「ハカイダー」明治政府→「ハカイダー」日本”破壊”会議 - 歴史・宗教

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「ハカイダー」明治政府→「ハカイダー」日本”破壊”会議

「「仏教・寺・仏像破壊」→「武士道・城破壊」→「神道・神社破壊」→「日本破壊」」





先日12050913tahaさんから「明治政府は、無理やり神社の数を減らして、多様な思想と自然を減らしたようです。」というコメントをいただいたので、少し調べてみました。
“学校が教えない”明治政府による日本の宗教・伝統文化財の破壊の数々を、記しておきます。
まずは、ご指摘の「神道・神社破壊」から。
ウィキより抜粋する。




神社合祀(じんじゃごうし)とは、神社の合併政策のことである。神社整理ともいう。複数の神社の祭神を一つの神社に合祀(いわゆる稲八金天神社)させるか、もしくは一つの神社の摂末社にまとめて遷座させ、その他の神社を廃することによって、神社の数を減らすというもの。主に明治時代末期に行われたものをさす。

神社合祀の目的は、神社の数を減らし残った神社に経費を集中させることで一定基準以上の設備・財産を備えさせ、神社の威厳を保たせて、神社の継続的経営を確立させることにあった。また、教派神道は宗教として認めるが、神社は宗教ではなく「国家の宗祀」であるという明治政府の国家原則(宗・政・祭体制)に従って、地方公共団体から府県社以下神社に公費の供進を実現させるために、財政が負担できるまでに神社の数を減らすことにもあった。

神社合祀政策は1906年(明治39年)の勅令によって進められ、全国で1914年までに約20万社あった神社の7万社が取り壊された。特に合祀政策が甚だしかったのは三重県で、県下全神社のおよそ9割が廃されることとなった。和歌山県や愛媛県もそれについで合祀政策が進められた。しかし、この政策を進めるのは知事の裁量に任されたため、その実行の程度は地域差が出るものとなり、京都府では1割程度ですんだ。




次に、「仏教・寺・仏像破壊」である。
ウィキより抜粋する。



廃仏毀釈(廢佛毀釋、排仏棄釈、はいぶつきしゃく)とは、仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃することを指す。「廃仏」は仏を廃し(破壊)し、「毀釈」は、釈迦(釈尊)の教えを壊(毀)すという意味。日本においては一般に、神仏習合を廃して神仏分離を押し進める、明治維新後に発生した一連の動きを指す。

大政奉還後に成立した新政府によって慶応4年3月13日(1868年4月5日)に発せられた太政官布告(通称「神仏分離令」「神仏判然令」)、および明治3年1月3日(1870年2月3日)に出された詔書「大教宣布」などの政策をきっかけに引き起こされた、仏教施設の破壊などを指す。
神仏分離令や大教宣布は神道と仏教の分離が目的であり、仏教排斥を意図したものではなかったが、結果として廃仏毀釈運動(廃仏運動)と呼ばれた破壊活動を引き起こしてしまう。神仏習合の廃止、仏像の神体としての使用禁止、神社から仏教的要素の払拭などが行われた。祭神の決定、寺院の廃合、僧侶の神職への転向、仏像・仏具の破壊、仏事の禁止などが見られた。1871年(明治4年)正月5日付太政官布告で寺社領上知令が布告され、境内を除き寺や神社の領地を国が接収した。
例えば千葉県の鋸山には五百羅漢像があるが、全ての仏像が破壊された。現在は修復されているが、羅漢像には破壊された傷跡が残っている。また、華族の墓地も仏教方式から神道方式へと変更させられた。
伊勢国(三重県)では、伊勢神宮のお膝元という事もあって激しい廃仏毀釈があり、かつて神宮との関係が深かった慶光院など100ヶ所以上が廃寺となった。特に、神宮がある宇治山田(現伊勢市)は、寺院の数が300近くから15近くにまで減らされている。その為、全国平均に較べて古い建物の数自体が少なくなっている。
明治政府は神道を国家統合の基幹にしようと意図した。一部の国学者主導のもと、仏教は外来の宗教であるとして、それまでさまざまな特権を持っていた仏教勢力の財産や地位を剥奪した。僧侶の下に置かれていた神官の一部には、「廃仏毀釈」運動を起こし、寺院を破壊し、土地を接収する者もいた。

廃仏毀釈が徹底された薩摩藩では、寺院1616寺が廃され、還俗した僧侶は2966人にのぼった。そのうちの3分の1は軍属となったため、寺領から没収された財産や人員が強兵に回されたと言われることもある。
美濃国(岐阜県)の苗木藩では、明治初期に徹底した廃仏毀釈が行われ、領内の全ての寺院・仏壇・仏像が破壊され、藩主の菩提寺(雲林寺)も廃され、現在でも葬儀を神道形式で行う家庭が殆どである。




次に、「武士道・城破壊」である。
ウィキより抜粋する。




全国城郭存廃ノ処分並兵営地等撰定方(ぜんこくじょうかくそんぱいのしょぶんならびにへいえいちとうせんていかた)は1873年(明治6年)1月14日に明治政府において太政官から陸軍省に発せられた太政官達「全国ノ城廓陣屋等存廃ヲ定メ存置ノ地所建物木石等陸軍省ニ管轄セシム」の件および同じく大蔵省に発せられた太政官達「全国ノ城廓陣屋等存廃ヲ定メ廃止ノ地所建物木石等大蔵省ニ処分セシム」の件の総称。陸軍が軍用として使用する城郭陣屋と、大蔵省に引渡し売却用財産として処分する城郭陣屋に区分された。単に「廃城令」、「城郭取壊令」または「存城廃城令」と略されて使用されている場合が多い。



整理すると、まず「仏教・寺・仏像破壊」があり、
次に「武士道・城破壊」があり、
最後に「神道・神社破壊」があったようです。
明治政府は何がしたかったのでしょう?
この不可思議な愚行蛮行政策は、どこから来ているのでしょう?
当ブログの読者の方ならば、説明不要ですよね。

はい、明治政府を操っていた「彼ら」からです。
すべては、「彼ら」の指示で行われたのです。
「彼ら」は、日本の宗教・伝統文化を根絶やしにしたかったのです。
まず仏教をつぶし、武士道をつぶし、
最後に神道を自分たちの都合のいいように改悪したのです。
神道の改悪については、リテラが過去に記事にしています。




(リテラ)さん
http://lite-ra.com/2014/10/post-561_3.html
日本の神社信仰はもともと「神道」という形でひとつにまとめられるようなものではなく、それぞれの地域によって多様なかたちをもっていた。大木や巨石など自然物をご神体とする神社も多かったし、その村固有の祖先を祀る祠、民衆が安寧やご利益を祈るための神社、また八坂神社や稲荷神社のように大きな神社でも天皇崇敬と関係のない神社もけっこうあった。
 ところが、明治政府が近代国家の支配イデオロギーとして「国家神道」を打ち出すと、こうした多様な信仰がすべて皇室神道、天皇崇敬と結びつけられ、伊勢神宮を頂点にして序列化されていく。
 そして登場したのが「神社合祀」という命令だった。神社合祀は、序列の低い小さな神社を廃止して、大きな神社にまとめていくという政策だが、これによって、それまでその地域の人たちが大切にしていた小さな祠や社が取り壊され、鎮守の森が切り開かれ、ご神体とあおがれていた『となりのトトロ』に出てくるような大木が次々と切り倒されていったのである。

http://lite-ra.com/2014/10/post-561_4.html
ちなみに、この「神社合祀」に対して激烈な反対運動を展開したのが、天皇へのご進講も果たしたことのある高名な博物学者の南方熊楠で、南方は合祀を進める県職員に「神罰が下るぞ」と殴り込みをかけて逮捕されている。
 南方の怒りは当然で、それがどんな小さな祠であっても、当時は地域で暮らす人々にとって精神のよりどころであり、そこにある石や木や森が自然への畏敬や敬神崇祖の思いをつくりだしてきた。それをいきなり人と土地を切り離し、神が宿る自然を壊すというのは、許されざる行為だったのである。
 しかし、国家神道を推し進める者たちにとってはそんな民衆の思いなどはどうでもいいことだった。国家神道というのは宗教ではなく、「神」よりもまず「国家」なのだ。「神」、もっといえば「皇室」さえも、為政者が国民を支配し、国を強化していくためのツールにすぎなかった。
 
 そして、この体質は今も神社本庁に脈々と受け継がれている。だからこそ「国家」や「自民党の政治家」からの求めに応じて、神々が棲んでいるはずの縄文の森を平気で原発に売り飛ばすことができるのだ。
 しかも、この団体は今、自分たちの息のかかった政治家を大量に政権に送り込み、再び日本人が国家のために命を投げ出す政策を着々と推し進めている。国力増強のために自然や人々の暮らしを平気でふみにじる政策を次々実現しようとしている。





はい、皆さん分かりましたよね。
神社というものは、すべてが天皇崇拝をしているものではなかったんですよ。
であるのに、「神社=天皇絶対主義を掲げるシンボル」とすることによって、
「偽りの天皇」を担ぎ出し、「偽りの天皇絶対主義」を推進していくために、
「神道改悪」「神道・神社破壊」を行ったんですよ。
これらの愚行蛮行政策を行った理由は、宗教とは全く関係のないことだったのですよ。

はっきり言って「自分たちの都合のいいように国民を支配するため」だったんですよ!

さらに話を進めると、
「八百長戦争を遂行するためのツールとして神道改悪を行った」んですよ!

戦争反対の声が出ようものなら、
「お前はそれでも日本男児か! 現人神であられる天皇陛下が戦争に参加しようと宣われているのに、お前は反対すると言うのか! お前は非国民だ!」と、一喝したかったのです。

この「偽りの天皇絶対主義」は、昭和になっても続きます。
余程のバカでないかぎり、まともにアメリカと戦争をして勝てるはずがないことは、
国民も軍人も分かっていたはずなんです。
でも「偽りの天皇絶対主義」が存在しているために、それは口にできなかったのです。

この国を滅亡に導く政策は、すべて明治の時代に始まったんですよ。
私はこれまでくどいほど書いてきましたが、
諸悪の根源は、明治維新という名の売国国家クーデターにあるのです。
だから、「明治維新の真相」を、完璧に理解しなければならないのです。
学校教育が明治政府の愚行蛮行をほとんど教えていない(教えても真実を隠している)理由を、理解しなければならないのです。

「彼ら」の手先となって日本古来の宗教・伝統文化財の破壊を遂行してきた、
明治政府の売国奴どもの末裔が、今また「偽りの神道」を推進し、
「明治の日」を制定しようとし
あの暗黒の時代に国民を引きずり込もうとしています。

日本“破壊”会議とタイアップした安倍一味が、
不法行為を行って国有地を入手したくせに、
自らは「知らぬ存ぜぬ」を決め込んでいます。
妻が名誉校長をしており、自分の名を語った小学校の名目で寄付金を募っているくせに、
「知らない、関係ない」といった言い訳が通るわけがない。
もし本当に「自分の名が勝手に使われた」と主張するのなら、
この小学校の実質的な経営者である日本“破壊”会議を訴えるべきである!
それもできないくせに、
「自分や妻は関係していない、知らない」なんて、言うんじゃないよ!

さらに、こいつらカルト勢力が許せないことは、
“何もわからない”幼稚園児にカルト思想をたたき込もうとしていることです。

“何もわからない”幼稚園児を八百長戦争に巻き込もうとするんじゃないよ!

これらのカルト爺どもは、自らは戦場に行かないことは言うまでもありません。
すべては「彼ら」の指示に従って、自分たちの金儲けだけを目的として、
“何もわからない”幼稚園児を八百長戦争に巻き込もうとしています。
この国を、国民を、滅亡の道に誘導しようとしています。

「云々」を「でんでん」と発言したことは、全く問題ではありません
この異常な行動こそが、大問題なのです。
本当に呆れた首相です・・・
本当に呆れた首相夫人です・・・

このカルト勢力に乗っ取られた異常な国家は、決して北朝鮮ではありません。








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