日本国成立は、天武(新羅)と藤原氏(唐)による倭人支配体制が確立したことを意味する - 歴史・宗教

嘘八百のこの世界

この世界の真実を追究して行くための読後評を中心に書いていきます

HOME プロフィール 真実を追究するマロン

ソウルマンの娘のマロンです。お散歩大好きです。 

最新記事 最新コメント 最新トラックバック 月別アーカイブ カテゴリ
ランキング
にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 ポチッと押してもらえると、明日への活力となります↑
ロック
頭脳警察、PANTA
RCサクセション、忌野清志郎
ブラック・ミュージック
広告

日本国成立は、天武(新羅)と藤原氏(唐)による倭人支配体制が確立したことを意味する

「現代語訳 魏志倭人伝」松尾 光



2014年の書である。
「魏志倭人伝」の原文・現代語訳に、「漢書」「後漢書」「宋書」「随書」「旧唐書」「新唐書」から倭国・日本の国情を描いた記述をすべて抜き出し、解説を加えた書である。
以下、一部引用する。



*たとえば中国なら、前代の王朝があって、それを打ち破ってあたらしい王朝を樹立する。したがって、王朝の歴史は前代の王朝の末期から描かれる。
王朝を樹立する前の状況について書くとしても、その部族あるいはその王家だけの問題である。あたらしい王朝が、前王朝の存在を無視したまったくあたらしい歴史像で先祖の話を作って王朝前史としてその前に置けば、前の王朝の歴史は消えてしまう。
だが、そういうことはしなかった。
ところが大和政権は、そうしたのである。自分の家で語り伝えてきた自分の家または小国の歴史を王朝樹立の前史として置いた。そして現実にあったであろう、前の王国・王朝の歴史は省略して記さない。大和政権は、その前にあったはずの国々の状態など忘れてしまったのか、あるいは攻防し鬩ぎ合った過程の記述を不要なものとして意図的に削った。

『日本書紀』はたしかに大和政権の歴史を描いているが、吉備・出雲・毛野(けの)など在地の有力土豪たちの政治勢力としてのありようには、ほとんどふれていない。彼らがどのような収税機構を持ち、政治支配体制をとっていて、それらをどのように解体・再編して大和王権内に取り込んだのか。そうした事情を明らかにしない。取り込まれるまでのその勢力の動きや潰された勢力とその処遇のありようには、まったく関心がないか少なくとも書こうという気がない。

『魏志倭人伝』より
*(倭の地の)男子は成人・子ども(あるいは、身分の上下)の区別なく、みんな、顔面や身体に入れ墨をしている。

*倭の地は温暖であって、冬も夏も野菜が生えているのを食べている。みんな裸足である。

*飲食には竹製や木製の高坏(たかつき)を使っていて、手づかみで食している。

*(倭の人々が)集まりをするなかで立ち居振る舞うときには、父子や男女の間に(特別な)差別はない。人々は生まれつき酒が好きだ。
人々は長生きで、ある人は百歳、ある人は八、九十歳である。

*倭人の習俗では、その国の有力者ならば、みんな四、五人の妻がいて、一般の者でもある者には二、三人の妻がいる。成人の女性は乱れがなく(慎ましく)、嫉妬もしない。
強盗・窃盗をせず、係争も少ない。人々が法を犯したときは、罪が軽い者はその人とともに妻と子とを没収(して奴婢)とする。罪の重い者はその人の属する三族(父母・兄弟・妻のほか、父の族・母の族・妻の族をいう)すべてを殺してしまう。

『旧唐書』より
日本国は、倭国のなかの別種である。その国が日の出る辺りにあるので、そのために日本を国の名とする。あるいは、倭国が自分でその名が雅でないことを知って嫌がり、あらためて日本としたともいう。また、日本はもともと小国だったが、倭国の地を併呑(へいどん)したともいう。その国の人で中国に入朝する者は、多くが誇り高ぶって、本当のことを答えない。そのために中国はこの人たちの発言内容を疑っている。

『新唐書』より
*太宗(たいそう)の貞観五年(631)、(日本は)使者を遣わして入朝してきた。太宗は中国から遠く離れていることを不憫に思い、所轄の役所に命じて毎年朝貢するという義務に拘らなくてもよいようにさせた





(管理人)
「魏志倭人伝」、あまりにも有名な書ではあるが、今まで読んでいなかった。
文書としては非常に短いものではあるが、とても貴重な文献であることを改めて知らされた。倭人の習俗・習慣は、知っているようで知らない人が多いのではないのだろうか?
学校でも学んだ記憶がない。ただ私が授業を聴いていなかっただけなのか?(笑)
当時の倭人は今よりは文明が盛んではなかったのは違いないだろうが、それなりに幸せに暮らしていたように思われる。一番印象に残ったのは、長寿であったということだ。
癌治療に代表されるような「彼ら」による医療殺戮もなく、添加物もアスパラテームも遺伝子組み換え食品もケムトレイルもなかったことが、長寿であったことの最大の要因だろう(笑) 逆に言えば、現代社会がいかに有害物質で毒された社会であるかということが、浮き彫りとなっている。我々現代人は、何故にこれほど癌患者が増大したのかということを、きっちりと理解する必要があるのだ。倭国の状態が現在も続いておれば、今のような“病める社会”となっていないことは、疑いようのない事実である。
さらに倭国は、犯罪も少なく、平和な国であったようである。
その反面、刑罰はけっこう厳しかったようではあるが。
こういった記述にあるような「倭国が長寿で平和な国であったこと」を国民に知らせないようにするために、さらには現代の方が医療も進んだ社会であるといった嘘情報を広めることによって国民を騙すために、現代の支配者層は、「魏志倭人伝」の記述を国民に教えないようにしているのかもしれない。

今回「魏志倭人伝」に関する書を読もうと思ったきっかけは、あるブログ記事に「魏志倭人伝」が紹介されていたことである。そしてそのブログ記事で一番気になったのは、「魏志倭人伝」よりも「旧唐書」に記してある記述であった。
そこには「倭国が日本に名称変更したのではなく、小国であった日本が倭国を併合した」といった類の記述が記されていたのだ。
そして、その記述の真相を調べてみたいという気になったのである。
ウィキより「旧唐書」のその箇所を見てみる。

『旧唐書』東夷伝の中には、日本列島について「倭国伝」と「日本国伝」の2つが並立しており、「巻199上 列傳第149上 東夷」には「日本國者 倭國之別種也 以其國在日邊 故以日本爲名 或曰 倭國自惡其名不雅 改爲日本 或云 日本舊小國 併倭國之地」とあり、日本は倭国の別種で、もともと小国であった日本が倭国を併合したと記述されている。そして、宋代初頭の『太平御覧』にもそのまま二つの国である旨が引き継がれている。これについては、編纂過程の影響であると考えるのが日本における通説である。異論も存在していて、例えば、森公章は「日本」の国号成立後の最初の遣唐使であった702年の派遣の際には国号変更の理由について日本側でも不明になっており、遣唐使が唐側に理由を説明することが出来なかった可能性を指摘する。大庭脩は、これを単なる編纂過程のミスではなく「倭国伝」と「日本国伝」の間の倭国(日本)関連記事の中絶期間には、白村江の戦い及び壬申の乱が含まれており、当時の中国側には、壬申の乱をもって「倭国(天智政権)」が倒されて「日本国(天武政権)」が成立したという見解が存在しており、結論が出されないままに記述された可能性があると指摘している。

これについてはいろいろな見解があるようだが、大庭脩氏の指摘にある「壬申の乱をもって「倭国(天智政権)」が倒されて「日本国(天武政権)」が成立したという見解」が正しいのかもしれない。もしそうであれば、壬申の乱で勝利した天武政権は新羅が主体であると推察されるので、「“もともと小国であった日本”とは新羅である」に違いない。百済や任那は当時(天智支配当時)の倭国と親しい関係であったため、倭国と戦う道理がなく、“もともと小国であった日本”とは成り得ない。

次に、『新唐書』の「太宗(たいそう)の貞観五年(631)、(日本は)使者を遣わして入朝してきた。太宗は中国から遠く離れていることを不憫に思い、所轄の役所に命じて毎年朝貢するという義務に拘らなくてもよいようにさせた。」という文面に着目してみた。
我々日本人は、この何気ない文面を見過ごしてはならない。
これは、「唐の太宗が、倭国に毎年の唐への朝貢の義務を免除する権利を与えた」という意味である。逆に言うと、「この太宗の発言までは、倭国は中国に朝貢する義務があった」ということであり、倭国が唐に隷属していた証明となるのだ。
学校教育は、この歴史的事実を決して教えようとしない。
この文面から遣隋使・遣唐使の真相が見えてくるのだ。
「何故に倭国は命の危険を冒してまでして遣隋使・遣唐使を送ったのか」という本当の意味が見えてくるのだ。
遣隋使・遣唐使の真相については、以前記事にした。

http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-1291.html
年号や人物名を暗記するだけでは「本当の歴史」は見えてきません
「空海伝説の真実を探る」



この記事で私は遣隋使・遣唐使派遣の理由を、以下のように記した。
「天皇又は天皇を支配していた時の権力者は、日本人ではなく中国人であり、自分の故郷である中国の文化・文明・宗教を日本に導入しようと考えたのではないだろうか? 権力者が土着の日本人であったなら、命の危険を冒してまで遣隋使・遣唐使を派遣させ、無理から外国の文化等を吸収しようとはしないだろう。「自分たちの故郷の文化・文明・宗教を日本に根付かせたい」といった願望を成就させることが、遣隋使・遣唐使派遣の理由であったのではないか」と。
今回この理由に追加される新たな理由として、「倭国は隋・唐の支配下にあった。隋・唐に忠誠を誓う印として朝貢する義務が存在しており、遣隋使・遣唐使が実施された」ということを付け加えておく。この二つの理由が、遣隋使・遣唐使派遣の真相であるだろう。

最後に、こういったことを踏まえて、倭国から日本に至るまでの“本当の日本の古代史”を自分なりに考察してみました。

時期は不明だが(恐らく仏教伝来の頃だと思うが)、倭国は隋・唐(それ以前の王朝かもしれない)等の中国王朝に支配されていた。
隋・唐の配下として倭国を支配していたのが、百済・新羅からの渡来人であったのだろう。百済・新羅の渡来人勢力は、倭人を支配すると同時に、隋・唐に対する忠誠を示すために遣隋使・遣唐使を送ったのであろう。そうすることによって、倭国の間接支配を隋・唐に認めてもらったのであろう。
しかし倭国内の百済・新羅の渡来人勢力は、倭国内においては対立していた。
それが出雲政権と大和政権の対立であり、大化の改新であり、壬申の乱であるのだ。
大化の改新以前は新羅(蘇我氏)が倭国を支配していたが、改新後は百済(天智)が支配するようになった。そして白村江の戦は、唐に滅ぼされようとしていた百済を救おうとした百済(天智)と唐の戦いであったのだろう。百済(天智)は戦いに敗れ、唐の郭務悰が倭国に大軍を率いて渡来する。
郭務悰は中臣鎌足を殺害し、後日、藤原鎌足になりすます。そして長年にわたって藤原氏が中国の傀儡として日本を支配することとなるシステムを構築する。
再度大軍を率いて倭国に来襲した郭務悰は、天智を殺害する。
その後、壬申の乱で勝利した天武(新羅=日本)が政権を獲ったことをきっかけに、倭国は日本と国名を改める。

日本国成立は、天武(新羅)と藤原氏(唐)による倭人支配体制が確立したことを意味する。

その後、持統(百済)と藤原氏(唐)による倭人支配体制に移行するが、基本的に朝鮮・中国勢力による日本(この言葉を使用することには違和感を感じるが)支配体制が、今日まで続く。
厳密に言えば、明治維新の際に朝鮮・中国勢力を「彼ら」(=ユダヤ・フリーメーソン・イルミナティ勢力)が操ることによって、日本支配体制というか日本人絶滅計画が着々と実行されている。

こんなことを書くと、ネトウヨ(実際は大半が日本人でなく、「彼ら」の傀儡である中国人・朝鮮人勢力で成立している。だから“本当の日本人(倭人)”のことなど屁とも思っていない)あたりが糞コメントをしてくることが予想されるが、私は全く動じない。
本当のこの国の土着人である倭人に思いを寄せていない“偽装日本人”の発言など、取るに足らないものに過ぎないと思うからである。
倭人のハートを受け継ぐ本当の日本人であるならば、この国を支配しただけでなく、倭国・倭人の過去の歴史までも闇に葬り去り、外来支配者の歴史を公式な日本の歴史だと偽装し続けている“嘘の古代史”を糾弾するはずである。そうしないのであれば、その者の正体が“本当の日本人(倭人)”のことなど屁とも思っていない渡来支配者の傀儡である“偽装日本人”であるということの、何よりの証拠となるのである。

「これが本当の日本の古代史だ」とは言わないが、少なくとも「嘘にまみれた学校・新聞・テレビが唱える公式の日本古代史」よりは真実に近いと、確信している次第である。
読書感想の範疇を飛び越えて、日本古代史の真相へと話が飛躍してしまったことをお許しください。


評点:60点










      
最高級松阪牛ステーキのお取り寄せ



無農薬人参と葉っぱもまるごとジュースにしました!
定期購入なら初回60%OFF!さらに毎回3パック増量!




COMMENT

「幻の桜」

http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-389.html
この記事によると、かつて日本を侵略したのは、半島からきた人々だそうです。本当のような気がします。

Re: 「幻の桜」

> http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-389.html
> この記事によると、かつて日本を侵略したのは、半島からきた人々だそうです。本当のような気がします。

基本的には「本当」でしょう。
その支配が今も続いているのも、「本当」でしょう。

こんばんは

こんにちは。


(歴史関係で支障ありそうなブログ?!訪問で、
しばらく当方足あと残さない設定にしたままでした。
嘘八百のこの世界さまファンとしてほぼ毎日拝見・拝聴
させて頂いています!)


魏志倭人伝からの鋭い分析や歴史的流れが
大変参考になりました。
貴重な内容を有難うございます!

また、
>「天皇又は天皇を支配していた時の権力者は、
>日本人ではなく中国人であり、
>自分の故郷である中国の文化・文明・宗教を日本に
>導入しようと考えたのではないだろうか? 



遣唐使遣隋使の派遣の理由は、そう考えなざるを得ない、
当時の日本国内の宗教を含めた政策の実態が
物語っていますね。


>隋・唐の配下として倭国を支配していたのが、
>百済・新羅からの渡来人であったのだろう。
>百済・新羅の渡来人勢力は、倭人を支配すると
>同時に、隋・唐に対する忠誠を示すために遣隋使・遣唐使を
>送ったのであろう。そうすることによって、
>倭国の間接支配を隋・唐に認めてもらったのであろう。



中国史は日本史より更に訳が解らないので、当方にはほとんど分析できないのですが。

中国側は400〜500年代南北朝時代で、倭国に支配を
目論んでやってきた百済や新羅の渡来人が
南北朝の中でも。どの国の影響下の人間だったのかも、
ちょっと考えようと思ってみたのですが、
もう訳が分かりません。
倭国が中国大陸国家に隷属的な関係だったことは。
確かだと思われます。

Wikipediaと共に、下記のHPも参考にさせて頂いたのですが、
15節目を読むと、新たな疑問があったりします。
(有阿蘇山、其石無故火起接天者、……)
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun5-hokusi.htm

(こちらのサイトは中国史料書訳の参考になりました。
梁書を当方なりに、グーグル翻訳で調べブログにしようと
考えていましたが、こちらのサイトで納得し、ブログに
安易な翻訳の掲載するのはやめました。^^;)


天智天皇と天武天皇の分析。とても納得できました。
ソウルマンさんの分析の流れでWikiで調べたところ、
やはり、天武天皇の側室に藤原氏が名を連ねていました。
それ以前の天皇の皇后や側室に蘇我氏の名があり散見し、
勢力の流れが645年で変わっていったことと、
中国や朝鮮半島の闘争の影響が倭国から日本へ
変わっていった裏事情とリンクしていることは充分
考えられることですね。


ともかくは…
この現代日本のルーツとなるだろう、
草創期(奈良・平安時代)が藤原氏の功績として
狂育で延々と摩り込まれていることが
非常に恐ろしいと感じています。



例えば、https://www.youtube.com/watch?v=EwMt0G2IWR8
日本史受験勉強用の講義の動画ですが、どんだけ藤原ヨイショなんだ?!と。

例えば、奈良の大仏は、建設時、水銀汚染で疫病が流行り、
長岡京へ移転したという話を知り、皇朝十二銭の
悪徳性を再確認したことでした。東大寺を訪れる意義は、
鎮魂を捧げることなんだ…と。
ご参考までに…
http://blog.goo.ne.jp/miyakekazutoyo230910/e/c0e269c424a135fe0d7c1daaf25e61d0


詳細を考えると、ホント深みにはまってしまいそうな
話なので、まずは、
ソウルマンさんの鋭く貴重なご考察を
読ませて頂けましたこと、感謝申し上げます。

m(_ _)m



Re: こんばんは

こんばんは。
コメントありがとうございます。


> (歴史関係で支障ありそうなブログ?!訪問で、
> しばらく当方足あと残さない設定にしたままでした。
> 嘘八百のこの世界さまファンとしてほぼ毎日拝見・拝聴
> させて頂いています!)

そうだったんですか。
最近ひとことおおいさんの足あとを見かけなくなったので、心配してました。
安心した次第です(^o^)

> 魏志倭人伝からの鋭い分析や歴史的流れが
> 大変参考になりました。
> 貴重な内容を有難うございます!


今回の記事を書いたのは、ひとことおおいさんの鋭い記事を拝見させていただいたおかげです。
記事を拝見していなかったら、魏志倭人伝のことも、倭国と日本国のことも、全く気づかなかったでしょう。
こちらこそ、本当にありがとうございます!!!


> また、
> >「天皇又は天皇を支配していた時の権力者は、
> >日本人ではなく中国人であり、
> >自分の故郷である中国の文化・文明・宗教を日本に
> >導入しようと考えたのではないだろうか? 
>
>
>
> 遣唐使遣隋使の派遣の理由は、そう考えなざるを得ない、
> 当時の日本国内の宗教を含めた政策の実態が
> 物語っていますね。


単純にそう考えればこの時代の流れがスムーズにいくな、と感じました。
そして今回の太宗の発言の文書を見て、「倭国は隋や唐に朝貢の義務があった」ことを教えられ、
これがもう一つの遣唐使遣隋使の派遣の理由だな、と感じました。


> >隋・唐の配下として倭国を支配していたのが、
> >百済・新羅からの渡来人であったのだろう。
> >百済・新羅の渡来人勢力は、倭人を支配すると
> >同時に、隋・唐に対する忠誠を示すために遣隋使・遣唐使を
> >送ったのであろう。そうすることによって、
> >倭国の間接支配を隋・唐に認めてもらったのであろう。
>
>
>
> 中国史は日本史より更に訳が解らないので、当方にはほとんど分析できないのですが。
>
> 中国側は400〜500年代南北朝時代で、倭国に支配を
> 目論んでやってきた百済や新羅の渡来人が
> 南北朝の中でも。どの国の影響下の人間だったのかも、
> ちょっと考えようと思ってみたのですが、
> もう訳が分かりません。
> 倭国が中国大陸国家に隷属的な関係だったことは。
> 確かだと思われます。
>
> Wikipediaと共に、下記のHPも参考にさせて頂いたのですが、
> 15節目を読むと、新たな疑問があったりします。
> (有阿蘇山、其石無故火起接天者、……)
> http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun5-hokusi.htm
>
> (こちらのサイトは中国史料書訳の参考になりました。
> 梁書を当方なりに、グーグル翻訳で調べブログにしようと
> 考えていましたが、こちらのサイトで納得し、ブログに
> 安易な翻訳の掲載するのはやめました。^^;)
>

実にいいサイトですね。
しかし今回読んだ書を見る限り、どの書も倭国に関する記述は基本的には同じであるようですね。
魏志倭人伝がベースになっているみたいです。



> 天智天皇と天武天皇の分析。とても納得できました。
> ソウルマンさんの分析の流れでWikiで調べたところ、
> やはり、天武天皇の側室に藤原氏が名を連ねていました。
> それ以前の天皇の皇后や側室に蘇我氏の名があり散見し、
> 勢力の流れが645年で変わっていったことと、
> 中国や朝鮮半島の闘争の影響が倭国から日本へ
> 変わっていった裏事情とリンクしていることは充分
> 考えられることですね。


私の文書は思い付き・閃きがほとんどで、しっかりとした分析をしたわけではないので、あくまでも個人的考察に過ぎません。
そのわりには偉そうに書いてスミマセン(笑)
ひとことおおいさんの方で調べていただたとのことで、嬉しく思います。ただただ感謝する次第ですm(__)m


> ともかくは…
> この現代日本のルーツとなるだろう、
> 草創期(奈良・平安時代)が藤原氏の功績として
> 狂育で延々と摩り込まれていることが
> 非常に恐ろしいと感じています。
>
>
>
> 例えば、https://www.youtube.com/watch?v=EwMt0G2IWR8
> 日本史受験勉強用の講義の動画ですが、どんだけ藤原ヨイショなんだ?!と。


私は学生時代に日本史を選択していないので、この動画を少し見て、受験にはこれだけ覚えなければならないのかと感じさせられました。それも単に制度名や藤原氏を始めとした統治者名や年号ばかりを覚えるように要望し、何故にこういった制度や乱や改革が起きたかということは一切教えず、学生には考えるということを一切求めない。ひたすら暗記すればいいのだという狂育・・・
こういった狂育に疑問を感じない静人(せいと)だけが受験戦争で勝利するといった狂った社会・・・ 本当に辟易します。
それにしても、この講師の髪の毛が気になります。うっとおしいから散髪しろよ、と言いたくなります(笑)


> 例えば、奈良の大仏は、建設時、水銀汚染で疫病が流行り、
> 長岡京へ移転したという話を知り、皇朝十二銭の
> 悪徳性を再確認したことでした。東大寺を訪れる意義は、
> 鎮魂を捧げることなんだ…と。
> ご参考までに…
> http://blog.goo.ne.jp/miyakekazutoyo230910/e/c0e269c424a135fe0d7c1daaf25e61d0


この水銀汚染も、偶然じゃないような気がします。
この頃から人口削減政策は実施されていたのかも・・・


> 詳細を考えると、ホント深みにはまってしまいそうな
> 話なので、まずは、
> ソウルマンさんの鋭く貴重なご考察を
> 読ませて頂けましたこと、感謝申し上げます。
>
> m(_ _)m


とんでもございません。
当方こそ、ひとことおおいさんの鋭い歴史考察に、いつも感心させられている次第です。
それにしても、ホントに日本史の闇も、底なし沼のように深いようですね。
抜け出せなくならない程度に、この闇を照らしていきたいものですね(笑)

本当にありがとうございましたm(__)m

こんにちこんばんは。

こんにちこんばんは〜(◯^^◯;)すんませんナンドモ。


>こういった狂育に疑問を感じない静人(せいと)だけが
受験戦争で勝利するといった狂った社会・・・ 本当に辟易します。
>それにしても、この講師の髪の毛が気になります。
うっとおしいから散髪しろよ、と言いたくなります(笑)

やっぱり…。(笑)
マジ・うっとおしぃ髪(爆)・・同感デス。←コレ伝えたく…
再度コメントしました。(^^;暇人)


このニイチャンにはどんな髪型が適切なのか?動画を見ながら、
そればかり無意識に考えていた自分に、
ソウルマンさんのツッコミで気付き……。(笑)

すんません、へんな動画視聴にお時間を使わせてしまって。ー▽ー;

とどのつまりは藤原礼賛狂育下の静人(笑)に、
おあつらえのチャラお狂育ニイチャン…ダと。(毒)
(やめて欲しいデスな。こんな狂育。__辟易! …同感!)





>たとえば中国なら、前代の王朝があって、
それを打ち破ってあたらしい王朝を樹立する。
>したがって、王朝の歴史は前代の王朝の末期から描かれる。
〜〜〜
>ところが大和政権は、〜〜〜前の王国・王朝の歴史は省略して記さない。
大和政権は、その前にあったはずの国々の状態など忘れてしまったのか、
あるいは攻防し鬩ぎ合った過程の記述を不要なものとして意図的に削った。

前コメントに書きそびれました。
この抜粋部分にハッとさせられました。

最も、基本的な視点が歴史の詳細の分析にばかり
目が行ってしまい忘れられ、
気付かなくなっているのが、歴史狂育だな、と。



大仏…

>この水銀汚染も、偶然じゃないような気がします。
>この頃から人口削減政策は実施されていたのかも・・・

なるほど!鋭い、
ソウルマンさんのご指摘 @▽@! !


*******

ご紹介書籍について…。

>*『日本書紀』はたしかに大和政権の歴史を描いているが、
吉備・出雲・毛野(けの)など
>在地の有力土豪たちの政治勢力としてのありようには、
ほとんどふれていない。
>彼らがどのような収税機構を持ち、
政治支配体制をとっていて、それらをどのように
>解体・再編して大和王権内に取り込んだのか。
そうした事情を明らかにしない。
>取り込まれるまでのその勢力の動きや潰された
勢力とその処遇のありようには、
>まったく関心がないか少なくとも書こうという気がない。


奈良・京都をある意味、美化して日本史に取り上げられています。
(藤原氏礼賛のためイルミナティも協力した?!戦争被災回避…都市)

(修学旅行・行楽・観光産業のメッカでもあり…
 それはそれで納得なのですがぁ……)


>吉備・出雲・毛野(けの)など

倭国が色濃く残っていただろう地域について全く、
日本の歴史で触れない教わらないのは、
隠蔽の意図があると思われます。 

各地方の風土記
(想像では、倭人の口伝を文書化しつつ改竄したであろう書物)を
700年代に藤原氏によって編纂されたようで。




ともかく、
現代の政治経済・狂育・ご指摘の医療や食・マスゴミ…はすべからく、
偽ユダ白人&半島勢力台頭を目的とした、
有色人種・倭人・削減の意図を感じざるを得ません。

改めて、
偽ユダ&フジワラ・テンノウの“悪事・イカサマ・嘘”を
突きとおすためには、

一般人の犠牲→→→複雑・矛盾・競争・疲弊・人工化・破壊の社会…と
思ったことです。


なんとかならんかぁ…、と。



長々と失礼しました。^^;

Re: こんにちこんばんは。

こんばんは。


> >こういった狂育に疑問を感じない静人(せいと)だけが
> 受験戦争で勝利するといった狂った社会・・・ 本当に辟易します。
> >それにしても、この講師の髪の毛が気になります。
> うっとおしいから散髪しろよ、と言いたくなります(笑)
>
> やっぱり…。(笑)
> マジ・うっとおしぃ髪(爆)・・同感デス。←コレ伝えたく…
> 再度コメントしました。(^^;暇人)
>
>
> このニイチャンにはどんな髪型が適切なのか?動画を見ながら、
> そればかり無意識に考えていた自分に、
> ソウルマンさんのツッコミで気付き……。(笑)
>
> すんません、へんな動画視聴にお時間を使わせてしまって。ー▽ー;
>
> とどのつまりは藤原礼賛狂育下の静人(笑)に、
> おあつらえのチャラお狂育ニイチャン…ダと。(毒)
> (やめて欲しいデスな。こんな狂育。__辟易! …同感!)


ナイスなフォロー、ありがとうございます。
散髪というか、丸坊主にするべきでしょうね。ちょいとイカツクなるかもしれませんが(笑)
そういえば高校の教師で、このニイチャンよりもかなり歳は取っていましたが、少ない前髪が何度も落ちてくる男性教師がいたことを思い出しました。ちなみにその教師は、パラリン(前髪がパラリンと落ちてくる意味)というあだ名がついてました(笑)
髪の毛もですが、大袈裟な身振り手振りも気になりましたね。落ち着きがないというか・・・
まぁ静人も、話の内容よりもそっちの方が気になって仕方ないんじゃないですかね(笑)


>
>
>
> >たとえば中国なら、前代の王朝があって、
> それを打ち破ってあたらしい王朝を樹立する。
> >したがって、王朝の歴史は前代の王朝の末期から描かれる。
> 〜〜〜
> >ところが大和政権は、〜〜〜前の王国・王朝の歴史は省略して記さない。
> 大和政権は、その前にあったはずの国々の状態など忘れてしまったのか、
> あるいは攻防し鬩ぎ合った過程の記述を不要なものとして意図的に削った。
>
> 前コメントに書きそびれました。
> この抜粋部分にハッとさせられました。
>
> 最も、基本的な視点が歴史の詳細の分析にばかり
> 目が行ってしまい忘れられ、
> 気付かなくなっているのが、歴史狂育だな、と。
>

中国国内の政権交代は前政権のことを書き記していたようですが、同じ中国人でも海を渡って倭国を侵略した渡来人勢力は、倭国の歴史を抹殺しようとしたようですね。
そうせざる負えないほどの残虐行為を行なったとしか思えないですね。


>
> 大仏…
>
> >この水銀汚染も、偶然じゃないような気がします。
> >この頃から人口削減政策は実施されていたのかも・・・
>
> なるほど!鋭い、
> ソウルマンさんのご指摘 @▽@! !
>

この説が真実かどうかは不明ですが、今も昔も支配者連中が民のことをモノや奴隷のようにしか考えていなかったのは事実でしょう。支配者が支配するために利用したのが宗教でしょう。
それが仏教であれキリスト教であれ、「この世の生活が地獄のように苦しくても、支配者に反抗することなくただひたすら祈っていたら死後には救われる」といった嘘八百を民に信じ込ませて、民を都合よく操縦するための手段なのでしょう。
神や仏が善なるものとして存在していているのなら、民を苦しめる支配者に天罰を与えているはずだし、少なくとも支配者が寺や神社に祀られる存在になることを認めたりはしないでしょう。
大仏も神社も教会も、全て支配者が支配するための道具である。
あんなもんはいらない、と私は思います。ついでにクリスマスツリーも(笑)
ちょいと過激でしたですかね(笑)


> *******
>
> ご紹介書籍について…。
>
> >*『日本書紀』はたしかに大和政権の歴史を描いているが、
> 吉備・出雲・毛野(けの)など
> >在地の有力土豪たちの政治勢力としてのありようには、
> ほとんどふれていない。
> >彼らがどのような収税機構を持ち、
> 政治支配体制をとっていて、それらをどのように
> >解体・再編して大和王権内に取り込んだのか。
> そうした事情を明らかにしない。
> >取り込まれるまでのその勢力の動きや潰された
> 勢力とその処遇のありようには、
> >まったく関心がないか少なくとも書こうという気がない。
>
>
> 奈良・京都をある意味、美化して日本史に取り上げられています。
> (藤原氏礼賛のためイルミナティも協力した?!戦争被災回避…都市)
>
> (修学旅行・行楽・観光産業のメッカでもあり…
>  それはそれで納得なのですがぁ……)
>


鋭い指摘ですね!
奈良・京都が戦争被災回避…都市となったのは、決して「偶然」ではないでしょう。
皇居が空襲の被害を受けていないことは、以前ブログで書いています。
これらはこの国の支配者と敵国であるはずの英国・米国の間で「綿密な打ち合わせ」が行なわれていた証拠でしょう。
これは何を意味するかと考えると、明治天皇の入れ替えがあったのは事実でしょうが、明治以降も奈良・平安時代の支配者がいまだにこの国を支配していることの証拠でもあるでしょう。
原爆が地上起爆であり、かつ日本製であった話が広まっている今、戦争が八百長であることは、最早「常識」です。
ちょいと過激でしたですかね(笑) でも、これが信じられないが、許せないが、真実の日本史・戦争史なのでしょう・・・


> >吉備・出雲・毛野(けの)など
>
> 倭国が色濃く残っていただろう地域について全く、
> 日本の歴史で触れない教わらないのは、
> 隠蔽の意図があると思われます。 
>
> 各地方の風土記
> (想像では、倭人の口伝を文書化しつつ改竄したであろう書物)を
> 700年代に藤原氏によって編纂されたようで。
>

いくら隠蔽したつもりでも、真実は、決して消し去ることはできないでしょう。

>
>
> ともかく、
> 現代の政治経済・狂育・ご指摘の医療や食・マスゴミ…はすべからく、
> 偽ユダ白人&半島勢力台頭を目的とした、
> 有色人種・倭人・削減の意図を感じざるを得ません。
>
> 改めて、
> 偽ユダ&フジワラ・テンノウの“悪事・イカサマ・嘘”を
> 突きとおすためには、
>
> 一般人の犠牲→→→複雑・矛盾・競争・疲弊・人工化・破壊の社会…と
> 思ったことです。
>
>
> なんとかならんかぁ…、と。
>


なんとかなるでしょう。いや、なんとかしなければいけません!
そのためには、静人が正人になる必要があります(笑) 冗談抜きで!
座布団4枚(笑)

大変失礼しましたm(__)m

EDIT COMMENT

非公開コメント

テンプレート説明

このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。
背景はスライドショーになっています。

◎プラグイン説明

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。
←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。
このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

※最上部メニューバーの上に隙間がある方

最上部のメニューバーの上にFC2検索バー用のスペースを設けています。
検索バーを表示しない設定にしている方は、cssの最上部メニュー.MegaMenuの中にあるtop:27pxをtop:0に変更してください。

◎背景スライドショー説明

random : 1, // ランダム 0:オフ 1:オン
transition : 1, // 0:単純画像切替 1:フェード 2~7:移動 8:ページ更新毎に切り替え
transition_speed : 1000, // 画像間の切替時間
slide_interval : 3000, // 1枚毎の画像停止時間
slides : [
{ image : '画像URL' } // 画像の追加・削除はここ

★テンプレート名で検索すると、作者のブログにより詳しい説明があるかも知れません。