日本はあのような災害(東日本大震災)にも対処しており、なぜ今この緊急事態条項を入れる必要があるのでしょうか - ユダヤ・イルミナティ・フリーメーソン
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日本はあのような災害(東日本大震災)にも対処しており、なぜ今この緊急事態条項を入れる必要があるのでしょうか

「同じサイコパス勢力に操られたヒトラーと安倍、独裁政治は憲法修正・改悪から始まる」



「ナチスの手口を学ぼう」と公言している売国政治家のサイコパス思考を学ぶためにも、
今まさに観ておくべき「報道ステーション」が放送したテレビ動画をアップしておきます。
この放送を文字起こししてくれている方もいたようなので、転載もしておきます。
当時の「報道ステーション」は、「国民が知っておくべき報道」をしていたようですね。
私が特に言っておきたいことは、「ナチスがしたことも自民党がしようとしていることも同じ勢力の指示・命令系統から発生したものだ」ということです。
「ヒトラーも安倍も同じ勢力に操られている」ということです。
基本的にその勢力はサイコパスであり、国民の生命など屁とも思っていません。
我々は黙っていてはいけません。サイコパスに黙ってやられるわけにはいかないのです。
「独裁政治は憲法修正・改悪から始まる」ことをお忘れなく!
「このようにさせてはならない」という意味で、ナチスの手口を学び、
悪魔の計画を止めさせましょう!





https://www.facebook.com/notes/satoshi-matsumoto/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%86%B2%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%95%99%E8%A8%93-%E3%81%AA%E3%81%9C%E7%8B%AC%E8%A3%81%E3%81%8C%E7%94%9F%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3/1301656226514900/
ワイマール憲法の"教訓" なぜ独裁が生まれたのか? - 報道ステーション

朝方の雨があがりました。そのせいか、だいぶ人通りが多くなってきた感じがします。そして、私が立っているうしろ、国民劇場です。今夜はゲーテの『ファウスト』が上演されるということですが、この左手の人物がその文豪ゲーテ、その右側があの年末吉例『第九』の「歓喜の歌」の詩人シラーです。見たところ、シラーがゲーテに軽くツッコミを入れている気がします。
さて第一次世界大戦後、今から100年近く前に当時世界でも最も民主的と言われたあのワイマール憲法がこの劇場でまさに制定されたんです。第一条は、もちろん「国民主権」。そして「男女平等」「思想信条の自由」「基本的人権を尊重する」。日本国憲法も大きく影響を受けたわけです。さて、このプレートに「1919年8月11日、ドイツ国民はこの場所でワイマール憲法を制定した」としっかり書いてあります。
ただ、ここでちょっと見てもらいたいものがあります。カメラさん、引いていただけますか。これが今の国民劇場の前の広場。同じ場所ですが、とんと飛んで、これは1926年のこの広場です。ワイマール憲法制定からわずか7年後の1926年、ナチスの第2回党大会が開かれている様子です。アドルフ・ヒトラー、ナチ(国民社会主義ドイツ労働者党)を率いて独裁体制の下、第2次大戦を引き起こして、ユダヤ人の大量虐殺という大惨事を生んだ。

でも、ヒトラーというのは軍やクーデターで独裁を確立したわけではありません。合法的に、実現しているんです。実は世界一民主的なはずのワイマール憲法のひとつの条文が独裁につながってしまった。そして、ヒトラーはついにはワイマール憲法自体を停止させました。さきほどのこのワイマール憲法制定のプレート、これも親衛隊に一時はずさせています。いまのプレートは、戦後また同じものをかけ直したというわけです。
ヒトラー独裁への経緯というものをふり返っていくと、まあ、日本がそんなふうになるとは到底思わない。ただ、いま日本は憲法改正の動きがある。立ち止まって考えなければいけないポイントがあるんです。
ワイマールの街を代表するホテル「ホテルエレファント」です。このホテルをとてもヒトラーは気に入ったといいます。最終的に、このホテルはナチが経営していたんです。2階には、かつてナチが会議室に使っていたという部屋があります。ここです。いまはきれいに改装されて、客室になっています。そして、つづきにバルコニーがあります。ヒトラーはこのバルコニーに出て、パレードを謁見していた。

当時のドイツは第一次大戦に負けて、巨額の賠償をかかえ込んだ。しかし、経済においては一旦は建て直すことができた。そのあとです。世界恐慌が起きてしまった。失業者が街にあふれた。さらには、失業していない人びとの心の奥にも、失業への恐怖というものが渦巻いていた。そういう中で、ヒトラーは「経済対策」と「民族の団結」を前面に打ち出していった。そして、表現がストレートだった。
「強いドイツを取り戻す」「敵はユダヤ人だ」と憎悪を煽った。演説が得意だったヒトラーは、反感を買う言葉を“人受け”する言葉に代えるのがうまかった。たとえば、「独裁」を「決断できる政治」、「戦争の準備」を「平和と安全の確保」といった具合です。
アドルフ・ヒトラー「平和を愛するとともに、勇敢な国民になってほしい」「この国を軟弱ではなく、強靭な国にしたいのだ」「この道以外にない」

ヒトラーの腹心ヘルマン・ゲーリングも、のちにその手法を語っている。「国民は指導者たちの意のままになる。それは簡単なことで、自分たちが外国から攻撃されていると説明するだけでいい。平和主義者に対しては愛国心がなく、国家を危険にさらす人びとだと批判すればいいだけのことだ。この方法は、どこの国でも同じように通用する

ヒトラーの息づかいはどんどん、どんどん大きくなっていった。ただドイツの憲法は世界一民主的な、あのワイマール憲法です。独裁などというものが許されるわけはないんです。では、ヒトラーはどうしたんだ? 実は使ったのはワイマール憲法の第48条「国家緊急権」というやつなんです。これがポイントです。
これは、国家が緊急事態に陥った場合に大統領が公共の安全と秩序、これを回復するために必要な措置を取ることができる。大統領がなんと!一義的には何でもできてしまうという条文だったわけです。この条文が実は、ヒトラーに独裁の道をついに開かせてしまった。では、なぜそもそもこの条文が入っていたのかといいますと、憲法を当時つくった人たちが、国民の普通選挙による議会制民主主義というものをまだ完全には信用していなかったんです。
国民の男女平等による議会というのは初めてのことですから、言ってみれば憲法をつくろうとしていた人たちがまさにこのぎっしり詰まったソーセージのように、疑いをぎっしり詰め込んでいたということなんです。庶民はまったく信用されていなかったということなんです。
でも、ヒトラー以前にはこの条文は何回も使われていたんです。議会が紛糾して、まったく動かなくなる。さあ、どうしよう。法律を通さなければいけないというときに、何回もこれは使われていた。しかし、ヒトラーは完全にこれを悪用したということなんです。

ヒトラーは権力掌握のために、国家緊急権をどう巧妙に使ったのかという点です。1933年です。念願の首相に任命されたヒトラーは議会で多数を取るために、すぐに議会を解散しました。そして選挙に向けて、互いに利用し合う関係にあった当時のヒンデンブルク大統領を動かした。そう、共産党が全国ストを呼びかけていた。それを見るや、国家緊急権を発動させたんです。
集会と言論の自由を制限、政府批判を行う政党の集会やデモ、出版をことごとく禁止した。そして、それからおよそ3週間経って、また立て続けに国家緊急権を発動します。有名なベルリンの国会議事堂が放火されるという事件が起こった。一説ではナチの自作自演だという話もありますが、ヒトラーはこの放火事件を共産党の国家転覆の陰謀として、またも国家緊急権を使ったのです。
今度は、あらゆる基本的人権を停止した。司法手続きなしで、逮捕もできるようにしてしまった。野党はもはや自由な活動はできなくなりました。当時、お父さんが野党のベルリン市議会議員だったローラ・ディエールさん、95歳です。

「父は社会民主党の集会に参加しました。しかし、二度と戻って来なかった。ナチは家の中を荒しまわり、めちゃくちゃにしました。当時は(メディアも含めて)思っていることを口に出すことは許されなかった。ナチは、そこを最も重視していました。ナチ政権について思っていることなど、誰も口にできませんでした」
当時の共産党のエルンスト・テールマン党首も突然逮捕され、のちに殺害されました。そのお孫さんです。
ヴェラ・デーレ・テールマンさん(59歳)「共産党の党首だった祖父が逮捕されたことで、母は学校でナチを支持していた女の子から殴られました。その後、母も祖母も逮捕されてしまいました。母は強制収容所に連行され、拷問やひどい暴力を受けました。民主的に選ばれた政権であっても、憲法の条文によって独裁者に変わる可能性があるんです。この歴史を二度とくり返してはいけません

当時のドイツの政情は左翼勢力・右翼勢力の対立が激しくなって、各地で暴動や反乱がくり返されていた。非常に不安定だった。そんな中で、国家緊急権行使を後押ししたのが保守陣営と、そして財界でした。財界も何もナチのことは好きではなかったけれども、何よりも共産主義勢力のもり上がりを怖がっていた。
憲法裁判所 元判事のディーター・グリム教授(79歳)の話です。「ヒトラーは国家緊急権で自由を廃止し、野党の息の根を止めました。それが民主主義と議会の終焉につながったのです。この憲法で、まさか独裁者が誕生するなど思いもしなかった。でも、実際に独裁者は誕生した。それは、想像を超える世界でした
野党が自由を奪われた選挙ですから、ヒトラー率いるナチ党は議席をふやして、いよいよ仕上げにかかろうとします。恫喝と懐柔を駆使して反対派を従わせて、議会の3分の2まで押さえて成立させたのが、あの「全権委任法」です。国会の審議を経ずに、政府が憲法の改正を含めてすべての法律を制定できてしまう法律です。この瞬間、世界一民主的な憲法の下で合法的に独裁が確立したんです。
ヒトラー「私やナチを疑うのは頭がおかしい者か、ホラ吹きくらいのものだ。我われはドイツのために戦う。断固として戦わなければならないのだ」

ワイマールから15分ほど車で来た、小高い丘の上なんです。まるっきり別な世界に迷い込んだようです。ここは、ブーヘンヴァルト強制収容所です。ここには25万人のユダヤ人の方がたが収容されました。そしてまた同時に、ナチが敵と見なした共産党をはじめ多くの野党の人たちもここに入れられました。正面は何も見えませんけれど、ここに大きな収容所が建っていました。その跡地です。
ここは人体が解剖された部屋です。ここに器具がありました。
ここは、多くの方がたの遺体が焼かれたところです。多くの方が犠牲になりました。これがそのときの映像です。アメリカ兵がこの収容所を初めて見たときに、言葉を失ったそうです。腐乱した遺体があちこちに散らばっている。中庭には、遺体が積み上げられている。生き残った人たちも身体に肉がほとんどない、骨と皮だけの状態だった。
この惨状を見た連合軍は、ワイマールの市民たちをここに連れてきて見せた。そのときの様子を撮影していた女性カメラマンが、後にこのように記しています。「女性は気を失った。男たちは顔をそむけた。あちこちから『知らなかったんだ!』という声があがったそうです。しかし、収容者たちは怒りをあらわに叫んだ。『いいや、あなたたちは知っていた』」

ここまでは、80年前のドイツで起きてしまったことです。当然日本でこんなことが起きるなどとは考えられません。でも、気になることがあるんです。これは自民党が発表している「憲法改正草案」ですが、ここには「緊急事態条項」という条文が書き込まれているんですね。今年7月の参院選で与党が圧勝して3分の2の数をとるとなると、日本でも憲法改正というものが現実味をより帯びてまいります。そのとき、俎上に上がるとされているのが、今言った「緊急事態条項」なんです。
ここで言う「緊急事態」というのは大規模な自然災害だけではなくて、外部からの武力攻撃、社会秩序の混乱などと位置づけて、この「緊急事態」の最後──「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」と規定しているんですね。そこで、最後にワイマール憲法研究の権威であるドイツのミハエル・ドライアー教授に日本の「緊急事態条項」について、それを見ていただきました。

この内容は、ワイマール憲法48条(国家緊急権)を思い起こさせます。内閣のひとりの人間に利用される危険性があり、とても問題です。一見読むと無害に見えますし、他国と同じような緊急事態の規則にも見えますが、特に(議会や憲法裁判所などの)チェックが不十分に思えます。
このような権力の集中には、通常の法律よりも多くのチェックが必要です。議会からのきびしいチェックができないと、悪用の危険性をあたえることになります。なぜひとりの人間、首相に権限を集中しなければならないのか。
首相が(立法や首長への指示など)直接介入することができ、さらに一定の財政支出までできる。
民主主義の基本は『法の支配』で、『人の支配』ではありません。人の支配は性善説が前提となっているが、よい人ばかりではない。民主主義の創設者たちは、人に懐疑的です。常に権力の悪用に不安を抱いているのです。権力者はいつの時代でも、常にさらなる権力を求めるものです。
日本はあのような災害(東日本大震災)にも対処しており、なぜ今この緊急事態条項を入れる必要があるのでしょうか



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