反戦? 原子力推進? 予言者? - 原発・放射能・地球温暖化詐欺

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反戦? 原子力推進? 予言者?

「鉄腕アトム誕生の目的は? 漫画の神様・手塚治虫の正体を探る」




漫画やアニメーションが好きな人間なら、誰もが手塚治虫のことを「漫画の神様」と呼び、その才能を讃えるだろう。
私も、そのように感じる手塚治虫の読者の一人である。
実は私は子供の頃は漫画大好き少年であり、手塚治虫に限らずあらゆる漫画を読んだものなのだ。そして、将来は漫画家になりたいとさえ思っていたのである(笑)
手塚治虫の漫画作品は、ストーリー性があり、それも「火の鳥」に代表されるように宇宙の神秘・生命の神秘に迫ったものさえあり、最早、漫画の枠を超えた「大人が読むべき一大叙事詩」といっても言い過ぎではないかもしれない。
ただ手塚治虫に関しては以前から疑問に感じざる負えない点が多々あったのも事実であり、そのあたりを探ってみようと思った次第である。
手塚治虫の家系をウィキで見てみる。



手塚治虫(本名・治)は1928年11月3日、摂津国であった大阪府豊能郡豊中町(現在の豊中市)に、父・手塚粲(てづかゆたか・1900年 - 1986年5月14日)と母・文子の長男として生まれた。明治節に生まれたことから「明治」にちなんで「治」と名づけられた。祖父・手塚太郎は司法官で、1886年(明治19年)に創立された関西法律学校(現在の関西大学)の創立者の一人である。大阪地方裁判所検事正から名古屋控訴院検事長、長崎控訴院長などを歴任している。曾祖父・手塚良仙は適塾に学んだ蘭方医で、1858年(安政5年)に江戸の神田お玉ヶ池種痘所(現在の東京大学医学部の前身)を設立した人物の一人でもある。その生涯は治虫の晩年の作『陽だまりの樹』でフィクションを交えつつ描かれており、福澤諭吉の自伝(『福翁自伝』)にも記録が残っている。遠祖は平安時代の武将・手塚光盛とされる。


手塚治虫は明治節に生まれたとのことである。明治節とは明治天皇の誕生日らしい。
11月3日が明治節であり、日本国憲法が公布された日であり、文化の日であることは、関係しているのかもしれない。さらに言えば、「311」と関係しているのかもしれない。
曾祖父が有名な蘭学医であり、福沢諭吉と親交があったというのも、「偶然」でないような気がする。

次に気になるのが、「鉄腕アトム」である。
同じく、ウィキで見てみる。



『鉄腕アトム』(てつわんアトム、日本での英題はMighty Atom)は、手塚治虫のSF漫画作品及び同作を原作としたテレビアニメ、特撮テレビ番組の作品名、並びに作品内の主人公である架空のロボットの名称である。テレビアニメ版で使用された主題歌の曲名でもある。

21世紀の未来を舞台に、原子力(後に核融合)をエネルギー源として動き、人と同等の感情を持った少年ロボット、アトムが活躍する物語。米題は『ASTRO BOY(アストロ・ボーイ)』。
本作は、1951年(昭和26年)4月から翌年3月に連載された『アトム大使』の登場人物であったアトムを主人公として、1952年(昭和27年)4月から1968年(昭和43年)にかけて、「少年」(光文社)に連載され、1963年(昭和38年)から1966年(昭和41年)にかけてフジテレビ系で日本で初めての国産テレビアニメとしてアニメ化された。このアニメ第1作は平均視聴率30%を超える人気を博し、その後、世界各地でも放映された。
1981年には、様々な形で、本作が出版された数の累計が1億冊を突破した。
1980年(昭和55年)に日本テレビ系でカラー版の『鉄腕アトム (アニメ第2作)』が制作され、さらに1作目と同じくフジテレビ系にて2003年(平成15年)に『ASTRO BOY 鉄腕アトム』として、2回目のリメイクが放映、2009年にはCG映画『ATOM』が公開されている。
アトムの家族の名前はパパ(エタノール)を除き、元素名に由来している。アトムはAtom(原子)、ウランはUranium(ウラン)、コバルトはCobalt(コバルト)など、ママ(リン)=Phosphorus(リン)とチータン=Titanium(チタン)を除き、放射性元素に関する名前が付けられている。




はい、テレビ放送の第1回目が韓国ウジテレビ、2回目がCIA日本テレビのようですね。アトムのみならず家族の名前も、ほとんどが放射性元素から付けられている。
これを「偶然」と判断すること自体が、どうかしているでしょう。
明らかにアトム誕生の裏には、日本に原子力産業を根付かせたかった勢力の意図が感じられます。初代原子力委員会委員長正力松太郎を擁して日本原子力産業協会が設立されたのが1956年ですから、アトム誕生からテレビ放映開始の時期とぴったり一致します。「鉄腕アトム」は子供に夢を与える目的で誕生したのではなく、原子力産業を支配している「彼ら」が日本に原子力産業を根付かせる目的で誕生したのでしょう。テレビが何のために存在しているのかということを十分ご理解いただいている当ブログの読者の方なら、これ以上の説明は不要ですよね。

次に、手塚治虫記念館を見てみます。
ウィキより。写真を見てください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E5%A1%9A%E5%B8%82%E7%AB%8B%E6%89%8B%E5%A1%9A%E6%B2%BB%E8%99%AB%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%A4%A8

何かに似ていないでしょうか?

はい、原爆ドームです。

http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E5%8E%9F%E7%88%86%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%A0

私には、これもとても「偶然」とは思えません。

次に、手塚治虫は予言者であったという話があります。





http://karapaia.livedoor.biz/archives/51176327.html
手塚治虫作品の中の、有名な医学系漫画、「ブラックジャック」内で、恐るべき予言ともいうべき1コマがあったのだそうだ。それは『6月14日午前8時ごろ東北一帯にマグニチュード7.5の地震発生』と描かれた一コマで、実際に今年の6月14日午前8時頃、岩手・宮城内陸地震が起きた。しかもその時間までほぼ一緒。

 これはもう神がかり的な何かであるとしか思えないわけで、手塚先生の漫画を総ざらいして、もう一度よく見てみることで予防できる災害とかあるかもしれないわけなんだ。
漫画で設定されている日時と実際に地震が起きた日時を比べてみると・・・
▼手塚治虫
日時:6月14日午前8時
場所:東北地方
規模:M7.5

▼実際の地震
日時:6月14日午前8時
場所:東北地方
規模:M7.2(推定)
*ブラックジャック、「もらい水」(第17巻・第158話)

マグニチュードの規模の違いだけでほぼ的中させていることにびっくり。



もう一つの予言?(ベトナム戦争篇)


(saigon ronin)さん
http://saigon-ronin.blogspot.jp/2012/10/blog-post_24.html
鉄腕アトムの放送開始が1963年で、同年10月26日に茨城県東海村の日本原子力研究所の動力試験炉は日本で初めての原子力発電に成功します。

 つまり、「原発推進のプロパガンダ」だったワケですよ、「鉄腕アトム」わ。


 しかし当時は、原子力利用の危険性を深く考えなかったことと、「ヒロシマ」と「ナガサキ」に落とされた原子力爆弾や、福竜丸事件に対する「原子力アレルギー」を払拭するために、原子力利用のプラス面ばかり強調されたワケです。

 そしてそれは福島での事故発生まで継続され、「鉄腕アトム」も何度もリメークされて、子供たちの「洗脳」に使われたワケです。

 手塚治虫氏は優れたクリエイターであり、「鉄腕アトム」だけを取り上げて非難するのもアレですが、医学部の学生であった経歴からすれば「放射線障害」に関して多少の知識はあったのでは?・・・とも思えてなりません。

 手塚氏に関しては他にも奇妙な点があります。「鉄腕アトム」以外にもワタシの好きだったアニメで「W3(ワンダー3)」というTVアニメがあったのですが、その第1話をYoutubeで発見しました。


The Wonder 3 (1965)



放送開始が1965年なのに、ナゼ?1970年(未来)の戦争シーンから始まるのか?1970年当時といえばベトナム戦争が真っ盛りの頃であり、その未来を暗示してたのか?

 1964年に「トンキン湾事件」が発生し、それを理由にアメリカはベトナムに介入していくワケですが、ベトナム戦争が、かくも「泥沼化」するとは誰も予想し得なかったハズ。

 この1970年の戦争シーンが「ベトナム戦争」を暗示しているのであれば、「ベトナム戦争」の長期化は既に織り込み済みであったと?

 で、久しぶりに「妄想脳」を働かせるならば、まず、「銀河系連盟」が存在する星にナゼ?「イルミナティの目」が描かれているのか?そして「地球人類を裁く」≒「間引きする」というのは、「N.W.O.(ニュー・ワールド・オーダー)」の考え方そのものです。

それと、手塚氏の代表作でもある「火の鳥」ですが、「火の鳥」=「フェニックス」も「N.W.O.」のシンボルのひとつです。

 ロンドン・オリンピックは「シオンニズムの祭典」ではないか?・・・と、妄想を働かせたワタシですが、大会が無事に終わって何よりでした。ロンドン・オリンピックにまつわる様々な「アイコン」が、「シオニズム」を暗示しているのではないかと述べたワケですが・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=ij3sgRG5sPY&spfreload=10

解説者は「花びら」などとトンチンカンなことを言ってますが、誰が見てもこれは、フェニックス(火の鳥)の「死と再生の儀式」を意味していることは明らかです。つまり、「シオニストの祭典」が完結したことを表現しているワケですよ。

 つまり、「シオニストの祭典」=「ロンドン・オリンピック」は成功した。・・・と、宣言しているに等しいワケです。





次に、アトムの最終回の話がヤバイ。
ウィキより、見てみる。



主人公の青年・丈夫は、幼い頃、隣に住む少女ジュリー(壽理)と遊んでいた際、子供故の無邪気さから来る残酷な遊びで彼女に瀕死の重傷を負わせてしまう。その後ジュリーが家出したと聞いた丈夫は、両親の言いつけを破り夜の街へとジュリーを探しに行くが、暗闇の中、両親から与えられていた銃でジュリーの母親を誤って撃ってしまい、その際ジュリーの母親がロボットであることを知ってしまう。
それから時は流れ、無事保護され美しく成長したジュリーと再会した丈夫は、互いに好意を持ち愛を育むようになっていった。だがある日、それまでの生活がすべて偽りだった事を知ってしまう。実はジュリーの母親同様丈夫の両親もロボットであり、親としての優しさは偽りで、丈夫に対する愛情など微塵もなく、ただ単に自分たちの娯楽である殺し合いの道具として育てていたのだった。
近未来、地球は環境汚染が進んだために人類の数が激減し、それに替わってロボットが支配する世界となっていた。貯蔵所に保存してある精子と卵子を人工授精させ、人工子宮で培養されて産まれた人間の子供をロボットの親が育て、ある年齢まで成長すると育てた子供同士で殺し合いをさせ、それを娯楽として楽しむ世界。この世界では、人間は単にロボット達の家畜であり見世物であり、そして殺し合いの道具でしかなく、両親が子供の丈夫に銃を与えたのも、銃の扱いを覚えさせて将来の殺し合いに備えるためであった。
真実を知った丈夫はやがて闘技場に送られるが、殺し合いの見世物となる事を拒否。ジュリーの母親と闘技場のロボットたちを破壊し、ジュリーを連れて脱走する。そしてジュリーと共にロボット博物館に向かい、そこに保存展示されていたアトムにエネルギーを与えて甦らせるとそれまでの事情を話し、それを聞いたアトムは2人を無人島へ連れて行く。
事情を知ったアトムは2人を助け追っ手と戦う事を決意するが、戦いに赴く直前のアトムの言葉、そして丈夫の前に現れた追っ手のロボットたちの言葉からジュリーに関する残酷すぎる事実が明かされていく。それは全て、2人が子供の頃の「残酷な遊び」が原因であった…。



環境汚染、人類の数が激減、人工授精、ロボット達の家畜であり見世物であり、そして殺し合いの道具となった人類、これらはまさに「彼ら」が目標としている人口削減計画が達成させられた“理想の未来社会”なのではないのだろうか。




次に、手塚治虫の最後の作品を見てみます。それは「ネオ・ファウスト」というゲーテの「ファウスト」を元とした作品なのです。「ファウスト」は、「成功と引き換えに悪魔に魂を売る」というブルースの伝説にもなったストーリーである。
ゲーテがフリーメーソンであったことは、有名な話である。




(さてはてメモ帳)さん
http://satehate.exblog.jp/18430216/
ゲーテは、1780年1月、ワイマールの国務大臣でロッジ支部長のJ・Kフォン・フリッチ侯爵に自分のフリーメイソンリーへの加入を急がせる嘆願書を出している。これ以前にはゲーテがメイソンではなかったことを示す証拠である。

この嘆願書の効果があって彼は1780年6月23日、ワイマールのロッジ「アマーリア」に加入できた。


ー中略ー

晩年の作品「ファウスト」にも明確に示されているように、彼は錬金術、オカルチズムに対する関心は早くから非常に強く、当代随一のオカルチストであり、メイソンであったカリオストロに心酔し、早くも1782年にはかのボーデに手引きでヘルダーやワイマール大公カールと共に啓明会の第一位階となり、「アバーリス」なる会士名を得ている。




(Electronic Journal)さん
http://electronic-journal.seesaa.net/article/18013178.html
1782年7月16日にイルミナティとフリーメーソンの間で
会談が行われ、協議の結果、イルミナティは正式にフリーメーソ
ンの中のひとつの派とすることになったのです。しかし、これは
ヴァイスハオプトの巧みにして、強引な説得力の賜物であり、イ
ルミナティとの合併に強く反対するフリーメーソンの会員は少な
からずいたのです。
 その一方でイルミナティが加わったことで、フリーメーソンの
会員は300万人を超える大組織になり、著名にして有望な会員
が次々とイルミナティの思想に取り憑かれるような事態になって
いったのです。とくに感受性の強い学者や作家、芸術家などがイ
ルミナティの魅力に取り憑かれたといわれます。
 その1人がゲーテなのです。ゲーテは晩年、「ファウスト」に
よってドイツ文学の金字塔を築いたのですが、その作品はイルミ
ナティ的な神秘主義をロマン主義文学に託したものなのです。

 イルミナティとの合併以前からのフリーメーソンのメンバーで
ゲーテと同様にロマン主義文学者である哲学者のジャン=ジャッ
ク・ルソーもイルミナティに共感を抱き、その自由思想によって
フランス革命に霊感を与えたといわれています。




手塚治虫が「ファウスト」を取り上げたのは今回のみならず、なんと3回もあるそうである。ウィキより。


手塚治虫は生涯で3回、ゲーテのファウスト物語を基にした漫画を描いた。1作目は戦後間もない20歳の頃に描いた児童向け赤本漫画『ファウスト』で、2作目は虫プロ社長を辞めた直後の、人生のどん底と語った42歳の頃に描いた『百物語』である。『ネオ・ファウスト』は3作目に当たる。



手塚治虫の「ファウスト」にかける思いは、最早、執念といってもいいかもしれない。何がそこまで手塚治虫を本気にさせたのであろうか。

最後に、同じくウィキに手塚治虫の反戦への思いが記されているので紹介します。
手塚治虫さん、あなたの真実は一体何だったのでしょうか?




手塚は自らの戦争体験によってもたらされた「生命の尊厳」を自身のテーマの一つとして挙げている。
手塚は、自身はマンガに置いて時代の流れに合わせ転向を繰り返す転向者であるとした上で、「ただ一つ、これだけは断じて殺されても翻せない主義がある。それは戦争はご免だということだ。だから反戦テーマだけは描き続けたい。」と語っている。
手塚は子供を「未来人」と呼び、以下のように語っている。
「私は、暗い時代といわれた昭和初期のなかでも、実に恵まれた環境で子ども時代をすごせたと思っています。しかしそれも、青春期には、空襲と窮乏生活によってほとんど失ってしまいました。父は戦争にとられるし、勉強はできず、腹をすかせ、大勢の友人を失いました。空襲に襲われて周囲が火と死体の山となったとき、絶望して、もう世界は終末だと思ったものです。だから戦争の終わった日、空襲の心配がなくなって、いっせいに町の灯(ひ)がパッとついたとき、私は思わずバンザイをし、涙をこぼしました。これは事実です。心の底からうれしかった。平和の幸福を満喫し、生きていてよかったと思いました。これは、当時の日本人のほとんどの感慨だと思います。
 もう二度と、戦争なんか起こすまい、もう二度と、武器なんか持つまい、孫子(まごこ)の代までこの体験を伝えよう。もう二度と、戦争なんか起こすまい、もう二度と、武器なんか持つまい、孫子(まごこ)の代までこの体験を伝えよう。 あの日、あの時代、生き延びた人々は、だれだってそういう感慨をもったものです。ことに家や家族を失い、また戦争孤児になった子どもたちは、とりわけそう誓ったはずです。 それがいつの間にか風化し形骸化して、またもや政府が、きな臭い方向に向かおうとしている。子どもたちのために、当然おとながそれを阻止しなければならないと同時に、子ども自身がそれを拒否するような人間にはぐくんでやらなければならないと思うのです。 それは結局、先に述べたように、子どもに生きるということの喜びと、大切さ、そして生命の尊厳、これを教えるほかないと思うのです。人命だけでなく生命あるものすべてを戦争の破壊と悲惨から守るんだという信念を子どもにうえつける教育、そして子どもの文化はそのうえに成り立つものでなければならない。けっして反戦だの平和だのの政治的のみのお題目では、子どもはついてこない。率先して、生命の尊厳から教えていくという姿勢が大事なのではないでしょうか。
手塚は作品の中で天使と悪魔の二面性や、異民族間、異文化間の対立や抗争などを繰り返しテーマにしている。手塚は戦後間もない頃、酔っ払ったアメリカ兵にわけもわからず殴られ強いショックを受けたことがあり、これがこのテーマの原体験になっているのだとしている。もっとも、『ジャングル大帝』などにおける「分厚い唇、攻撃的なイメージ」といった類型的な黒人観は批判されており、手塚の死後の1990年には「黒人差別をなくす会」により糾弾を受けている。これ以後、手塚の単行本には差別と受け取られる表現について弁明する但し書きが付けられるようになった。
また、漫画を描く際にプロ・アマ、更には処女作であろうがベテランであろうが描き手が絶対に遵守しなければならない禁則として、“基本的人権を茶化さない事”を挙げ、どんな痛烈且つどぎつい描写をしてもいいが、「戦争や災害の犠牲者をからかう」「特定の職業を見下す」「民族、国民、そして大衆を馬鹿にする」だけはしてはならない、「これをおかすような漫画がもしあったときは、描き手側からも、読者からも、注意しあうようにしたいものです」と述べている。










COMMENT

NoTitle

アトム、ウランという名がずっと気になっていました。
すごい漫画家だと思う一方で。
でもタブーは取り払わなくてはいけませんね・・

Re: NoTitle

> アトム、ウランという名がずっと気になっていました。
> すごい漫画家だと思う一方で。
> でもタブーは取り払わなくてはいけませんね・・

すごい漫画家であるのは、間違いのない事実でしょうが・・・
この人も、タブーの一人でしょうね。
私は鈍感なのか、タブーをあまり気にしない性質のようです(笑)
神様には裏の顔があるのかもしれません。

NoTitle

旦那があまりにも「手塚治虫はフリーメイソンで悪いやつだ、調べろ」というので、色々と検索してこのブログにたどり着きました。私は「火の鳥」しかまともに読んだことがないため、詳しい方と比べるとしょうもない感想なのかもしれませんが、少なくとも火の鳥からは生命に対する尊厳とそれを軽く扱う人間に対する宣告(挑発?)のようなメッセージを感じました。
手塚氏の本意を知ることはできませんが、イルミナティらにその才能を利用された面も、生命に敬意を払えという面も、どちらもあるのではないかと思ってしまいます。

NoTitle

旦那があまりにも「手塚治虫はフリーメイソンで悪いやつだ、調べろ」というので、色々と検索してこのブログにたどり着きました。私は「火の鳥」しかまともに読んだことがないため、詳しい方と比べるとしょうもない感想なのかもしれませんが、少なくとも火の鳥からは生命に対する尊厳とそれを軽く扱う人間に対する宣告(挑発?)のようなメッセージを感じました。
手塚氏の本意を知ることはできませんが、秘密結社らにその才能を利用された面も、生命に敬意を払えという面も、どちらもあるのではないかと思ってしまいます。

Re: NoTitle

通りすがり さん

コメントどーもです。

> 旦那があまりにも「手塚治虫はフリーメイソンで悪いやつだ、調べろ」というので、色々と検索してこのブログにたどり着きました。私は「火の鳥」しかまともに読んだことがないため、詳しい方と比べるとしょうもない感想なのかもしれませんが、少なくとも火の鳥からは生命に対する尊厳とそれを軽く扱う人間に対する宣告(挑発?)のようなメッセージを感じました。
> 手塚氏の本意を知ることはできませんが、秘密結社らにその才能を利用された面も、生命に敬意を払えという面も、どちらもあるのではないかと思ってしまいます。


私も火の鳥で手塚氏が伝えようとしたメッセージは、ご指摘の通りであると感じます。
手塚氏は、ファウストにあれだけ拘っていたことからもわかりますように、生命の尊厳、そしてその成り立ちの真相に、
人一倍関心を持っていたのかもしれませんね。
秘密結社らにその才能を利用された可能性は否めませんが、手塚氏に限らず、世にいう「有名人」「偉人」の大半が、
その勢力(私は「彼ら」と呼んでいます)と何らかの関係を持っていたように思えます。
それゆえに、その才能が「認められた」ように思えます。
手塚氏がファウストに拘ったもう一つの理由が、ここにあるのではないでしょうか。

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