討幕という目的の最大の障壁が孝明天皇、その人であったのだ。ここに、我が国テロ史上でも、もっとも恐ろしい暗殺が発生することになる。 - 歴史・宗教
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討幕という目的の最大の障壁が孝明天皇、その人であったのだ。ここに、我が国テロ史上でも、もっとも恐ろしい暗殺が発生することになる。

「明治維新という過ち~日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト~」原田伊織


2015年の書である。
一言で言って、本書は先日紹介した「太田龍氏の書」と「体制側の書」の中間に位置する。
すべての判断基準は、「「語られている史実」に触れているかいないか」ということに尽きる。
明治維新について触れるのならば、「語られている史実」について触れていなければ、仮にそれ以外が全て真実だとしても、全く意味をなさないと断じる。
「太田龍氏の書」は、「語られている史実」に真正面から立ち向かっていた。
「体制側の書」は、「語られている史実」を完全に無視した。
本書は、「語られている史実」に“遠回しに”触れている。
「語られている史実」に“遠回しに”触れている箇所を、2箇所記す。



*具体的な人物でいえば、以下の幕末動乱期の主要な登場人物は、すべて「尊皇佐幕派」と位置づけられる人びとである。

・時の天皇   孝明天皇
・・・・・(中略)・・・・・

一般には、意外な人が、と思われる列挙かも知れないが、以上はほんの一部である。真っ先に挙げた孝明天皇とは、長州人が口を開けば「尊皇攘夷」を喚いていた、まさにその時の「尊皇」に当たる人である。この天皇が、討幕を、また天皇親政を考えたことは微塵もない。政治は幕府に委任しているし、そうあるべきものというのが、この天皇の一貫した考え方であった。その意味で、「尊皇佐幕」の筆頭に位置づけるべき方であろう。そうなると、この天皇がおわす限り長州・薩摩は武力討幕ができなくなる。討幕という目的の最大の障壁が孝明天皇、その人であったのだ。ここに、我が国テロ史上でも、もっとも恐ろしい暗殺が発生することになる。

*この会議は、慶応3(1867)年12月9日に開かれたが、この時世情は騒然、というより、事態はもっと緊迫していた。京都にクーデター派諸藩が軍を入れ、力で押し切ろうという姿勢を露骨に示したのである。
・・・・・(中略)・・・・・
現に、クーデター後の最初の“閣議”ともいうべきこの三職会議は揉めに揉めた。この会議は、御所内の小御所(こごしょ)で開催されたところから『小御所会議』といわれる。
・・・・・(中略)・・・・・
小御所会議が揉めた図式の軸は、土佐藩山内容堂と岩倉具視の対立である。山内容堂が「尊皇佐幕派」であることは、先に述べた。岩倉具視は、長州・薩摩の頭に立つ「討幕派」である。こういう場合、スタンスの違いだけでなく、実はこの時点で「岩倉具視は孝明天皇を毒殺した」という噂が広く流布されていたのである。この噂は、この会議の出席者は皆知っている。
山内容堂は、徳川慶喜の出席を拒んだ会議であることを責めた。同時に、今回の会議に至る事態を、幼い天皇を担いだ、権力を私しようとする陰謀であると非難した。この指摘は事実であって、まさに核心を衝いている。この時、山内容堂は『幼沖(ようちゅう)なる天子~』という表現をしたとされる。岩倉具視は、ここを捕えた。『幼沖なる天子とは何事か!』と反功に出た。完璧な「揚げ足取り」である。「揚げ足取り」であっても何でも、反論、反功しなければ、天皇暗殺の噂のこともあって自らの立場は危険なことになる。
・・・・・(中略)・・・・・
大久保と共に陪席を許されていた薩摩藩の岩下左次右衛門が、この経緯を警備の西郷に伝えたらしい。その時、西郷が漏らしたひと言、『短刀一本あれば片が付く』。これが歴史を動かした。西郷独自の計算、とする説もあるが、これは西郷の本音ではなかったろうか。複雑な曲線を描いて思考する癖のある、陪席している大久保に対する苛立ちも含まれていたのではないか。このひと言が岩倉の耳に入る。岩倉は、これを広島藩浅野茂勲に伝える。岩倉の決意を知った広島藩は、これを辻将曹が土佐藩後藤象二郎に伝え、後藤は主の山内容堂と松平春嶽に伝えた。
・・・・・(中略)・・・・・
山内容堂が身の危険を感じた時点で、会議の趨勢が決したといえる。再開後の会議において、「徳川慶喜に辞官納地を求める」、即ち、官位と所領を没収することを、誰も反対せず決議したのである。
・・・・・(中略)・・・・・
この後、我が国の「近代」といわれている時代では、政局が行き詰まる度に反対派に対して「問答無用!」という暴力=暗殺が繰り返され、最終的に長州・薩摩政権は対英米戦争に突入していったのである。





以上、この2箇所が、「語られている史実」に触れていると私が感じた文章である。
「太田龍氏の書」に比べれば、触れた内に入らないだろう。
しかし「著者としては精一杯体制派に抵抗心を示した」として、評価してあげるべきではないのだろうか。
少なくとも「語られている史実」を完全に無視した「体制側の書」と比べれば、大殊勲であると評価するべきだろう。

著者は当時の長州人を「テロリスト」と呼び、痛烈に批判している。
その「長州人テロリスト」に危険な思想を植えつけた吉田松陰を、痛烈に批判している。
「長州人テロリスト」が会津で行った蛮行を、具体的に書き記している。
さらには、この危険な思想は水戸学由来であると言い、水戸光圀や水戸斉昭を痛烈に批判している。

すべて真実だろう。

「長州人テロリスト」が会津で行った蛮行は、地元では「語り継がれている史実」であり、「鬼畜にも劣る愚行」であった。
水戸光圀は黄門様としてテレビで語られているような“立派な人物”などではなく、「若いころに女に狂い、人斬りをしていた暴漢」であったことは、これまた事実である。
このようなテレビ・映画や学校教育が故意に隠蔽してきた史実を、「これでもか」とばかりに書き記した著者の姿勢は、高く評価できるだろう。

ただ気になったのは、「幕末に暗躍していた外国人」については本書の冒頭で少し触れているのみであり、深く追及していないことである。
「語られている史実」に触れている箇所が少ないこと以上に、「幕末に暗躍していた外国人」に関する記述があまりに少ないのである。
明治維新を語るにあたって「幕末に暗躍していた外国人」に触れることは、「語られている史実」と同じぐらい重要である。
何故かって?

それは、ともに「明治維新の真実を探る上での最重要事項」であるからだ。

著者が「幕末に暗躍していた外国人」に触れている箇所は、ほんの1ページほどである。
「坂本龍馬がグラバー商会の“営業マン”的な存在であったらしい」とは書かれている。
ということは、著者は明治維新と「幕末に暗躍していた外国人」の関わりに気づいているということだ。
気づいている割には、このことに関する記述があまりに少ないのだ。
このことが「明治維新の真実を探る上での最重要事項」であるにもかかわらず、不自然なぐらいに“さらっと”終わらしている。
これまた「太田龍氏の書」に比べれば触れた内に入らないが、完全に無視した「体制側の書」と比べればほんの少しだけでも触れられているので、少しは評価できるのかもしれない。
このあたりが私には「消化不良である」と感じざるを得なかったが、「明治維新の真実」を探る上での重要な情報を伝えてくれたことには感謝したいと思う。


評点:80点






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