天照大神と瀬織津姫の真実 - 歴史・宗教

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天照大神と瀬織津姫の真実

「日本に忍び入るユダヤ 恐るべき悪魔の計画とは何か」第二部
牛山火壱




前回の続きです。以下、引用します。


*しかし一方太子は日本神道に対してはなはだしい悪事をなしている。このことは従来いう人が全くいなかったのではあるが、ここでそのことを特筆大書しておかなければならない。先に述べたように、「秀真伝」において明らかに示されているように、「古事記」、「日本書紀」にいう女神天照大神は、若仁というお名前の天皇であって、一般に天照神といわれていた男の方である。これには一点の疑いもない。そしてこの天皇は恐らく現在から約3000年ぐらい前に実在された方であり、そのご両親はイザナギ、イザナミノミコトであり、そのご兄弟は姉に若姫という方がおられ、弟に月読尊及びスサノオノミコトがおられる。これらの方々の生誕した土地も明瞭に書かれているのだ。そしてそれぞれの方のゆかりの土地には今日なお神社が存在している。天照神つまり後世の天照大神が実在した男性の天皇であったことは「秀真伝」によって一点の疑いもない。
ところがこの聖徳太子は蘇我馬子、秦河勝、中神御食子の三人とともに歴史書を編纂した。これは前に書いたように、物部守屋を滅ぼしたとき神代から伝わった膨大な書類の納められた倉庫を消亡してしまったために、新しく歴史をつくらなければならないという要請があったことは事実である。しかしこの神代からの貴重な書類を焼き滅ぼしたということ自体が、聖徳太子の本性を明らかに示すもので、馬子と蘇我氏等の外来の血が入り、仏教、儒教の外国の教えに盲いた太子は、日本本来の神の道を滅ぼそうとした。これには証拠がいろいろとあるので、まずその一つは聖徳太子が古来の日本の歴史がなくなってしまったと称して、今日も残る「旧事紀」という歴史書をつくったことだ。
これについては後に詳細に述べるけれども、この旧事紀において天照大神なる大女神をつくり上げ、しかもこれが女性であることになってしまっている。もとより当時「秀真伝」は存在していたのであって、今日の研究者によれば、記紀の文章の多くの部分はこの「秀真伝」を改削して使用していることが明らかとなっている。かくのごとくにしてこの聖徳太子のまがまがしき歴史改竄という知恵は、到底古来の清明な日本人の心からは出ないものであって、太子の血管の中にユダヤの血液が入っていると考えざるを得ないのである。

*マルコ・ポーロというのは誰でも知っている。「東方見聞録」の著者であるとされている。ところで、この「東方見聞録」だが、これはマルコ・ポーロがジェノバ軍にとらえられて、獄中にあったときにルスチッケロという物書きに口述したものであるとされている。当時、ポーロの母国であるベネチアはジェノバと戦争をしていて、どういうわけかは分からないが、ポーロはジェノバ軍に捕らわれていたのである。
ポーロはもとより大旅行家であり、怱必烈すなわちフビライ・ハンのもとで幾年かを元帝国に過ごし、その高官となって南方に赴任していたこともあるという。これが本当かどうかは分からない。その証拠はどこにもないのだが、ともかくポーロがフビライに使われていたことは間違いないだろう。この書を獄中で口述したのが1298年だとされている。
・・・・・(中略)・・・・・
ところで、ここで我々がよく考えてみなければならないのは、このようなユーラシア大陸を端まで商業のために旅行するといったことは、到底普通のヨーロッパ人の仕業とは考えにくいのではないか。つまり、マルコの一家あるいは同じようにユーラシア大陸を、あるいは南方海上を往来した商人たちは、どうもユダヤ系の人間ではなかったかと思うのだ。彼らはすでに3000年近く前にユーフラテス川河口のウルからパレスチナまで移動し、しかもエジプトに入っている。彼らにとってジンギスカンによって打通されたユーラシア大陸を覆う大帝国は、またとない自由に交通でき商売のできた天与の舞台であったともいえよう。この時代に彼らが大いに活動したであろうことは当然ではないか。
ところで、ここに日本にとって極めて重要な事件が起こる。それはもとより元寇である。元寇は、誰もが知るように怱必烈が日本遠征を企画したもので、文永、弘安の役という二度にわたって九州に大艦隊をもって来襲している。極めて興味深いのは、この文永の役、つまり1274年の渡洋攻撃の年、マルコ・ポーロの父親ニコロ・ポーロが大都(今日の北京)に来ていて、怱必烈に謁見していることである。これは偶然の一致ではあろうけれども、しかし一つの必然でもあったと思われる。
しかも極めて象徴的なのは、文永の役のあった1274年にはその息子であるマルコ・ポーロが怱必烈に謁見している。つまり、ポーロ一家と日本とは元寇という大戦乱を通じて象徴的な関係があったということだ。

しかも、全く無関係のように見えて、恐らくはこれから述べるように密接な関係があったと思われる事件は、当時、日本では日蓮が活動していて、彼が「立正安国論」を書き、執権時頼に差し出したのが1260年である。しかも、その年、元の僧侶兀庵普寧という人物が日本に来て、時頼その他と密接に関係している。南宋が滅びるのは1279年であるが、ここに漢民族の王朝は終焉を迎えたわけだ。このとき、普寧のほか南宋からは高名な僧侶が幾名か日本に来ている。この普寧は元の僧侶であり、鎌倉幕府は彼が怱必烈のスパイではないかといろいろ疑っている。・・・・・(中略)・・・・・
さて、そこでこの日蓮であるが、彼が「立正安国論」を書いたのは、今いった元僧兀庵普寧が日本に来た年なのである。これは決して偶然の一致ではなく、それ以前、日蓮の情報網の中に大陸の動きがかなり伝わっていたのではないか。その情報に基づいて日蓮は「立正安国論」つまり元が攻めてくるぞということを警告したのだろう
こうして見ると、日蓮という強烈な宗教的個性があらわれた社会的背景は、決して日本国内だけの問題ではなく、国際的な広がりの中から現われてきたことを今にして十分に考えるべきである。
・・・・・(中略)・・・・・
さて、マルコ・ポーロがユダヤ人であるとすれば、彼が日本にやってきて日本の状況を偵察し足を奥州にまで伸ばしたという想像は、今日に及ぶ深い意味を持っているのだ。そして、ユダヤ人マルコ・ポーロと日蓮ないし日蓮教とがこれまたその深いところで密接に関係しているように私には考えられる。というのは、日蓮宗というのは極めて一神教に近い宗教であり、日蓮自身がその晩年にはみずから菩薩であると称した。つまり、自分が神であると託宣したことになる。かかる想念を抱いた人物は長い日本歴史の中でも初めにも終わりにも日蓮ただ一人である。今日の池田大作氏はどうであろうか。このような日蓮教全体の雰囲気、組み立ては、仏教というよりは一神教に近い。後年、石原莞爾あるいは北一輝が強く日蓮に引かれたことは極めて興味深い現象である。

*当時から今日までの日本はもちろんのこと、西洋の歴史書においても単に表面上の事態をあげつらっているだけで、どうして朝鮮に清国軍が入り、これに対して日本軍が朝鮮に出兵したのか、そしてこの講和条約で二億両の賞金と広大な土地の日本に対する提供等が行われたのか、ということについて真相を解明したものは、今日まで一切あらわれていない。しかし、この日清戦争及びそれにまつわるすべての事態は、日本あるいは清国の当路者がすべてみずから考えて実行したものと考えることはできない。
例えば当時清国には、既に縷縷のべたように、半世紀以上前から上海にはユダヤ・メーソンの本拠があり、彼らの手先は清廷の中に深く入り込んでいた。彼らは歴史の表面には一切出ないけれども、両者密接な連携を保ちつつ、日清両国を自由に操ったものと考えて見る必要がある。このことは日清戦争の結果を深く見れば極めて明瞭にあらわれるのであって、こういうことに後世の歴史家が気がつかないということは、いかに彼らの目が節穴であるかということを証明して余りあるのだ。
例えば、清国から日本が取得した賞金二億両は清国にはない金なので、これは当時のイングランド銀行から清国が海関を担保として借り入れたものである。すなわち清国はけしかけられて朝鮮に入り、日本と戦争をし、当然の結果として敗北し、そして金をイギリスから借り、その担保として輸入関税を差し押さえられた、ということである。つまり関税自主権を喪失し、その関税長官としてイギリス人が任命されている。しかもイギリス・イングランド銀行から支払われた二億両の賞金は、日本銀行の創立資金としてそのままイングランド銀行すなわちロスチャイルド銀行に預けられていたのである。日本銀行の秘密はこの点から発祥し、今日に至ってもこの二億両の呪縛は日本の財政を覆っているといってよい。かくして日本銀行というのはいななおその根底に極めて奇怪な性格を持つものなのである。つまり日清両国に入っていた西洋人というのは端的にいってユダヤであり、この二億両の賞金を斡旋媒介したのはロスチャイルド資本なのである。この点から既にして日本の金融組織、日本銀行はロスチャイルドの統制化に入ったといってよい。

*当時清国では日清戦争の反動として、1899年に山東省から義和団という白蓮教系の秘密結社が興って、その徒党は翌年には北京に入り、当時の西太后はこれを黙認し、むしろけしかけて西欧人を排斥させた。一時彼らは北京の公使館地域を包囲し、その中にいた西欧諸国の外交官、軍隊は危険に陥ったのである。そこで西欧諸国は日本に対して兵力をもってこれを救出することを要請し、日本陸軍は各国陸海軍部隊とともに北京に進軍して籠城していた者たちを解放した。これによって清国はまたまた諸外国に4億5千万両という巨額の賠償金を払わせられたのであるが、この金ももとよりイングランド銀行その他の西欧銀行から借りたものであり、その担保としてまたまた海関を提供している。ロシアはこの義和団の事件を好機として満州に大兵力を進駐させ、義和団が鎮圧された後もなかなか兵力を引かなかった。これが結局日露戦争に至る原因をなす。
当時のロシアでは皇帝が極東の事態に干渉することを危ぶむ向きもあったけれども、政治を操る一味は鴨緑江岸の森林開発等の、何ら実体のない事業計画などを噺して、ますます極東への干渉を深めてきた。日本としても、満州はともかく、そして北鮮の一部はともかく、韓国政府をロシアに自由にされることは死活の問題であるから、これに対してしばしば抗議をしたけれども、ロシアは日本の抗議などは風馬牛で、ますます兵力を増加していった。そして遂に日露武力衝突に至るのである。
ところでこの日露戦争にも深いユダヤの影が漂っている。当時の日本では明治天皇を初め重臣たちは皆、ロシアの軍事力を恐れることは甚しいものがあった。第一戦争をするにしても金は全くない。これに対して背後深くから日本政府に対して自信をつけ、日露軍事衝突に誘導したのは、やはり同じユダヤ勢力だったと思われる。
・・・・・(中略)・・・・・
かくて日露戦争が起こったわけであるが、当時の弱小な経済力しかない日本には、兵器を調達し大陸で戦闘するための資金がほとんどない状態だった。そこで、今日有名な話であるが、当時の大蔵省財務官、高橋是清がロンドンとニューヨークで借款を成立させたことはよく知られている。
これは言われているところでは高橋がロンドンでたまたまニューヨークの金融家シフに出会い、ユダヤ人ウィリアム・シフは彼らの同類を虐待するロシアに対して戦う日本を援助するために、巨額の借款に応じたとされている。しかし、それは表向きの話であって、よしんばそれが実際であったとしても、その内実はユダヤによる日本のテコ入れであり、さらに深く内容をのぞくと、ずっと前から日露を衝突させるように日本とロシアの政府内部に入って双方を操って戦争に持ち込んだと見るのが正解であろう。




(管理人)
本のタイトルからして、“ガチガチのユダヤ陰謀論のオンパレード”といった内容が想定されそうな印象を持たされるが、実際は「ユダヤをキーとして考える真実の日本の歴史」といった感じの内容であった。
「秦の始皇帝はユダヤ人であったのでは?」「日本に渡来した秦氏は秦から来たユダヤ人の末裔なのでは?」といった話は、今までも様々な書籍等で目にしており気になってはいたが、ここまでこの問題に正面から切り込んでいる書はこの書が初めてであり、とても真実味があると感じた。特に216年頃に、「秦の軍隊が10万人も日本に来ていた」「隋の皇帝煬帝からの使いである裴世清が“日本に秦王国というのがあってそこでは自分の国と同じ風習が行われていた”と語っていた」との記述には驚かされた。このあたりに、古代ユダヤの形跡が何故にあれほど日本に残っているかという謎を解く鍵があるだろう。
「日本の神社と古代ユダヤ神殿の共通点」にも取り上げられているように、「ユダヤ人が日本に太古の時代に来ており、日本の文化に多大な影響を与えた」というのは紛れもない事実であろう。しかし21世紀の現在、「偽ユダヤ人を中心としたカルト勢力が悪逆の限りを尽くしてこの世界を支配している」というのも、これまた紛れもない事実である。それにもかかわらず、現在のそういった偽ユダヤを中心とした勢力の悪行には全く触れず、太古の時代のユダヤ人と日本人文化の関係のみを強調する、いわゆる「日ユ同祖論者」を私は全く信用していない。そういった輩は、過去のキリスト教(実際はユダヤ・カバラ教)勢力の悪行には触れず、仏教徒を非難する傾向があると感じる。しかし、著者は「反日ユ同祖論者」であるだけに、「古代ユダヤと日本文化の共通項」に関する記述にも素直に読むことができました。
また、秦(ユダヤ?)の軍隊が来日していたという話だが、以前取り上げた八切止夫氏の書に、「唐の郭務悰が12000人の軍隊で来日し、日本原住民を虐殺・支配した」と書かれてあったが、この話はそれよりも400年前の事件だから、ある意味「日本の歴史は外国勢力によって支配されてきた歴史なのかもしれない」、とも感じる。
そして、蘇我氏や聖徳太子については、これまた以前取り上げた関裕二氏の見解とはまた違っていて興味深く感じた。込み入った内容なので、詳細についてはいずれじっくりと考えてみたいと思う。どちらにしても、「彼ら」が支配している東大を中心とした歴史教育学会が公式発表している歴史が嘘・偽りである、ということは間違いなさそうですナ(笑)。
一例として関裕二氏も唱えていましたが、「天照大神は女性神ではなく男性神である」ということは本書で証明されましたね。私事ではありますが、先日、天照大神の皇后である瀬織津姫が祀られている六甲比命神社及び磐座(あまりの巨大さに驚かされました)に行ってきました。
著者によればこれもユダヤの陰謀とのことですが、「日本の根源神とされているはずの天照大神の后を祀る神社」が山道に入るまでは道案内もなく、有名な観光地の裏にひっそりと佇んでいるところに不思議さというか、異常さを感じました。また、何ともいえないパワーのようなものも感じました。こういうところに日本の本当の歴史があるのでしょう。
最後に、「マルコ・ポーロ、元寇、日蓮」へと繋がる記述も実に圧巻でした。「彼ら」の魔の手はキリスト教のみならず、仏教の中にも入り込んでいるようですナ。






評点:80点



日本に忍び入るユダヤ―聖徳太子から小沢一郎まで 恐るべき悪魔の計画とは何か日本に忍び入るユダヤ―聖徳太子から小沢一郎まで 恐るべき悪魔の計画とは何か
(1994/02)
牛山 火壱

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