カタリ派~テンプル騎士団~グノーシス主義~「彼ら」イルミナティ、悪魔崇拝主義者 - 歴史・宗教

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カタリ派~テンプル騎士団~グノーシス主義~「彼ら」イルミナティ、悪魔崇拝主義者

「レンヌ=ル=シャトーの謎~イエスの血脈と聖杯伝説~」①
マイケル・ベイジェント、リチャード・リー、ヘンリー・リンカーン




1997年の書であり、「ダ・ヴィンチ・コード」の元となった書でもある。
以下、一部引用する。複数回に分けて記す。



*一般的にいえば、カタリ派は受肉の教義と母権主義に立脚した宗教である。カタリ派の会衆の説教者や指導者には男も女もいたし、さらに正統派ローマ教会を拒否し、神と人間の仲保者としての聖職者階級の正当性も否定していた。この中核にはカタリ派の重要な教義である「信仰」の拒絶があり、一方、少なくともローマ教会はこれを重視していた。カタリ派は「信仰」を二次的なものと見なし、直接的な個人の知識や宗教的、神秘的な経験をもっとも重要と考えていた。この経験を「知識」を表すギリシア語から「グノーシス」と呼び、カタリ派にはこれがどの信条や教義よりも優先する重要なものであった。神との個人的、直接的な接触を重視するので、司祭や司教などの教会の聖職者は余分な存在になる。
カタリ派は二元論者でもあった。いうまでもなくすべてのキリスト教の教えも究極的には二元論で、善と悪、霊と肉、高と低というふたつの対立する原理の争いに立脚している。カタリ派はこの正統派カトリック教の二分化をさらに一歩進めた。カタリ派にとって人間は霊と戦う刃で、だれもその手を見られない。光と闇、霊と肉、善と悪という妥協の余地のないふたつの原理が、人類の創造以来ずっと戦い続けていると考えた。カトリックの教義では単一至高の神がおり、敵対者の悪魔は究極的には神より劣っている。しかし、カタリ派によれば神はひとりではなく、ほとんど同じ地位にふたりの神がいると考える。一方の神は「善」の神で、決して受肉せず、完全に霊に属し、物に汚されない愛の神である。しかし、愛と権力は決して両立せず、ものの創造は権力の具現化である。したがって、カタリ派にとってまさにこの世を表わす物の創造やすべての物質は本質的に悪である。簡単にいえば、世の中は悪の神、つまり「横領者たる神」の被造物で、カタリ派はこの神を「世界の王」と呼んでいた。
・・・・・(中略)・・・・・
ローマ教会の立場では、物質の創造という点でカタリ派は許すことのできない異端であった。イエスが自らの命をかけた物質としての人間を本質的に悪の存在と考え、さらに「言葉」によって物質界を「はじめ」に創造した神を横領者とみなすカタリ派は異端以外のなにものでもなかった。

*テンプル騎士団の利益は、戦争や外交、政治的な陰謀などでも膨らんでいった。実際、現代の銀行制度を創設し、定着させたのはテンプル騎士団である。彼らは、ヨーロッパからイスラム国にいたる金に困った君主たちに膨大な金額を貸していた。さらに、全ヨーロッパから中東にまたがる騎士団の地方支部を使い、時代と共に貨幣取引が重要になってきた貿易商人たちの金を、適当な利子を取って安全かつ効率的に送金する仕組みをつくった。たとえば、ある都市で金を預けて、別の都市で複雑な符丁が書かれた約束手形をだせば、その金を引きだすことができた。こうしてテンプル騎士団は当時の代表的な両替商となり、パリ管区はヨーロッパ金融界の中心地になった。現在私たちが使っている小切手もテンプル騎士団が発明したと考えられている。

*テンプル騎士団は設立当初から、とくにラングドックのカタリ派とある種の緊密な関係を保っていた。自分自身がカタリ派であったり、カタリ派に同調する数多くの富裕地主たちは、テンプル騎士団に膨大な土地を寄進していた。最近の作家には、テンプル騎士団の設立者の少なくともひとりはカタリ派であったと書いている人もいる。これは少し言いすぎとしても、騎士団4代目の総長ベルトラン・ド・ブランシュフォールがカタリ派の家系出身であったのは確実である。
・・・・・(中略)・・・・・
実際、当時のテンプル騎士団の名簿によれば、カタリ派の家系出身者がかなりの比率で騎士団の要職を占めている。ラングドックのテンプル騎士団の要職は、カトリックよりもカタリ派のほうが多かったぐらいである。

*フランスでは、逮捕されたテンプル騎士たちは裁判にかけられ、多数の者が拷問を受けた。おかしな自白が引きだされ、妙な告発がおこなわれ、不気味な噂が国中を駆け巡った。テンプル騎士団はバフォメットと呼ばれる悪魔を崇拝しているといわれた。騎士団の秘密の儀式では、騎士は顎髭を生やした男性の頭像の前に平伏し、これが騎士になにかを話しかけることで超能力が与えられるらしい。これらの儀式をひそかに盗み見した者たちが、二度と姿を現すことはなかったといわれる。もっといいかげんなものには、幼児殺しや婦人の堕胎、入団式の淫らなキス、男色などの告発もあった。しかし、これらのなかでもキリストに命を投げだして戦ったキリストの戦士にはきわめて異様で、もっとも似つかわしくない告発は、キリストを否認し、十字架を踏みにじり、唾を吐きかけたというものである。
逮捕されたテンプル騎士たちは、フランスではついに事実上封じこめられた。フィリップ王は騎士たちを残虐、無慈悲な拷問で苦しめ、多くの者が投獄されたり火あぶりで処刑された。同時に、王は騎士団にもっと厳重な方策を講じるよう教皇にいっそうの圧力を加えた。しばらくためらっていた教皇も1312年には諦めて、告発が有罪か無罪か決まらないうちにテンプル騎士団の解散を公式に宣言した。しかし、フィリップ王の領土内では、裁判や尋問や調査はさらに二年間も続いた。1314年3月、ついに騎士団の総長ジャック・ド・モレーとノルマンディー管区長ジョフロワ・ド・シャルネーは、弱火で焼かれる火刑台に消えてしまった。彼らの処刑によってテンプル騎士団は歴史の表舞台から消え去った。しかし、テンプル騎士団は決してなくなったわけではなく、驚くべきことに、逃亡して行方がわからない者や放免された者も多数いたらしい。

*ドイツでは、はえぬきのテンプル騎士たちは武器を取り公然と裁判に挑戦し、これに怖気づいた裁判官は無罪を宣告した。テンプル騎士団が公式に解散すると、多数のドイツ人騎士たちは聖ヨハネ・ホスピタル騎士団やチュートン騎士団に鞍替えをしていった。スペインでもテンプル騎士団は抵抗し、ほかの騎士団に活路を見出した。
ポルトガルの騎士団は審問によって一掃されたが、単にキリスト騎士団に名前を変えただけである。この名のもとに組織は16世紀まで存続し、その団員は海運業に従事していた。ヴァスコ・ダ・ガマもキリスト騎士団の一員で、エンリケ航海王子は騎士団の総長であった。キリスト騎士団の船舶は、よく知られた先の広がった赤い十字架、クロス・パティをつけていた。クリストファー・コロンブスと三隻の帆船が大西洋をわたって新大陸に到着したときも、この十字架を掲げていた。コロンブスはキリスト騎士団の前会員の娘と結婚していたので、叔父の海路図や日記に接する機会があったのかもしれない。
このように、1307年10月13日の攻撃からテンプル騎士たちはさまざまな方法で生き残った。1522年、テンプル騎士団のプロシア版の後継者であるチュートン騎士団は、自ら世俗化してローマ教会に対する忠誠を拒否し、マルチン・ルターという横柄な異端反乱者の支持に回った。二世紀経ってテンプル騎士団という名前は変っていたが、彼らは自分たちを裏切ったローマ教会に復讐したのである。





(管理人)
まず、カタリ派について考えてみる。ウィキより抜粋する。



カタリ派(カタリは、Cathares)は、10世紀半ばに現れ、フランス南部とイタリア北部で活発となったキリスト教色を帯びた民衆運動。

現在カタリ派がどのような思想をもっていたのかを正確に知ることは難しい。カタリ派自体が消滅していて、彼ら自身の資料がほとんどないためである(わずかに残されている資料として『二原理論』と呼ばれる書物がある)。このため、カタリ派の思想については大部分が反駁者たちの書物の偏見の混じった記述からしか知ることができない。

カトリック教会は、カタリ派が二元論的世界観に代表されるグノーシス主義的色彩が濃厚な特異な教義と組織を有していたため、異端認定したと主張している。
カタリ派思想の根本は、この世は悪であるという思想にある。世界を悪と考える思考法はグノーシス主義などに類似するものであり、歴史の中で繰り返しあらわれている。本来、単なる反聖職者運動だったカタリ派はボゴミル派からこの思想を受容したと考えられている。カタリ派ではこの世界は「悪なる存在」(グノーシス主義ではデミウルゴス)によって創造されたと考えていた。カタリ派が古代のグノーシス主義と違っていたのはデミウルゴスをサタンと考えたことにあった。また、カタリ派は人間は転生するという信仰を持っていたと伝えられる。

カタリ派はグノーシス主義と同じように、物質世界に捉えられた魂はこの世を逃れることで非物質世界である天国に到達できると考えた。そしてこの世から逃れるための唯一の方法が、汚れた世俗と関係を断ち切って禁欲生活を送ることであった。このような完全な禁欲生活を送る信徒が「完徳者」(ペルフェクティ(Perfecti))とよばれていた。完徳者には世の人々の罪を取り除き、物質世界とのつながりを断ち切る力があると信じられ、死後はすみやかに天国に行くと考えられていた。完徳者たちが送る完全な禁欲生活は、当時の教会の聖職者たちの堕落した生活とは対照的なものであった。

一般の信徒たちも死の直前に、「慰めの式」(救慰礼、コンソラメントゥム(Consolamentum))という儀式を受けることができた。これはカタリ派の認める唯一の秘跡であった。この式を受けたものは以後食事を口にしなかった。「耐忍礼」(エンドゥラ、endura)と呼ばれるそれは物質の汚れを受けないための潔斎であり、死に至ること自体を目的としているわけではなかった。カタリ派はこれ以上罪人であるこの世の人間を生み出さないよう結婚を認めず、生殖を目的とする性行為を認めなかった。しかし、生殖に結びつかない性行為は奨励されたため、この点においてカタリ派が激しく非難されることになった。

カタリ派が保持していたさまざまな神学思想は当時の一般的なキリスト教徒たちにとって受け入れがたいものであった。まずイエス・キリストが人性を持っていたことを完全に否定し、幽霊のごときでものであったとしていた。カタリ派にとってみれば、神聖な神が汚れた肉体に入るわけがないのである。このような説はドケティズム(仮現説)といわれ、カタリ派のオリジナルではなく古代から存在していた。また、先に述べたように「慰めの式」を唯一の秘跡として、一切の秘跡を否定した。
さらに肉食を禁止し、菜食のみを認めた。肉は生殖の結果であるとされたからであり、生殖の結果である他の食品(卵、チーズ、バター)の摂取も禁じられていた。野菜や果物以外にも魚や海産物はなんでも食べてよかった。なぜ魚がよかったのかというと、当時の人々は魚や海の生き物は生殖行動をせず、海のどこからともなく発生していると考えていたからである。

カタリ派の特徴としてあげられるのは一切の誓いの禁止であった。これは当時の封建領主たちがカタリ派を危険視する最大の理由となった。誓いの禁止と関連して、一切の商業行為も禁止されていた。





「カタリ派思想の根本は、この世は悪であるという思想にある」とのことだ。
さらには、「カタリ派ではこの世界は「悪なる存在」(グノーシス主義ではデミウルゴス)によって創造されたと考えていた。カタリ派が古代のグノーシス主義と違っていたのはデミウルゴスをサタンと考えたことにあった」とのことだ。

この思想は、一見「彼ら」の思想のようにも感じられるが、
そうでもなさそうである。
「この世は悪であり、サタンがこの世界を創造した」とは唱えているが、
その創造主であるサタンを信奉していたわけではなさそうであるからだ。
もしサタンを信奉しているのであれば、
「彼ら」と同じく悪魔崇拝主義者であるが。
禁欲主義という点でも、欲にまみれた「彼ら」の思想とは異なるしね。
ただ、一般の信者は、死期が近づくまではコンソラメントゥムの儀式を受けることはなかったため、ある程度は、普通の生活が許されていたとのことのです。
この辺が、カタリ派が広まった理由なのかもしれません。

また、こちらのサイトによれば、
「アブラハム、イサカル、ヤコブ、モーゼ、全ての古代の神、そしてバプテスマのヨハネもまた神の敵であり、悪魔の召使いであると考えた。ヨブ記(the books of Job)、詩篇(Psalms)、Solomon、Wisdom、伝道(Ecclesiastes)、イザヤ書(Isaiah)、エレミア書(Jeremiah)、エゼキ ル書(Ezekiel)、ダニエル書(Daniel)、十二使徒のみ堕落前のエルサレム(彼らはそこを天国と考えていた)で書かれ、それ以外の旧約聖書の全て は悪魔によって書かれたとした」
とのことである。
旧約聖書を否定しているということは、
ローマ教会のみならず、ユダヤ教も否定していることになりますね。


次に、カタリ派に影響を与えたグノーシス主義について、ウィキで見てみる(抜粋)。




グノーシス主義(グノーシスしゅぎ、独: Gnostizismus、英: Gnosticism)またはグノーシス(古代ギリシャ語: Γνῶσις、ラテン文字転写: Gnosis)は、1世紀に生まれ、3世紀から4世紀にかけて地中海世界で勢力を持った古代の宗教・思想の1つである。物質と霊の二元論に特徴がある。普通名詞としてのグノーシスは古代ギリシア語で認識・知識を意味する言葉であり、グノーシス主義は自己の本質と真の神についての認識に到達することを求める思想傾向を有する。

しかし必ずしもこの定義が定着したわけではなく、一般に「グノーシス」ならびに「グノーシス主義」という言葉は同義語として用いられており、キリスト教「異端思想」としてのグノーシス主義を「キリスト教グノーシス派」と呼ぶことが多い。したがってこの記事では広義の「グノーシス」について、「グノーシス主義」という用語で説明する。

物質からなる肉体を悪とする結果、道徳に関して、2つの対極的な立場が現れた。一方では禁欲主義となって顕われ、他方では、放縦となって現れる。前者は、マニ教に見られるように禁欲的な生き方を教える。後者は、霊は肉体とは別存在であるので、肉体において犯した罪悪の影響を受けないという論理の下に、不道徳をほしいままにするタイプである。4世紀の神学者アウグスティヌスがキリストに回心する前に惹かれたのは、前者の禁欲的なタイプであったと言われる。

反宇宙論
グノーシス主義は、地上の生の悲惨さは、この宇宙が「悪の宇宙」であるが故と考えた。現象的に率直に、真摯に、迷妄や希望的観測を排して世界を眺めるとき、この宇宙はまさに「善の宇宙」などではなく「悪の宇宙」に他ならないと考えた。これがグノーシス主義の「反宇宙」論である。
二元論
宇宙が本来的に悪の宇宙であって、既存の諸宗教・思想の伝える神や神々が善であるというのは、誤謬であるとグノーシス主義では考えた。ここでは、「善」と「悪」の対立が二元論的に把握されている。善とされる神々も、彼らがこの悪である世界の原因であれば、実は悪の神、「偽の神」である。しかしその場合、どこかに「真の神」が存在し「真の世界」が存在するはずである。
悪の世界はまた「物質」で構成されており、それ故に物質は悪である。また物質で造られた肉体も悪である。
物質に対し、「霊」あるいは「イデアー」こそは真の存在であり世界である。
善と悪、真の神と偽の神、また霊と肉体、イデアーと物質と云う「二元論」が、グノーシス主義の基本的な世界観であり、これが「反宇宙論」と合わさり「反宇宙的二元論」という思想になった。

グノーシス主義は、精神の姿勢(Geisteshaltung)が問題となり、現存在における世界の現象解釈と了解によって教えが成立するとされる。そのため、二元論的宗教のなかで、古代のグノーシス主義と直接的・間接的に関係のあるものも、広い意味ではグノーシス主義となるが、それらは判断について諸説がある。
• マルキオン - 小アジアのシノペに生まれた。『ヘブライ聖書』(『旧約聖書』)とその神ヤハウェを否定し、ルカによる福音書を中心に独自の正典を編纂した。創世神話がなく、グノーシス主義ではなく、キリスト教の一派であるとの解釈がある。
• ボゴミル派 - 12世紀頃、ブルガリアで勢力のあったグノーシス主義的二元論宗派。キリスト教の分派とも考えられる。
• カタリ派 - アルビ派またはアルビジョア派とも呼ばれる。11-13世紀に南フランスにおいて勢力を持った。『ヨハネ福音書』を正典として認め、独自の聖書訳を持っていた。ボゴミル派あるいは小パウロ派の影響のもとに成立したと考えられる。当時、フランス北部を支配していたフランス王と教皇庁の合意で、アルビジョワ異端十字軍が結成され、1世紀近い戦いの後、信徒は虐殺され、宗派として消える。キリスト教のグノーシス主義的分派と云うべきである。





どうやら「この世は悪であり、サタンがこの世界を創造した」と唱えている点で、
カタリ派とグノーシス主義は同一であるようです。

つまり、「物質からなる肉体を悪とする」点で両者は同じなのだが、
その結果、「禁欲主義に走ったグノーシス主義」がカタリ派であり、
「霊は肉体とは別存在であるので、肉体において犯した罪悪の影響を受けないという論理の下に、不道徳をほしいままにする快楽主義に走ったグノーシス主義」が、
後の「彼ら」イルミナティ、悪魔崇拝主義者なのではないのだろうか。

本書によると、テンプル騎士団には相当数のカタリ派が存在していたとのことだが、
厳密には、「禁欲主義に走ったグノーシス主義」(カタリ派)と、
「霊は肉体とは別存在であるので、肉体において犯した罪悪の影響を受けないという論理の下に、不道徳をほしいままにする快楽主義に走ったグノーシス主義」(後の「彼ら」イルミナティ、悪魔崇拝主義者)が存在していたのではないのだろうか。

「バフォメットと呼ばれる悪魔を崇拝しているといわれた」というテンプル騎士団員は、
後者であるだろう。


「霊は肉体とは別存在であるので、肉体において犯した罪悪の影響を受けないという論理の下に、不道徳をほしいままにする快楽主義に走ったグノーシス主義」
これってスゴイ思想・概念ですね・・・

「彼ら」のキチ○イ思想の源が、ついに分かったような気がします。

八百長戦争、偽旗テロ、人工地震、毒ワクチン、エイズ、エボラ、
鳥インフルエンザ、遺伝子組み換え食品、癌、輸血、ケムトレイル、
マネー詐欺、生贄儀式、人口削減・・・

何故に「彼ら」はここまで悪の限りを尽くすことができるのだろう?
いくら人生の大半を悪行に費やしていたとしても、
死後は天国に行きたいと願うだろうから、
死ぬ間際ぐらいは今までの悪行を悔い改め、善行をするようになるだろうに。

そうならないのは、
「彼ら」が人間ではない別の生命体であるからなのではないのか?
人間とは全く異なる思考形態を有しているからなのではないのか?
と感じたりもしたが、
その「真相」が理解できたような気がします。

「彼ら」が人間なのか別の生命体であるのかは別として、
「彼ら」がこういった特殊思考の持ち主であることが、最大の理由なのでしょう。

「霊は肉体とは別存在であるので、肉体において犯した罪悪の影響を受けないという論理の下に、不道徳をほしいままにする快楽主義に走ったグノーシス主義」

つまり、「肉体が犯した犯罪は、全く裁かれない」という思考。
「この世界を創造したのは悪魔なのだから、
その悪魔の教えに従って悪の限りを尽くしても、罰せられることはない」
という思考なのです・・・




気が付いたら、単なる読書感想の枠を飛び越えて、
トンデモナイ処に行きついてしまいました。








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Re: NoTitle

鍵コメさん

>  もう嘘八千でおろおろしています・・・

右も左も表も裏も、詐欺師のオンパレードのようですね・・・

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