ウッドストック実験とは、24時間休みなく演奏させ、ガキども を絶えずトランス状態に置いておくことだった - ザ・ローリング・ストーンズ、Mジャガー、Kリチャーズ

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ウッドストック実験とは、24時間休みなく演奏させ、ガキども を絶えずトランス状態に置いておくことだった

「イルミナティと音楽産業と麻薬のダークな関係」



イルミナティと音楽産業、共に私の関心事であるわけですが、両者が切っても切り離せない関係であることも、疑いようのない事実です。
ロック・ミュージシャンと麻薬が切っても切り離せない関係であることも、イルミナティと音楽産業が関係しているからでしょう。
先日触れた「27クラブ」で見られるように、多くの天才ミュージシャンが早死にしたことも、決して「偶然」ではありません。
表向きは「麻薬や酒や飛行機事故や自動車事故等が原因で死んだ」ということになっていますが、真相は「「彼ら」に殺された」というのが、大半であるようです。
「彼ら」に逆らった人間、「彼ら」の思い通りに操られない人間は、早死にするようです。
恐らく、他のミュージシャンへの威嚇の意味もあるのでしょう。
「俺たちに逆らったら、お前も同じ目に遭うぞ」という脅しなのでしょうね。
ミュージシャンが麻薬に手を出す習慣があるのは、麻薬を宣伝するためです。
麻薬の元締めは「彼ら」ですから、ミュージシャンが麻薬に手を出すことによって、一般大衆に麻薬が売れるようになり、「彼ら」は莫大な利益を得ることができるのです。
ウッドストックは、「彼ら」の宣伝活動の場として利用されました。
ウッドストックをきっかけとして、多くの若者が麻薬に手を出すようになりました。
ミュージシャンがステージやアルバムジャケット等で、一つ目やピラミッドマークや悪魔的素材を使用したり、イルミナティサインをしたりしているのは、ファンに向けてではなく、「彼ら」に忠誠を誓う印を示しているのです。
「私は身も心も悪魔に忠誠を誓います。どうぞ、私を宣伝してください」と。
音楽ファンとしては非常に触れるのが辛いことなのですが、これがマスゴミの絶対に伝えない、音楽業界の裏の真実であるようです。




(櫻井ジャーナル)さん
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201602160000/
2016.02.16
麻薬を社会に蔓延させてきたのは米英の支配層であり、麻薬漬けになるスターの背後には情報機関

かつてスポーツ界でスターと言われた人物が覚醒剤を所持、使用していたとして逮捕されたという。麻薬類の使用は勿論良くないが、ある種の世界では蔓延しているようだ。使用していることが知られていても摘発されない人たちがいるともいう。今回のケースも、なぜ今なのかは考えてみる必要がある。

 日本では覚醒剤が蔓延しているようだが、世界を見渡すとケシ系のヘロイン、コカ系のコカイン、合成麻薬のLSDやMDMAが広く使われ、こうした麻薬に溺れたスターも少なくない。1960年代、麻薬を持て囃す風潮もあったが、ベトナム戦争との関係を指摘する人もいる。若者たちからすれば悲惨な現実からの逃避だが、支配層は別の思惑があったと見られている。麻薬を使うと思考力や記憶力が低下し、支配者に抵抗する意思が弱まる傾向があるらしいのだ。コンピュータ・ゲームの類いにもそうした効果があるかもしれない。

 例えば、1950年代に登場、黒人音楽を白人の若者へ広めたエルビス・プレスリーは徴兵で入隊、1958年から60年にかけて西ドイツで過ごしているが、退役後は麻薬漬け。ジョン・レノンに言わせると、退役後のプレスリーは生きる屍だった。その当時、CIAは秘密裏に心理操作プロジェクトMKULTRAを進めていたのだが、西ドイツは拠点のひとつ。このプロジェクトでは幻覚剤のLSDが使われていた。

 1970年代にアメリカ議会ではCIAの秘密工作が問題になる。フランク・チャーチ上院議員を委員長とする議会の委員会で1975年にMKULTRAの問題が浮上、プレスリーも証言を求められる可能性があったのだが、77年にバスルームで急死してしまった。

 ローリング・ストーンズも麻薬を使っていたことで知られ、日本への入国が拒否されていた時期がある。1967年から69年にかけて警察は頻繁にローリング・ストーンズのメンバーを家宅捜索しているが、そうした際、警官が麻薬を持ち込み、それを「発見」するという形で逮捕したことが明らかになっている。

 このバンドのメンバーが始めてLSDを使ったのは1967年2月にキース・リチャードが開いたパーティでのことだとされている。その際、LSDを持ち込んだデイビッド・シュナイダーマンがイギリスの情報機関やFBIの仕事をしていたことは後に判明する。

 このバンドが情報機関や治安機関から狙われた大きな理由はミック・ジャガーやブライアン・ジョーンズが戦争に反対する意思を明確に示していたからだ。1968年にミック・ジャガーはベトナム戦争反対のデモに参加している。後に当局が最も警戒するようになったメンバーはブライアン・ジョーンズ。彼は同じように平和を訴えいてたジョン・レノンやジミー・ヘンドリックスにグループ結成を持ちかけていたという。

 ブライアンは1969年7月3日にプールで死亡した。ギネス・ビールの一族で、彼の親友だったニコラス・フィッツジェラルドによると、プールの中にいる誰かの頭が押さえつけられ、別の人物が頭を押さえつけられた人物の背中に飛び乗っていたという。その飛び乗った人物は別の男に水の中へ沈めるのを助けるように命じ、その様子を男と女が見ていたという。頭を押さえつけられていたのはジョーンズだった。

 フィッツジェラルドは友人とある人物を自動車で迎えに行っていたのだが、相手を見つけられずに戻ったところだった。そうした光景を目撃した直後、藪の中から見知らぬ男が現れ、「ここから立ち去れ、フィッツジェラルド、さもないと次はおまえだぞ。」と言われたという。フィッツジェラルドによると、一緒に目撃した友人は行方不明になったという。

 ジミー・ヘンドリックスが「反体制派」と呼ばれる人びとに接近する切っ掛けは1968年4月4日のマーティン・ルーサー・キング牧師暗殺。その後、ブラックパンサーなどを支援するようになり、FBIからの監視が強化されることになった。

 このロック・スターも麻薬との関係が有名だが、彼を麻薬漬けにしたのはマネージャーだったマイク・ジェフリー。この人物は「元MI6(イギリスの対外情報機関)」で、CIAとも緊密な関係にあった。ジミーはジェフリーを解雇しようとしていたが、そうした最中にマフィアがジミーを誘拐するという事件が起こった。この事件はジェフリーが彼のマフィア人脈を使って救出したことになっている。

 しかし、それでもジミーは1971年9月16日にジェフリーを解雇するのだが、その翌日にジミーはロンドンのアパートで昏睡状態になっているところを恋人に発見された。すぐに救急車で病院へ運ばれ、病院へ到着したのは午前11時45分、死亡が発表されたのは12時45分。ロンドン警視庁は診断したジョン・バニスター医師の証言として、ジミーは病院へ到着した段階で死亡していたと主張しているが、救急隊はそれを否定している。彼女によると、発見時にジミーはまだ生きていた。

 ブライアン・ジョーンズが新しいバンドのメンバーとして考えていたひとり、ジョン・レノンは1980年12月8日、ニューヨークで射殺された。レノンが反戦平和を訴えていたことは有名だが、その彼は1968年にマリファナの不法所持で逮捕されている。実は、この時、事前に警告を受けていたので友人たちと家中を調べ、麻薬類が何もないことを確認していた。この時も家宅捜索に入った警官が薬物を持ち込み、それを理由に摘発している。

 1975年から80年にかけてレノンは育児を理由にして活動を休止するが、80年10月にシングル曲「スターティング・オーバー」を発表して表舞台に復帰する。それと同時に政治活動も再開しようとしていた。殺されなければ、人種による賃金差別に抗議する日系アメリカ人のストライキに参加、集会で歌っていたはずだ。

 1979年12月にNATO理事会は83年にパーシング2ミサイルを配備することを決定、核戦争を懸念する声が世界的に高まり、反戦/反核運動が盛り上がった。そうした動きにレノンが参加する可能性は高かった。本ブログでは何度も書いたことだが、1980年代にはアメリカ憲法の機能を停止させるCOGプロジェクトが始まる。好戦派にとってレノンが目障りだったことは間違いない。

 ジョン・レノンも不可解な形で麻薬の洗礼を受けている。1965年2月、ジョージ・ハリソンの歯医者がハリソンとレノンを自宅に招待、ハリソンの恋人とレノンの妻と一緒に食事をしたのだが、その際、歯医者のジョン・ライリーは4人に内緒でコーヒーへLSDを入れて飲ませたのだ。その時、ハリソンはLSD自体のことを知らなかったという。身の危険を感じたのか、4人は歯医者の引き留めを振り切って帰宅している。なぜ歯医者が自分のキャリアを犠牲にしてそのようなことをしたのか、疑問に感じる人は多いだろう。

 このほかにも変死したスターは少なくないが、中でも奇怪なのは1994年4月8日に死亡したニルバーナのカート・コバーン。ショットガンで自殺したことになっているのだが、致死量の70倍以上のモルヒネが検出されている。即死していたはずで、ショットガンの引き金を引くことはできなかっただろう。

 殺人をうかがわせる証言もあるのだが、警察は上層部の命令で捜査していない。そうした命令を無視してアントニオ・テリーという捜査官が個人的に調べはじめるが、1カ月ほど後に射殺された。ちなみに、コバーンを含むニルバーナのメンバーはWTO(世界貿易機関)を強く批判、つまり新自由主義に反対していた。

 麻薬の歴史は米英の支配層と深く結びついている。19世紀にイギリスは深刻な貿易赤字に苦しんでいたのだが、その解決策としてイギリスの支配層が目をつけた商品がケシ系の麻薬であるアヘン。それを中国(清)へ売りつけるために始めたのがアヘン戦争やアロー戦争。現在、イギリスやアメリカに君臨している富豪の少なからぬ人たちはアヘン貿易で富を築いている。

 麻薬取引で大儲けした富豪の中にはラッセル家やキャボット家も含まれているが、ラッセル家はエール大学でスカル・アンド・ボーンズを、またキャボット家はハーバード大学でポーセリアン・クラブを組織し、政治、官僚、経済、情報などの分野にネットワークを張り巡らす拠点にした。

 その後、ベトナム戦争では黄金の三角地帯で栽培されたケシで製造したヘロイン、ニカラグアの革命政権を倒す秘密工作ではコカイン、アフガン戦争ではヘロインがCIAの資金源になっている可能性が高い。LSDは不安定な物質で、街のチンピラが扱える麻薬ではない。MDMAはアパルトヘイト時代の南アフリカで大量に製造されていたが、最近はオランダが拠点になっているようで、流通量の約7割はイスラエル人が押さえているとも言われている。タリバン政権が倒されて以降、アフガニスタンのケシ畑の周辺をアメリカ兵がパトロールしている光景が撮影されている。

 麻薬は秘密工作の活動資金を調達するためにCIAが取り引きしているだけでなく、巨大金融システムを支えているという側面もある。CIAはウォール街が作りあげた機関だということを考えれば当然かもしれない。

 例えば、ワチョビアという銀行は麻薬資金をロンダリングしていたことが発覚している。2006年にメキシコの国際空港で航空機の中からコカインが発見されたのだが、その際に発見された書類を元にした2年近くに及ぶ捜査の結果、ワチョビアのロンダリングが明らかになったのである。その前にワチョビアではロンダリングに関する内部告発があったのだが、経営者は無視していた。その後、ウェルズ・ファーゴがワチョビアを吸収している。

 このほかの巨大金融機関も麻薬資金を扱っていると言われているが、UNODC(国連薬物犯罪事務所)によると、金融スキャンダルの最中、2008年に麻薬取引による利益、3520億ドルの大半が経済システムの中に吸い込まれ、いくつかの銀行を倒産から救った疑いがあるという。麻薬取引による利益は年間6000億ドル、金融機関でロンダリングされている資金の総額は1兆5000億ドルに達するとされている。



http://www.geocities.co.jp/Outdoors-River/7540/b59.html
『ロックの悪魔的ルーツ』 No.2

* 実験は開始された*
ウッドストック・フェアの開催日の2日前から既に5万人の若者達が会場に到着していた。ドラッグは即座に行
き渡り始めた。多くは彼らの赤ん坊を連れて来ていたが、ロバーツが書いているところによれば、これらの乳
児にさえドラッグが与えられた。ロバーツは「赤ん坊たちは近くの湖で裸で泳ぎ、マリファナを吸い、音楽浸
けになった。」と書いている。

ニューヨーク・タイムスが行ったアンケート調査によれば、これらの参加者のうちの99%がマリファナを使っ
ていたことが示された。また、麻薬使用により誰も逮捕されなかったと報告した地方警察官は完全に打ちのめ
されていた。8月17日付のニューヨーク・タイムスに載ったある警察官のコメントには、「もし我々がやった
ら(逮捕したら)、サリバン及び隣接する3つの地域には収容する場所など無くなっていただろう。」とあ
る。
マリファナの使用などは最悪のものではなかった。これに続いて、元々のMKウルトラ計画に沿うかたちで
LSDの大量配布が行われたが、これらのかなりの部分は、これ以前の5年前からケン・ケーシーによって行わ
れてきたLSD入りのコカ・コーラによってばら撒かれたものだ。ロバーツは冗談めかして、「かわいそうな警
官がいたんだが、奴は交通整理中にLSD入りのコークを渡されたのさ。
しばらくしたら、そこら辺の車は渋滞
で凍りついたわけなんだが、奴はまだ道のところでヘルメットを振り回していたんだ。それて、とうとう運転
してる連中にそこからつまみ出されたというわけさ。」などと書いている。
この後の3日間に亘って、会場に着いた約50万人の若者達はドラッグとロック浸けになった。また、豪雨のた
めに泥の中に膝まで浸かったが、避難所も無ければ出口も無く、車は8マイルも離れたところに停められてい
た。ローズンマンが書いているところでは、ウッドストック実験とは、24時間休みなく演奏させ、ガキども
を絶えずトランス状態に置いておくことだった。
ということだ。
(開場して)24時間以内には300人以上の若者達が極度に体調を崩したと医療班に報告されているが、このあ
とには数千人が担ぎ込まれた。8月17日のニューヨーク・タイムスのレポートには「今夜、フェスティバルの
アナウンサーはステージ上から、”粗悪な薬”(LSDのこと)が出回っていると警告した。彼は、”皆さんは
毒物を摂っているわけじゃない。ヤクは毒じゃありません。少し粗悪なだけで、死ぬことはありません。も
し、毒だと思うなら、それは違います。しかし、もし心配ならば一錠の半分をヤッてください”と聴衆に呼び
かけた。
」とある。
この、あらかた50万人に対するアドバイス「一錠の半分を」というものは、まさにMKウルトラのエージェン
トであるウェイビー・グレイビーによって為されたのだった。
気分が悪くなる人が増大したために、ニューヨーク市に対して緊急医療チームの要請がなされ、50人以上の医
者とそれに伴う看護婦が派遣されたが、ウッドストックが終わるまでには約5000に上る治療ケースが報告され
たのだった。

*オルタモント:スナッフ・フィルムの制作*
1960年代に於ける最後のロック”フェスティバル”はサンフランシスコ郊外のオルタモント・レース場で行わ
れた。トリの演奏者は、ビートルズが世に出て以来、今やロック界の頂点に君臨するローリング・ストーンズ
だった。このコンサートの提案者はMKウルトラのエージェントであるケン・ケーシーだった。
今度は、聴衆はあからさまな悪魔への賛美のなかで狂乱へと落とし込まれた。これは結果として文字通り悪魔
の集会となったのだったが、最終的には4人が死亡し、数十人が殴られて怪我をした。ローリング・ストーン
ズのリード・シンガーのミック・ジャガーはルシファーの役を演じたが、この時の演奏は今日の”ヘビー・メ
タル”コンサートの幕開けとなったのだった。
40万人以上が参加したオルタモントのコンサートはウッドストックすらもはるかに下回る準備のもとに開催さ
れた。食料や水ですら殆ど供給されなかったが、大量のドラッグだけは出回っていた。ウッドストック同様
に、このコンサートは麻薬の集団実験の道具にされていたが、とくにLSDに重きを置いていた。
作家のトニ
ー・サンチェスはオルタモントに集まった人々を以下のように描写している。
午前中を半ば過ぎるころまでには、25万人を越える人々がひしめき合い、事態は混沌としてきた。LSDの模
造品が溢れ、人々はそこら中で狂乱していた。メキシコのマリファナ、カルフォルニアの安ワイン、アンフェ
タミンなども加わって、誰もが演奏の始まるずっと前からひどく酩酊していた。・・・

「午後になる頃にはあらかた全員がトリップしていたが、ある男などは麻薬のおかげでレース場に掛かる橋か
ら飛び出そうとして死にかかっていた。また、その反対側では、排水溝に飛び込んだ若い男が溺れかかって助
けを呼んでいたが、酩酊した人々はこの男が沈みかけるのをぼんやりと眺めているだけだった。誰も自分が正
気なのか幻覚を見ているのかわからないようで、彼が死んだのかどうかは、とりあえずどうでも良かった。他
の場所では産気づいた女の子から赤ん坊を取りあげるために医師たちが忙しくしていた。・・・」
地獄への道はまだ続く。ローリング・ストーンズはコンサートの警備の為にギャング団であるヘルス・エンジ
ェルスを500ドル分のビールで雇ったと言われている。しかしながら、彼らへの本当の報酬とは麻薬の販売に
よるものだった。

ヘルス・エンジェルスは強盗、強姦犯及び殺人犯などから構成されるギャング団だが、これは西海岸全域にお
ける麻薬売買の元締めとしてよく知られているものだ。

フェスティバル開催中、50万人に近い群衆はストーンズが現れるまで1時間半以上待たされていた。やっとグ
ループがステージに現れた時にはちょうど日没になったが、これは特別な証明効果を狙ったものだった。ミッ
ク・ジャガーは絹のマントを羽織り、照明に当たると赤く輝いた。ジャガーはルシファーを真似ていたのだ。
作家のサンチェスの次の描写は、彼の言うところの”悪魔儀式”についてである。グループの演奏が始まる
と、「不思議なことに、数人の若者が自分たちの服を脱いでしまい、取り憑かれたようにステージに這い上が
ってきた。そして、エンジェルスに蹴りまくられるために自分達を犠牲に捧げたのだった。彼らは蹴られて血
まみれになればなるほど興奮していた。それは、まるで超自然的な力が乗り移ったようであり、自分達をサタ
ンの下僕に捧げる人身御供としていたのだった。」
ステージの群衆のなかにメレディス・ハンターという黒人の男が女友達一緒に立っていた。ハンターはこの後
すぐに人身御供として突き出された。

ストーンズはこの時、”悪魔を憐れむ歌”と題された新曲を発表したばかりだったが、この曲はすぐにこの国
でナンバーワンになっていた。曲の冒頭ではミック・ジャガーは自分自身をルシファーになぞらえている。オ
ルタモントでこの曲が歌い始められるやいなや、聴衆は総立ちとなり、熱狂的に踊り始めた。
サンチェスは次に何が起こったかを書いている。
「6フィートくらいのグリズリー熊のような体格をした4人のヘルス・エンジェルスがメレディス(ハンター)
にすり寄ると、彼の髪の毛を引っ張って喧嘩を売ろうとした。・・・
喧嘩が始まると、加えて5人が応援に駆けつけてきたが、その間にメレディスは群衆のなかに紛れ込んで逃げ
ようとした。エンジェルスの一人が彼の腕を掴み、この黒人男性の背中にナイフを突き立てた。ナイフは深く
貫通するには至らなかったが、メレディスはこの時、自分の命のために闘わなければならない事を理解した。
彼はポケットから銃を抜き出し、相手の胸を狙って構えた時、エンジェルスが狼の群のように彼に覆い被さっ
た。一人が銃をもぎ取り、もう一人が顔を殴りつけ、狂ったように彼の背中を殴られるあいだにメレディスの
膝が崩れ落ちた。
エンジェルスがハンターを始末し終わった時、観客の何人かが手当をしようとしたが、一人のエンジェルがそ
れを遮って立ちはだかり脅すように言ったのは、「奴に触るんじゃない、どのみち死ぬんだ、死なせてや
れ。」という言葉だった。
メレディスが実際に拳銃を持っていたのかは誰もわからない。後に逮捕者は出されたが、誰もが目撃者として
エンジェルスと関わり合いになるのを恐れたために一人も起訴はされなかった。
この血塗られた殺人が行われる最中にもローリング・ストーンズは「悪魔を憐れむ歌」を演奏し続けた。メン
バーの全員が目の前でメレディス・ハンターが殺されるのをステージ上から見ていたのだ。これに加えて、驚
くべきことにこの殺人の一部始終がコンサートのフィルムスタッフによって撮影されたのだが、このフィルム
は後になってストーンズの曲の題名でもある「ギミー・シェルター」というタイトルで全米に発表されたのだ
った。
この殺人はサタニストによって計画されたものだったのだろうか?「究極の邪悪」の著者であるモーリー・テ
リーは悪魔カルトが自分達の殺人儀式の映像を内輪で流通させている様子を描いている。これらのフィルム
は”スナッフ・フィルム”と呼ばれているが、テリーによれば、7件に及ぶニューヨークのサムの息子連続殺
人事件のうちの一件は実際に現場の近くに停めたバンの中から撮影されたということだ。このフィルムは裕福
なサタニストに買い取られた。「ギミー・シェルター」は大々的にヒットし、いまでもあなたの街のビデオ店
で数ドルも出せば買えたり借りれたりする。









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