注射を受けた女性たちは「まさか実験されているなんて夢にも思わなかった」と語っている - ワクチン・AIDS・エボラ

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注射を受けた女性たちは「まさか実験されているなんて夢にも思わなかった」と語っている

「化血研に関するニュースの真相は何か、そして『ナイロビの蜂』が告発する製薬会社による人体実験の真実」



http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20151204-00000023-ann-soci
40年に及ぶ化血研の不正…製薬会社に抜き打ち検査へ
テレビ朝日系(ANN) 12月4日(金)13時39分配信
 医薬品メーカー「化血研」が国の承認と異なる方法で血液製剤やワクチンを製造していた問題で、厚生労働省は今後、製薬会社に対して抜き打ちで検査を行う方針を固めました。

 塩崎恭久厚労大臣:「前代未聞の内部統制の欠落」
 化血研については、1970年代から12種類の血液製剤やワクチンを国の承認と異なる方法で製造し、さらに発覚を逃れるため、製造記録を組織的に改ざんしていたことが分かっています。これまで化血研への立ち入り検査は日程を事前に知らせる形で2年に1度行われてきました。しかし、不正を40年以上、見抜けなかったことを受け、塩崎大臣は「抜き打ちで検査を行わないといけない」としました。今後、厚労省では、他の製薬会社に対しても抜き打ち検査を実施する方針です。


化学及血清療法研究所(ウィキより)
一般財団法人化学及血清療法研究所(かがくおよびけっせいりょうほうけんきゅうしょ、The Chemo-Sero-Therapeutic Research Institute)は、熊本県熊本市北区に本所を置く一般財団法人。通称は化血研(かけつけん)。血液製剤の国内シェアは2位。
• 代表者:空席(2015年12月2日に前理事長が辞任したため)
• 設立:1945年12月26日
• 主な事業:ワクチン・血漿分画製剤など生物学的医薬品の研究・開発・製造・供給
• 主な製品:血漿分画製剤(ベニロン、ボルヒール等)、人体用ワクチン(インフルエンザ、日本脳炎、DPT、ビームゲン等)、動物用ワクチン(オイルバックス、ART2等)
• 本部:熊本県熊本市北区大窪1-6-1

http://www.asahi.com/articles/ASHD251RLHD2ULBJ00K.html
 〈化学及血清療法研究所(化血研)〉 旧熊本医科大(熊本大医学部)の研究所が母体で1945年12月に設立された。薬害HIV訴訟の被告の一つで96年に和解が成立した。ワクチンや血液製剤の老舗で、抗がん剤や動物用の薬も製造している。ワクチンではインフルエンザは国内の約3割、百日ぜきやポリオなどを予防する子ども向けの4種混合は約6割のシェアを持つ。A型肝炎や狂犬病などは100%のシェアを占める。





一連の化血研に関するニュースの真相は何か?
私が思うに、所謂「トカゲのしっぽきり」ではないだろうか。
化血研が設立されたのは終戦の年である。この年に設立されたということは、「彼ら」の指示・命令によって「日本民族をワクチン漬けにすること、血液製剤詐欺を起こすこと」によって「人口削減計画」を遂行することを目的として設立されたことは間違いないと判断する。
新聞・テレビの情報を善悪の基準とされている99%のシープルは、「そんなワケがないだろ」と一笑に付すだろうが、「ワクチンの真実」「血液の闇」をご理解いただいている当ブログの以前からの読者の方ならば、私の主張をご理解いただけると信じています。
化血研に関するニュースの真相は、ズバリ「“ワクチンの真実”に気付きだした人間を洗脳状態に戻すこと」であると感じる。
当ブログに限らず“ワクチンの真実”をネット等から知り始めた人間に対して、「ワクチンが毒だという噂を聞いたことがあるが、真実は化血研という組織が不正なワクチン処理を行っていたことに問題があったのであってワクチン自体は適切に管理さえしていれば正しい医療措置なのだ」と信じ込ませ、人々の意識を誤った方向に誤誘導させることを目的としているのである。先日紹介したNHKの「高度な洗脳情報操作」と同様の“手の込んだ新種の詐欺”である。
「彼ら」は、ネットの普及によって昔と比べて多くの人間が真実に覚醒してきていることを、大変危惧している。そのために、洗脳から解放されかけている人間を改めて洗脳状態に戻すために、手変え足変え“せこい作戦”を練っているのだ。
本当に哀れな奴らである・・・。
皆さん、騙されてはいけませんよ。問題はワクチンや血液製剤を不正に管理していた化血研にあるのではなく、ワクチン自体や血液製剤自体を使って国民を死に至らしめようとしている国際製薬マフィア、医療マフィア、「彼ら」自体にあるのですよ。化血研は「彼ら」に雇われた下請けに過ぎず、本当の巨悪は、下請けを雇用している元締めである「彼ら」自体なのですよ。このニュースの真相は、麻薬を使用していたことが発覚した芸能人等を叩くばかりで麻薬の元締めである「彼ら」を叩かない報道と同種の“情報操作”なんですよ!

昨日、テレビで『ナイロビの蜂』という映画を観た。ケニアのナイロビを舞台とした「製薬会社の陰謀」を描いた秀作であった。結核ウィルスが拡大しているケニアにおいて、子供たちが製薬会社の新薬の人体実験として予防接種を受けさせられていることを告発した内容なのである。この映画は、ある程度事実を元に製作されている。結核をエイズやエボラに置き換えれば、尚更分かりやすいだろう。
自ら病原体を作りだしておいて(その病原体さえ存在していない可能性も十分ありえます)住民に不安を煽り、自らが作りだしたワクチンを接種する。病原体の恐怖をことさらに煽りながら、実際に本当に恐ろしいのはワクチン自体である。
こういった新聞・テレビが絶対に伝えない事実を、この映画は暴いている。
流石に製薬会社のみでなく、国家や国連や赤十字やユニセフやユネスコ等の西側全てがグルであるということまでは、描けることはできなかったようだが・・・。
調べてみると監督はブラジル人であり、原作者のジョン・ル・カレ(John le Carré)は元MI6だったようである。ジョン・ル・カレが『ナイロビの蜂』を刊行したのが70歳の時だったようで、亡くなる前に自分がその特殊な職務上知り得た「この世界の真実」を世に知らしめたいと思ったのではないだろうか。
まだこの映画を観ていない方には、是非、鑑賞されることをお勧めします。
最後に、ブルガリアやザンビア、ブラジル、インドにおける製薬会社による新薬の人体実験の実態を告発した記事を紹介します。
国際製薬会社及び「彼ら」の悪の実態はこんなものではなく、まだまだ甘い指摘ではありますが・・・。
ル・モンドが書いているので、これが限界でしょう。
しかし、悪名高いワクチン企業の名前が掲載されています・・・。




http://www.diplo.jp/articles07/0705-3.html
貧しい国々は被験者の宝庫
ソニア・シャー(Sonia Shah)
ジャーナリスト、在カナダ、
http://www.soniashah.com
訳・にむらじゅんこ

 新薬の発売に欠かせない臨床試験を行なうにあたり、製薬会社は開発途上国に目を向けるようになった。従順な病人が数多くいるし、ほとんどの途上国では、倫理的、法的な制約も、豊かな国ほど厳格でない。選択の余地もない被験者は、進んで試験に加わろうとするかもしれない。しかし、この新手の人体の搾取は、リスクのアウトソーシングという憂慮すべき事態を引き起こしている。しかも、アウトソーシング先への見返りはあまりない。[フランス語版編集部]


 製薬業界は、地球上の貧しい人々にかつてないほどの注意を向けている。南アフリカでは、ケープタウンの郊外のスラム街からほど近いところに、周囲の建物とはまるで異質のベーリンガーインゲルハイムの研究所が燦然ときらめいている。インドでは、ノバルティスの白亜のビルがボンベイのバラック街のすぐ横に建てられ、研究者たちが新しい薬の開発に脳みそを絞っている。ここ数年のうちに、ライバルであるファイザーグラクソ・スミスクライン(GSK)、アストラゼネカも、大規模な臨床試験センターをインド国内に設立した。これらの製薬企業は、新しいクリニックの前に列を作る貧しい人々の病を治療するために、インドにやって来たのだろうか。いな、これらの企業が開発途上国に進出している目的は、ずばり実験を行なうためなのである。2006年にGSKが実施した治験の半数以上は欧米以外の地域、なかでもブルガリアやザンビア、ブラジル、インドといった「コストの安い」国々で行なわれた。いまや、無数の臨床試験が『アウトソーシング』されているといってよい(1)。
 こうした研究所の目的は、あくまで富める欧米の顧客のために、心臓病、関節炎、高血圧、骨粗鬆症などといった老化に伴う疾病の治療薬を開発することである。アメリカは世界最大の市場であり、年間ひとりあたり平均10枚の処方箋が書かれている。そのアメリカでの医薬品の総売上は年間15%の伸びを見せており、1970年から90年までの間に、新薬の数は3倍になった。こうした状況をもたらした最大の原因は、政府規制が製薬業界にとって有利な方向に変更されてきたことにある。食品医薬品局(FDA)は、1984年以降、新薬にも特許権を認めるようになり、1992年には製薬産業による経費の分担と引き換えに、新薬の認可のための審査をスピードアップさせた。さらに1997年には、新薬のテレビCMを禁止していた規定を骨抜きにした。
 新薬を享受している欧米人自身は、その薬品の開発に不可欠な臨床試験に参加しようなどとは思わない。どんな薬も、認可を受けるためには4000人以上の患者による試験が必要であり、そのためには10万人以上をスクリーニングにかける(2)。なぜこれだけ多くの人々が必要かというと、統計的な規模が必要であるからだ。例えば糖尿病性の昏睡状態にある患者に対するインシュリンの薬効を証明するのに、多くの被験者を募る必要はない。なぜならば、この薬の効果は絶大だからだ。その一方で、循環器系の病気や関節炎、高血圧や他の慢性疾患のための薬の効能を明らかにすることはずっと難しい。というのも、製薬業界がどんなに努力を傾けたとしても、こうした慢性疾患向け医薬品のほとんどには微弱な効果しかないからだ。偽薬と大して効果が変わらないものもある。ベテランの臨床研究者の言葉を借りれば、薬を投与した患者としていない患者との「差異を見つけるのは一苦労」といった状況がほとんどだという。
 つまり、製薬業界は多数の被験者を求めている。が、臨床試験に参加しようというアメリカ人は5%にも満たない。この問題の解決策として、製薬会社は新薬と偽薬の比較実験という手段を用いることも多い。それなら被験者が多数である必要はなく、新薬を使ったほうが何も薬を使わないよりも効果的だと証明できれば、FDAが求める認可条件を満たすことができるからだ。しかし「偽薬との対照」実験は、そもそも2つの「群」を作り出すことになる。第1のグループはテスト期間を通じて治療行為をほどこされ、対照群とされる第2のグループは一切の実薬を投与されない。こうした治験事業は、欧米諸国ではほとんど不可能になっている。ひとつは、何の治療も受けていない「未治療患者」を見つけるのが難しいということ、もうひとつは、欧米諸国では倫理的に国内の標準治療(スターダード・オブ・ケア)を提供することが最低限求められるからである。5件に1件しか必要な被験者を確保できていないアメリカの場合、医薬品テストの段階がひとつ未了あるいは遅延になれば、その逸失利益は何百万ドルにも上るのである。
 製薬企業にとって、貧しい国の疾病は二の次でしかない。最低2億ドル以上の規模がなければ製薬会社が戦略対象とする市場にはならない。しかしながら、途上国の人々はマラリアや結核ばかりに苦しんでいるわけではない。世界保健機関(WHO)によれば、感染性ではない慢性疾患による死亡者の8割が途上国の住人だという。2型糖尿病患者の9割以上はインドと中国に集中している。また、アフリカ大陸の一部地域では、5人にひとりが糖尿病で、2000万人が高血圧に苦しんでいる(3)。
スピードが決め手
 WHOによれば、こうした現象の意味するところは「驚くばかりであり、現時点で既に明らかである」という。こうした患者たちは、豊かな国の患者よりも多くの合併症を併発している。臨床試験の担当者にとっては好都合だ。例えば、ある心臓病治療薬の有効性を証明するためには、その薬を服用する患者に起こる「イベント」が、服用していない患者に比べて少ないことを示さなければならない。そうした比較実験は、途上国の場合ずっと短期間で完了する。貧しい国での臨床試験がいかに有用かについて、ある会議でこんなふうに強調した臨床試験会社の幹部がいる。「もしも、充分な数のイベント(つまり心臓発作や死亡)がなければ、いつまでもテストは完了にならない
 ある臨床試験会社の幹部は私に語った。「南アフリカは、素晴らしい国だ」。エイズについてのことだ。まだ何の抗レトロウィルス剤も投与されていないHIV感染者が多数いるからだ。「未治療患者」、言い換えれば、医者にかかれないほど貧しい病人たちの宝庫なのだ。
 「開発業務受託機関(CRO)」と呼ばれる多数の専門企業が、大手製薬企業から国外での臨床試験の実施を請け負っている。クインタイルズ、コヴァンス、チャールズ・リバー、PPDといった企業が、多数の途上国に事務所や臨床研究所を構えている。例えば、クインタイルズの場合はチリ、メキシコ、ブラジル、ブルガリア、エストニア、ルーマニア、クロアチア、ラトヴィア、南ア、インド、マレーシア、フィリピン、タイなどにある。
 決定的な切り札はスピードだ。欧米諸国では、治験に必要な人数を集めようとすれば数週間、さらには数年がかりになる。あるワクチンの臨床試験を請け負ったクインタイルズは、南アで3000人もの患者を9日間で集めてみせた。他の試験で同社は12日間で1388人の子供を確保した。それに対しアメリカでは、被験者の40~70%がいまいち乗り気でなく、なかには途中でやめる者もいる。インドでは、臨床試験会社が集めた被験者の99.5%は最後まで続けてくれる(4)。
 コヴァンスは、十数カ国の2万5000もの拠点で臨床試験を行なうことができると自慢する。各社はさかんに広報活動を展開している。あるCROの広告にはこう書かれている。「スキーは雪のあるところで。臨床試験は病人のいるところで
 賛成派に言わせれば、この状況は誰にとっても利益になる。一日中待たされるうえに、医者は時間に追われ、設備も整っていない一般病院に比べ、臨床試験センターでは格段に優れた医療を提供している。被験者たちが恵まれていることは本人もわかっているはずだ。その証拠に、センターには続々と志願者が押し寄せている。地元の病院としても、最先端の技術を獲得し、臨床試験に欠かせない最新設備を利用できることになる。あるインド人の研究者は言う。「我々は設備を手に入れた。それらを返せなんて言われたことはない」
 つまるところ、たとえ欧米人たちがモルモットになりたがらないとしても、臨床試験は他の人々にとって悪い話ではないというのである。第一級の治療を受けられるうえ、報酬をもらえることもあるのだ。より安い賃金と甘い環境規則を求めて、工場をアウトソーシングするのと同様に、臨床試験の一部を国外に移動してもいい。「事情につけこんでいると非難されるが、私たちの試験がなかったとしたら子供たちは死んでいたのだ」と、貧しい国々で臨床試験に携わる研究者のひとりはこぼした。FDAの医療政策室長であるロバート・テンプルにとって、コスト・ベネフィット分析の結果は明らかだ。「一般的にいって、試験に参加することには利点があります。被験者の半分は(実薬の)処方を受け、よりよい治療を受けることができるし、残りの半分の人も、よりよい治療を受けることができるのですから」
 しかしながら、自分の体を科学のために提供することと、工場に毎日出勤することは同じではない。臨床試験が終わった時点で、被験者の体調がよくなっている保証は何もないのだ。そもそも、臨床試験が必要な第一の理由は、その薬の効果が不確かで、副作用のリスクもあるからだ。
インフォームド・コンセントの欠如
 したがって、数多くの文書(特にナチスの医師に対する裁判と並行して1947年に採択されたニュルンベルク綱領や、1964年に採択され、2004年に改定された世界医師会のヘルシンキ宣言など)に規定されているように、人体を対象とした研究を倫理的に進めるための絶対的な前提条件として、被験者には、正確な情報の受領とその理解に基づいたインフォームド・コンセントを自発的に行なう余地がなければならない。被験者による決定が、過度に高額の謝礼によって左右されることがあってはならない。それが矛盾をはらむ場合もある。実験段階のワクチンの臨床試験を行なう研究者に対して、エイズ患者支援団体は、もし臨床試験の期間中にHIVに感染した被験者がいたら、その人たちに生涯にわたり治療を提供することを要求した。ところがそれは、研究者たちによれば、自発的な同意という原則に背くことになるという。感染していないことが明らかな人々も、臨床試験以外ではとても受けられないような治療を(もし感染した際には受けられることを)期待して、どんどん応募することになるからだ。
 しかしながら、現実は自発的な同意という前提条件からはほど遠いと思わせる証言が、近年ますます増えている。生命倫理の専門家によって用いられる指標のひとつに、途中で中止した被験者の比率がある。途中で参加を拒否あるいは放棄するという行為は、臨床試験への参加が自発性に基づいているという認識に支えられているからだ。この比率は、欧米諸国ではしばしば4割を超える。ところが途上国の場合、多くの臨床研究者の報告によれば、潜在的な被験者のうち参加を拒否する者は皆無だという。すぐに被験者を集められるという事実も、前提条件と現実との乖離を示すものだ(5)。
 被験者の8割が治験を途中でやめてもいいと知らされていなかった例もある(6)。こうした例は強制性の証拠と考えられるにもかかわらず、試験をさらに推し進めるために利用された。アプライド・クリニカル・トライアルズ誌のある記事ではロシアの事例がこう記されている。「ロシアの被験者はアポを守り、処方されたすべての薬を飲み(・・・)、同意をひるがえすことはほとんどない。(・・・)医師の言うなりだ。いやはや、たいしたものだ」。専門情報誌センターウォッチでも「中国人はアメリカ人ほど自立解放されていない。彼らは自ら進んでモルモットになろうとする」と強調している(a)。
 欧米の規制機関によるによる監督はごくわずかなものでしかない。彼らによれば、外国で行なわれる臨床試験は、国内の試験と同様に有効と見なされるが、外国での臨床試験に関しては、メーカーに申告の義務はない。メーカーに要請されるのは、ヘルシンキ宣言(と、もし国内法規がより大きな保護を規定している場合には国内法規)を遵守することだけだ。失敗に終わった場合(よくある話だ)、外国で行なわれた臨床試験は、あとかたもなしに消滅する。
 被験者の権利保護に留意すべき現地の倫理委員会と規制機関は、そうした任務が遂行できるだけのレベルにない。インドを例に挙げると、これらの機関を担う高級官僚たちは、大きな財源となる臨床試験を増やすことを第一に考えている。多くの幹部は、臨床試験に年商7000万ドルから10億ドル程度の規模を期待すると言う。規制は緩和されており、関税や税金などの免除や、第3相試験は他国で既に行なわれた後でなければならないとする条項の廃止などが実施されている。また、臨床試験を行なう医薬品は、インドにとって「特別な価値」を持つものでなければならないという規定も削除された(7)。
 以来、インドの有力経済紙エコノミック・タイムズによれば、「ものすごい商機がある。多国籍企業はやる気満々で、インド企業も乗り気だ。我々には能力があり、人材があり、中国がおそらく今後も持ちえない優位性がある。とりわけ、このアウトソーシングに対しては、アメリカの労働者が抗議運動を起こす心配はない(8)」
 インドの医療の実践と研究のほとんどあらゆる分野において、規制が存在していないことは一目瞭然だ。医師という職業も、医学の教育も、職業倫理に満ちているとはとてもいえない。検査官の目を欺くために無資格の教員を雇ったり、入試合格証を販売したり、学位をオークションにかけたりして非難を浴びた教育機関もある。医薬品市場に目を向ければ、効果のない製品や危険な製品が溢れており、医薬品の検査官はインド全国で600人しかいない。その上、製薬業界の専門家であり、インドの専門誌マンスリー・インデックス・オブ・メディカル・スペシャリティーズのチャンドラ・グルハティによれば、「仮に、ある企業が現場を押さえられたとしても、単に警告を受けるだけで放免される」のだそうだ。
新薬を被験者たちは使用できない
 一連のスキャンダルが起きたのも少しもおかしいことではない。1970年代には未認可の抗マラリア薬キナクリンが字の読めない何十万人もの女性に配られた結果、彼女たちは生涯にわたって子供が産めなくなってしまった。1980年代半ばにはマウスによる試験で腫瘍を生じさせると判明して販売中止になった注射式の避妊薬が、農村で実験された。注射を受けた女性たちは「まさか実験されているなんて夢にも思わなかった」と語っている。
 1990年代の終わりには、公共機関の研究者たちが病状の進行を研究するという目的で、頸部に前癌病変の見られた字の読めない女性たちに、それまで行なっていた治療を故意に中止した。その後、被験者たちは実験の趣旨を伝えられておらず、同意確認も全くなかったことが発覚した。この事件は、悪名高いタスキーギの人体実験を彷彿とさせる(9)。2001年にはケララ州で、ジョンズ・ホプキンズ大学のある研究者が、実験段階の抗癌剤を、動物実験により無害性が確認される前に、癌の患者たちでテストしていていた事実が発覚した。2003年には実験段階の抗癌薬が、妊娠しやすくするための薬だと思っていた400人以上もの女性に投与された。その薬は胎児にとっては毒性を持つものであった。メディアの大々的な報道にもかかわらず、これらの事件のどれひとつとして、被験者に対するなんらかの法的保護の確立に結び付くことはなかった。
 倫理規範に反する試験は、途上国の人々に西洋医学の正当性を疑問視させる結果となった。南アの保健大臣は抗HIV薬を毒と呼んだ。ナイジェリアの宗教指導者たちは、ポリオのワクチンを危険だと見なして拒否した。規制が手薄なまま、こっそりと臨床試験が進められていることへの不安感が、人々の間に呼び起こした反応は、現地の公衆衛生に重大な影響をもたらしている。
 現実と倫理規範の乖離に関して、広く共有されつつも大っぴらに言われることのない主張は、次のようなものだ。住民にとって有益なことなのだから、各人がリスクをとる意義はある。それに、臨床試験における治療は、通常よりも優れている場合が多い。臨床試験に関与する現地の医師は先端技術に触れることができるし、そこで得られた収入を患者のために使うこともできる。だが、残念ながら、試験のデータと科学の進歩を同一視してはいけない。このことは、「革命的」だとうたわれた多くのワクチンが、熱帯地方のさびれた倉庫の中に放置されているのを目撃した人なら、よくよく知っていることだ。
 最低限の正義を実現するためにとるべき措置は、臨床試験を経て認可された薬が、その試験に協力した被験者たちにも使用できるようにすることだ。ほとんどの場合、貧しい国々の住民に対する臨床試験を伴って開発された新薬は、これらの国々にはライセンスされていないか、法外に高い値段で売られているか、さもなければ、医学的観点から適切ではないと見なされて使用されずにいる。
 さらに強力な措置として、一部の試験を中止に追い込むことも考えられる。生命倫理学者のジョナサン・モレノが言うように、実験用マウスと人間の違いを認めるのなら、こうした倫理的に問題のある研究をやめることもまた、我々が支払うべき代償のひとつなのだ。
(1) ジャン=フィリップ・シポー「新薬のモルモットにされるアフリカの人々」(ル・モンド・ディプロマティーク2005年6月号)参照。
(2) Cf. for example, Stan Bernard, << The drug drought : Primary causes, promising solutions >>, Pharmaceutical Executive, 7 November 2002.
(3) ある種の疾病の進展を導いた「栄養転換」に関しては、次の文献で詳述されている。Benjamin Caballero and Barry M. Popkin (eds.), The Nutrition Transition : Diet and Disease in the Developing World, Academic Press, London, 2002.
(4) CRO各社のウェブサイトは、迅速に被験者を集められ、志願者に事欠かないことをうたっている。Cf. also, << Lifting India's barriers to clinical trials >>, CenterWatch, August 2003.
(5) Cf. National Bioethics Advisory Commission, Ethical and Policy Issues in International Research : Clinical Trials in Developing Countries, April 2001.
(6) Quarraisha Abdool Karim (ed.), << Informed consent for HIV testing in a South African hospital : Is it truly informed and truly voluntary ? >>, American Journal of Public Health, Washington, DC, 1 April 1998, 637-40 ; and Niels Lynoe (ed.), << Obtaining informed consent in Bangladesh >>, The New England Journal of Medicine, Waltham, 8 February 2001.
(7) 臨床試験に関する情報サービス会社、センターウォッチのケン・ゲッツによる。彼は訪印の際、国賓級の歓迎を受けたという。Cf. also, Narayan Kulkarni, << The trials leader >>, BioSpectrum (India), 10 June 2003.
(8) The Economic Times, New Delhi, 10 March 2004.
(9) タスキーギ研究とは、アメリカの公衆衛生機関によって推進された梅毒研究である。病状の自然経過を記述するという目的の下に、黒人貧困層の男性数十名が何十年間もの間、治療のないまま研究対象にされた。このスキャンダルを受けて1974年に、臨床試験の被験者に関する最初の保護措置が成立した。

(a) 本記事掲載号の発売後に同誌からフランス編集部に、「中国人」以下の引用部は業界関係者の発言の引用であり、同誌の見解を表明したものではないとの申し入れあり(フランス語版7月号による)。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年5月号)




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