地域の英雄、日本の英雄、アジアの英雄である西郷隆盛 - 太田龍

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地域の英雄、日本の英雄、アジアの英雄である西郷隆盛

「日本人が知らない「人類支配者」の正体」第三部(最終回)
太田龍、 船井幸雄





前回に続く。今回は、孝明天皇弑逆事件、イルミナティによる中国支配、南北朝、明治維新、西郷隆盛及び征韓論についての太田氏の発言を引用する。



(太田)
*徳富蘇峰は昭和初年に、孝明天皇を平安神宮に合祀すべきだという運動を行ないます。
それからいろいろな動きがあって、昭和13年に孝明天皇を平安神宮にお祀りすることになりました。孝明天皇については明治、大正を通してずうっと国家、政府の指導者はできるだけ隠して触れないようにしてきました。孝明天皇の歴史と記録が出版されたのは敗戦後になってからです。
孝明天皇は36歳で亡くなっています。天然痘による病死というのが公式な記録ですけれど、その時点から、病死ではなく暗殺という噂が飛び交って、しかも内情を知る人たちは、岩倉具視(1825~83)が手引きし、伊藤博文(1841~1909)が長州の忍者を使って暗殺を実行したという話が伝えられてきました。そのことは敗戦まではまったく触れることのできないタブーでした。
しかし、敗戦後になって、いろいろな作家が推測とか、記録を探すようになって書くようになりました。私の知る限りでは、もっとも明確に暗殺の可能性を書いたのは山岡荘八さんなのです。山岡荘八は「徳川家康」全26巻を書きました。そのあと「徳川慶喜」「明治天皇」の6巻ずつ全12巻を書いています。それを執筆していくうちに、孝明天皇暗殺を示唆するような文章に行き当たったのです。

(太田)
*イルミナティによる中国の支配が18世紀からアヘン貿易を通じて浸透して、アヘン戦争で中国が敗北すると、すぐに上海に拠点を置いて中国の権力の中枢に彼らのエージェントを育成していったのです。
そこで、彼らのエージェントに取り込まれたのが清朝末期の大政治家李鴻章(りこうしょう、1823~1901)なのです。李鴻章というのは日清戦争のとき、日本と講和条約をした宰相で、日本では有名な中国人です。その李鴻章が英国東インド会社による中国支配の総代理人のような地位にいたと書かれています。
長期にわたってイルミナティは清朝の権力中枢のなかにエージェントを育成して、つぎの段階、辛亥革命において、孫文(1866~1925)以下、国民党を彼らのエージェントにします。しかし、国民党では彼らの思うような中国の伝統破壊を遂げる能力がないとみて、彼らの手先としてあらゆる形で中国共産党を支持育成して、中国共産党政権をつくったのです。だからこの中国共産党が最大の問題なのです。
しかし、中国共産党政権は今、瓦解寸前といわれていますがなかなか瓦解しないのは、中共政権を米英イルミナティが全力を挙げて支えているからなのです。彼らが介入せず、中国だけの状況であればとっくに中国共産党政権は崩壊しています。

(太田)
*奈良時代に日本の皇室が完全に仏教化しました。藤原一族が強力になって藤原家が日本の支配者で天皇はその傀儡みたいな時代になっていきます。以降、天皇が政治を独裁するということは行なわれなかったのです。
ところが後醍醐天皇は中国の皇帝独裁性を理想としてはっきり意識していました。これは否定できない事実です。しかし、後醍醐天皇の南北朝争乱は足利尊氏(1305~58)に敗れました。敗れた後、後醍醐天皇は吉野に入って、南朝というか吉野朝を支持する勢力が全国にできました。その勢力の実体をみると奇妙なことに、日本の原住民系というかそういうような勢力がかなりな比重を占めるのです。
だから、後醍醐天皇の理想とした中国の皇帝独裁的なシステムとは全然ズレが生じてしまいます。南朝が50年間つづき、正式に南北朝の後もかなり長い間、南朝系の勢力が日本に維持されました。というのは、縄文時代以来の日本の原住民系の人たち、及び、京都朝廷に掌握されないような人々によって支持されているので、かなり長期にわたって南朝系が維持されたと言うヒトもいます。それもまた事実です。
そして、徳川家康は南朝系なのです。そういうふうにして、日本の南北朝問題というのは展開していきます。徳川時代に水戸藩が日本の歴史を編纂します。その編集の威信をつけるために、顧問として明からの亡命学者朱舜水(しゅしゅんすい)を水戸藩が抱えます。その明から来た学者が唱えた「尊皇攘夷」というのは、自分の仕えていた武家と朝廷では、朝廷=天皇家のほうが正統であるという史観です。つまり、明国が満州王朝=清国に滅ぼされた後も、満州王朝を「夷」と定義して「滅満興明」を掲げて戦ったという史観です。
そういう歴史観を日本に当て嵌めると、南北朝の問題も南朝のほうが正統だと主張したのです。以来、水戸藩に南朝正統論が定着して幕末になって南朝のヒトを皇位、天皇にしようという話になったわけです。

水戸藩の系統の天皇は有名な熊沢天皇です。長州藩の南朝系の血統というのが大室寅之祐だったわけです。そこで、水戸藩、長州藩の両方で謀略、策略を使ってそれぞれを天皇にしようとしました。だから、明治維新は「南朝革命」という要素があったと、鹿島さんは言っています。しかし、私はその説には賛成していません。
明治以降、南朝の忠臣である楠木正成(1294~1336)が日本最大の忠臣といわれるようになった背景は、以上のように説明できるのです。

(太田)
*長州藩が幕末からいまに至るまで強固な支配体制を維持している理由は、日本の政治では非常に異質な「忍者・諜報」機関が背後にいたということだと考えられるのです。そんな国家は日本には他に存在しませんでした。
それは英国というかヴェネチアの国家に非常によく似ているのです。国家の中心が諜報機関なのです。そういうふうなシステムが毛利藩に継承されていきます。というのは長州をつくった毛利元就(1497~1571)は最初は小さな勢力でした。ところが、いまの中国地方10カ国を支配するような大大名に伸し上がったのです。それはもっぱら諜報と謀略活動で大きくなったのです。豊臣秀吉も似ていますが、それとは違います。
そのような性質を持った毛利藩が関が原の戦いで負けて小藩になります。しかし諜報機関は維持されて、「忍者集団」になります。そのトップが「上忍」で、「中忍」「下忍」などのシステムができあがります。そういうシステムこそ英国の国家、諜報機関、フリーメーソンと非常に相性がよかったと思われるのです(笑)。
そして公然と孝明天皇を弑逆して息子の睦仁天皇も殺す、それを平然と行なうわけです。
しかも、すり替えして隠蔽しきるという、日本のなかでは異質な手段を用います。

そういうところでは、薩摩は長州の敵ではありません。グラバーの世話で長州の伊藤博文以下5人がロンドンに留学します。薩摩も同じようにグラバーを通じて続々とヨーロッパに留学して、そこでフリーメーソンになって帰って来た人物がたくさんいます。しかし、権力の中枢は長州藩にあって、薩摩のほうは下位に過ぎなかったのです。
しかも、長州の諜報機関、忍者集団出身の権力中枢の連中は、薩摩を蹴落とすために分裂させるわけです。大久保利通(1830~78)と西郷隆盛(1827~77)を分裂させて、西郷派を一掃すると、薩摩の勢力は半分くらいいなくなってしまいました。さらにその次は、大久保利通を消してしまうのです。大久保を暗殺したのは島田一郎という加賀藩の人物でしたが、その動きは長州側が察知していて、彼を泳がせて大久保を暗殺させました。だからその主犯は木戸孝允と伊藤博文なのです。これは鹿島さんが書いています。

そういう諜報と謀略能力は、長州のほうが日本の他の藩とか勢力に比べて段違いに勝っていたのです。しかし、そういう諜報能力と謀略の力は英国のフリーメーソン、イルミナティのレベルと比べるとはるかに劣っているので立ち行かなくなってしまいます。

(太田)
薩摩の西郷隆盛は日本の侍の典型ともいえる存在です。たびたびフリーメーソンから誘われますが、西郷さんはそれを拒否します。そこで、言うことを聞かないために西郷さんを処分するようなシナリオが書かれて、実行されたのです。
西郷さんは孝明天皇弑逆事件の前後についても、フリーメーソンの謀略であるということを知っていたのです。もちろん室寅之祐についても、西郷さんは全然、恐れ入っていません。明治天皇は西洋の帝国主義の傀儡になってしまったわけですが、そういう天皇が邪魔をすれば切るだけだ、という趣旨の詩を書いています。
だから西郷さんはなにも言わないで死んだけれど、沈黙して世を去った陰で明らかになっていないそうした心情というものは、日本人に伝わっていてそれはいつまでもつづいているのではないでしょうか。

(太田)
*西郷軍のなかには西洋のことをよく知っている人が何人もいたのです。だから、長州藩の背後にいたイルミナティやフリーメーソン、英国の諜報機関や外交機関などの勢力は、西郷を潰さなければいけないという狙いをつけていたのです。それで西南戦争に動員された西洋の軍隊の規模は莫大なものでした。莫大な西洋式軍隊をつくった資金はサッスーン財閥を通じて、東京の政権に対してあらゆる援助を与えたのです。だから西郷軍が戦ったのは東京の政権というより、背後にいる英国と西洋の軍隊だったのです。鹿児島ではこのような事情が、意識的か無意識的かは別として何らかの形で浸透しているのではないでしょうか。いまでも西郷さんは代表的薩摩人、鹿児島人であり、大久保利通のほうはまったく振り向きもされず、問題外なのです。
しかし、長州と大久保一派がつくった歴史ではまったく逆になっています。「征韓論」論争がそれです。明治6年(1873)に西郷が韓国を征服するという「征韓論」が出てきて、まず国内を固めることが先だという大久保一派と論争して、西郷のほうが敗れたという具合に、今でも教科書に書かれています。日本人はそういうふうに教えられていますが事実はそうではありません。
大久保と木戸と岩倉などが欧米を回覧してきた「岩倉使節団」が同年(1873)9月に帰国した後、西郷の征韓論を批判しました。なぜ大久保と木戸の一派が強硬に西郷を韓国に派遣することを阻止したかというと、単に彼らの考えではなく、背後に英国・フリーメーソンの支配と指示があったからなのです。
つまり、フリーメーソン・イルミナティの東アジアに対する基本的政策は、数百年来、中国と日本と韓国の三つの国を、絶対団結させてはならないという基本方針があったからなのです。これはいまに至るまで変更されていません。西洋に対して、この3カ国をそれぞれ分裂させてお互いに争わせ、殺し合いさせ、憎しみを掻き立てる、そういうふうに分断するというのが基本方針です。
この方針を知っていた西郷隆盛は、「自分は韓国に行ってよく話し合って、一緒に西洋と戦おう」と言いに行こうとしたのです。それができたら次は北京に行って、清国の政府とも話し合いたいと公言しています。
そんなことは絶対許さないはずです。フリーメーソン・イルミナティからすれば、西郷隆盛はその当時におけるアジアのもっとも危険な人物だったのです。「あらゆる力を行使して、西郷を潰せ」という彼らの命令を実行したのが大久保利通と長州勢だったのです。

残念ながら、そういうことが鹿児島の人たちにはいまもってわからないのです。





(管理人)
気がついたら全てが太田氏の発言の引用ばかりとなっていた。別に船井氏の発言がどうこうと言うつもりはないが、船井氏には申し訳ないが「語っている内容の重み」に雲泥の差があるのだ。船井氏は対談の相手を間違えたとしか言いようがない。Bフルフォード氏あたりなら、きっと船井氏のほうが価値のある発言が多いと、感じていただろう。

それにしても毎度のことではあるが、太田氏の博識ぶりには驚かされる。「若い頃から「法華経」と「古事記」を座右の書にしてきた」とのことだが、私のまわりにこのような人間がいたら思わず引いてしまいそうになるが(笑)、いやはや流石である。
その「法華経」だが、私の実家も日蓮宗であり、親が亡くなった際、坊さんが唱えるお経に合わして、坊さんに渡された方便品(?)を見ながら、訳も分からずに一緒にお経を唱えていたのを思い出してしまった。
なんだ、そうゆうことか。「法華経が何を言わんとしているのか」ということを日蓮も理解していなかったとは・・・、笑わなしゃーないっちゅーことですナ。
皆さんも、「法華経」の真意は「無数の天体の中に、もし仮に、最も理想的な知的生物が存在したとしたら、その最高の知的生物が最後に把握する究極の真理とは何か」ということを追求しているのだ、ということを覚えておきましょう。

また、「資本主義や共産主義はイルミナティが作り出した演出である」ということは以前から理解していたが、太田氏の解説は見事としか言いようがない。
資本主義は魔術であり、共産主義はその魔術のなかで踊っているピエロの一種である」ということも、皆さん覚えておきましょう。
いまだに、「右」だ「左」だと騒いでいるネトウヨさんや、ネトサヨさんもEかげん、右も左もともに「彼ら」が演出した芝居であり、魔術であるということに気付いて下さい。
ヒトラーマルクスも「彼ら」が作り出した「役者」の一人に過ぎないのですヨ!

キリスト教に関する記述も驚愕の内容であった。「イエズス会を初め、キリスト教なるものの正体は実質ユダヤ・カバラ教である」ということは、当ブログでも何度もお伝えしてきたかと思うが、実際問題いつそうなったのかはいまひとつ解らなかったが、本書では「古代ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝によって、ローマの国教としてキリスト教が採用された時点より、キリスト教はユダヤに乗っ取られている」というのである。
そして、「キリスト教とユダヤ教が対立抗争している」とうのもユダヤによる演出だとのことだ。本当に「彼ら」の陰謀・策略の歴史は根が深そうである。

ヴェネチアの「黒い貴族」に関する記述も実に解りやすかった。十字軍も宗教改革もイエズス会も、全てヴェネチアの「黒い貴族」の演出だったようですね。
ただ、マルチン・ルターは晩年に「ユダヤ人と彼らの嘘」という小冊子を発表していますが、そこでユダヤ人、ユダヤ教、タルムードを徹底的に批判しています。
このことは太田氏も知っているはずです。「ルターがユダヤを中心としたヴェネチアの「黒い貴族」による傀儡であるのならば、何故にルターはユダヤ批判の書を世に残したのでしょう」という疑問が出てくるが、太田氏は故人となっているので回答いただくのは無理な話である。

そして明治維新の舞台裏についての記述が、この書の最大の価値ある箇所だと感じた。
特に西郷隆盛の征韓論に関する記述は、今までよく理解できていなかったが、大変納得することができた。さも西郷さんが「韓国を軍事制圧しようとしていた危険な人物」であるかのごとく、教科書を中心に「嘘の歴史」を洗脳し続けているこの国だが、西郷さんは「明治維新を背後で操ったイルミナティ・フリーメイソン」に反旗を翻して、「韓国や中国と連帯して西洋と戦おう」としていたのだ。伊藤や大久保のようなイルミの走狗政治家が売国政策を続けていたのとは正反対に、日本のためアジアのために自らの命を投げ捨てて、「西洋・イルミナティ・フリーメイソン」と戦ったのである。皆さん、特に鹿児島の方、地域の英雄、日本の英雄、アジアの英雄である西郷隆盛の真実を理解して下さい。
最後にもう一度、太田氏の発言を引用しておきます。


フリーメーソン・イルミナティの東アジアに対する基本的政策は、数百年来、中国と日本と韓国の三つの国を、絶対団結させてはならないという基本方針があったからなのです。これはいまに至るまで変更されていません。西洋に対して、この3カ国をそれぞれ分裂させてお互いに争わせ、殺し合いさせ、憎しみを掻き立てる、そういうふうに分断するというのが基本方針です。

現在、尖閣や竹島を使って「彼ら」は八百長戦争を起こそうとしています。いまは亡き西郷さんや太田さんが残してくれた「遺言である真実のメッセージ」をしっかりと受けとめて欲しい。それが真実の歴史を学ぶ真の目的であると、私は感じます。



評点:90点




 







日本人が知らない「人類支配者」の正体(超☆ぴかぴか) (超☆ぴかぴか文庫)日本人が知らない「人類支配者」の正体(超☆ぴかぴか) (超☆ぴかぴか文庫)
(2011/09/22)
船井 幸雄、太田 龍 他

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