あなたは、これでもローマ・カトリック教会を中核とするキリスト教を信じますか? - 歴史・宗教

嘘八百のこの世界

この世界の真実を追究して行くための読後評を中心に書いていきます

HOME プロフィール 真実を追究するマロン

ソウルマンの娘のマロンです。お散歩大好きです。 

最新記事 最新コメント 月別アーカイブ カテゴリ
ランキング
にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 ポチッと押してもらえると、明日への活力となります↑
ロック
頭脳警察、PANTA
RCサクセション、忌野清志郎
ブラック・ミュージック

あなたは、これでもローマ・カトリック教会を中核とするキリスト教を信じますか?

「レンヌ=ル=シャトーの謎~イエスの血脈と聖杯伝説~」②
マイケル・ベイジェント、リチャード・リー、ヘンリー・リンカーン




前回に続く。以下、一部引用する。

*1976年、謎の小冊子がイタリアで出版され、ただちにフランス語にも翻訳された。この本の題名は『教皇ヨハネス23世の予言』で、これは13年前の1963年、コクトーと同じ年に亡くなった教皇が書いたとされる、難解な内容の預言的な散文詩を編纂したものである。この「預言」の内容は非常にわかりにくいものばかりで、なにか一貫した解釈が必要なように思える。この作品をヨハネス23世が自ら書いたのかどうかも怪しいが、はしがきにはヨハネス23世の作と書かれている。そのうえ、この文にはヨハネス23世が1935年にトルコに教皇使節として派遣されたとき、ひそかに薔薇十字団員になったとまで書かれている。
・・・・・(中略)・・・・・
これ以外にも驚くべき一致が見られる。12世紀にアイルランドのマラキという修道僧が、ノストラダムスに似た一連の預言集を編纂した。偶然にもこれらの預言は、現在のヨハネス・パウルス2世を含むローマ教会の多数の重要人物に非常に尊重されたらしい。このなかでマラキは、今後数世紀にわたって聖ペテロの座を占めるであろう教皇の名前をあげている。マラキはそれぞれの教皇に説明的な銘を揚げており、ヨハネス23世の銘を訳せばフランス語で「羊飼いで航海者」である。シオン団総長の正式の肩書も「ノートニエ(航海者)」であった。
このような奇妙な一致がなにを意味するのかわからないが、教皇ヨハネス23世こそローマ・カトリック教会の方向性を決めた人物であるのに違いなく、批評家がしばしばいうように、この方向性は12世紀になっても保たれていた。これはヨハネスが召集した第二ヴァチカン公会議の改革でほとんどが決定された。しかし、ヨハネスによるとされる改革はこれだけではない。彼はフリーメーソンに対する教会の立場も修正し、たとえば少なくとも2世紀以上も定着してきた伝統を打ち破り、カトリックはフリーメーソンでもかまわないと正式に宣言した。1960年、彼はきわめて授ダイナ意義をもつ使徒座書状を発布した。この信書は、「イエスの貴い血」という特別の題が掲げられており、これはいままでになくイエスの血を重視したものである。この信書でイエスの受難は人間としてのものと強調され、人類はイエスが血を流すことによって贖われたとされている。このヨハネス教皇の書状の内容では、イエスの人間としての受難と流血が復活や十字架刑の枠組みなどよりも重要な意義を与えられている。
この書状の意味するところは甚大で、これによってキリスト教信仰すべての根底が覆されたという批評家もいる。人類の贖罪がイエスの血を流すことによるならば、イエスの死と復活は、まったく余分ではないにしても副次的な意義しかもたなくなる。信仰の正当性を保つためには、イエスは十字架上で死ぬ必要はなかったことになる。

十分に時間をかけて体系的に調べた結果、私たちは『シオンの長老の議定書』について以下のような結論に達した。
(一)出版された『議定書』が基にした原板が存在する。この原板の文面は捏造ではなく本物である。しかし、これはユダヤ教や「国際的なユダヤ人の謀略」となんの関係もなく、むしろフリーメーソンの組織かフリーメーソン的な志向をもつ「シオン」という言葉を含む秘密結社によって発行された。





(管理人)
まず、ヨハネス23世(ロンカッリ)を見てみます。


(ウィキより抜粋)
ヨハネ23世(ラテン語: Ioannes PP. XXIII、英語: John XXIII、1881年11月25日-1963年6月3日)はローマ教皇(在位:1958年10月28日-1963年6月3日)、カトリック教会の司祭。本名は、アンジェロ・ジュゼッペ・ロンカッリ(Angelo Giuseppe Roncalli)。第2バチカン公会議の実施を指示して世界を驚かせ、実際に開会までこぎつけたが、会期途中で世を去った。エキュメニズム(教会一致)の精神に従って、他教会や他宗教との対話に積極的であった。カトリック教会の聖人である。ヨハネス23世とも表記される。15世紀の対立教皇であるヨハネス23世は同名の別人である。
彼はヨハネ23世を名乗った。
彼は教皇としてエキュメニズム(教会一致)への情熱を示した。1500年代以来、初めて英国教会大主教をバチカンに迎え、正教会へも公式メッセージを送った。また、東西冷戦の解決を模索し、キューバ危機においても米ソ双方の仲介に尽力した。さらに彼は長きにわたってカトリック教会の近代化を意図し、誰もが予期しなかった公会議の開催を指示した。彼は準備委員会を発足させ、ついに1962年10月、第2バチカン公会議の開催にこぎつけたが、この時彼はすでに胃癌に侵されており、1963年6月3日午後7時49分(日本時間、4日午前3時49分)、会議の終了を待たずに世を去った。
2000年9月3日、教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福された。
2013年7月5日、バチカンはヨハネ・パウロ2世と共にヨハネ23世を列聖することを発表、翌2014年4月27日に教皇フランシスコによって列聖式が執り行われた。



「彼はヨハネ23世を名乗った。」とのことですが、
彼以前にも、ヨハネス23世が存在していたのです。
ウィキよりリンクのみ貼っておきます。


ヨハネス23世(コッサ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%82%B923%E4%B8%96_(%E5%AF%BE%E7%AB%8B%E6%95%99%E7%9A%87)


この教皇が告発された罪状を見る限り、普通の人間ならば、
この名を教皇名に採用しようとはしないと思うのですが。
ということは・・・

次に、こちらのサイトから。

http://oo3.o.oo7.jp/index20.html
 ローマ教皇ヨハネ23世は貧しい生まれであった。彼の名はジョセッペ・アンゲロ・ロンカリーで、77歳で法王ヨハネ23世となった。この「ヨハネ23世」という名は、1415年に反法王として破門された人物の名であったため、その後どの法王もあえて使用しなかったが、パリ国立図書館にはヨハネ23世(ジャン・コクトー)と呼ばれている人物が『シオンの長老』(ダビデの血統を自認するメーソン秘密結社)のグランドマスターだったという書類がある。
 『虹の隠れた危険』(コンスタンス・カンベイ著)に、「ローマ・カトリックの中にニューエイジの計画の根を植え付けることを許した法王を1人あげるとすれば、それはヨハネ23世であろう。彼はニューエイジとカトリック近代主義者から特別の尊敬を持って迎えられている」と書かれている。
 第2バチカン公会議は、カトリックが異教、偶像崇拝を公認した最大のターニングポイントとなった。第2バチカン公会議で議決された内容は、正確にフリーメーンンの教義に従っている。 ヨハネ23世はこの会議の発起人に名を連ね、カトリック教会をフリーメーソンにするだけではなく、反共産主義の姿勢をも変えさせた。第2バチカン公会議に先立って彼は書簡で、この会議の目的は「人類の一致による千年王国の実現である」と記している。ヨハネ23世は、彼の見解に好意的な12人の枢機卿を追加任命した。

 戦後アメリカのCIAは、ヨーロッパのメーソン・ロッジの再建に資金を提供し、カトリックヘも巨額の援助を与えた。その時のCIAエージェントであるカトリック枢機卿マルロチェッチが教皇パウロ6世となった。このパウロ6世(ヴィクター・マルロチェッチ)のもとでカトリック教会は、フリーメーソンの理想であるニューエイジ化に向けてさらに加速した。社会主義的「革命の神学」が教会の中に入り込み、秘密結社「コロンブスの騎士」とフリーメーソンが共同して動き出し、カトリック教会がフリーメーソンの前衛に据えられ、フリーメーソンの「P2」が発達した。そして、イエズス会、ドミニコ会、バウリスト神父会などが「革命の神学」を広め始めた。
 「革命の神学」は、革命と社会主義をうたい、社会主義「新秩序」のために戦うとする。実際に「革命の神学」は 「新しい秩序(ニューワールドオーダー)」と呼ばれている。今や、カトリック教会は「革命の神学」によるフリーメーソンの世界支配を推し進めている。ヴィレット枢機卿、カサロリ大僧正、ベネリ大僧正らは皆フリーメーソン会員である。





「パリ国立図書館にはヨハネ23世(ジャン・コクトー)と呼ばれている人物が『シオンの長老』(ダビデの血統を自認するメーソン秘密結社)のグランドマスターだったという書類がある」とのことです。
本書の主題は「イエスの血統を守る秘密結社こと、シオン修道会」の秘密に迫っているのですが、「ダビデの血統を自認するメーソン秘密結社」とは「シオン修道会」のことを言っているのではないか、と感じます。
もしそうだとしたら、ヨハネス23世(ロンカッリ)はローマ教会のユダヤ化・フリーメーソン化を推進した教皇なのですから、このフリーメーソンの思考はシオン修道会の思考と同一であることになるのではないでしょうか?
ヨハネス23世(ロンカッリ)がヨハネス23世(コッサ)の名を名乗った理由は、
この“特異な”思考ゆえではないのでしょうか。
そして、ヨハネス23世(ロンカッリ)の後を受けたパウロ6世はCIAエージェントであったとのことです。
ヨハネス23世(ロンカッリ)とパウロ6世の列聖式が現在のフランシスコ教皇によって執り行われたとのことですから、「ローマ教会のフリーメーソン化、そしてシオン修道会化」(=反キリスト、悪魔崇拝志向)が現在も進められていると思っていて間違いないでしょう。
ちなみに、第二バチカン公会議で、ベア枢機卿(イエズス会総長)の演出により、「キリスト教徒とユダヤ教徒の和解」「聖母マリア信仰の禁止」「司祭が祭壇に背中を向けて(つまり神に背を向けて)、信者に顔を向けて祈るように変更する」等が決定されたことを付け加えておきます。

さらに、こちらのサイトより。

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Opus_Dei-2.html#7bu
[1958年のバチカン・クーデター]

 ヒトラーとファシズムを支持しマモン(貨幣の悪魔)の教皇であったピオ12世が死亡して、シヨン運動の賛美者アンジェロ・ロンカッリがヨハネス23世となったのが1958年のコンクラーベ(教皇選出の選挙)だったのだが、この選出には現在までも重大な疑惑が叫ばれている。

 システィナ礼拝堂に集まった枢機卿たちによる3回目の投票の後、礼拝堂から「新教皇誕生」を告げる白い煙が上がった。FBIによるとこのときジュセッペ・シリ枢機卿(1906~89)が選出されたそうである。彼には「グレゴリオ17世」の名前が用意された。しかし理由は分からないが、じきにその「白い煙」は取り消され、再度投票が行われて選出されたのがロンカッリである。

 コンクラーベには秘密主義が貫かれており、そのときの様子を書き残す文書は公表されない。しかし人の口に戸を立てることは不可能だ。現在でも一部のカトリック信徒はこのコンクラーベでシリが選出されたことを固く信じている。

 シリはピオ10世の流れを汲む伝統主義的カトリックであり、この「グレゴリオ17世」が即位していたならば公会議が召集されることは絶対に無かっただろう。噂によるとシリは、彼が教皇になれば「東欧でカトリック教徒のボグロム(集団虐殺)が起こる」という情報を聞いて辞退を決意したという。東欧は宗教を禁圧する共産主義に支配されていた。彼は亡くなるまで沈黙を守ったが、1986年のインタビューで「私は秘密に縛られている。この秘密は恐ろしい。・・・。非常に深刻なことが起きている。しかし私は何も言う事ができない。」と答えているのだ。

 シリに「ボグロム」の情報を伝えたのはイエズス会神父で改宗ユダヤ人一族のマラキ・マーチンであると伝えられる。マーチンはルーヴァン・カトリック大学やオックスフォード大学、ヘブライ大学で学び、このコンクラーベの直前に僧職に就いて、やはり改宗ユダヤ人と言われるアウグスティン・ベア枢機卿の私設秘書となった。そして第2公会議ではベアと共に公会議の要点の「【2】非キリスト教との対話と協調」の原案作成に力を尽くした。そしてそのメドが付いた64年にバチカンの僧侶を辞め、以後作家として活躍して1999年に死亡した。

 6年の間バチカンに入り込んだこの男の目的は、ヨハネス23世を誕生させて公会議を準備し、カトリックとユダヤを結びつけることであったのだろう。その背後には世界ユダヤ人会議やフリーメーソンのユダヤ・ロッジであるブナイ・ブリスがいたといわれ、保守的カトリック信徒の中には彼を「シオニストのスパイ」と非難する人もいる。

 幻の「グレゴリオ17世」の話が事実ならまさにクーデターに他なるまい。バチカン・クーデターはその後に起こったヨハネ・パウロ1世の怪死の際にもささやかれた。そしてそのどちらにも国際的なユダヤ勢力の影がちらつく。





http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-115.html
フリーメーソンの陰謀に加担するペテロの後継者
「猶太(ユダヤ)国際秘密力」第一部
 太田龍


*ナポレオンを打倒した1815年に、フリーメーソンの最高司令部は、ごく少数の上級メーソンに対して、極秘指令を発したと伝えられる。
この指令は、カトリック教会とキリスト教そのものの完全な絶滅という、フリーメーソンの最終目的を達成するためには、多くの年月が必要とされる、おそらくは1世紀もの歳月がかかろうと述べている。

メシアを待望するユダヤ人として、我々が期待する法王は、我々の要求どおりに動く法王である。アレクサンデル6世に我々はいまだ満足しない。
我々は我々自身の法王を必要とする。
そのような(ユダヤ化され、フリーメーソン化された)法王をもって、我々はキリスト教会に大動乱を引き起こすべく進軍しなければならない。
キリスト教会という大きな岩の小さな断片を取ってみても、そんなことは意味がない。我々が必要とするのは、我々の陰謀に加担するペテロの後継者(ローマ法王のこと)の、小さな指だ。


こんなふうに「指令書」は述べているという。バチカンの最高位であるローマ法王の座をフリーメーソンが奪取すれば、この法王の十本の指は、確かにすべてを決することができる。彼の署名が、全カトリックをそのまま、いわば居抜きのまま反キリストの教会に変えるであろうからだ。
その後の百数十年の経過をみれば、この「指令書」の真偽はおのずから明らかではなかろうか。
ヨハネス・パウルス2世が法王に就任する前の年(1977年)、彼は「カトリック教会は今、悪との最後の決戦に直面している。悪魔が建設しようとしている教会は、カトリック教会と酷似しているかもしれないが、実際は、それは反キリストの教会となろう」と述べたという。
同法王の前任者ヨハネス・パウルス1世は、法王就任後間もなく病死した。
伝えられるところによれば、ヨハネス・パウルス1世は、バチカン中枢部からフリーメーソン会員を一掃する人事異動を発令した直後に変死した(毒殺の疑いがもたれている)という。
毒殺は、もちろん、バチカンに浸透したフリーメーソン組織が実行したに違いない。
そして、かつて暗殺の危険に遭ったヨハネス・パウルス2世の在位期間は、すでに15年。彼はフリーメーソンに抵抗し続けているようにも見えるのだが・・・・・。





最後に、キリスト教徒の皆さんへ言いたい。

「あなたは、これでもローマ・カトリック教会を中核とするキリスト教を信じますか?」と。





COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

テンプレート説明

このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。
背景はスライドショーになっています。

◎プラグイン説明

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。
←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。
このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

※最上部メニューバーの上に隙間がある方

最上部のメニューバーの上にFC2検索バー用のスペースを設けています。
検索バーを表示しない設定にしている方は、cssの最上部メニュー.MegaMenuの中にあるtop:27pxをtop:0に変更してください。

◎背景スライドショー説明

random : 1, // ランダム 0:オフ 1:オン
transition : 1, // 0:単純画像切替 1:フェード 2~7:移動 8:ページ更新毎に切り替え
transition_speed : 1000, // 画像間の切替時間
slide_interval : 3000, // 1枚毎の画像停止時間
slides : [
{ image : '画像URL' } // 画像の追加・削除はここ

★テンプレート名で検索すると、作者のブログにより詳しい説明があるかも知れません。