戦争

革命には五億マルクかかり、合法的乗っ取りには二億マルクかかる

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「ヒトラーへの使者が暴露した超一級極秘資料
ユダヤ財閥がヒトラーを育てた 莫大な資金をいかなる方法で援助したか」
シドニー・ウォーバーグ 訳・監修 牛山火壱 第二回




前回に引き続き、原著編集者とシドニー・ウォーバーグ氏より引用する。




(原著編集者)
著名なナチ党員フォン・パーペンがその「回想録」の229ページに、「・・・ナチス党が突如として資金を取得したことの最も証拠となる記事は、老舗を誇るアムステルダムの出版会社ファン・ホルケマ・アンド・ワーレンドルフ社によって、1933年にオランダで出版されたシドニー・ウォーバーグなる人の著書「ナチスの資金源<ヒトラーとの三度の対談>」に描かれている」と述べている。
フォン・パーペンが言及した書とは、読者がいままさに読もうとしているこの書のことで
、確かに1933年にオランダで出版されたが、僅か数日しか書店の棚を飾らなかった。同書は回収、廃棄されたのである。偶然残った三部を除いては、すべての部冊が書店の在庫棚から引き上げられた。同書とその内容についてはほとんどが人の口から封ぜられたが、処分を免れた三部のうち一つは英国に渡り、英語に翻訳されて大英博物館に保管されている。この部冊とその翻訳は後に公開処置が撤回され、調査のための利用は現在「不可能」である。二番目のオランダ語版コピーはオーストリアのシュシュニク首相が手に入れたが、現在の行方については皆目わからない。三番目のオランダ語版残存コピーはスイスに渡り、1947年にドイツ語に翻訳された。
続いて数年前このドイツ語版が、オランダ語からドイツ語への三人の翻訳者の供述書と他の一人の批評文とともに、チューリッヒのスイス社会文庫で本編集者によって発見された。
本編集者はドイツ語本のコピーを作り英訳を依頼した。それが読者がこれから読もうとするこの翻訳本である。

*ヒトラーとウォーバーグのつながりはほかにもある。現在ではわれわれは、ドイツの企業連合IG・ファルベン社がヒトラーの金主の一つであり、ポール・ウォーバーグがアメリカ・IG・ファルベン社の役員であったことを知っている。さらにマックス・ウォーバーグはドイツ・IG・ファルベン社の役員であった。マックス・ウォーバーグはまたヤルマー・シャハトをライヒスバンク[訳注=1876~1945年のドイツ帝国銀行]総裁に任命する書類に署名した。そしてマックス・ウォーバーグの署名に並んでヒトラーの署名が見える。

(シドニー・ウォーバーグ)
*1931年10月、ウォール街の情勢は緊迫し空気は険悪であった。同月末に私はベルリンのヒトラーから次のような手紙を受け取った。われわれの運動はドイツ全国に急速に広まりつつあり、わが財務機関に多大の要求を課している。私が政党を結成するためにあなたがたが調達してくれた金銭を使い果たし、いま私は新たな収入源が供せられなければ遠くない時期に国を出なければならないだろうと感じている。私にはライバルである共産党や社会民主党が持っているような巨大な政府の財源筋への伝手がなく、完全に政党献金に頼っている。私が受けとった金額は一銭も残っていない。来月には、ドイツにおける権力をわれわれが獲得するであろう最後の大行動を起こさねばならない。多額の金銭が必要だ。あなたがたにいくらの金銭を当てにできるのかすぐ報せてほしい。
この手紙によって私は二つのことを印象づけられた。ヒトラーが私に政党という語を使ったのは初めてである。手紙の語調は嘆願者の語調というよりもむしろ命令口調であった。手紙はベルリンからの日付になっているけれども、アメリカのスタンプでニューヨークで消印を押された封筒に入って配達された。ヒトラーはすでに合衆国内、特にニューヨークに支持者を持っているに違いない。

*ここで私は、情報提供者の彼がユダヤ人なのに、どうしてヒトラー党のメンバーになれたのかという質問を提起した。彼は手を振って質問を躱して言った。「ヒトラーがユダヤ人と言うときは、戦後ドイツを堕落させたガリチアのユダヤ人のことを意味している。彼は、純粋なドイツ生れのユダヤ人は他のドイツ人と同じだと思っており、時が至れば決してわれわれを困らせることはないだろう。ユダヤ人が社会民主党と共産党の双方を支配していることもまた忘れてはならない。彼はこれらを説き伏せねばならぬだろうが、それは彼らがユダヤ人であるからではなく、彼らが共産主義者であるか社会民主主義者であるからだ」と。

*(ヒトラー語録)
 「私は自分の支配を確信している。ゲーリング、ゲッペルス、シュトライヒャア、フォン・ハイトらは何度もローマへ行き、ムッソリーニ、ロッシ、デュミーニほかのファシスト指導者たちと同国の全組織について論じてきた。われわれもまた自らの状況に応じた組織を作りつつある。ムッソリーニとスターリン特に後者よりも前者は、私がとにかく尊敬している唯一の指導者だ。その他の人はみんな老女みたいな小心な連中である。スターリンはユダヤ人で、それが残念なことなのだ。

*ヒトラーはさらに続けた。
「いいですか、どちらの道を採るべきか私自身も同様にはっきりしないし、私の協力者たちもそうなのです。ゲーリングは単純に革命に賛成するが、他の人たちはむしろ合法的乗っ取り派で、私は両方に賛成なのだ。革命は数日にして権力をわれわれの手中にもたらすことができるが、合法的乗っ取りは何か月もの準備と多くの地下工作を必要だ。もちろんわれわれが決定できずにいるのには理由があり、それはわれわれがいくらの資金をあなたの後援者から当てにできるのかわからないということだ。もしあなた方が1929年にもっと気前がよかったなら、物事はとっくの昔に片付いていただろうが、1000万ドルではわれわれの計画の半分を実行できるのがやっとだった。
・・・・・(中略)・・・・・
ヒトラーは自分のテーブルに腰を下ろし小さいノートブックを取り出した。そして私を見上げて話を続けた。
「革命には五億マルクかかり、合法的乗っ取りには二億マルクかかる」
彼は間を置いて言った。
「あなたの後援者はどう決めるであろうか」
私は答えられなかったが、ニューヨークに連絡して彼らが決定したことをできるだけ速やかに伝えると約束した。ヒトラーはまた会話に戻り歩き廻り始めた。
あなたがたアメリカの人たちは、ドイツでわが党が政権を握ることに関心を持っているに違いない。そうでなければいまあなたがここにいないだろうし、1929年に1000万ドルが私に与えられることは決してなかっただろう。あなたがたの動機は私には興味はないが、もし君たちが状況をよく理解すれば、金融手段なくしては私には成功は覚束ないことを間違いなく悟るだろう。わが国の共産党がモスクワから資金を得ていることを私は知っており、またそれを証明することもできる。社会民主党はユダヤ系銀行や他の大銀行の支援を受けており、巨大な宝庫を持っている。ドイツ国民党は大規模産業から巨額の金銭を入手し、彼らの指導者フーゲンベルクは大きな利益を挙げているいくつかの新聞社を所有している。中央党は必要とする金をいくらでもカトリック教会から入手する。同教会は特に南ドイツでは自由になる何十億もの金がある。その金を1929年に私があなたの後援者たちから受けとった貧弱な4000万マルクに比べると、われわれがそんな限られた資金で計画を思い切ってスタートできたのは、ほとんど信じられぬくらいなのだ。あなたは1929年以後ドイツでそしてベルリンで、われわれがいかに進歩したか気付いたに違いない。これらの成果にあなたは驚かないか。これ以外他に何か言うべきことがあろうか。ドイツ国防軍はすっかりナチス党です。
・・・・・(中略)・・・・・
しかし今はすべてがうまくしかも迅速に行われねばならず、われわれの金は底をついている。あなたの後援者たちに、彼ら自身の利益のためにも出来るだけ早く5億マルクを送るように伝えて欲しい。そうすればわれわれは遅くとも6か月で仕事を終えるだろう

ヒトラーは再び徐々に例の人を驚かせるような気分に高揚してきて、今度は部屋を行きつ戻りつしていた。突然彼はドアを走り寄って広く引き開け、ホールを覗き込んだ。彼は階段に立っているに違いない誰かに腹を立て罵り始めた。しかし誰も見えなかった。彼がこのようにわめいて何をしようとしていたのか、私にはわからない。初めはホールにいる誰かにわれわれの論議が聞かれないようにしたかったのかと思った。しかしそうではなかった。なぜなら、彼は再び部屋に戻ってきたとき、どうもよくわからない何かについて目に見えない誰かに当り散らし続けたからである。おそらくそれはつまらぬことを長い間待ついら立ちであったか、あるいは部下を信頼することができないことに対する鬱積であったかもしれない。彼はまた椅子に腰を下ろして私に言った。
君はまだ金額を言っていないね
・・・・・(中略)・・・・・
既に朝の三時になっているというのに、彼が私に何を望んでいるのか私は実際にまだわからなかった。そこで私は彼の辻褄の合わない話が僅かに途切れたときを狙って彼に尋ねた、「あなたは金額について話しましたか」と。
「そうだ、それが問題なのだ。もう時間があまりない。状況は以上だ。あなたの後援者たちはわれわれを支援し続ける用意がありますか。私にいくら整えてくれますか。あらゆることに備え、最終勝利の機を逸しないようにするため、少なくとも一億マルク必要だ。如何ですか
私はそのような金額は話にならないことをはっきりさせようとした。先ず第一に彼はすでに2500万ドルを受け取っているからであり、第二にそんな巨額の金銭を数日間でニューヨークからヨーロッパへ移せば、間違いなく株式市場を混乱させるだろうからである。ヒトラーはそのことを理解せず、極めて単刀直入に言った。彼は銀行業務のそうした複雑な細部には知識がなかったのだ。「もしあなたたちがアメリカに金銭をもらっているなら、間違いなくそれをドイツに移すことができるだろう。電送あるいは何かの方法のいずれかにしても、私にはいとも簡単に思えるが」。国際金融面について彼を教えこむのは見込みがなく、まったく言葉の無駄であった。私はわれわれの会話を後援者たちに報告し、それで彼らがどう決めるかを待とうと約束して話を結んだ。

カーターから、精々700万ドル出すことができるが、そのうち500万ドルはニューヨークからヨーロッパの指定銀行に移され、200万ドルはライン合資会社によってドイツ内で私に直接渡される旨の電報を入手した。ライン社はデュッセルドルフに所在するロイヤル・ダッチ石油会社ドイツ支店である。私はこの回答をヒトラーに伝え待機した。翌日の早朝ゲッペルスの来訪が告げられ、彼は私をファーザーネン通りに連れて行った。
ヒトラーは前と同じ部屋で私を迎え、ゲーリングも一緒だった。会話はごく短いものであった。ほとんどぶっきら棒といってよかった。私は、三人ともこの条件に満足しておらず、私を激しく非難しないように自制を余儀なくされているような印象を受けた。しかし万事順調に進んだ。ヒトラーは500万ドルを今度もローマのイタリア銀行に移すように要請し、ゲーリングが私に同行することになった。200万ドルのほうはすべてゲッペルス名義で等額のドイツ通貨の15枚の小切手にして委譲せねばならなかった。会議はそれで終り私は辞去した。





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