24代)などを歴任した。
旧制愛知県立第一中学校(現・愛知県立旭丘高等学校)・名古屋洋学校を経て、明治14年(1881年)7月に東京大学法学部を首席で卒業し、法学士の学位を授与された。 その後三菱に入社しイギリスに渡る。帰国後は、三菱本社副支配人の地位につき、明治19年(1886年)岩崎弥太郎・喜勢夫妻の長女・春路と結婚。このことから後に政敵から「三菱の大番頭」と皮肉られる。
明治20年(1887年)より官界入りし、外相・大隈重信の秘書官兼政務課長や駐英公使を歴任。
明治33年(1900年)には第4次伊藤内閣の外相に就任し、日英同盟の推進などに尽力した。その後、東京日日新聞(後の毎日新聞)社長、第1次西園寺内閣の外相、駐英公使、第3次桂内閣の外相を歴任する。その間、衆議院議員を1期務め、後に貴族院勅選議員に勅任された。
大正2年(1913年)、桂太郎の主導による立憲同志会の結成に参画して、桂の死後に総理(立憲同志会は党首を総理と呼称していた)となった。翌年第2次大隈内閣の外相として、第一次世界大戦への参戦、対華21ヶ条要求などに辣腕を振るった。
大正13年(1924年)6月11日、憲政会が比較第一党となり加藤は内閣総理大臣となった。それは明治憲法下における選挙結果で選ばれた唯一の首相であった。加藤は初の東京帝国大学出身の首相である。選挙公約であった普通選挙法を成立させ、日ソ基本条約を締結しソ連と国交を樹立するなど、一定の成果をあげた。しかし一方では共産党対策から治安維持法を同時に成立させた。




このようなイギリスや三菱と結託した怪しい人物が、後の毎日新聞社長となり、首相になり、八百長戦争を遂行し、国民の思想弾圧を目的とした治安維持法を成立させたのだ。
マスゴミが腐りきったダマスゴミだということは、今も昔も全く変わっていない。
このような人物が普通選挙法を成立させたということは、この国の選挙制度というものは発足当時から不正塗れだったのだろう。
「このような腹黒い人物だが、選挙制度だけは国民のために成立させた」と思うこと自体がどうかしているのである。
我々は、以下の「事実」をしっかりと覚えておくべきである。

「国家・財閥・新聞社が一体となって国民の思想弾圧を行った」という「事実」を。


次に、井上勝をウィキで見てみる。



井上 勝(いのうえ まさる、天保14年8月1日(1843年8月25日) - 明治43年(1910年)8月2日)は、日本の幕末から明治にかけて活躍した武士(長州藩士)、官僚。正二位勲一等子爵。幼名は卯八(うはち)、通称は弥吉(やきち)。鉄道発展に寄与し、日本の鉄道の父と呼ばれる。長州五傑の1人。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン卒業。



はい、長州ファイブの一人である。
グラバーに手引きしてもらってイギリスに密航した井上勝は、明治維新が「成功」することを理解していて、「彼ら」に教育されたとおりに行動し、「彼ら」のお墨付きが得られたために「鉄道の父」にしてもらえたのである。
「彼ら」に協力した売国奴は、亡くなってからも「偉大な人物」として歴史に名を残してもらえるのだ。
渋沢栄一が新1万円札紙幣に「採用」されたのも、同様の理由からである。
これが、哀しいかなこの国で「腐りきった歴史偽造」が続いていることの証明である。
この国の「腐りきった歴史偽造」は、「現代の大嘘つき」にしっかりと引き継がれている。
改めて井上勝のウィキにから引用する。




のちの、平成26年 (2014年) 5月1日、安倍晋三内閣総理大臣は、留学先であるユニバーシティ・カレッジ・ロンドン構内にある、「井上勝」の名前が刻まれた長州ファイブ記念碑を訪れている。



呆れてものが言えない・・・
これが「日本の総理はバカにしかやらせない」ということか・・・
新聞社と同じような財閥人脈が、鉄道事業にも見て取れる。
ここに登場した日本鉄道会社を見て、過去のブログ記事を思い出した。



http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-2709.html
ペリー来航とジョン万次郎の帰国とグラバー来日は、「同じ目的」を持っていたのである
「持丸長者・日本を動かした怪物たち(幕末・維新篇)」広瀬隆



下関戦争が八百長であることは以前記事にしましたが、生麦事件もその可能性が高そうです。
イギリス人に斬りかかったという奈良原喜左衛門を調べると、死刑になっていないのです。
弟の奈良原繁をウィキで見ると、イギリス人を斬りつけたのは、兄の喜左衛門ではなく、弟の繁であると子孫から異議が申したてられているとのことである。
その奈良原繁は、明治になって日本鉄道会社の社長になったそうである。
何故に奈良原繁はそれほど出世できたのだろうか?
裏がないと思うこと自体、どうかしているだろう。
巨額な賠償金は、薩摩藩ではなく幕府が支払わされている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このような怪しい人物たちが関係している日本鉄道会社の社長に、生麦事件の真犯人と噂されている人物が「偶然」就任するはずがないのである。
生麦事件もヤラセであることは間違いないだろう。
“八百長テロ”の演出に協力した“ご褒美”に、奈良原繁は日本鉄道会社社長というご立派な役職を与えられたのだ。

生麦事件の真実はガセ麦事件だった!

学校教育は嘘八百!

この国の歴史は嘘八百!

明治維新も嘘八百!

財閥も嘘八百!

マスゴミも嘘八百!

ジョン万次郎も嘘八百!

「鉄道の父」も嘘八百!

新紙幣も嘘八百!

テロは昔も今も嘘八百!

戦争も嘘八百!

国民の99%以上がいまだに騙され続けているクレイジー国家ここにあり!







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