「自衛隊を動かしている存在」にとってさらに都合が良いことは、全員が死亡することであった。 - 9.11他やらせテロ

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「自衛隊を動かしている存在」にとってさらに都合が良いことは、全員が死亡することであった。

「JAL123便事件から32年、その真相とは!」



日本における最大規模のダークな事件の真相に迫る書が、新たに刊行されたようです。
私はこの書を読んでいませんので、どこまで真実に迫っているかは不明です。
ただ、本書を読まなくても、
少なくとも「公式ストーリーよりは真実に近い」ことは察しがついています。
「政府やマスゴミが喧伝する公式ストーリーは嘘八百である」ことをお忘れなく。
皆さんが「嘘八百のこの世界」に暮らしていることをお忘れなく。
この「常識」さえ理解していれば、現在のニュース報道の真実が見えてくるでしょう。
北朝鮮ミサイルや選挙の報道の真実が見えてくるでしょう。




http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309025940/
日航機123便墜落事故原因に迫る新事実!
この事故は「事件」だったのか!?


日航123便墜落の新事実
目撃証言から真相に迫る
青山 透子 著

• 先輩を失った元スチュワーデスが当時の警察・自衛隊・政府関係者、医師、遺族、目撃者らに取材を重ねた先に見えた新事実。墜落の真相解明に拘り続ける理由と事実を見つめる勇気を伝える。
日航機123便墜落事故原因に迫る新事実!
この事故は「事件」だったのか!?

1985年8月12日。日航ジャンボ機123便は、なぜ御巣鷹の尾根に墜落しなければならなかったのか──。

「この出来事を風化させてはならない。」三十三回忌を前に、その情熱が生んだ、真相究明に一石を投じる渾身のノンフィクション!

当時、生存者の一人である日航客室乗務員落合由美さんの同僚であった著者は、この「事故」に今なお疑問を抱き、数々の目撃者の証言をもとに真相に迫っていく。
前著からさらに探査の精度が深まり、頁をめくるごとに次々と新事実が明らかになっていく迫真の展開力で一気読み必至!

*本書が追求する問題点
●公式記録にはないファントム二機の追尾が目撃されている。
●日航機に付着した赤い形状のものが目撃されたが、それは何か。
●地元群馬県上野村の小中学校の文集に寄せられた子どもたちの目撃証言。
●米軍機が墜落地点を連絡したにもかかわらず、なぜ現場の特定が遅れたのか。
●ジェット燃料の火災ではありえない遺体の完全炭化から考えられるある種の武器使用の疑い。
●事故原因はなぜ意図的に漏洩されたのか。
●圧力隔壁修理ミス原因説への疑問。


疑惑の証拠隠滅につながる数々の証言をもとに、今まで隠蔽されてきた問題が次々と明らかとなり、この事故が「事件」であった可能性が浮かび上がっていく。

著者
青山 透子 (アオヤマ トウコ)
元日本航空国際線客室乗務員。国内線時代に事故機のクルーと同じグループで乗務。その後、官公庁、各種企業等の接遇教育に携わり、専門学校、大学講師として活動。東京大学大学院博士課程修了、博士号取得。





(長周新聞)さん
https://www.chosyu-journal.jp/review/5600
『日航機123便墜落の新事実-目撃証言から真相に迫る』 著・青山透子
2017年11月7日

32年前の1985年8月12日、乗客乗員524人を乗せた日航ジャンボ機123便(ボーイング747、登録機体番号JA8119)が、東京羽田空港を離陸して大阪伊丹空港へ向かう途中、群馬県上野村の御巣鷹に墜落し、生存者4名をのぞく520人が犠牲となった。国内の航空機事故で最多の犠牲者を生み、世界的にみても単独機の事故としては今なお最多である。当時日本航空の客室乗務員であり、先輩たちを失った著者は、真実を明らかにするために調査してきた。

 事故原因は「後部圧力隔壁の修理ミス」であるとして調査は打ち切られ、90年にはボーイング社や日航関係者らは不起訴処分となった。だが、つじつまの合わない点が多数あること、墜落現場の特定と人命救助が遅れた経緯など不審な点が多く、いまだに遺族や関係者のなかに事故原因に納得していない人がいること、パイロットたちによる日本乗員組合連絡会議も事故調査報告書と説明書の多くの矛盾点を指摘し、政治的決着を優先することに対して意見していることを明らかにしている。

 その不可解さから陰謀論も多く出回るなかで、著者はそれらとは一線を画し、現場を知る人人へのインタビューや新聞等の資料、目撃情報等を集め、「事実を一つずつ積み重ねていけば、新たな真実が見えてくるのではないだろうか」との思いから、長い年月をかけて真相究明にとりくんできた。著者を動かしたのは当時を知る客室乗務員として、単独機として世界最大の航空機事故を起こした日本航空の関係者として不明な点を明らかにしなければならないという責任感であり、またそのことが犠牲となった人人への「真の供養」であるとの思いである。

 事故から25年後の2010年4月、乗客を励ましながら最後までプロとして行動した先輩たちへの思いや、事故原因への疑問をまとめた『天空の星たちへ   日航一二三便 あの日の記憶』の出版を機に新たな目撃情報や証言が寄せられた。

 本書ではそれらとともに、墜落現場である群馬県上野村立上野小学校148人の児童による文集『小さな目は見た』(85年9月30日発行)、同中学校87人による日航123便上野村墜落事故特集『かんな川5』(同10月1日発行)などの目撃証言の記録、資料や新聞記事等を追うなかで、123便の飛行ルートや事故状況、日航や政府・中曽根首相の対応、米軍の動きについて公式発表と事実との矛盾を検証している。

 2015年に出版社に訪ねてきた女性は、機体左下の腹あたりに円筒形で真っ赤な楕円のようなオレンジ色の物体が貼り付いていたのを見ていた。また直後に公式発表にはない2機のファントムを見たと話した。

 ファントム機の証言は、群馬県警が発行した『上毛警友』(昭和60年10月号)に自衛隊員が寄せた手記にも登場しており、著者は「まだ明るい墜落前に航空自衛隊では日航機を追尾して飛行状況を確認した。さらに墜落するその時までしっかり見ていた」事実を確認し、「墜落場所が一晩中特定できなかったという言い訳は通用しない」とのべている。この墜落前に追尾していたファントム2機の存在を隠し続けていることが、「この事故を事件ではないかと感じた理由だ」とのべている。

 上野村の小・中学生の作文にも、大きい飛行機を小さいジェット機2機が追尾していたこと、真っ赤な飛行機が飛んでいたことが記されている。また住民らが墜落場所を特定し報告したにもかかわらずテレビやラジオでは場所不明または別の地名を放送し続けていたことへの疑問、「場所不明」であった夜中にも自衛隊機や機動隊などが多数行き来し、墜落現場をサーチライトで照らしながら何かをしていたことを浮き彫りにしている。

 米軍横田基地に取材した記者のノートやその後出てきた証言などから、米軍も直後に墜落場所を特定しており、自衛隊第一空挺団も救助に向かうため待機していたにもかかわらず翌朝まで見送られたことなど、人命救助を意図的に遅らせた可能性を指摘する。

 さらに著者は、翌朝漂っていたガソリンとタールの臭い、通常の家屋火災の焼死体をもう一度焼損したと思われるほど完全炭化した遺体の状態に注目し、司法解剖を担当した医師の証言や元自衛隊員、軍事評論家などに質問を投げかけた結果から、第二次大戦中に米軍が使用し、現在も自衛隊普通科に配備されている火炎放射器が使用された可能性を提示している

 事実検証を重ねた著者は、乗客が撮影した写真にも写るオレンジ色の物体が、当時開発途上であった誘導弾ではなかったかとのべ、その赤色の物体を消すことを最優先にして人命救助は後回しにし、その際現場を破壊して何らかの証拠を消すためにゲル状燃料の武器を使用したのではないかとの疑問を提起している。「事故原因を究明したら戦争になる」と囁かれていたこと、当時運輸大臣であった山下徳夫氏が著者に対し、「日本は何でもアメリカの言いなりだからね」とのべたことなどとともに。

 事故原因はいまだ明らかにされていない。調査を進め重要なことが判明しても再調査はなされず、隠蔽される。調査委員会は99年、日航機事故関連のおよそ1㌧もの重要書類を断裁して破棄、焼却した。その後、米国政府が事故原因について意図的に米国有力紙に漏らしていたとNTSB元幹部が証言するなど、米国が後部圧力隔壁説へと誘導していたことにもふれている。「国家としての主権も政治家のプライドもない」戦後日本の姿を問題視する著者の指摘が、現在の多くの人人の問題意識と重なることが、本書が注目を集めている要因ともなっているだろう。

 著者は、最後まで諦めなかったパイロットや客室乗務員、救助に向かおうと待機していた自衛隊員や消防隊員、いち早く現場を特定した上野村の人人など、「彼らの思いを一切無視し、無にしたものは誰か」と問うている。

 福島第一原発事故や昨今の自衛隊をめぐる動きともかかわって、「自衛隊は誰のために何を防衛するのか、公務員は誰のためにいるのか、政治は何を目的としているのかを考えなければならない」「自分の置かれた立場の都合で嘘を語ることは当たり前だ、と勘違いしていないだろうか」、真相究明を通じてそのような問いかけを発し、生きている関係者が「真実を語ること」を提起している。




この事件に関する追加情報をアップしておきます。



(るいネット)さん
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=227297
アメリカ→官邸→マスコミによる支配
JAL123便墜落事故の真相~その裏側に大物政治家の影~


『JAL123便墜落事故の真相~その裏側に大物政治家の影~』(暗黒夜考~崩壊しつつある日本を考える~)リンクより転載します。
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 ~前略~

この墜落事故については、数々の謎が残されたままであり、真相を追究すれば、結局たどり着く先が「中曽根元総理」だからである。前にもコメントしたとおり、今日の日本経済の凋落・疲弊の根源はこの人物をおいて他にないであろう。

JAL123便の墜落事故の真相については様々な著書があるが、池田昌昭著『JAL123便は自衛隊が撃墜した』(文芸社刊)が内容的に非常に興味深い。(一部、池田氏を左翼扱いして同著書を”きわもの本”扱いするコメントがあるが、個人的には説得力ある仮説だと率直に評価している。)同著書では、圧力隔壁は何によって破壊されたか、機内急減圧が本当に起きたのか、墜落場所がなぜ御巣鷹山になったかなどの大きな疑問点について、詳細に考察されている。そこでJAL123便が御巣鷹山押に墜落した原因について、池田氏は非常に興味深く、恐ろしい仮説を立てている。それは、「JAL123便が自衛隊機のミサイル発射によりエンジン部分が破壊されたことにより墜落した」とする仮説である。要約すると以下のような内容である。(詳細については、以下のURLを参照願いたい)

リンク

(要約開始)

●JAL123便の垂直尾翼に、自衛隊&アメリカ合同演習用巡航ミサイル「SSM-1」(当時開発中)が衝突した。(政府にとって、一般乗客が多数搭乗した民間機に演習用ミサイルが激突する事故など起こってはならないこと)

●同事故発生直後、自衛隊機がJAL123便の追尾を開始した。

●JAL123便はまず羽田引き返しを試みるも、それを諦めて米軍横田基地に向けて高度を下げつつあったが、同機を追尾していた自衛隊機がJAL123便の前方に出て、飛行進路を遮断するなど妨害し、“自衛隊特殊部隊”の潜伏する埼玉・長野・群馬の県境の山岳地帯に向かうよう強引に左旋回飛行指示(誘導)した。

● そして自衛隊特殊部隊の潜伏する御巣鷹山付近にて、自衛隊機がJAL123便を撃墜した。使用されたミサイルは赤外線追尾方式であり、1発目がJAL123便のエンジン部分に命中し、機体の前部・中部を貫通して、その付近の乗客・乗員を機内で粉砕した。JAL123便はこの一撃で右旋回しながら火に包まれ、真っ逆様に急降下した。これを確認して要撃戦闘機はさらに2発目のミサイルを発射、とどめをさした。

●「自衛隊を動かしている存在」によって一番都合が良いのは、JAL123便が、人が容易には近づけない険しい山岳地帯に激突して機体がこなごなに破壊され、垂直尾翼の痕跡もろとも、すべてが隠蔽されることであった。

●「自衛隊を動かしている存在」にとってさらに都合が良いことは、全員が死亡することであった。(とくにすべての事情を知る機長をはじめとする操縦クルーに生存者がいることは、「自衛隊を動かしている存在」にとって致命的)これがいち早く墜落現場に到着した米軍の救出の申し出をあえて断り、墜落場所が特定されているにもかかわらず、直ちに救出しようとしなかった理由である。

●墜落現場での自衛隊特殊部隊の任務は、生存者の救出ではなく、機体の墜落状況の調査、ミサイルで粉砕されたあらゆる痕跡の回収であった。(とくにミサイル痕が残っている遺体の回収、垂直尾翼の痕跡の除去など。実際、とくにコックピット内は、焼き尽くされ、何もなかったし、操縦クルーの遺体はなく、ただ歯が残されているのみという状況であった。いかに激しく地面にぶつかったとはいえ、遺体の一部は残るはずであるし、コックピット部分には燃料タンクはないのに焼け爛れていた。それは、まるで火炎放射器で焼いた跡のようであった。)

(要約終了)

また、1994年9月25日「ニュース・ステーション」にて、日本側の都合による米軍救援活動中止要請が事実であることをも報道されている。
米C-130は午後7時30分に墜落場所を特定し、20分後には横田基地に正確な墜落場所を知らせている。もちろん日本側にもその時点で伝えられていた。それなのにテレビでは、次の日の朝まで墜落場所を特定できていないと報道した(明らかに意図的)。加藤紘一防衛庁長官(当時)にいたっては、12日の夜に墜落場所の上空までヘリで飛来しながら救援を指示せず、次の日の朝まで放置した。

この報道が事実であれば、怪しいのはやはり「時の政府」、即ち、「中曽根政権」である。墜落現場で対応した検視官が「単なる墜落では考えられない様な遺体の状態で、爆撃にあった様な跡が見られた」というコメントを残しており、また、墜落現場近くの地元民曰く「墜落後、更に爆発音が2回聞こえて、火の玉を見た」ということである。

上記の仮説がすべて正しいかどうかは正直わからない。ただ、時の政府が「なんらかの証拠隠滅のため、自衛隊機によりJAL123便を爆撃した」ことは事実の可能性が極めて高いと思われる。運輸省・事故調査委員会の意図的に杜撰さを感じさせる事故調査結果もそのことを後押ししていると考えられ、何より、「Mr.MOMIKESHI」の中曽根が関わっているとなると恐らく何か裏があるに違いないことが確信できる。

尚、墜落した同機には、「闇の権力」にとって危険人物とされていた人物が複数搭乗していた点も非常に興味深い。「厚生省管轄の国家プロジェクトに関わっていた塚原大阪大学教授(マインドコントロールの権威)、グリコ森永事件関係者(犯人、刑事、脅迫を受けていたハウス食品社長)が、この事故で命を落としているのである。特にグリコ森永事件については、その背後にやはり「中曽根総理」の名前が見え隠れしており、一見まったく別の事件のようで、実は深い相関関係がある気がしてならない。

いずれにしても、JALの経営破綻と共に、御巣鷹山事故を風化させてはならない。





(れんだいこ)さん
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ainugakuin/zikenzikoco/kokuzikoco/osutakayamazikenco/jokokensyo.html
事故ではなく犯罪の隠蔽である

 日航123便航空機事故は国際刑事裁判の案件である。日本航空123便は、墜落したのではなく、山腹への胴体着陸という不時着である。過去の航空機事故で、離陸直後や着陸時の事故では生存者がいるが、飛行中からの墜落では生存者は一人もいない。生存者がいたということは123便は不時着したのだ。日本航空123便は4名の生存者が出て、生存者の証言では事故直後には他にも多数の生存者がいたという。8月12日の18時56分26秒に123便は群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根に不時着。救護隊が遭難現場を発見したのは翌13日の4時で救出が始ったのが8時すぎ。1995年8月、当時123便を捜索したロッキードC-130輸送機に搭乗していた元在日アメリカ軍中尉は、同機が事故現場を特定していたこと、米軍座間基地から飛び立った救難ヘリが現場に到着していたこと、そして、日本政府がこの救難作業を断ったことを証言している。この元在日アメリカ軍中尉の証言は、生存者の一人の落合由美さんの手記とも符合する。

 日本航空123便の航空機事故は事故原因の矛盾点に目が行きがちだが、生存者がいたという事実からこの事故を分析するべきであろう。政府は、意図的に生存者を救護しなかった。そして、それを隠蔽するために、後部圧力隔壁の損壊を事故原因とするストーリーを考え、そのストーリーに合うように嘘や詭弁を並べ、物証を改竄するなど、犯人は権力は使って事件を隠蔽している。政府の指示で生存者を見殺しにしたという事実は、国際人道法に対する重大な違反であり国際犯罪だ。しかし、官僚国家の日本で、政府が犯した犯罪を政府が明らかにするはずがない。この事件は、国際刑事裁判所に訴追する案件である。

 被告は、遭難場所を救助隊へ連絡せずに救助を放棄した、当時の日本政府の首相である中曽根康弘。現場に入り生存者の救助放棄と殺害、そして証拠物件を持ち帰るなど組織的犯罪を自衛隊に指示をし防衛庁長官の加藤紘一。そして、米軍の救助活動を拒否し、ねつ造した事故原因を、米国側と口裏合わせとして証拠隠滅を図った外務大臣の安倍晋太郎の三人だ。生存者の手記、1995年の元在日アメリカ軍中尉の証言、2000年に漏洩のかたちで公開された123便のボイスレコーダー。そして、ボイスレコーダーの改竄の事実と、ノイズ除去で明らかになった改竄した会話内容。そして、亡くなられた乗客が映した機内から見えた飛行体の写真。これら公開された物証だけで事故原因を特定し、123便が不時着するまでの経緯を明らかにするこてとは可能だ。公開された物証を一本の糸で結ぶときに、この事件の真相が見える。いや、結ぶことができたときに、この事件は、国際人道法上、重大違反を犯している政治犯罪であることがわかるであろう。

 日本政府は、2015年、この事件に関する外交文書が一般公開されるのに合わせて、この事故の真相が明らかにならないように、被告本人や遺族ら関係者(田布施村閨閥)は秘密特定保護法を制定した。この法案の施行前に、事件の解明と国際刑事裁判の訴追手続きをしなければならない。





http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-553.html
JAL123は小型中性子核ミサイルによって撃墜された
「JAL123便事件から29年、その真相とは!」







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トロンの開発者技術者が多数乗っていた。
その方々が生きていれば、ウィンドウズやアップルの今日の隆盛はない。

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