2013年12月の記事 - 嘘八百のこの世界

嘘八百のこの世界

この世界の真実を追究して行くための読後評を中心に書いていきます

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ソウルマンの娘のマロンです。お散歩大好きです。 

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2013年12月の記事

「RESPECT」ARETHA FRANKLIN

今年最後のブログとなります。
思い起こせば、今年の二月末に「読書感想」を主題に始めたブログですが、「日々感じたことや、ニュースの裏や情報提供」、「歴史の真実」、「CDレビュー、コンサート評」、「今日の一曲」と、気がついたら幅広く書くようになっていました。

こういった主題のどれか一つに特化して書かれているブログはあまた存在するとは思いますが、これだけ異なるジャンルを対象にしたブログも、自分で言うのもなんですが珍しいのではないかと思います。
どのジャンルの話題も、私には大変関心のあることなのです。実はこういったこと以外に、「千葉ロッテ・マリーンズ」、「パチンコ(ブログを始めて以来ほとんどやっていません。)」も私の関心事であり、一般の方よりも相当な雑学知識を持っていると思います。しかし、こういったことについて書いても仕方ないと思うので、基本的には例外を除いて書きません。

もちろん、仕事も一応してますヨ(笑)。家族もいますヨ(嫁と息子と娘とうさぎ(うーよという名の男の子でヤンチャだけれど顔は相当カワイイ)と犬(マロンという名の女の子でメチャメチャカワイイ))。しかし、同じくこういったことを記事にしてもおもしろくないので、基本的には(例外を除いて)書くつもりはありません。

ブログなんてものは、「究極の自己満足」ではないかと思います。「自分の関心のあること、自分の思っていることを思いつくままに書き綴っている一種の公開日記」だと思います。同内容のことに関心を持っていただいたり、同調いただいた不特定多数の方々が訪問していただいている特殊なメディア媒体であると思います。こんな記事を書いたところで一円にもならないわけですから、「そんな暇があるのなら、もっとガムシャラに仕事に精を出したほうがいい」のかもしれません。
しかし、「人生は金儲けが全てではない」と、思います。人間はいつか死ぬのです。限りある生命のなかで、「自己の価値観をアピールできる」ブログという存在はそれなりに素晴らしいものだとも思います。「全く面識の無い方が「私の公開日記」を見てくれている、コメントをいただける(クソコメントもあるけどね(笑))、価値観を共有できる」、というのもいいものだなと感じます。

それから皆さん気付いているとは思いますが、私がブログを始めたもう一つの理由は、「嘘八百のこの世界の真実」に全く気付いていない大多数の方々に、「この酷い世界の真実に気付いて欲しい、そして一人でも多くの人々・家族・友人・知人に伝えて欲しい」という思いがあったからなのです。私のブログを見ることによって、例えたった一人でも、この真実に気付いてくれて、そしてその後の人生を生きていくための判断基準の一つになってもらえたとしたら、私にとってこんなに嬉しいことはありません。アンパンマンの歌じゃないけれど、「何のために生まれて、何をして生きるのか」という問いかけに少しは答えられたのではないかな、と感じます。

そして、社会の矛盾に憤ってデモをする、組織化する、ということもいいことかもしれません。
しかし、「彼ら」は、そのデモや組織に知らず知らずのうちに入り込み、気がついたらその組織・団体を支配してしまうのです。グリーンピースや反原発団体に入り込むのです。だから私はそういった集団行動をとるよりも、各自が真実に気付き、「彼ら」の支配下にある組織・団体・企業等に「ノー」を突きつけることが、「彼ら」が最も嫌う、最大の解決策ではないかなと思っています。

今年一年、この「嘘発見・へんてこブログ」にご訪問いただき有難うございました。
来年は世界にとっても、皆さんにとっても、素晴らしい一年にしたいものですね。いや、していきましょう。
今年最後の一曲は、アリサ・フランクリンの「リスペクト」です。良いお年をお迎え下さい。








貴方だけを愛して +3貴方だけを愛して +3
(2013/03/20)
アレサ・フランクリン

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「You All I Need To Get By」MARVIN GAYE & TAMMI TERRELL

今日の一曲は、マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの「ユー・オール・アイ・ニード・トゥ・ゲット・バイ」です。








ユアー・オール・アイ・ニードユアー・オール・アイ・ニード
(2013/11/20)
マーヴィン・ゲイ&タミー・テレル

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日赤=日本支配者層の血の繋がり?

「ウィキペディアで探る日本赤十字社歴代社長及び、その親族の“ご立派”な肩書き」




前回記事で、藤原氏の末裔である近衛忠煇氏が日本赤十字社の社長をしていると記したが、日赤についてもう少し調べて見よう。ご多分に漏れず、日赤もワクチンキャンペーンを実施している「彼ら」の下請け機関の一つである。
特定秘密保護法を危惧するメッセージを発信した“戦う女優”藤原紀香が日赤の広報特使をしているらしい。この事は「日赤と藤原氏の繋がり」には全く関係ないだろう。ただ、藤原紀香は“ワクチンの真実”を全く知らずに「自分が善行をしている」と思い込み、「彼ら」に利用されているのだろう。私は、「藤原紀香は正義感の強い誠実な人間」だと思っているので、早く自分が利用されていることに気付いてほしいと思う。
以下、新島八重及び、歴代の日赤の社長(膨大になるので一部の人物のみ)をウィキより引用する。





新島八重
 新島 八重(にいじま やえ〈やゑ〉)、弘化2年11月3日(1845年12月1日) - 昭和7年(1932年)6月14日)は、江戸時代末期(幕末)から昭和初期の日本女性。同志社創立者の新島襄の妻として知られる。旧姓は山本。一部の手紙などでは「八重子」と署名してあることから、史料によっては新島八重子と書かれる場合もある。勲等は勲六等宝冠章。皇族以外の女性としてはじめて政府より受勲した人物[2]。
襄の死から間もない明治23年(1890年)4月26日、八重は日本赤十字社の正社員となり、明治27年(1894年)の日清戦争では、広島の陸軍予備病院で4か月間篤志看護婦として従軍[9]。40人の看護婦の取締役として、怪我人の看護だけでなく、看護婦の地位の向上にも努めた。明治29年(1896年)、その時の功績が認められ、勲七等宝冠章が授与された[9][10]。
多くの功績により昭和3年(1928年)、昭和天皇の即位大礼の際に銀杯を下賜された。その4年後、寺町丸太町上ルの自邸(現・新島旧邸)にて死去。86歳没。葬儀は「同志社社葬」として4,000人もの参列者があった。



松方正義
松方 正義(まつかた まさよし、天保6年2月25日(1835年3月23日) - 1924年(大正13年)7月2日)は、日本の武士(薩摩藩士)、政治家、財政指導者。位階は従一位。勲等は大勲位。爵位は公爵。幼名は金次郎。通称は助左衛門。号は海東[1]。
明治期の日本において内閣総理大臣を2度(第4・6代)務めるとともに大蔵卿、大蔵大臣(初・第2・第3・第4・第6・第8・第11代)を長期間務めて日本銀行を設立したり、金本位制を確立するなど、財政通として財政面で業績を残した。また、晩年は元老、内大臣として政局に関与し影響力を行使した。
松方は財政家として、政府紙幣の全廃と兌換紙幣である日本銀行券の発行による紙幣整理、煙草税や酒造税や醤油税などの増税や政府予算の圧縮策などの財政政策、官営模範工場の払い下げ、などによって財政収支を大幅に改善させ、インフレーションも押さえ込んだ。ただ、これらの政策は深刻なデフレーションを招いたために「松方デフレ」と呼ばれて世論の反感を買うことになった。
1902年(明治35年)1月に日英同盟が締結されると、日露戦争の準備のためにアメリカを経由して欧州7カ国へ赴き、戴冠前のイギリス国王エドワード7世に拝謁を許されるなどの大歓迎を受けている。オックスフォード大学からは法学名誉博士号(後には国家元首にのみ与えられる)を授与されている。アメリカではセオドア・ルーズベルト大統領、ドイツでは皇帝ヴィルヘルム2世、ロシアでは皇帝ニコライ2世と会見している。同1902年(明治35年)12月29日に日本赤十字社社長に任命される。帰国後の1903年(明治36年)には戴冠式を終えたエドワード7世からナイトの最高勲章を贈られている
長男:巌(1862-1942、実業家、銀行家) - 十五銀行代表者。妻・保子は医学者長與專齋の娘、長與稱吉妹。娘婿に黒木三次
• 次男:正作(1863-1945、外交官) - 妻・繁子は三菱財閥創始者岩崎弥太郎の弟で2代目総帥岩崎弥之助(元日本銀行総裁)の長女
三男:幸次郎(1865-1950、実業家、政治家) - 川崎造船所社長、衆議院議員。妻は三田藩最後の藩主九鬼隆義の娘、幸次郎の娘・花子は松本重治夫人。孫の操は槇文彦に嫁す。
四男:正雄(1868-1942) - 浪速銀行頭取、福徳生命保険、阪神電鉄社長、大阪ガス社長、大阪タイガース〔大阪野球倶楽部〕初代取締役会長・オーナー、日本職業野球連盟初代副総裁、1986年に野球殿堂入り[7]。正雄の長男・義男は大同生命保険取締役。義男の長男・清は第一ホテル常務、第一ホテルトラベル社長。義男の次男・康は、三井住友海上社長。清の長男・純は旧華族の徳川冬子と結婚。正雄の娘・富子は中上川彦次郎の息子と結婚。正雄の次男・鉄雄の娘・信子は、弘世現の長男・源太郎と結婚。正雄の三男・三雄は、白州次郎の妹・宣子と結婚



徳川家達
德川 家達(とくがわ いえさと)は、徳川宗家16代当主。もとは田安徳川家7代当主。駿府藩初代藩主。幼名は亀之助。号は静岳。位階、勲等、爵位は従一位大勲位公爵。世間からは「十六代様」と呼ばれた。第4代から第8代までの貴族院議長、ワシントン軍縮会議首席全権大使、1940年東京オリンピックの組織委員会の委員長第6代日本赤十字社社長などを歴任した。大正期には組閣の大命も受けた(拝辞)。
妻 正室:近衛忠房の娘・泰子
明治10年(1877年)、イギリスのイートン・カレッジに留学する。同校では、寄宿舎での学生による模擬議会に大きな感銘を受けたと回顧している。明治15年(1882年)10月に帰国する。



川西實三
川西 實三(かわにし じつぞう、1889年(明治21年)1月2日 - 1978年(昭和53年)3月3日)は、日本赤十字社社長などを務めた内務官僚。労働問題の権威として知られた。息子は英文学者・東京大学名誉教授の川西進[1]。義兄に、三谷隆正と三谷隆信。新渡戸稲造を師と仰いだ。
• 1927年(昭和2年) - 子の薫(後に学校法人女子学院理事)が生まれる。
• 1929年(昭和4年) - 子の剛(後に東芝副社長)が生まれる。
• 1931年(昭和6年) - 子の進(東京大学名誉教授、フェリス女学院大学名誉教授)が生まれる。
• 1932年(昭和7年) - 内務省社会局保険部長を務める。
国民健康保険法を立案する



近衛忠煇
近衞 忠煇(このえ ただてる、1939年5月8日 - )は、現近衞家当主で国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)会長及び日本赤十字社社長。特定非営利活動法人日本紛争予防センター顧問。初名は細川護煇。
旧肥後熊本藩主細川家の細川護貞と温子夫人(近衛文麿の二女)の次男として生まれた。兄は細川護熙(第79代内閣総理大臣)
1962年(昭和37年)学習院大学政治経済学部政治学科卒業後(学位:政治学士)、英国ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスヘ留学、1964年(昭和39年)に帰国。日本赤十字社副総裁三笠宮崇仁親王の長女・甯子内親王と結婚した。同年より日本赤十字社に入社。
外祖父近衞文麿の長男で伯父にあたる文隆がシベリア抑留中に死去[1]し、近衞家の当主が不在となったため、1965年(昭和40年)に母の実家である近衞家の養子となった(伯父の文隆の夫人の養子)。





(管理人)
ざっと主だった日赤の歴代社長の略歴を抜粋したが、“凄まじい家柄と肩書き”の方ばかりである。これを見てる限り、「日赤に関わっているのは、何も藤原氏及び皇族に限られているわけではなさそうである。そして、あの徳川家まで入っているのには驚かされた。」と思ったが、徳川家達は藤原氏の末裔である近衛忠房の娘・泰子と結婚している。「明治維新の勝者である薩長と敗者である徳川家は、裏でしっかりと結ばれていたのではないだろうか。」と、感じてしまう。さらに、その両者の間に藤原氏が入っている、というところに歴史の秘密が隠されているようだ。
この中でも注目したいのは松方正義であろう。日赤の社長をするのみならず、内閣総理大臣を安倍じゃないけれど二度も経験し、なんと日本銀行の設立までしているのだ。オックスフォード大学から法学名誉博士号を授与され、英国国王エドワード七世からナイトの最高勲章を贈られているとのことだが、英国(ロスチャイルド)は、「日本銀行を設立することによって、日本のマネーをロスチャイルドの私物化とする極悪計画に“貢献”してくれた」松方正義に精一杯“ご褒美”を与えたのでしょうネ!
そして松方氏のみならず、どの歴代社長の肩書きも凄まじいが、その子息及び親族の肩書きも、負けず劣らず“ご立派”である。日銀総裁や、大企業社長や、東大教授等、一般人には程遠い肩書きを、「彼ら」から授かったようだ。
新島八重が、偶然、アメリカ帰りの新島襄と結婚して同志社大学設立に関わり、偶然、日赤の社員となり、偶然、明治天皇から勲章を授与され、偶然、NHK大河ドラマのヒロインに抜擢される。この“偶然”を信じるか信じないかはあなた次第です(笑)。
最後に、「日赤と天皇財閥及び、“町内会を使った赤い羽根募金”までが繋がっている」という告発記事のリンクと、この事に関連する動画を貼っておきます。
日赤の闇は奥が深そうですナ(笑)。





http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/499.html
日赤と天皇財閥の闇(上)(下) (心に青雲) / 日本赤十字社 (知っとうや?)
日赤…それは天皇家のファミリー企業 (2011年3月19日 )
日赤は天皇家のファミリー企業で総裁がたしか皇太后です。
先の大東亜戦争にて、アメリカ国との開戦前に、赤十字に莫大な寄付をして、終戦工作をバチカンに依頼をした事もありました。
また赤十字に『献血』を啓蒙していますが、これ自体が利権で、この善意の『献血』を製薬会社に原材料として売却して独占的利益を享受してます。
過去の薬害『AIDS』もアメリカ国からの売血(貧困層や麻薬患者等の血液)を輸血、もしくは製薬の原材料に混入してAIDSが感染の要因です。
この東北震災においても『焼け太り』する気ではないですか?
所詮、『民草』の事は何も考えていないのです。
それが、彼等の思考回路なんです。
また多くの死者及び行方不明の預金等は、今後、持ち主が特定できないと、某国の銀行の如く『引き出し』に応じない
つまり、企業(銀行)の内部留保(利益)になる。
その企業のオーナーは、国際金融資本で『金』は其処へは流れて行くのです『この震災で被害を受けた人々の怨念』と共に
!




ジャパニーズ・ブルースハープ・ミュージシャン、遠藤賢司

「満足できるかな」遠藤賢司




1971年の遠藤賢司のセカンドアルバムである。
私は遠藤賢司のライヴを一度だけPANTAとのジョイントライヴで体験したことがある。
目的はPANTAだったのだが、けっこう楽しませてもらった。「遠藤賢司=フォークミュージシャン」と思っていたのだが、想像していたよりもハーモニカを吹きまくっていて実にエネルギッシュなステージだったことを記憶している。
その後も特に聞いていなかったのだが、今回初めてアルバムを通して聞いてみた。バックに大瀧詠一以外のはっぴいえんどのメンバーが参加しており、時代を感じさせる内容であった。タイトル曲の「満足できるかな」はハーモニカが効果的で、ライヴ体験を思い出させた。これは単なるハーモニカというよりも、ブルース・ハープといった方がピッタリするだろう。日本のミュージシャンでこれだけのブルース・ハープが吹ける人物を私は他に知らない。代表曲の「カレーライス」や、「おやすみ」、「待ちすぎた僕はとても疲れてしまった」等、詩人としての才能も十分感じられる。
今は知らないが、このアルバム発表当時、遠藤賢司は寝図美(ねずみ)という名前の猫を飼っていたらしく、歌詞に頻繁に登場する。実に笑えるキャラをお持ちの方のようである。
他のアルバムを聞いていないので今作品以後の活動はよく知らないが、これからはフォーク・ミュージシャンというよりもブルースハープ・ミュージシャンとしての活躍を期待したい、と個人的には思っている。










評点:80点



満足できるかな満足できるかな
(1994/06/01)
遠藤賢司

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「Mrs.Robinson」SIMON&GARFUNKEL

今日の一曲は、サイモンとガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」です。





645年、蘇我氏のみならず歴史まで「むし殺した」藤原氏

「大化の改新の真実、そして現代も日本を支配する藤原氏の正体は?」




先日の記事で「藤原氏の正体は?」という疑問を呈したが、“自作自演”ではないが、自分なりに考えて見ようと思う。
まずは「大化の改新」から始めよう。八切止夫氏は「663年に唐の郭務悰が日本に進駐してきて藤原鎌足と、日本名になり唐の大宝律令をそのままに輸入した」と述べているが、藤原鎌足(=中臣鎌足)が大化の改新及び乙巳の変を行ったのが645年であるから、八切説が正しければ、「郭務悰は日本進駐前に日本に来ていた」ということになるので、矛盾が生じる。
ひょっとしたら、藤原鎌足と中臣鎌足は別人物なのかもしれない?関裕二氏は「中臣鎌足は百済王の末裔では?」と述べているが、現時点では関説の方が有力であろう。
その後、藤原氏は天皇家を操り実質上日本を支配する。戦国・江戸時代以降、藤原氏は影響力を低下させていたかのようにも思えるが、明治時代以降の現在においても、名称を変えて実質上この国を支配しているらしい。
そういった“裏の日本史の流れ”を解りやすく解説してくれている記事があったので転載する。それにしても、藤原氏とこの世界の支配勢力である「ユダヤ・フリーメイソン・イルミナティ」とは、どこでどうやって繋がったのでしょうか?やはり、明治維新のときでしょうか?イエズス会の日本襲来時からでしょうか?郭務悰が日本に進駐したときでしょうか?秦氏が日本に来たときでしょうか?それともまさか、スサノオやニギハヤヒが活躍していた太古の時代からでしょうか?「彼ら」と関係してなければ、日本を支配することを「彼ら」に許してもらえませんよネ。
そういえば、細川 護熙藤原氏の末裔でしたよね?細川さんも上智大学出身だとのことで、イエズス会との繋がりがプンプンにおってきますネ(笑)。万が一この記事を見ていたら(見てるわけがネーだろ(笑))、藤原氏内部の方のみが知る極秘情報として、こっそりと非公開コメントで教えてもらえないでしょうか(笑)。細川さん、藤原氏の関係者さん、非公開コメントお待ちしております(笑)。本物のイルミさんは来ないでくださいネ(笑)。




(闇株新聞)さんより
http://yamikabu.blog136.fc2.com/blog-entry-152.html
書き換えられた歴史・藤原氏の正体  その1 
日本の政治・経済について考えるとき、当然に日本の歴史を理解しておかなければなりません。しかし、日本は国家としての成立過程そのものが、はっきりしていないのです。世界中にこんな国はありません。
 そもそも日本を統一した「ヤマト朝廷」の成立が4世紀頃で、世界を見渡しても決して古いわけではありません。エジプトでは紀元前27世紀には、もうピラミッドを作る古王朝が成立しており、中国では紀元前16世紀ころに最初の統一国家の「殷」が成立しています。ダビデ王がユダヤのヘブライ王国を建国したのが紀元前11世紀です。
 しかし、その比較的新しい4世紀に成立した「ヤマト朝廷」の成立過程が杳(よう)として分からないのです。その理由は、720年に編集された「日本書記」をそのまま今も大事にしており、突っ込んだ研究がなされていないからなのです。
 教科書では「日本書記」の編者は舎人(とねり)親王となっていますが、実際は藤原不比等です。実質的に藤原氏の始祖です。
そして「日本書記」こそ「天皇家」を利用して大きくなり、現在に至るまでもその影響力を残している「藤原氏」の正体を、うまく歴史上で美化して隠匿して、現在まで何の疑問もなく受け入れられているのです。
 本誌は歴史について書くことが目的ではありませんが、日本の今後を考えるに当たり、特に「官僚組織」について考えるときに、ぜひ読んでもらいたいテーマなので書くことにしました。
 645年に、中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌足(のちの藤原鎌足)が協力して、権力を一人占めして横暴を極めていた蘇我入鹿(いるか)を皇極天皇の面前で暗殺し、これをうけて入鹿の父親の蝦夷(えみし)も自殺して蘇我氏が滅び、天皇中心の律令体制(後述)を成立させました。
これを乙巳(いっし)の変、その後の一連の政治改革を大化の改新と言います。
 まあ、これが平均的な歴史の教科書の書き方ですが、実は見事に書きかえられた歴史なのです。
 それまでの政治体制は、天皇を中心として蘇我氏(財政)、物部氏(軍事)、大伴氏(外交)などの朝鮮半島からの外来人である豪族の集団指導体制でした。 
 その豪族間の勢力争いに勝った蘇我氏の勢力が強大化し、6世紀に蘇我稲目(いなめ)が自分の二人の娘を欽明天皇の妃とし、それらの妃の間に生まれた子供を次々に天皇に即位させて外戚の地位を確立していきました。
 蘇我稲目の子供が蘇我馬子(うまこ)で、馬子の代に蘇我氏の勢力が絶頂期を迎えます。
 推古天皇は馬子の姪で、その摂政となった聖徳太子は推古天皇の甥で、ともに蘇我氏の一族なのです。
 つまり、この時点で蘇我氏は天皇家そのものだったのです。
 聖徳太子が冠位12階を定め(603年)、憲法17条を制定し(604年)、遣隋使を派遣した(607年)など数々の功積をあげたとされていますが、これらはすべて馬子の実績だと考えられます。
 その理由は、574年生まれの聖徳太子が、同じ蘇我一族の長であり、約25才年上の馬子を差し置いて、政治の中心、つまり蘇我一族の中心にいたとは考えられないからです。
 馬子は推古天皇在位中の626年に没し、その地位は子の蝦夷と孫の入鹿へと受け継がれていきます。
実は聖徳太子は622年に没しており、馬子より早く亡くなっているのです。
「日本書記」では、聖徳太子の死後、その子で天皇候補だった山背大兄皇子を蝦夷・入鹿が攻め滅ぼして政権の独占を図り、それを遺憾に思った中大兄皇子と中臣鎌足が立ち上がって蘇我氏を攻め滅ぼしたとされているのですが、ちょっと考えるとおかしいことが分かります。

名目はどうであれ、天皇家そのものと言える蘇我馬子・蝦夷・入鹿に対し、蘇我氏一族から遠く(従って天皇になれる見込みのほとんどない)中大兄皇子と、同じく出世の見込のほとんどない中臣鎌足が、蘇我一族の聖徳太子の子が攻め滅ぼされたからと言って、憤る必要は全くないからです。
乙巳の変とは、蘇我氏から天皇家を簒奪(さんだつ)した藤原氏の始祖である中臣鎌足のクーデターであり、その時に担いだのが中大兄皇子(のちの天智天皇)だったのです。
その大義名分づくりに、聖徳太子を必要以上に神格化する必要があったのです。

 続きます。
平成23年5月16日


http://yamikabu.blog136.fc2.com/blog-entry-153.html
書き換えられた歴史・藤原氏の正体  その2
 昨日の続きです。
 645年の乙巳(いっし)の変で、とにかく蘇我氏を滅ぼした中大兄皇子と中臣鎌足ですが、すぐに天下を取ったわけではありません。
 中大兄皇子は、その後も数多くの謀略を張り巡らし、やっと668年に天智天皇として即位できるのです。
 しかし、中大兄皇子が即位するまでに最優先で取り組んだことは、律令制度の確立など国内のことではなく、無謀とも言える百済救済だったのです。 つまり「大化の改新」という、国内の律令体制の確立には全く関心がなかったのです。
 660年に百済が唐・新羅連合軍に滅ぼされると、大軍を百済救済のために派兵したものの、663年に白村江で全滅してしまったのです。また敗戦後は、筑紫や飛鳥に大がかりな国土防衛のための水城・土塁等を築きました。
 唐・新羅連合軍が日本に攻めてくるリスクは非常に大きかったのです。そこまでして百済を救済する必要がどこにあったのでしょう?

 蘇我氏は新羅の出身だったようです。だからそのころの天皇家には、百済を救済する必要は絶対になかったのです。
 さらに中臣鎌足は、それ以前の日本の歴史に全く出てきません。それが突然現れて、一応皇族の中大兄皇子に近づけたというのも不思議と言うか、あり得ない話です。

 それでは中臣鎌足は、いったいどこから来たのでしょう?
 あくまでも可能性の話ですが、中臣鎌足は日本に助けを求めに来ていた百済王族の一人ではなかったかと思います。
ただ「日本書記」では「藤原氏」が宮司の中臣家が祖であるとしており、外来人だったとは全く書かれていません。
蘇我氏の世の中では絶対に百済は救済されないので、中大兄皇子を引き込んで蘇我氏を滅ぼし、百済救済をさせようとしたのが、意外に乙巳の変の真相だったのかも知れません。
 しかし、中大兄皇子は668年にやっと天智天皇として即位出来たのですが、中臣鎌足はその翌年に死んでしまいます。死の直前に藤原姓を天智天皇から賜ったようです。
 そして天智天皇も672年に死んでしまい、息子を即位させるものの、すぐに弟の大海人王子に皇位を奪われてしまいます(天武天皇)。
これが、壬申(じんしん)の乱で、史上初めての武力による皇位の交代だと言われています。
 ここで、せっかく天智天皇をたてて勢力をつかみかけていた藤原氏の野望は、一旦しぼんでしまいます。
  藤原鎌足の子の藤原不比等(ふひと)が世に出てくるのは、天武天皇が686年に亡くなり、皇后の持統天皇が即位してからです。持統天皇は天智天皇の娘で、藤原不比等をとりたてます。そして、ここで初めて本格的な律令体制の確立に取り掛かります。
 律令体制とは、全国の土地を全て天皇のものにし、各豪族は冠位・役職によって俸禄を受け取る政治形態です。そして税徴収のための戸籍の確定や、新田を開発した場合の規定などを設けるのですが、それを実質的に取り仕切ったのが藤原不比等で、その地位を利用して、全て将来の「藤原氏」の栄華の基本形を作ってしまったのです。 
 その集大成が701年に制定された大宝律令で、編者は刑部(おさがべ)親王ですが、取り仕切ったのは藤原不比等です。
そして「日本書記」が720年に編集されます。これも取り仕切ったのは藤原不比等で、「藤原氏」を徹底的に正当化した歴史書で、1400年たった今でも何の疑いもなく読まれているのです。
 持統天皇以降、ずっと天智天皇系の天皇が続きます。そして藤原不比等は蘇我氏と同じように天皇の外戚となっていくのです。
 そして4人の息子に、別々の藤原家を作らせるのです。これは律令体制では各家1人しか役職に就けないので、四家に分けて役職を独占するのです。まさに「戦略は細部に宿っている」のです。この言葉は、現在の官僚組織を言い表した現代の言葉なのですが、その原型が藤原不比等なのです。

 つまり、天智天皇の娘の持統天皇に取り立てられた藤原不比等が、「大宝律令」と「日本書紀」を通じ、驚くなかれ、現代まで続く「藤原氏」の栄華の基本を作ったのです。
 歴史の教科書は、藤原氏の平安時代の栄華しか書いていません。単に歴史上の出来事なら、ここまで紙面を使いません。
 その後も、現代に至るまで「藤原氏」は日本の政治・経済に深くかかわっているのです。決して「藤原氏」の名前ではなく。 続きます。
平成23年5月17日


http://yamikabu.blog136.fc2.com/blog-entry-154.html
書き換えられた歴史・藤原氏の正体  その3
 このシリーズの最終回です。
 前回までは、藤原鎌足の子の藤原不比等が、律令制度を実質的に作り上げ、その後の藤原氏の栄華の基盤を作ったところまで書きました。
 律令制度というのは、土地の私有を認めず、すべて天皇のものとし、豪族は冠位や役職によって俸禄を得て、市民は土地を貸し与えられる代わりに租庸調と言われる納税の義務がありました。
 しかし、この制度は冠位や役職を藤原氏が独占したことや、開墾した土地を荘園として私有地にしてしまうなど、藤原氏に富が集中する仕組みとなっていきました。
 藤原不比等は720年に死んだのですが、すでに天皇の外戚の地位を獲得していました。さらに、天武天皇の孫の長屋王を謀略で自害させるなど、藤原家の血のつながっていない皇子を徹底的に排除して、ますます外戚としての地位を強固なものにして行きました。 
 そして不比等の4人の息子に、それぞれ別々の藤原家を名乗らせ、役職を独占しようとしました。(各家に役職につけるのは1名ずつと決められていたため、別の家にしたのです)
 その4人の息子は、天然痘で全員いっぺんに死んでしまうのですが(長屋王のたたりとも言われます)、次男の房前(ふささき)の藤原北家が残り、その後の摂政・関白の地位を近世まで独占します。
 唯一の例外が豊臣秀吉ですが、秀吉も藤原家と縁組し藤原秀吉として関白に就いています。
 藤原家(正確には藤原北家)は、平安中期の藤原道長・頼道のころに最盛期を迎えます。道長は3代の天皇の外戚となります。
 歴史の教科書では、藤原家の栄華はこの辺を頂点として衰えていくと書かれています。
 ところが、その後も藤原氏(藤原北家)は、五摂家として名前を変え、天皇家だけでなく、時の有力者とたくみに閨閥を形成して生き残っていくのです。

 五摂家とは近衛・鷹司・九条・二条・一条家のことです。
 五摂家は、摂政・関白として天皇家を輔弼(ほひつ)する地位を独占してきただけでなく、天皇の妃(皇后)も独占してきました。つまり藤原氏(五摂家)は、天皇家そのものになったのです。だから現在の歴史家も藤原氏の正体に切り込めないのです。
 五摂家以外から初めて皇后に迎えられたのが、何と今上天皇の美智子皇后なのです。

 余談ですが、江戸時代初期に2代将軍・徳川秀忠の娘和子が後水尾天皇の室として入内していますが、皇后ではありません。ただ和子の生んだ娘が、後水尾天皇が突然退位したあと明正天皇(女帝)として即位しています。
 女帝は結婚できないので子供が出来ません。ここで天皇家のなかの徳川の血を絶やしてしまおうという五摂家の深慮遠謀だったようです。
 鎌倉時代、将軍家である源家の血筋が3代で途絶えてしまった時、将軍に送り込まれたのが藤原北家の九条氏からでした。
 室町時代に入ると、足利将軍家の正室を送り続けた日野家も、藤原北家の流れを引きます。
 江戸時代の徳川将軍家の正室も五摂家から多く出ています。ただ徳川家の方も正室に将軍の世継(男児)が出来ないように画策していたようです。
 そして明治維新で、再び天皇親政が始まると、当然五摂家の力は復活します。
 第二次世界大戦直前の首相であった近衛文麿は、もちろん五摂家筆頭の近衛家当主であり、天皇を輔弼(ほひつ)し、首相候補を天皇に奏上する役目であった(つまり首相を実質的に決める権限があった)元老の西園寺公望も、藤原北家の流れを引く西園寺家でした。
 つまり8世紀はじめに藤原不比等が引いた路線が、その後、形を変えて時の政権の近くで存続し、1200年以上もたった明治時代に再び表舞台に出てきたのです。

 そして、この藤原氏のやり方は、現在の官僚組織をはじめとする日本の仕組みに、深く受け継がれているような気がしてならないのです。 
 現在、五摂家は主だった活躍をしていないように見えますが、たとえば日本赤十字社の社長は近衛家当主の近衛忠輝氏です。
 3回にわたって、「書き換えられた歴史・藤原氏の正体」を書きましたが、もしお手元に歴史の教科書がありましたら、読み比べて下さい。なんか不自然に見えると思いますよ。
平成23年5月18日




「NO WOMAN NO CRY」BOB MARLEY

今日の一曲は、ボブ・マーリーの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」です。








ライヴ+1ライヴ+1
(2011/04/27)
ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ

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「WHITE CHRISTMAS」OTIS REDDING

今日の一曲は、オーティス・レディングの「ホワイト・クリスマス」です。





「クリスマス」amazarashi

今日の一曲は、amazarashiの「クリスマス」です。






クリスマスもいいけれど、酷い現実から目を逸らさないで下さい。
私は「動物の殺処分反対、毛皮は要らない」というこのブログ主さんの主張には基本的に賛成です。
しかし、「動物の避妊・去勢手術を肯定する」という考え方には反対です。これは「子宮頸がんワクチンを推進する」のと同じ考え方です。はっきり言って「これこそ動物虐待です」と、私は感じます。
このこと以外のブログ主さんの主張及び、行動を全面的に支持します。
クリスマスイブの今日、「人間たちの都合で殺されてしまう犬や猫のこと」を皆さんも考えて見て下さい。




(苦しみ続ける動物達の為に◆さっち~のブログ◆)さんより

今日は射殺覚悟のデモ行進。 #遺言 「ペットショップは悲しくなるところ」
http://amour918.blog.fc2.com/blog-entry-1351.html

2013.12.23「犬と猫の殺処分を許さない@京都デモ」報告 命の期限はクリスマスイブ。どうか生かされる未来を。
http://amour918.blog.fc2.com/blog-entry-1352.html


ワンルーム叙事詩ワンルーム叙事詩
(2010/11/24)
amazarashi

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「THIS CHRISTMAS」DONNY HATHAWAY

今日の一曲は、ダニー・ハザウェイの「ディス・クリスマス」です。





ポップ・ミュージックの魔法使い、NICK LOWE

「QUALITY STREET/A Seasonal Selection For All The Family」NICK LOWE




ニック・ロウの最新クリスマス・アルバムである。タイトルはイギリス人に愛されているチョコレートの商品名で、サブタイトルは「全ての家族に旬の詰め合わせ」との意味だそうだ。いわゆる、クリスマス・ギフトということですナ。
内容は予想通りというか、予想を上回る充実した内容であった。「クリスマス・アット・ジ・エアポート」は“ポップ・ミュージックの魔法使い”であるニックらしく、アレンジが効果的で実に秀逸なポップ・ソングである。「クリスマス・キャント・ビー・ファーラウェイ」、「オールド・トイ・トレインズ」、「アイ・ワズ・ボーン・イン・ベツレヘム」は切々と語りかけるようなニックの声が味わい深くて心に残ります。正直言って、名前を出さなかった曲は少々見劣りする感は拭えません。
それにしても、ニックは年を重ねるごとに実にいい仕事をしている。このCDを購入する前には一切の収録曲を聞いていなかったが、ニックなら期待を裏切ることはないだろう、といった“不思議な安心感”を抱かせるミュージシャンなのだ。前回アルバムのタイトルは「オールド・マジック」だったが、こんな素敵なマジックだったら何回でもかかってみたいと思わされます。これが本当のマジックですナ(笑)。











評点:80点

ELVIS COSTELLO 2013年コンサート評

「究極のエンターテイナー・ロック・ミュージシャン、エルビス・コステロ」



先日、エルビス・コステロの大阪公演に行ってきたので、コンサート評を書いておきます。
事情で出発が遅れた上に高速が渋滞になってしまったために、50分も遅れてしまった。ゆえに、初めに何を歌ったのかは解らないが、おそらく新作からの「ワイズ・アップ・ゴースト」は歌っているだろう。聞けなくて残念である。不思議なもので、行きの車の中で聞いていた「ゲット・ハッピー」から3曲もやってくれた。このアルバムはどの曲も短い曲だが、秀逸な曲ばかりである。ステージは予想通り曲名が書かれた大型ルーレットが用意されており、指名された観客がルーレットを回して、矢印が止まった曲をコステロが演奏するというものだった。中には、カップルで選ばれた観客が「My Wedding Song Is “SHE”」と答え、ルーレットで選ばれた曲と別に、コステロが「シー」を歌うという“微笑ましい”場面もあった。またその演奏中にコステロが奥さんを奪ってしまい、旦那がうろたえるという笑えるシーンもあった(笑)。アンコール後が大変長く、計2時間30分ぐらい演奏してくれた。私は1時間40分の体験ではあるが(笑)。最後の曲は予想通り、「ピース・ラヴ・アンド・アンダスタンディング」だった。ニック・ロウの曲だが、コステロは完全に自分の曲にしてしまっている。
今でこそ「ヴェロニカ」、「シー」等のヒット曲を出して、すっかりメジャーになってしまったコステロだが、私は中学の頃からデビュー時より応援してきているミュージシャンなので(その頃は余程の音楽通しかコステロのことを知らなかった)、特別な思い入れがある。当時は輸入版のレコードしかなく、日本語訳どころか歌詞さえ付いていなかったのだ。後年になって、日本語対訳の本が出版されたときは大変有り難く感じたものだった。
最後に、コンサートで演奏された曲の中でも比較的マイナーな曲の動画を紹介する。
音質はあまり良くないが、今回のコンサートに一番近い内容のものを選びました。













伝統ある「自作自演」国家・アメリカ

「「2001年宇宙の旅」を凌ぐスタンリー・キューブリック監督のもう一つの名(迷)作は、「1969年月面着陸(嘘)の旅」である(笑)」




まずは、こちらをどうぞ↓



http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131214/t10013837371000.html
中国の探査機 月面着陸に成功




本当に中国は月面着陸に成功したのだろうか?
無人だから、本当なのかもしれないが・・・。私は月面着陸に限らず、NASA等が発表する宇宙関係の報道を信用していない。
ケネディの暗殺の嘘」や、「9.11の嘘」と並んで、かなりの人に知れわたっていると思うが、アポロ11号は月に行っていません。本当に「嘘八百のこの世界」です。
月面で旗がはためくわけがないし、影の映像も嘘まる出しである。
だいたいちょっと考えて見て下さい。月に行けたとしても、無事に地球に帰ってこれると思いますか?しかも、本当に人類が月に行ったとしたら、あれから40年以上の歳月が経過しているというのに、月面有人着陸どころか、火星有人着陸が成功していてもおかしくないじゃないですか。
そして極めつけなのは、アポロ計画に携わったラムズフェルドやキッシンジャーが、「あれは自作自演だった」と、認めているのです(笑)。これはヨーロッパではテレビ放送されています。アメリカでは放送されていない(できない)そうですが(笑)。
“月面着陸の映像”を撮影したのは、あのユダヤ人の名(迷)監督であるスタンリー・キューブリックだそうです。彼はこの極秘プロジェクトに携わったがために、生命の危険に怯えていたそうです。しかし、フリーメイソンの秘密を明らかにした映画「アイズ・ワイド・シャット」を製作したために、映画の公開前に「彼ら」に抹殺されたそうです。
そして、「何故に世紀の偽報道を行ったか」という理由は、「ソ連に先を越されてしまう」とか、「ニクソンの人気取りのため」とか言ってますが、これも嘘でしょう。そもそも、米ソ冷戦自体が嘘なのですから・・・。
いやはや、“自作自演”は、どうやらアメリカの伝統のようですナ。














「よい」爆風スランプ

今日の一曲は、爆風スランプの「よい」です。





「春のからっ風」アナーキー

今日の一曲は、アナーキーの「春のからっ風」です。








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日本は神道である。しかし神道は本来ユダヤ教である?

「天皇の信仰する宗教の変遷及び、日本における宗教戦争の歴史を探る」



以前、K.Tさんからコメントいただいた件で、「孝明天皇以前の天皇は、泉涌寺に祀られている」と、貴重な情報をいただいたが、この件も含めて「天皇は何の宗教を信仰してきたのだろう」ということを探ってみようと思う。
大多数の人間が、「天皇の信仰する宗教は神道である」と、思っているだろう。それがそうでもないらしい。まず、泉涌寺をみてみよう。




泉涌寺(ウィキより抜粋)
泉涌寺 (せんにゅうじ)は、京都市東山区泉涌寺山内(やまのうち)町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院。山号は東山(とうざん)または泉山(せんざん)。本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏。
平安時代の草創と伝えるが、実質的な開基(創立者)は鎌倉時代の月輪大師俊芿(がちりんだいししゅんじょう)である。東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に広がる寺域内には、鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、皇室の菩提寺として「御寺(みてら)泉涌寺」と呼ばれている。
泉涌寺は律を中心として天台、東密(真言)、禅、浄土の四宗兼学(または律を含めて五宗兼学とも)の道場として栄えた。貞応3年(1224年)には後堀河天皇により皇室の祈願寺と定められた。後堀河天皇と次代の四条天皇の陵墓は泉涌寺内に築かれ、この頃から皇室との結び付きが強まった。江戸時代には後水尾天皇以下、幕末の孝明天皇に至る歴代天皇が山内に葬られている。泉涌寺はこれらの皇室の陵墓に対して香をたき、花を供える香華院となり、「御寺(みてら)」と尊称されている。



確かに、ご指摘の通りである。
下記ブログより「天皇の宗教信仰の変遷」を抜粋する。

http://web1.kcn.jp/tkia/mjf/mjf-77.html#top
天皇の信仰に見る日本人と仏教

▼仏教伝来前の日本の神

 葦原(あしはら)の中つ国、すなわち日本には、天孫降臨(天照大神の孫ニニギ命の降臨)以前から八百万(やおよろず)の神々が棲(す)んでいた。日本書紀には、日本を指して「彼の地には、多(さわ)に蛍火(ほたるび)の光(かがや)く神、また蠅声(さばえな)す邪(あや)しき神あり。また草木ことごとくに能(よ)く言語(ものい)ふことあり」とある。火山、森や草木、動物など、自然そのものが神だった[注1]。
[注1]天照大神中心の信仰が神道ではない。そういう意味で「紀記神話による神道」の成立は古代の宗教改革であった。
 さらに、仏教伝来前の日本人の信仰は、「神を崇める」と諡(おくりな)された崇神天皇の事蹟に見ることができる。崇神は天照大神と倭(やまと)大国魂神を祭り、八十万群神(八百万神)を祭った。また、三輪山を神体とする国つ神の代表であり祟(たた)る神、大物主神を丁重に祭っている。それから、大和の東西境の神である墨坂神と大坂神を祭っている。日本の神とは自然や土地の神々であり、祭らなければ祟る神であった。

▼仏教による新しい死生観と霊力

 記紀によれば、天皇(当時は大王)と仏教の関わりは6世紀の欽明天皇に始まる。いわゆる「仏教の公伝」であり、百済の聖明王が使いを遣わして仏典・仏像を献じた(「私伝」は当然これを遡るだろう)。ここから、若き聖徳太子もそこに巻き込まれた、後ちの物部・蘇我両氏の神仏闘争に至る。仏は日本人にとっては外蕃の神であった[注2]。それは、自然的な日本の神とは違い、文明の神であり、一つの総合的なテクノロジーであった[注3]。
[注2]日本人にとっての仏や菩薩は、仏教の教えそのままの存在ではなく、外国から来た新たな霊力を持った日本の「神」であった。
[注3]このことは、日本の神が無形であり自然の中に棲んでいたのに対して、仏は仏像として造形されて寺院建築の中に安置され、その寺院は都市の中に建築されたことからも分かる。神社建築や神像そして神道理論は仏教の影響下、作られるようになった。

平安以降は仏教こそが「国教」であった

 平安時代となり、空海と最澄が唐に渡り、密教という霊的呪術を日本に導入した。天皇以下貴族はこれに入れ込み、加持祈祷(かじきとう)が天皇と日本を防衛することになる。宮中では毎年正月、神道による前七日(第一週)の節会の後、八日からの第二週、今度は空海ら密教僧による「後七日御修法」が行なわれ、玉体(天皇)の安穏を祈願していた。また、最澄の延暦寺でも、国難など大事の際は「安鎮国家法」という法会が催されていた[注5]。
[注5]以降、しだいに一般化して普及し、私たちも受けることができるようになったのが今の護摩木(ごまき)などによる密教祈祷である。

明治以降の「神道」は創り出されたもの

 明治の「神仏分離」や「廃仏毀釈」は江戸時代後期から準備されていた。まず儒学者の仏教批判に始まり、仏教を排し復古神道を唱える国学者がこれを受け継いだ。水戸藩と長州藩ではすでに天保期に「神仏分離」と「廃仏毀釈」が藩政改革として行なわれ、幕末には薩摩藩と津和野藩で実行されていた。慶応四(1868)年三月十三日、有名な「五か条の誓文」発布の前日であるが、いわゆる「神仏分離令」が布告される。

 宮中でも「神仏分離」と「廃仏毀釈」が展開される。ところが、その一年半前の孝明天皇の葬儀は僧侶によって執り行なわれ、泉湧寺に埋葬されていた。皇霊祭儀が神式に改まるのは、明治元(1868)年十二月の孝明天皇三年祭(三周忌)からであるそれまで天皇葬儀への仏教関与は、実に約千二百年にわたって続いた(もっとも、玉体の火葬自体は1654年の後光明天皇のときから取り止めとなり、以後は儀礼的に火葬しての土葬に改定)。

 宮中には長らく「お黒戸」(黒戸御所)と呼ばれた言わば「仏壇」があり、そこに仏像を安置し、歴代天皇や皇后の位牌が祭られていた。これが排されたのはようやく明治四(1871)年のことで、やがて泉湧寺に移された。同時に泉湧寺からは寺内の天皇陵や皇族の墓所が没収され、宮内省に移管された。また、仏教による玉体護持の「後七日御修法」や天台宗の「長日御修法」など宮中の仏教行事も廃された。 一方、神道神殿の整備がなされる。明治二(1869)年、神祇官に神殿が設けられた。かつて神祇官八神殿に奉斎され、その後は神祇官家の白川・吉田家に祭られていた八神[注7]を神殿中央に招き、その西座に歴代の皇霊、東座には天神地祇を奉祀した。やがて、天照大神を祭る宮中の「賢所」(かしこどころ)そばに神々は集められ、歴代の皇霊は「皇霊殿」に、八神と天神地祇は「神殿」に祭られ、宮中三殿として今に至っている。同じ頃、伊勢神宮の改組も行なわれた。
[注7]玉体の守護と鎮魂を司る八神。御巫(みかんなぎ)祭神八座。神産日神・高御産日神・玉積産日神・生産日神・足産日神(この「産日・ムスビ」五神は天皇の心身の神)、大宮売神・御食津神(飲食の神)、事代主神(言葉の神)。ここには造化三神のうち天御中主神はなく、またすべてが紀記神話の神でもないことに注意。




次に、廃仏毀釈について触れて見よう。(ウィキより抜粋)

廃仏毀釈(廢佛毀釋、排仏棄釈、はいぶつきしゃく)は、仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃することを指す。「廃仏はいぶつ」は仏を廃し(破壊)し、「毀釈きしゃく」は、釈迦(釈尊)の教えを壊(毀)すという意味。僧侶などが釈迦を指す時は、釈尊(しゃくそん)、釈迦尊、釈迦仏、釈迦如来などと呼んだりする。

キリシタン大名の廃仏毀釈[編集]
小西行長などキリシタン大名が支配した地域では、キリスト教を信仰するため神社・仏閣などが焼き払らわれた。(現、山都町愛藤寺城周辺 熊本県指定重要文化財の「木造大日如来座像」は、この時の焼失から免れたもの) 周辺にある小高い山に「天主山」という名を付けて、麓から拝んでいたという。

明治期の神仏分離と廃仏毀釈[編集]
一般に「廃仏毀釈」と言えば、日本において明治維新後に成立した新政府が慶応4年3月13日(1868年4月5日)に発した太政官布告[1](通称神仏分離令、神仏判然令)、明治3年1月3日(1870年2月3日)に出された詔書「大教宣布」[2]などの政策[3]によって引き起こされた、仏教施設の破壊などを指す。
神仏分離令や大教宣布は神道と仏教の分離が目的であり、仏教排斥を意図したものではなかったが、結果として廃仏毀釈運動(廃仏運動)と呼ばれた。神仏習合の廃止、仏像の神体としての使用禁止、神社から仏教的要素の払拭などが行われた。祭神の決定、寺院の廃合、僧侶の神職への転向、仏像・仏具の破壊、仏事の禁止などが見られた。1871年(明治4年)正月5日付太政官布告で寺社領上知令が布告され、境内を除き寺や神社の領地を国が接収した。
明治政府は神道を国家統合の基幹にしようと意図した。一部の国学者主導のもと、仏教は外来の宗教であるとして、それまでさまざまな特権を持っていた仏教勢力の財産や地位を剥奪した。僧侶の下に置かれていた神官の一部には、「廃仏毀釈」運動を起こし、寺院を破壊し、土地を接収する者もいた。また、僧侶の中には神官や兵士となる者や、寺院の土地や宝物を売り逃げていく者もいた。現在は国宝に指定されている興福寺の五重塔は、明治の廃仏毀釈の法難に遭い、25円[6]で売りに出され、薪にされようとしていた。大寺として広壮な伽藍を誇っていたと伝えられる内山永久寺に至っては破壊しつくされ、その痕跡すら残っていない。安徳天皇陵と平家を祀る塚を境内に持ち、「耳なし芳一」の舞台としても知られる阿弥陀寺も廃され、赤間神宮となり現在に至る。
廃仏毀釈が徹底された薩摩藩では、寺院1616寺が廃され、還俗した僧侶は2966人にのぼった。そのうちの3分の1は軍属となったため、寺領から没収された財産や人員が強兵に回されたと言われることもある。




(管理人)
当時、仏教に対して相当な弾圧があったようである。何故に明治政府はこのようなことを実行したのだろう?
以前、八切止夫の著書を紹介した際に、「郭務悰の率いる唐の軍隊が白村江大勝後に日本に進駐し、鉄製武器で日本原住民を征服・支配した」と記したが、廃仏毀釈を実行した理由は、「その当時の日本原住民(古代ユダヤの影響を受けた神道を信仰していた)の末裔である薩長勢力が、唐や百済からやってきた仏教勢力に対する積年の恨みを晴らすことにあるのでは」と考えもしたが、そんな大昔の恨みが続いているというのもどうかしてるし、これまた「イエズス会から日本を救った秀吉」の記事でも書いたように、「明治維新を裏で操っていたキリスト教を装ったユダヤ・イルミナティ勢力の指示及び、単純に差別されてきた薩長の南朝勢力がそれまでの幕府支配者(=仏教勢力)に対する恨みを晴らすことである」と、考えるのが一番正しいのではないだろうか。
そして、これまでの天皇に関係する日本の宗教戦争と言うものは、「“中国・仏教勢力”対“ユダヤ(偽キリスト教)・神道勢力”の争いである」と、言えるのではないだろうか。
ただし、藤原氏という存在が私にはよく分からない。八切止夫氏は、「郭務悰=藤原鎌足」と述べている(両者の生存年代に矛盾があると思うが・・・)ぐらいだから、通常に考えて「藤原氏は中国・仏教勢力である」と思われるが、現在でも藤原氏の末裔がこの国で“裏支配”を行っているとも言われているようなので、「藤原氏は巧みにユダヤ勢力に寝返った」のか、それとも「元からユダヤ勢力である」のか・・・、現状ではよく解らない。誰かこの件について、お詳しい方がいれば教えていただきたいものです。

最後に明治天皇とキリスト教の関係を語っている動画をたまたま見つけたので紹介する。語っているのは、LTLキリスト教会のQ-CHAN牧師というかなり怪しい人物です。誤解されると困るので、私はこの宗教団体に全く関わっていないことを言っておきます(笑)。この牧師なる人物は相当に怪しいが、語ってることはすごい内容です。(前半の半分でEと思う。)
「例のフルベッキ写真で有名なフルベッキが、岩倉具視を初めとする当時の日本の代表者をアメリカに視察させ、その通訳を既にアメリカに流れ着いていた新島襄がした(このあたりに先日終了したNHK大河ドラマ・八重の桜や同志社大学設立に関する秘密がありそうですナ)」とか、「アメリカでキリスト教を学んだ岩倉具視が明治天皇に囚われているキリスト教徒を解放して欲しいと電報を打ち、それに応じた明治天皇は明治六年にキリシタン解禁とした」とか、明治天皇の娘が明治天皇に「精神的に自分はクリスチャンだ」と言われたとか、同じく明治天皇に「日本は神道である。しかし神道は本来ユダヤ教である。そしてキリスト教はユダヤ教を完成させるものだ。お前が結婚して男の子が与えられたならばキリスト教の牧師にするのだよ、きっと役に立つ時が来るぞ」と言う言葉を口癖のように話していた、というのだ・・・。
どうやら、こうやって「彼ら」は、明治天皇以降の天皇に「キリスト教を偽ったユダヤ教」を信仰させようと、洗脳工作を行ってきたみたいですナ。






「マラッカ」PANTA&HAL

今日の一曲は、PANTA&HALの「マラッカ」です。











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「TWO PUNKS」The Mods

今日の一曲は、ザ・モッズの「TWO PUNKS」です。








FIGHT OR FLIGHTFIGHT OR FLIGHT
(1995/09/21)
THE MODS

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お前が言うな!パート2

「ワクチン広告塔の三原じゅん子の国会発言“恥を知れ”・・・あきれて物も言えない」

まずは、これを見てください↓(時間の無駄なのでチラッとでEと思います。)




子宮頸がんワクチンの広告塔である三原じゅん子が、国会で民主党に対して“恥を知れ”と言ったらしい・・・。民主党もワクチンを推進してきたわけだから、三原じゅん子に非難されても仕方ないとは思うが・・・。それにしても、いやはや自分のやってることを棚に上げて、よくぞここまで言えたものだ。彼女の厚顔無恥と言うか、ふてぶてしいと言うか、逮捕歴があるというのにも納得させられてしまう。前にも書いたが、「お前が言うな!」を通り越してRCサクセションの歌のように「あきれて物も言えない」状態である(笑)。





http://www.asyura2.com/13/senkyo146/msg/165.html
子宮頸がんワクチンは効果がないことを厚労省が認めた 追記あり
http://ameblo.jp/il-mano/entry-11503090402.html
 2013.3.28の厚生労働委員会質疑の模様です。
 先日定期予防接種になった子宮頸がん予防ワクチンについての事実です。
 日本で現在認可接種されているワクチンはガーダシルとサーバリックスの2種類です。
 どちらも、16型と18型のHPVに対するワクチンです。
 ここで質疑を見てもらうと、
 日本人の一般女性でHPVの16型に感染している人は0.5%、18型に感染している人は0.2%だと厚労省が発言しています。
 99.5%の人は感染していないウィルスのためのワクチンだったんですね。
 さらに副反応については、
 インフルエンザワクチンに比べて、
 サーバリックスは38倍 そのうち重篤な副反応は52倍
 ガーダシルは26倍 そのうち重篤な副反応は24倍
 こんなにも多いんです。

 また子宮頸がんについても、
 HPVウィルスは性活動のある女性の50%は感染し、感染しても90%以上は自然に排泄されると認めています。
 その上、適切に治療すれば治癒率はおおむね100%と発言されています。
 つまり、HPVはありふれたウィルスで多くの人が感染し、感染しても90%以上は自然に排泄してしまうもの。
 仮に持続感染しても適切に治療を行えばほぼ100%治る。
 このウィルスのなかのしかも99.5%の人が感染していないタイプのウィルスに対して、インフルエンザワクチンの何十倍もの副反応が出るワクチンを打つという事はどういう事なんでしょう?

 しかも対象は小学校6年生から中学生、高校生。
 10代の若い女の子に打つわけです。
 厚労省が認めたこの事実をあなたはどう考えますか?
 資料  (HPV)ワクチンに関する ファクトシート - 厚生労働省

※ 生活の党はたともこ議員の質問です。
三原じゅん子なんか言うてみい。(#`Д´)凸




http://medical-confidential.com/confidential/2010/10/post-149.html
子宮頸がんワクチン助成で政策立案の変化鮮明に
 2009年衆院選の民主党マニフェスト。長妻昭厚生労働相は常に携行していたというが、同党代表選挙で菅直人首相が勝利し、さらに退色が進んだかに見える。
 民主党の政権政策をさらに詳しく紹介した「INDEX2009医療政策〈詳細版〉」には〈子宮頸がんの予防に有効なヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの日本での開発を推進し、任意接種に対する.助成制度を創設〉と明記されている。
 だが、政権交代後、民主党政権はHPV助成に及び腰になる。理由は二つ。深刻な財源不足と地方自治体による公的助成の広がりだった。
 厚生労働省の担当部局は健康局。局長の外山千也氏は「器ではない。あり得ない人事」(省幹部)との評判。医系技官の人事権を一手に握る。
 「自分の周囲をエース級で固めることに執心している。局内はすかすかの状態です」(前出幹部)
 この世の春の外山局長を荒波が襲う。今夏の参議院選挙の結果だ。自民党比例区の公認候補・三原じゅん子氏が16万8342票を得て当選。獲得票数は日本医師会が推薦・支援した医系3候補の合計に匹敵する。三原氏は「HPV接種の公費助成と検診の無料化」を訴え続けてきた。 「国による公費助成あるべし」へと変化した風向きを敏感に察知したのは公明党。松あきら参院議員を中心に次期国会に「子宮頸がん予防法案」提出の動きが活発化した。自民党の鴨下一郎、野田聖子両衆院議員もこれに呼応。三原氏が世論へのアドバルーンなのは言うまでもない。
 ことHPVの公費助成に関しては、三原氏を擁する自公が改革派、政権与党は守旧派という構図になった。ワクチンの接種費用を国費で賄うには予防接種法の改正が必要。足立信也・厚労政務官は来年通常国会での改正を明言している。長妻厚労相や山井和則政務官は足立氏よりも「政治家」。世論の変化に追随する策を選んだ。公費助成を11年度予算概算要求に盛り込んだのだ。
健康局に見る医系技官の劣化
 政務三役は自信を深めた。世論を敏感にかぎ取って政策の方向を変えた。患者や国民に歓迎されると見込んだのだ。長妻氏は8月26日、HPV接種推進派の23団体と面会した。胸を張って場に臨んだ長妻氏。だが、そこで現実に行われたのは、出席者による「つるし上げ」だった。この席にいた竜崇正氏(千葉県がんセンター前センター長)が振り返る。
 「治せるがんは国が責任を持って治すという政権のメッセージがまったく見られない。ワクチン接種は市町村の仕事ではないでしょう」
 HPV公費助成の意味も重要性も理解する竜氏の言葉は重い。長妻・足立両氏をはじめ、政務三役は立つ瀬がない。「政治主導」の政策転換は評価されるどころか、みそを付ける結果にしかならなかった。責めを負うべきは、今回、詳細を決めた外山氏率いる健康局だろう。
 ワクチン接種の国の助成額は費用の3分の1。実施する自治体に対して支払う。その費用が150億円。4学年分(中学1年~高校1年)×3分の1で国の負担は約150億円になる。だが、健康局は財務省に対し、有効な折衝ができなかった。
 「今回の助成は特別枠。1年間だけの措置だから、財布のひもは緩い。恒常的な財源とは違う判断が財務当局には働く」(医療財政研究者)
 財源がないとしても、600億~700億円を要求して、財務に削らせる。あるいは長妻厚労相に判断を委ねる。方法はいくらでもあった。それを霞が関特有の「右へ倣え」で取りまとめ、財源不足の汚れ役まで引き受けてしまった。外山氏以下の実力を等身大で示した結果だ。
 「150億円」は恒常的財源の落としどころ。今回は単年度なのだから、切りしろをつけて取るべきだ。
 問題の核心は政治家が腹心と呼べるスタッフを省庁の外から連れて行けるかどうか。民主党の鋭敏な一部議員はすでにこのことを学習済みだ。
 それにしても恐れ入るのは三原氏の手腕。8月12日付のスポーツ紙には原中勝征・日医会長との会談を伝える記事が躍った。絵図を描いたのは羽生田俊・日医副会長とされる。世論形成に特効薬はない。ここまでの地道な露出の積み重ねが8月13日付読売新聞の社説につながっていく。
 党栃木県連副会長を務める三原氏の母親は同県出身。栃木は三原氏の「第二の故郷」で最大の票田だ。群馬県で開業する羽生田氏は近隣のよしみで三原氏を応援してきた。
メガファーマ参入で急速進展へ
 ひところさかんに厚労省周辺から流れていたリークに注目しておきたい。「松議員の夫がグラクソ・スミスクライン(GSK)の顧問弁護士をしている」というもの。もっとも松氏はこの事実を何ら隠してはいない。一部官僚の危機感は相当なもの。
 とはいえ、HPVの公費助成がここまで急速に進展したのは、GSKの存在も大きい。これまで、日本のワクチン行政は極めて内向きの論理の中で推移してきた。例えば、国内メーカーの一つ、北里薬品産業の株式は60%を明治製菓、残りは学校法人北里研究所が持っている。
 HPVの動きと前後して、第一三共による北里研究所の買収が浮上したのは興味深い。規模の小さい国内メーカーは本来自分ですべき社会的啓発活動を役所に丸投げしてきた。
 ワクチン政策はドラッグラグとは異なり、無関心な国民にいかに届かせるかが重要。GSKにはそのためのノウハウがふんだんにあった。一例がインターネット上のハローキティを使ったウェブサイト。国際的競争を生き抜くメーカーらしい発想だ。こうした文化は護送船団方式の国内メーカーや厚労省には皆無である。
 2価のワクチンを売るGSKには今後、4価を持つメルクとの戦いが待っている。GSKは患者向けの基金やブランド力で勝負しない限り、太刀打ちできない。果たして良い意味での患者サービスの向上につながるかどうか。予断は許さない。
 もう一つ、「ネイチャー・メディスン」「ニューイングランド・ジャーナル・メディスン」や「ランセット」といった学術ジャーナルと政策決定が連携しつつある。各誌とも世界中で百万単位の専門家が読むクオリティーマガジン。影響力は大きい。メガファーマの一角・GSKはここを主戦場として情報戦に参加している。
 こうしたメディアに取り上げさせることが外圧として政策立案にも効く。そんな事例が増えてきている。陳情や学会の意見書とは異なるツールとして活用できるものになった。
 とはいえ、各誌とも商業誌。販促も考えれば、編集にも意図は当然ある。注目すべきは学術論文より巻頭の編集ページだ。先進諸国では、政治家や官僚も目を通している。
 今回の概算要求で民主党政権はがん治療ワクチンの開発推進に60億円を付けた。これも前記のメディアで取り上げられてきた問題。ワクチン行政の拡充の一環だ。旗振り役の仙谷由人官房長官と長妻厚労相の着眼点・政治力ともに評価できる。
(肩書きはいずれも当時)








「Baby!逃げるんだ」RCサクセション

今日の一曲は、RCサクセションの「Baby!逃げるんだ」です。





ボケッとしてたら、本当のボケにさせられてしまう?

「イルミナティ・マスゴミによる洗脳工作→認知症1000万人拡大・人類白痴化作戦!?」




どうやら認知症が爆発的に増えているそうだ。あれだけケムトレイルやら放射能汚染やら遺伝子組み換え食品やら添加物食品やらワクチンやらと極悪オペレーションをされまくり、マスゴミからは洗脳工作を浴びせられまくっていると、認知症・アルツハイマーになってしまうのも致し方ないことかな、と思ってしまう。そして、遺伝子組み換えが原因かどうかは不明だが、健康食品と思われている大豆まで危険だという噂もある。そういったことを告発しているブログ記事を紹介する。アルツハイマーになってしまう前に、「彼らの企み」を学習しておきましょう。



(遠い森 遠い聲・・・語り部 ストーリーテラー lucaのことのは)さんより
 http://blog.goo.ne.jp/luca401/e/17c3b3e78c51f5fefe8babdd7e6c91fb
認知症1000万時代 糖尿病からアルツハイマーへ 

身体 / 2013-12-13 22:26:43

認知症....糖尿病だけではなさそうです。放射能はどうなのかな..... もちろんヒバクは糖尿病の原因のひとつですが....
糖尿病の到達点 透析は医療保険をつかうと 月1万円しかかかりません。しかし 年間500万円かかります。社会保険を圧迫する、これで儲かるひともいる。医者は透析を勧めます。友人の多くが認知症の親のノケアをしていますが 必ずしも糖尿病ではありません。 
http://gendai.net/articles/view/life/146631
2013年12月12日 日刊ゲンダイ

 国の予想をはるかに上回るスピードで認知症が増えている。
 厚労省が昨年発表した認知症の高齢者数は、305万人。しかし、九州大の清原裕教授(社会環境医学)らの最新研究によると、実際は全国に推定550万人いて、20年前から6倍に急増。高齢者が増える近い将来には「1000万人」の大台に乗るという。
 清原教授は、年齢構成や出生率、死亡率などが全国平均に近い福岡県久山町の65歳以上の人の健康診断データ(受診率94%)を分析。それによると、認知症の有病率は18%で、昨年10月の全国の65歳以上人口(3080万人)を掛けると、“550万人”という数字が出てくる。
 世田谷区の特養老人ホーム「芦花ホーム」の常勤医である石飛幸三医師がこう言う。
「久山町のデータは医学的に信頼性が高く、私の感覚でも認知症高齢者は国の発表より多い。大事なことは、自分が認知症になるという自覚を持って生活すること。他人事ではないと覚悟すべきなのです」
 恐ろしいのは、65歳以上人口が今後ますます増加すること。昨年で3080万人だった65歳以上人口は、ピークの2042年には3878万人に達する。この時の日本の人口は約1億人だから、10人に1人が“ボケ”ているのだ。
 現在36歳の若手サラリーマンが65歳になった時の日本の現実がコレだ。

■原因は糖尿病の増加
 この衝撃リポートをまとめた清原教授は、「私たちが着目したのは、糖尿病と認知症との因果関係です」と続ける。
「認知症が増えているといっても、実際に増えたのは全体の69%を占めるアルツハイマー型認知症だけ。脳血管性認知症などの有病率は85年からさほど変わっていないのです。糖尿病の持病がある人は、アルツハイマー型の危険性が2.1倍になることがわかった。認知症を増やしている要因は、〈糖尿病しか考えられない〉のです。糖尿病の増加率を考えれば、近い将来、1000万人が認知症になると推計されます」
 一方、世間では認知症の主因として悪の権化にされるたばこだが、「禁煙が進んだのに認知症は減らない。つまり、たばこと認知症の因果関係はない」(清原教授)。
 日本に糖尿病患者は2000万人以上。街に認知症老人があふれ、わずかに残された若者が介護する悲惨な現実が差し迫っている。




(zeraniumのブログ)さんより
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-6e72.html
大豆は、実は健康食品ではない!
アメリカの脳神経外科医のラッセル・ブレイロック博士の話の続き
   「人体は異常に高濃度のアミノ酸を扱えるようにはできていない。
   それは脳も同じである。中でも最悪なのは大豆抽出物である。大豆は植物性食品の中でももっとも多くのグルタミン酸を含んでいる。この大豆抽出物を含んだ食品には結果として、通常の化学調味料を添加した食品よりも多くのグルタミン酸が含まれることになる。それをベジタリアンの人たちは、もっとも健康的な食品であると思って食べている。25年にわたる追跡調査でわかったことは、大豆食品をよく食べる人々の脳をCTスキャン画像で観察したところ、彼らには認知症と脳萎縮のもっとも高い発症率が確認された。


   つまり大豆食品は、神経を破壊していることになる。
   私は、偏頭痛を訴える人々には、まず大豆を止めるようにと勧める。するとすぐに症状がなくなる。また大豆にはマンガンが多く含まれる。この成分も、パーキンソン病の原因となる脳の部位と同じ箇所に毒性を発揮する。このように大豆には複合的な毒性がある。それを人々は健康で栄養のあるものとして食べているのである。

   大豆は、神経系やさまざまな臓器にダメージを与える。
   人々は、大豆の豆乳と牛乳ではどちらかよいのかと議論するが、私はどちらも勧めない。牛乳が好きでたまらないという人には、ヤギの乳を勧める。それは母乳により近いものであるからだ。しかし豆乳や牛乳は勧めない。牛乳はもちろんのこと、大豆は毒物であるという認識を持って避けるべきである。


   体内に摂取されたこれらの毒性を避けさせるものとして、ロイシンやイソロイシン、それにリジンがある。これらのアミノ酸は、グルタミン酸と同じシステムに作用するので、グルタミン酸の吸収を抑える。そのほかにもグルタミン酸の吸収を妨げてくれるものに、シリマリンやウコンの成分クルクミン、それにイチョウの葉の成分ギンコ・ビロバがある。これらはグルタミン酸の吸収を妨げることで、興奮毒性を和らげる。中でもクルクミンはとても効果的で、多くのフラボノイドには、興奮毒性を和らげる効果がある。

   そしてマグネシウムは特に効果的である。
   マグネシウムにはある種のグルタミン酸受容体をブロックする作用があるので、興奮毒性を非常に和らげる。またすべての抗酸化物質と同じく、ビタミンEコハク酸エステルも興奮毒性を強く抑制する働きがある。ビタミンBの複合体にも、同じ働きがあることがわかっている。

   大豆など、このような食品の神経毒の危険性を述べる研究者には、凄まじい圧力がかかる。1969年にグルタミン酸の毒性研究を発表したオルネイ博士は、さまざまな新聞や雑誌から非難を受け、データの信憑性に疑いがかけられた。その圧力の元をたどるとすべて、グルタミン酸関連の大企業の存在があった。また、アスパルテームが遺伝子を損傷することを科学的に証明したトロチョ博士は、アスパルテーム製造企業から圧力がかけられ、研究者としての道を絶たれた。アスパルテームの製造企業は、さまざまな大学の学長や研究所長に数億円規模の寄付をすることで口を挟む権利を得て、彼らの都合の悪い研究者にはあからさまな圧力をかける。

   フッ素に関しても同じような圧力が働いている。
   ジョン・ヤモーヌヤニス博士は、化学情報検索サービス機関(世界最大の化学情報データベース)の生化学部門の編集者であったが、フッ素の毒性を訴えることをやめなかったために解雇された。なぜなら彼の勤め先は、歯みがき剤の大手メーカーであるコルゲート・パーモリーブ社(ロックフェラー一族の企業)から多額の助成金を受け取ったばかりであったからだ。そして彼の上司は彼にこう言ったそうだ、「君がフッ素にについて悪く言うのをやめてくれないと、我々は助成金を失うことになるんだ。
」 しかし彼は発言を止めなかったので解雇された。研究者というものは、みなこのような事情があることを知っている。

   私が本を書いたとき、知人のジョージ・シュワルツ博士が警告してくれた、「本当にこの本を出版するつもりなのか? もしそうすれば、君が死ぬまでやつらは追っかけてくるぞ」と。でも私の答えは、イエスだった。ただ本を書くにあたって一つだけ注意したことがある。それは、彼らが決して反論できないほどのものを仕上げてみせるということだった。

   新聞やテレビがいくら、知っている真実を伝えようとしてもそれはできないようになっている。なぜならマスコミ業界は彼ら支配者の所有であり、支配者の意に反する報道はさせないからだ。たとえ本当のことを書こうとする記者がいたとしても、彼の上司である編集者が記事をボツにしたり、書き換えてしまうからである。 
  アメリカの栄養学界の専門誌を見てもこの状況がよくわかる。
   この学界のスポンサーはモンサントで、この会社はアスパルテームの製造販売会社であるサール薬品を買収したロックフェラー一族の大企業である。だから彼らは自分のスポンサーを激怒させるような記事は掲載しないのだ。他の医療の業界誌も状況は同じで、これらの権力に支配されている。そのようにして支配する権力は、健康に関する情報の普及を規制しているのだ。


   米国の幾つかの州では、栄養に関する話題は栄養士しか話してはいけない、という法律を議会で通過させた。これは何を意味するかというと、たとえ博士号を持った生化学者であっても、健康に関して口を挟んではいけないということなのだ。こういう状況ではいずれ、インターネット上でも、健康に関する話題を自由に論じることに規制がかかる事態になるだろう。」

   以上がブレイロック博士の話である。
   日本が世界に誇る世紀の大発明であり、今やほとんどの加工食品に使われている「うまみ調味料」。そしていくら食べても健康上の問題はないとする国や企業。それに対して、あらゆる面でその毒性を証明できると主張する一人の脳神経外科医。どちらが真実を語っているのだろうか。それについて判断するには、我々の社会の現状を探ることであると思う。アルツハイマーの老人や多動症、自閉症、そして増加するうつ症状を訴える多くの人々がいるという現実がある。


   そして最後に、賢明な選択のために、一つの情報を捕捉しておきたい。
   アスパルテーム製造企業モンサントは、ロックフェラー一族の企業である。そして、グルタミン酸ナトリウムの生産量世界一を誇る「味の素株式会社」の主要株主は、ロックフェラー一族の銀行である。そして日本の医学界は、ロックフェラー一族の寄付金によって設立されたものである。またロックフェラー財団は、6代にわたってロスチャイルド一族が運営している。
   (近年の健康ブームで、健康食品としてのイメージが高い大豆であるが、西洋では1910年代まではヒトの食物とは見なされていなかった。工業油やプラスチックなどに利用されるのみで、その後家畜用飼料に使われた後、人間の食料となった。近年の大豆ブームはデュポン一族とロックフェラー一族によって演出されたものである。2001年に国際銀行家(イルミナティ)がアルゼンチンを国家破産へと導き、翌年の飢饉の中、デュポン・アグリサイエンスは「生活にプロテインを!」と大豆を大々的に宣伝し、国民に食べさせた。大豆に含まれるイソフラボンは、弱い女性ホルモン作用を示すことから、さまざまな病気の軽減が期待される半面、同じ理由からヒトのホルモン分泌を撹乱することが判明している。このため日本では厚労省が、サプリメントによるイソフラボンの過剰摂取に注意を呼びかけている。内閣府食品安全委員会によれば、大豆食品と大豆サプリメントを合わせたイソフラボンの安全な1日摂取量の上限値は、70~75mgである。

       ラッセル・ブレイロック博士の著書 『エキサイト・トキシン(興奮性毒)』

          「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」THINKER著 
                     徳間書店5次元文庫

                           抜粋



(NOWによる家畜敵羊人間Matrixからの脱出)さんより
http://blog.livedoor.jp/matrix_zero1/tag/%E6%96%89%E8%97%A4%E7%B6%B1%E7%94%B7
2010年02月14日
狂牛病殺人事件
転載
「十年前、狂牛病とアルツハイマーの関連をつきとめて殺された日本人の学者とその幼い娘がいた」

皆さんは、約十年前、サンディエゴ近郊のラホヤ市で、突然何者かに路上で射殺された斎藤綱男サンディエゴ大(UCSD)教授と13才の娘留理さんの痛ましい事件を覚えておいででしょうか?

私はてっきり斉藤教授はアルツハイマーとアルミニューム摂取の関連性をつきとめたため、何者か(アルミ業界?)に殺された、と思っていたのですが、そうではありませんでした。

齋藤教授は射殺された当日、なんと「アルツハイマー病と狂牛肉の異常プリオンがひきおこすクロイツェル・ヤコブ病(CJD)との関連」について学会で新説を発表する予定だったのです。

犯人はきっと牛に食わせる肉骨粉を作っている(いまも作りまくっている)ロッ○フェラー系の穀物メジャーに99%間違いありません。


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▲例の2chで、1996年5月8日午前一時半(日本時間で5月8日午後五時半奇しくも、9年前の今日ですね!!!)に、アメリカのカリフォルニア州サンジェゴの北11キロの海岸沿いの町、ラホヤ市(LaJolla)で、プロの手によるものと思われる方法で、射殺された日本人Tsunao Saitoh(斎藤綱男)氏の話が取り上げられていた。
2chでは、実名も紹介されていない簡単なものであったので、以下に、その詳細を記しておく。

Tsunao Saitoh(斉藤綱男)氏は、車の側面から銃で胸部を数発撃たれ、白衣姿のままで、ハンドルに覆いかぶさるようにして死亡しており、また、13歳の長女Louille(斎藤留理)さんも、車から6メートル離れた路上で胸部を撃たれ射殺されていた。
Tsunao Saitoh氏は、当時、46歳で、UCSD(University of California, San Diego ミ Department of Physics)の病理学者で、アルツハイマー病の世界的権威であった。
京都大学理学部を卒業後、同大学大学院でDNA複製などの分子生物学を研究し博士号を取得し、、フランスのパスツール研究所で研究の後、1985年にカリフォリニア大学に移った。
当日、Tsunao Saitoh氏は、学会で、アルツハイマー病とCJDとの関係についての新説(アルツハイマーにおけるリン酸化された、異常なtauと呼ばれる微小管会合タンパク質の存在)を発表する予定であったという。

http://www.stevequayle.com/dead_scientists/UpdatedDeadScientists.html参照

奇妙なことに、時をおかず、BSEに詳しいMark Purdey氏(有機農業経営者で、畜舎で使う有機リン系殺虫剤のホスメット-PHOSMET-が、BSEの原因だと主張している。)の家が全焼し、また、彼の顧問弁護士二人と、CJDの権威であるC. Bruton博士が、それぞれ、別の交通事故でなくなった。

このC. Bruton博士も、近々、新しい学説を発表する予定であったという。

さらに偶然なことに、Tsunao Saitoh氏の奥さんも、C. Bruton博士の奥さんも、事故当日は、それぞれの主人と一緒ではない日程が組まれていた。

斎藤さんの妻の斎藤静江さんは、南仏ニースにたまたま、静養のため、旅行中であったという。

また、この事件に先立つ1996年3月には、カルバニズムの風習のある地帯の風土病であるKuru病の調査を通じて、「相当長い潜伏期間を経て発症するスローウィルス(slow virus)」の研究者であるCarleton Gudjasek氏が、FBIに別件で逮捕された。

これらの共通の接点として、the Howard Hughes Medical Institute(ハワードヒューズ医学研究所)の存在とCIAとの関係などを指摘する向きもある。
この9年前の出来事は、BSEとCJDとアルツハイマーとのつながりをめぐる黒いうわさとして、今でも語り継がれているという。




上機嫌な実力派ケルト・バンド Lunasa

「the story so far・・・」Lunasa




2008年発売のルナサのベスト盤である。
実は先日ルナサの伊丹公演に行ってきたので、コンサート評も併せて書いておきます。
ルナサはアイルランド中心に世界で活躍する5人編成の実力派アイリッシュ・バンド、ヴォーカル無しのインストメンタル・バンドである。バンド名はアイルランド語で「八月」「収穫祭」を意味し、またケルトの芸術をつかさどる神(LUGH)の名前にも由来している。
実に繊細で、クオリティーの高い演奏を聞かせてくれる。各人の演奏技術も相当なものである。どの曲も素晴らしいが、「Morning Nightcap」「Punch」「Casu」「The Last Pint」「The Dimmers」が特に秀逸である。
コンサートは、ロック・コンサートに行きなれている身からすると、少し拍子抜けのようにも感じたが、実に温かみを感じさせてくれる内容で、“ケルトの調べ”を堪能することができた。公演終了後、CD購入者を対象にメンバーのサイン会があり、私も参加したが、比較的おとなしそうなメンバーの中で、フルートのケヴィン・クロフォードは超明るい性格のようで握手を求められたりしたが(ミーハーやネ)、実に好感が持てた。
今までほとんどケルト・ミュージックを聞いていなかった私だが、彼らのおかげで従来のケルト・ミュージックの印象が一変されてしまった(良い方に)。
皆さんも、是非“上機嫌な”ケルト・サウンドを体験して見て下さい。












評点:90点




ソー・ファー〜ザ・ベスト・オブ・ルナサソー・ファー〜ザ・ベスト・オブ・ルナサ
(2008/03/02)
ルナサ

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「I'm Sorry About That」WILSON PICKETT

今日の一曲は、ウィルソン・ピケットの「アイム・ソーリー・アバウト・ダット」です。
以前、忌野清志郎がラジオでこの曲を紹介し、「タイトルがかっこいい」と言っていたことを覚えています。








サウンド・オブ・ウィルソン・ピケットサウンド・オブ・ウィルソン・ピケット
(2012/10/03)
ウィルソン・ピケット

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「(You Caught Me)Smilin'」SLY & THE FAMILY STONE

今日の一曲は、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの「(ユー・コート・ミー)スマイリン」です。








暴動暴動
(2008/09/24)
スライ&ザ・ファミリー・ストーン

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イエズス会の信仰する神は「イシス ホルス セト」だった!?

「黒人のフリーメイソン団、プリンス・ホール・フリーメイソンだったネルソン・マンデラ!?」




まずはこちらを見て下さい↓



12月5日にネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領が亡くなりました。
オバマやウィリアム王子や安倍等が追悼の言葉を語っています。
「彼ら」から賞賛されるマンデラ氏は本当に“偉大な人物”だったのであろうか?
どうやら、そうでもなさそうである。マンデラ氏は黒人のフリーメイソン団、プリンス・ホール・フリーメイソンだったとのことだ。このことやフリーメイソンの実体を告発している動画を紹介する。この動画の中でさらに驚かされたのは、「イエズス会が全てのフリーメイソンの階層を支配している」と、語っていることだ。
そして、イエズス会のシンボル「I H S」の意味はなんと、「イシス ホルス セト」であるというのだ。これでイエズス会なるものがキリスト教とは全く関係ないどころか正反対の信仰を持つ組織であるということが証明されたであろう。




(一部文字起こし)
反黒人組織KKKがある一方でまったく同様に反白人組織もあります
これは弁証法的な思考 ヘーゲルの法則です
人種間に不和を起こさせ、最後に合成物として新世界秩序を実現するという
人種を統合させるための一番の方法は人種間に混乱を作り出すこと
分裂の痛みが統合の痛みを超えるように

ヘーゲルの弁証法わかりますか? 見事です 病んでいます でも見事です
自分達の目標達成の為に何百人死のうがどうでもいいのです
「結果が手段を正当化する」からくり 本当にひどい教義です
共同メイソン団のシンボルです
「メイソンのシンボルや言葉などはオカルトでも同じなのか?」
はい 黄金の夜明け団などでも使われています 東方の星団はこれ
ワシントンDCにある彼らの本部「国際神殿」がこれです
これは黒人のフリーメイソン団「プリンス・ホール」フリーメイソン団です
しばしばメイソンたち自身もこんなにたくさんのサブ組織を理解していません
プリンスホールの階段を上っていくと 例えばテンプル騎士団はここにいます
なんか分かりますよね 本当はこういう名前を使っています
これは彼らのサイトに掲載された情報です
黒人世界のトップ中のトップはプリンス・ホール・フリーメイソンなんですわ
ネルソン・マンデラとかね




(David Icke In Japan)さんより一部抜粋
http://www.davidicke.jp/blog/20081207/
問題なのは“肌の色”ではない…“意識”が問題なのだ
南アフリカのアパルトヘイト体制の時代、白人の支配階級があり、多数を占める黒人(及び反アパルトヘイトの白人)を専制支配し虐げていた。アパルトヘイトが終わり南アフリカが「自由」になった14年後の今日では、黒人の支配階級が多数の黒人と少数の白人を専制支配している。
権力者の肌の色は変わったが、“意識”は変わらない。南アフリカは少数派の白人の独裁権力とANC(アフリカ民族会議:The African National Congress)の独裁権力を交換したのである。事実ANCはあまりに腐敗したためメンバーが集団離脱し新勢力のCOPE(国民会議:Congress of the People)を作ったほどだ。独裁権力を維持しようとするANCの権力と富を貪る輩たちは強大なので、次の選挙では無法で広範な暴力沙汰が起きる可能性もある。
南アフリカはネルソン・マンデラの笑顔に象徴される「自由な民主主義国家」として称えられている。しかし今日の南アフリカはアパルトヘイト時代と同じく民主主義ではない。ANC一党しか政権となる可能性がないからだ。投票が何の役に立つというのだろう?
この国の大統領になるにはANCのリーダーの座を冷酷に手に入れる事がすべてだ。国民などどうでもいいし、国民の「指導者」選びに国民は不在なのだ。





K.Tさんからコメントいただいた強烈な動画です↓(真偽のほどはご自身でご判断下さい。)
 



「Twistin’ The Night Away」SAM COOKE

今日はサム・クックの命日です。オーティスの命日の翌日がサムの命日とは不思議なものですナ。
というわけで、「ツイスティン・ザ・ナイト・アウェイ」を贈ります。












ツイストで踊りあかそう(紙ジャケット仕様)ツイストで踊りあかそう(紙ジャケット仕様)
(2012/03/07)
サム・クック

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ヒトラーの正体は?

「ヒトラーへの使者が暴露した超一級極秘資料
ユダヤ財閥がヒトラーを育てた 莫大な資金をいかなる方法で援助したか」
シドニー・ウォーバーグ 訳・監修 牛山火壱 第三回(最終回)





前回に続き、本書の最終回として、「おわりに 本書が贋作ではないこれだけの理由」から引用する。この文章は誰が書いたのか不明である。最後の日付が「1946年10月」となっているので、監修者の牛山氏ではないだろう。



*全体として見ればウォーバーグ報告は、きわめて真面目で本物らしく、鮮明で信の置ける印象を与える。ヒトラーの描写および彼の会話内容はとりわけ真実性があり本当らしく思え、われわれが別途に知り得たあらゆる事項と符合する。誤りを指摘した後は、特に関連のあるいくつかの事実を私の所見と共に述べて見よう。そもそも最初から序文において、資本家階級内の闘争、誠実・品位・腐敗の混淆に言及していることは、認識が非常に高いことの証しである。マルクスは「資本論」のなかでこの経済役割、すなわち資本家の二重役割についてはっきりと述べている。いかなる辞句にも惑わされまいとする偉大な実業家の姿が、次の簡潔な短文の中に現れている。

金銭は力である。銀行家はそれをいかに集中して動かすかを知っている。国際銀行家が国際政治を経営する・・・この数年間の「国家的」なる語の背後に秘めたもの、さらにいまもなおそこに秘められているものを理解する人は誰でも、国際銀行家が国際政治の埒外にいることができない理由をも知っている。(3ページ)

*新チューリッヒ新聞は、ナチ運動が巨大な規模に成長し始めた頃の1929年10月18日付の日刊記事に「金銭に臭いはない!」のタイトルで次のように報じた。

ドイツ全土のナチス党が今日行っている異常な規模の宣伝、彼らの服装と兵隊遊戯、これらすべてが多額の費用がかかるもので次のことを問題にする必要がある。その金銭はどこから来ているのか。いかに全組織を総合したところで、この金が同党の組織自体から出てくるということは先ずあり得ない。それでは一体どこから来るのか。中部バーデン地方の主要機関誌バーデン・ベオバハターがヒトラー運動に流入する資金源について非常に興味ある情報を持っている。この大規模な金のかかるナチス党の煽動宣伝機構のための金がどこから来るかについて、彼らは一つの結論をまとめている・・・対立者に対して毎日裏切り者の非難を浴びせ、自らを完全無欠なドイツ人らしさを持つ者とことさらに高く評価するこれら愛国主義継承者たちにとって、その運動を支える金が主に外国から得られるということは注目すべきことである。ガウサー博士はスイスの金主を担当し、ミュンヘンの美術商ハンフシュテンゲルはアメリカ人を、技術者のユングとクレプス博士はチェコスロバキア人を担当し、大学教授フォン・ビッシング男爵はオランダでヒトラー運動の資金を集めた。文通は非常に注意して扱われ、偽名の宛名でしか行われなかった。ヒトラーの名は決して使われなかった。彼は手紙ではいつも「ウォルフ」と呼ばれ・・・フォードからきた金や多額の金もチェコスロバキアの大実業家たちによって渡された・・・この報道によると、周知のことあるいは運動に携わっていると疑いを持たれている他の諸々のことに加えて、外国による資金源とともに今日のナチス党の財政に最も重要な役割をいまだに演じている一つの特色である。資本家からの資金提供が行われているという。





(管理人)
ヒトラーがロスチャイルドやウォーバーグを中心としたユダヤ財閥(=イルミナティ)の傀儡であったことは、今やネット上でも広まっている周知の事実だ。しかし、「この説」をじっくりと一冊の書を通して読んだことは初めてである。それも実際にヒトラーに会って具体的な金銭額に関する話までしたとする当事者が書いた書であるから、これこそまさに“二十世紀の真実の歴史書”といってよいのではないだろうか。
この書が贋作であったとしたら、著者は相当に“知能指数の高い表現者”であるだろう。銀行業務の内実にかなり精通しているし、ヒトラーの発言内容に関する記述を含めて実に真に迫ったリアルな描写をしている。
そもそもこの書が贋作だとしたら、「誰が何を目的として書いたのか」ということになる。
以下、思いつく理由を挙げて見た。

1、 ユダヤ財閥が嫌いな人間が、「彼ら」を陥れるために書いた。
2、 お騒がせな人間が、後世の人間に“嘘の歴史”を信じさせることによって秘かに満足する、いわゆる愉快犯。
3、 ゴシック本を書くことによって、金儲けをする。

1説は、「単なる感情」ということになるが・・・無理があるだろう。
2説は、こんなアホはいないだろう。
3説は、ほとんどの本が回収されているわけだから目的通りとなっていない。

以上のことから、こんな優れた贋作を書く理由が見当たらないため、この書に書かれていることはほぼ真実と思っていいのではないだろうか。
そもそもヒトラー自身がユダヤ人であるという説も以前からある。それも単なるユダヤ人ではなく、ロスチャイルドの血を引いているというのだ。ヒトラーの父親の母親がウィーンのロスチャイルド家で家政婦として働いており、その時、家政婦とロスチャイルドの間に生まれた子供がヒトラーの父親アロイスであるというのだ。本当だとしたら、正に、ちょっと古いが“その時歴史が動いた”ということになるだろう。
父親アロイスは税関上級事務官として出世している。以前読んだ本(タイトルは忘れてしまった)で、「ヒトラーが1908年に突然消息不明となった後に、これまた突然妹の家に現れた」と書かれてあった。また、「ドイツで権力の座に上り詰めた後、ヒトラーは生まれ故郷を支援するどころか排除し、徹底して自分の過去に触れることを嫌っていた」と書かれていた。通常の感覚であるならば、権力を握ったのであれば、田中角栄じゃないけれど自分が育った故郷を豊かにしたりして故郷の人々に良く思われたい、と思うものではないだろうか。
恐らく、ヒトラーは消息不明になったときに「彼ら」と会って、「秘密指令」を伝授されていたのであろう。彼の父親が異例の出世をすることができたことも、自分の過去を徹底して葬ろうとしていたことも、この“血縁の秘密”より解明される。
「彼ら」の“秘密の血縁計画”の対象はヒトラーだけではない。詳細はまた後日取り上げるつもりだが、「彼ら」の隠し子を重要なポストに就けて背後から支配する、というのが「彼ら」の慣わしのようである。
本書にも指摘されてあったが、「戦争が起こされる理由」を深く考える必要はない。
その答えは、「戦争を起こしたい勢力が存在するから」である。「彼ら」銀行家は、戦争を起こすことで武器弾薬はもちろんのこと、石油や鉄や食糧や医薬品や株価操作等で莫大な利益を得ることができるのである。もちろん「彼ら」の目的である“人口削減”にも寄与できるし、「彼ら」の神である悪魔への“生け贄を捧げる儀式”ともなるのだ!
そして考えても見てください。ヒトラーや日本の旧軍部がどれだけ狂っていたとしても、「戦争を続ける金が無かったら、武器も鉄も石油も食糧も購入できなかったら、戦争を始めても続けることはできない」、ということは子供でも容易く理解できるだろう。
「彼ら・銀行家」は、戦争を演出し、戦争をする両サイドに「金や石油や武器」を手渡し続けることで、「彼らが創作した戦争ごっこ」を継続することを可能にしてきたのです。
そして、敵がいなければ戦争はできないのです。ショッカーが存在しなければ仮面ライダーも“活躍”できないのです。
だから「彼ら」はヒトラー及びナチスを創作し、“戦争ごっこ”を楽しんだのです。
これで、「全ての戦争は八百長である」ということが理解できたでしょう。
そして今、「この国で演出されようとしていることが何か」、ということも理解できるでしょう。「彼ら」の芝居は昔も今も変わっていません。戦争を演出し、「彼ら」の手下であるマスゴミがそれを煽動します。「彼ら」に対抗するにはまず「彼ら」の戦術を知り、「彼ら」に騙されないように周囲の人に情報拡散することだと思います。所詮、「彼ら」は1%にも満たない勢力なのですから、人々が覚醒し出したら「彼ら」はひとたまりもないでしょう。
最後に、何故に「彼ら」はヒトラーを使って、同胞とも思えるユダヤ人を殺させたのでしょうか?その答えはそのうち記事にしたいと思います。キーはイスラエル建国にある、とだけ言っておきます。






評点:80点

「Fa Fa Fa Fa Fa(Sad Song)」OTIS REDDING

今日(12月10日)は、オーティス・レディングの命日です。
「ファ・ファ・ファ・ファ・ファ(サッド・ソング)」を贈ります。









ヨーロッパのオーティス・レディングヨーロッパのオーティス・レディング
(2013/04/24)
オーティス・レディング

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革命には五億マルクかかり、合法的乗っ取りには二億マルクかかる

「ヒトラーへの使者が暴露した超一級極秘資料
ユダヤ財閥がヒトラーを育てた 莫大な資金をいかなる方法で援助したか」
シドニー・ウォーバーグ 訳・監修 牛山火壱 第二回




前回に引き続き、原著編集者とシドニー・ウォーバーグ氏より引用する。




(原著編集者)
著名なナチ党員フォン・パーペンがその「回想録」の229ページに、「・・・ナチス党が突如として資金を取得したことの最も証拠となる記事は、老舗を誇るアムステルダムの出版会社ファン・ホルケマ・アンド・ワーレンドルフ社によって、1933年にオランダで出版されたシドニー・ウォーバーグなる人の著書「ナチスの資金源<ヒトラーとの三度の対談>」に描かれている」と述べている。
フォン・パーペンが言及した書とは、読者がいままさに読もうとしているこの書のことで
、確かに1933年にオランダで出版されたが、僅か数日しか書店の棚を飾らなかった。同書は回収、廃棄されたのである。偶然残った三部を除いては、すべての部冊が書店の在庫棚から引き上げられた。同書とその内容についてはほとんどが人の口から封ぜられたが、処分を免れた三部のうち一つは英国に渡り、英語に翻訳されて大英博物館に保管されている。この部冊とその翻訳は後に公開処置が撤回され、調査のための利用は現在「不可能」である。二番目のオランダ語版コピーはオーストリアのシュシュニク首相が手に入れたが、現在の行方については皆目わからない。三番目のオランダ語版残存コピーはスイスに渡り、1947年にドイツ語に翻訳された。
続いて数年前このドイツ語版が、オランダ語からドイツ語への三人の翻訳者の供述書と他の一人の批評文とともに、チューリッヒのスイス社会文庫で本編集者によって発見された。
本編集者はドイツ語本のコピーを作り英訳を依頼した。それが読者がこれから読もうとするこの翻訳本である。

*ヒトラーとウォーバーグのつながりはほかにもある。現在ではわれわれは、ドイツの企業連合IG・ファルベン社がヒトラーの金主の一つであり、ポール・ウォーバーグがアメリカ・IG・ファルベン社の役員であったことを知っている。さらにマックス・ウォーバーグはドイツ・IG・ファルベン社の役員であった。マックス・ウォーバーグはまたヤルマー・シャハトをライヒスバンク[訳注=1876~1945年のドイツ帝国銀行]総裁に任命する書類に署名した。そしてマックス・ウォーバーグの署名に並んでヒトラーの署名が見える。

(シドニー・ウォーバーグ)
*1931年10月、ウォール街の情勢は緊迫し空気は険悪であった。同月末に私はベルリンのヒトラーから次のような手紙を受け取った。われわれの運動はドイツ全国に急速に広まりつつあり、わが財務機関に多大の要求を課している。私が政党を結成するためにあなたがたが調達してくれた金銭を使い果たし、いま私は新たな収入源が供せられなければ遠くない時期に国を出なければならないだろうと感じている。私にはライバルである共産党や社会民主党が持っているような巨大な政府の財源筋への伝手がなく、完全に政党献金に頼っている。私が受けとった金額は一銭も残っていない。来月には、ドイツにおける権力をわれわれが獲得するであろう最後の大行動を起こさねばならない。多額の金銭が必要だ。あなたがたにいくらの金銭を当てにできるのかすぐ報せてほしい。
この手紙によって私は二つのことを印象づけられた。ヒトラーが私に政党という語を使ったのは初めてである。手紙の語調は嘆願者の語調というよりもむしろ命令口調であった。手紙はベルリンからの日付になっているけれども、アメリカのスタンプでニューヨークで消印を押された封筒に入って配達された。ヒトラーはすでに合衆国内、特にニューヨークに支持者を持っているに違いない。

*ここで私は、情報提供者の彼がユダヤ人なのに、どうしてヒトラー党のメンバーになれたのかという質問を提起した。彼は手を振って質問を躱して言った。「ヒトラーがユダヤ人と言うときは、戦後ドイツを堕落させたガリチアのユダヤ人のことを意味している。彼は、純粋なドイツ生れのユダヤ人は他のドイツ人と同じだと思っており、時が至れば決してわれわれを困らせることはないだろう。ユダヤ人が社会民主党と共産党の双方を支配していることもまた忘れてはならない。彼はこれらを説き伏せねばならぬだろうが、それは彼らがユダヤ人であるからではなく、彼らが共産主義者であるか社会民主主義者であるからだ」と。

*(ヒトラー語録)
 「私は自分の支配を確信している。ゲーリング、ゲッペルス、シュトライヒャア、フォン・ハイトらは何度もローマへ行き、ムッソリーニ、ロッシ、デュミーニほかのファシスト指導者たちと同国の全組織について論じてきた。われわれもまた自らの状況に応じた組織を作りつつある。ムッソリーニとスターリン特に後者よりも前者は、私がとにかく尊敬している唯一の指導者だ。その他の人はみんな老女みたいな小心な連中である。スターリンはユダヤ人で、それが残念なことなのだ。

*ヒトラーはさらに続けた。
「いいですか、どちらの道を採るべきか私自身も同様にはっきりしないし、私の協力者たちもそうなのです。ゲーリングは単純に革命に賛成するが、他の人たちはむしろ合法的乗っ取り派で、私は両方に賛成なのだ。革命は数日にして権力をわれわれの手中にもたらすことができるが、合法的乗っ取りは何か月もの準備と多くの地下工作を必要だ。もちろんわれわれが決定できずにいるのには理由があり、それはわれわれがいくらの資金をあなたの後援者から当てにできるのかわからないということだ。もしあなた方が1929年にもっと気前がよかったなら、物事はとっくの昔に片付いていただろうが、1000万ドルではわれわれの計画の半分を実行できるのがやっとだった。
・・・・・(中略)・・・・・
ヒトラーは自分のテーブルに腰を下ろし小さいノートブックを取り出した。そして私を見上げて話を続けた。
「革命には五億マルクかかり、合法的乗っ取りには二億マルクかかる」
彼は間を置いて言った。
「あなたの後援者はどう決めるであろうか」
私は答えられなかったが、ニューヨークに連絡して彼らが決定したことをできるだけ速やかに伝えると約束した。ヒトラーはまた会話に戻り歩き廻り始めた。
あなたがたアメリカの人たちは、ドイツでわが党が政権を握ることに関心を持っているに違いない。そうでなければいまあなたがここにいないだろうし、1929年に1000万ドルが私に与えられることは決してなかっただろう。あなたがたの動機は私には興味はないが、もし君たちが状況をよく理解すれば、金融手段なくしては私には成功は覚束ないことを間違いなく悟るだろう。わが国の共産党がモスクワから資金を得ていることを私は知っており、またそれを証明することもできる。社会民主党はユダヤ系銀行や他の大銀行の支援を受けており、巨大な宝庫を持っている。ドイツ国民党は大規模産業から巨額の金銭を入手し、彼らの指導者フーゲンベルクは大きな利益を挙げているいくつかの新聞社を所有している。中央党は必要とする金をいくらでもカトリック教会から入手する。同教会は特に南ドイツでは自由になる何十億もの金がある。その金を1929年に私があなたの後援者たちから受けとった貧弱な4000万マルクに比べると、われわれがそんな限られた資金で計画を思い切ってスタートできたのは、ほとんど信じられぬくらいなのだ。あなたは1929年以後ドイツでそしてベルリンで、われわれがいかに進歩したか気付いたに違いない。これらの成果にあなたは驚かないか。これ以外他に何か言うべきことがあろうか。ドイツ国防軍はすっかりナチス党です。
・・・・・(中略)・・・・・
しかし今はすべてがうまくしかも迅速に行われねばならず、われわれの金は底をついている。あなたの後援者たちに、彼ら自身の利益のためにも出来るだけ早く5億マルクを送るように伝えて欲しい。そうすればわれわれは遅くとも6か月で仕事を終えるだろう

ヒトラーは再び徐々に例の人を驚かせるような気分に高揚してきて、今度は部屋を行きつ戻りつしていた。突然彼はドアを走り寄って広く引き開け、ホールを覗き込んだ。彼は階段に立っているに違いない誰かに腹を立て罵り始めた。しかし誰も見えなかった。彼がこのようにわめいて何をしようとしていたのか、私にはわからない。初めはホールにいる誰かにわれわれの論議が聞かれないようにしたかったのかと思った。しかしそうではなかった。なぜなら、彼は再び部屋に戻ってきたとき、どうもよくわからない何かについて目に見えない誰かに当り散らし続けたからである。おそらくそれはつまらぬことを長い間待ついら立ちであったか、あるいは部下を信頼することができないことに対する鬱積であったかもしれない。彼はまた椅子に腰を下ろして私に言った。
君はまだ金額を言っていないね
・・・・・(中略)・・・・・
既に朝の三時になっているというのに、彼が私に何を望んでいるのか私は実際にまだわからなかった。そこで私は彼の辻褄の合わない話が僅かに途切れたときを狙って彼に尋ねた、「あなたは金額について話しましたか」と。
「そうだ、それが問題なのだ。もう時間があまりない。状況は以上だ。あなたの後援者たちはわれわれを支援し続ける用意がありますか。私にいくら整えてくれますか。あらゆることに備え、最終勝利の機を逸しないようにするため、少なくとも一億マルク必要だ。如何ですか
私はそのような金額は話にならないことをはっきりさせようとした。先ず第一に彼はすでに2500万ドルを受け取っているからであり、第二にそんな巨額の金銭を数日間でニューヨークからヨーロッパへ移せば、間違いなく株式市場を混乱させるだろうからである。ヒトラーはそのことを理解せず、極めて単刀直入に言った。彼は銀行業務のそうした複雑な細部には知識がなかったのだ。「もしあなたたちがアメリカに金銭をもらっているなら、間違いなくそれをドイツに移すことができるだろう。電送あるいは何かの方法のいずれかにしても、私にはいとも簡単に思えるが」。国際金融面について彼を教えこむのは見込みがなく、まったく言葉の無駄であった。私はわれわれの会話を後援者たちに報告し、それで彼らがどう決めるかを待とうと約束して話を結んだ。

カーターから、精々700万ドル出すことができるが、そのうち500万ドルはニューヨークからヨーロッパの指定銀行に移され、200万ドルはライン合資会社によってドイツ内で私に直接渡される旨の電報を入手した。ライン社はデュッセルドルフに所在するロイヤル・ダッチ石油会社ドイツ支店である。私はこの回答をヒトラーに伝え待機した。翌日の早朝ゲッペルスの来訪が告げられ、彼は私をファーザーネン通りに連れて行った。
ヒトラーは前と同じ部屋で私を迎え、ゲーリングも一緒だった。会話はごく短いものであった。ほとんどぶっきら棒といってよかった。私は、三人ともこの条件に満足しておらず、私を激しく非難しないように自制を余儀なくされているような印象を受けた。しかし万事順調に進んだ。ヒトラーは500万ドルを今度もローマのイタリア銀行に移すように要請し、ゲーリングが私に同行することになった。200万ドルのほうはすべてゲッペルス名義で等額のドイツ通貨の15枚の小切手にして委譲せねばならなかった。会議はそれで終り私は辞去した。

「POWER TO THE PEOPLE」JOHN LENNON

昨日12月8日はジョン・レノンの命日なので、「パワー・トゥ・ザ・ピープル」を贈ります。
併せて、ジョン・レノンの言葉も紹介します。

「相手がどう反撃していいか、わからないような戦法で、ぼくは権力と戦いたい」

特定秘密保護法を「彼ら」は計画通り666の日(12月6日=18=6+6+6)に成立させましたが、ジョンの戦術に学んでいきたいと思います。









パワー・トゥ・ザ・ピープルパワー・トゥ・ザ・ピープル
(2010/10/06)
ジョン・レノン

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テンプレート説明

このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。
背景はスライドショーになっています。

◎プラグイン説明

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。
←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。
このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

※最上部メニューバーの上に隙間がある方

最上部のメニューバーの上にFC2検索バー用のスペースを設けています。
検索バーを表示しない設定にしている方は、cssの最上部メニュー.MegaMenuの中にあるtop:27pxをtop:0に変更してください。

◎背景スライドショー説明

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