ニール・ヤングを聴いて考えた「私のロック論」
1978年のニール・ヤングのアルバムである。
実に牧歌的なアルバムである。温かい雰囲気に満ち溢れている。
ラストの「FOUR STRONG WINDS」を除いたすべての曲が、ニールの自作である。
一つとして駄作はなく、当時のニールの純真な想いを感じさせられる。
非の打ちどころのない内容だ。
しかし、しかし、である。
先日紹介した「LIVING WITH WAR」ほどは、私の心に強くは残らないのである。
これはあくまでも個人的な嗜好の問題だろうが、
牧歌的な幸せに満ち溢れた曲調に共感はするが、心底は入りこめない自分があるのだ。
“ロック大好き少年”だった昔の自分なら、この種の音楽は受け入れる余地は全くなかったが、“相変わらずのロック大好き親父”になった今の自分には、この種の音楽にも関心を持って聴く“ある種の寛容さ”は備わったと思う。
実際、今の自分は、ロック以上にブラックミュージックに強い関心を持つようになっている。
しかしこういった音楽に理解は示しながらも、何か物足りなさを感じてしまうのである。
このような私の音楽嗜好がどこから来るのかはうまく説明できないが、単純に「ロックは好きだが、フォークは苦手だ」というような問題ではないような気がする。
フォークソングでも歌詞にロックを感じるものは、私にとってはロックなのである。
私にとってロックとは、「社会に対する抵抗のメッセージ」「自己の内面からほとばしる想い」を感じさせる音楽なのである。
音がでかいとかでかくないとかの問題ではないのである。
そういった意味で、本作には“ロック”はあまり感じられないのである。
例えて言えば、日本のミュージシャンでは、私はパンタや清志郎が好きである。
最近ではamazarashiもいいと思っている。
これらのミュージシャンには“ロック”を感じるのである。
名前を挙げて申し訳ないが、さだまさしやドリカムやスピッツも、ごくたまに聴く。
いずれのミュージシャンも才能があり、素晴らしい曲を作っていると思う。
しかし、“ロック”はあまり感じられないのである。
私が本作を良作だと思うが今一つのめり込めない理由は、ここにあるのだろう。
本作で私が一番気に入っているのは、「MOTORCYCLE MAMA」である。
本作の中では異質だが、実にソウルフルに仕上がっている。
歌詞は「何を言おうとしているのかよく分からん」が、理屈抜きにご機嫌な曲である。
今まで書いてきたことと矛盾しているが・・・、まぁ良しとしておこう。
私自身も、自分の音楽嗜好を把握し切れていないようである(笑)
朝令暮改じゃないが、早速、前言を一部修正させていただく。
どうやら私は、「歌詞」か「曲」のいずれかに“パワー”を感じさせてくれる曲に“ロック”を感じるようである。
なんだか本作のことよりも、「私のロック論」の解説となってしまった(爆)
評点:80点
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