2013年07月の記事 - 嘘八百のこの世界

嘘八百のこの世界

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2013年07月の記事

スサノオ、ニギハヤヒ、物部氏、聖徳太子、天武天皇の関連性

「天武天皇 隠された正体」関裕二


1991年の書である。前回取り上げた「聖徳太子は蘇我入鹿である」の続編である。
「古代史に燦然とその姿を登場させた天智天皇と天武天皇~両雄の骨肉の争いは、やがて壬申の乱へと進んでいく。この争乱によって、天智の弟とされる天武は、天智の子・大友皇子と皇位継承をめぐって争い、最終的に天智王朝を奪ったとされている。だが、近年、壬申の乱や天武の実像について、数々の疑問が投げかけられはじめた。そこで、壬申の乱に登場する人々の足跡をあらためて追い直したところ、天武と蘇我一族が、意外な事実関係で結びついていることに気づいたのである。さらにこの乱を追求していく過程で、通説とは異なる天武の実像が浮上してきた。天武本人の編纂とされてきた「日本書紀」にすら明記されなかった天武の前半生が、はっきりとつかめたのである。」とのことで、壬申の乱及び、天武天皇の真相に迫っている。以下、一部引用する。



*大和王朝の初代天皇は、天照大神(以下アマテラス)を皇祖とする神武天皇であった。九州の日向(ひむか・現在の宮崎県)から大和に向かった神武は、大和地方の豪族長髓彦(ながすねひこ)の激しい抵抗にあい苦戦するが、ついにこれを平定し、王朝を開いた。
じつは、この「日本書紀」の神武天皇東征説話には、大和朝廷の成立以前の実体を浮かび上がらせる重大なヒントが隠されている。というのも、神武天皇が大和に入る前に、すでにその地で王として君臨していた人物がいたと明記してあるからだ。その王の名を饒速日(にぎはやひ・以下ニギハヤヒ)といい、「日本書紀」は、神武に抵抗した長髓彦がニギハヤヒを大王として仰いでいたこと、ニギハヤヒが「天神」の子であること、そしてニギハヤヒが物部氏の祖であることを記している。
この記述は、古代史を根本からくつがえす重要な示唆をわれわれに与えてくれる。なぜならば、いままでたんなる一豪族とみなされてきた物部氏が、じつは神武東征以前の大和の王だった可能性が出てくるからである。少なくとも、その事実を「日本書紀」は否定していない。「事不虚」、つまり、ウソではない、といっていることからもわかる。
では、この謎の人物「ニギハヤヒ」とはいったい何者なのか?そして「日本書紀」は、なぜ大和の王だったニギハヤヒについて、多くを語ろうとしなかったのか?
・・・・・(中略)・・・・・
「古事記」や「日本書紀」のなかであれだけけなしている神々を、その裏では丁重に祀り上げているこの事実の裏には、いったいなにが隠されているのだろう。
その謎をみごとに解き明かした人物がいた。故原田常治氏である。氏は日本の古代史というものが、「古事記」や「日本書紀」に書かれた内容だけを根拠に推論していくには限界があることに気づき、“神社伝承”を駆使したユニークな方法で、これらの謎を解いていった。
その結果、いままで神話の世界の話として、歴史の世界から無視されていたスサノオやアマテラスといった神々が実在していたと氏は断言したのである。
スサノオは大和朝廷が成立する以前に出雲を治めていた王、つまり出雲王朝の始祖であり、アマテラスは現在の宮崎県にあった九州王朝の始祖であったというのだ。
さらに原田氏の指摘は重要な点は、スサノオの息子ニギハヤヒの実像を掘り出したことである。このニギハヤヒこそが、じつは大和朝廷の始祖として歴代の天皇によって崇められた日本の古来の太陽神だったのだ。その名は、天照国照彦火明奇櫛玉饒速日尊(あまてらすくにてらすひこほあかりくしみかだまにぎはやひのみこと)という。
「日本書紀」は、ニギハヤヒがスサノオの子であることを巧妙なトリックでおおい隠し、さらにはスサノオの子孫が物部氏であることも、同時に歴史から抹殺したのである。
・・・・・(中略)・・・・・
そして、いままで単なる天皇家のお家騒動としてとらえられてきた壬申の乱も、本当のところは、出雲王朝と九州王朝の長年にわたる葛藤が、ついには大々的な武力衝突にまで発展したということにほかならない。この乱によって政権を勝ち取った天武天皇は、出雲王朝最後の大王として飛鳥の地に君臨したのである。
やがて、天武とその子大津皇子(おおつのみこ)の死とともに指導者を失った出雲王朝は衰退し、この二朝間の争いは幕を閉じることになる。そして最終的に勝者となった九州王朝は、巨大で強力な仇敵であった出雲王朝とその一族の影を消し去り、九州王朝こそが唯一正統なる王朝であることを後世に知らすべく、策謀をめぐらしていくのである。
その手段として巧みに利用されたのが、皮肉なことに、天武が編纂を命じたといわれる「日本書紀」であった。この一冊の書物のなかに、敗者たちは長い時間真実の姿を知らせるすべもなく閉じこめられていく。

*「日本書紀」天智八年(669)、是歳条に気になる記述がある。
それによると、朝廷は河内直鯨(かわちのあたいくじら)を唐に遣わし、そして唐からは二千人の使者が日本にやってきたという。唐からの二千人にのぼる使者とは、いったいなんの目的があって来日したのだろうか。
一説によると、白村江の戦いにおいて捕虜となった日本人を返しにきたのだろうともいわれ、またいっぽう、天智十年(671)十一月に、同じく郭務悰が二千人を引き連れて来日した記事の重複であろうという意見もある。
天智八年(669)は前述したように、新羅が半島独立をめざして唐と戦争状態に入った年である。しかし、この年の「日本書紀」の外交記事のなかで、唐からの使者に関する記事は、これ以外にまったくみられない。
唐が日本をもっとも必要としはじめたこの年に、この使者が来日していないとは考えられない。むしろ日本に対して執拗に働きかけがあって当然のことだろう。
問題は、なぜ二千人にものぼる使節団を唐が送ってきたかということだ。当然これは軍隊としか考えられない。それでは唐はなにを目的として、日本に軍勢を送る必要があったのか。
それは、法隆寺・斑鳩寺を中心とした都の周辺に、反唐・親新羅勢力が盤踞(ばんきょ)していたからである。

極東アジアにおいて、同盟できる陸続きの国をいっさい失った唐にすれば、半島の統一をめざす新羅を圧迫するには、日本の協力がぜひとも必要だった。親唐派に転向した天智が、都の周辺で「反覇権主義」の不満分子が騒いでいると唐に報告すれば、唐もあわてて兵を送ったことだろう。
いっぽうの天智は、新羅による反唐の旗揚げを利用し、唐の軍事力を背景に国内では出雲勢力の一掃を、そして百済の再興をもくろんだにちがいない。

そして、この推論を確定的にしたのが郭務悰らの二度目の来朝記事である。
「日本書紀」によると、天智十年(671)十一月に来日した唐の使者二千人は、その翌年の天武元年五月に帰っていったという。この半年間の滞在中、二千人の人々はなにをしていたのか。じつは、なにもしていなかったのだ。それでは、彼らはなにを目的に日本にやって来たのか。問題はそのタイミングである。
壬申の乱の直前、天武が天智天皇のもとを去り、吉野にこもったのが天智十年十月。唐の二千人が来日したのが同十一月。天智崩御が同十二月。そして、翌年の天武元年五月に唐の使者は日本を離れた。そして同六月、壬申の乱勃発。
つまり、唐の二千人の滞在と天武の吉野での隠遁生活の期間が、ピッタリ一致するのだ。この符号は、はたして偶然なのであろうか。いや天智の病状の悪化を聞きつけた唐が、反唐・親新羅政策を打ち出していた天武の動きを牽制するためにやってきたとみるのが自然であろう。
要するに、天智八年、同十年と二回にわたる唐からの二千人の使者は、どちらも天智天皇の政策に反発する勢力を牽制するために来日していたのだ。


*斉明天皇即位前紀によれば、斉明天皇は、舒明天皇の皇后となり、天智や天武を産む前に、用明天皇の孫とされる高向王(たかむくのおう)と結ばれ、漢皇子(あやのみこ)を産んだという。
「日本書紀」のこの証言は重要である。なぜならば、用明天皇は妹・推古天皇同様、蘇我色の強い天皇である。その蘇我(出雲)系の天皇の孫と九州系の斉明は、結婚していた過去があるというのだ。
・・・・・(中略)・・・・・
九州王朝の王として多武峰に立てこもっていたにもかかわらず、斉明天皇は出雲王朝の本拠地における高向王との楽しかった生活と、「吾が若き子」漢皇子を思う心でいっぱいだった。そして、その事実を、「日本書紀」があらゆるトリックを使って否定したことには、重大な意味がこめられている。
・・・・・(中略)・・・・・
ところで、死して地獄に堕ちたとされる斉明天皇には、生前、正体不明の化け物がつきまとっていたという話がある。この証言は、数々の文献に記されているだけでなく、四国の神社にも伝わっているぐらいだから、よほど世間に流布していた話だったと思われる。
・・・・・(中略)・・・・・
この化け物がもし豊浦大臣ならば、斉明の葬儀にまで姿をあらわした鬼=豊浦大臣とはいったい何者なのか。そして、斉明にどんな恨みをもっていたのか。また人々はその鬼のなにを恐れたのか・・・・・!?

「日本書紀」によれば、豊浦大臣とは蘇我蝦夷のことをさす。だが、「先代旧事本紀」の伝承から、蘇我入鹿こそ豊浦大臣と呼ばれていたことがわかっている。だとすれば、斉明天皇につきまとう鬼とは、入鹿だったということになる。ところで、大化改新における皇極(斉明)天皇の態度は解せぬ、という意見が一部にある。さらに、そのことが思わぬ憶測を呼び、入鹿と皇極のあいだには男女の結びつきがあったという説さえある。
それはなぜかというと、次のようなやりとりがあったからだ。中大兄皇子に斬りつけられた入鹿は、皇極天皇にこの事態の説明を求めた。すると皇極天皇はあわてふためき、入鹿に対して自分がこの凶行に関与していないことを叫び、さらに中大兄皇子を責めるかのように、その行動を問いただしているのである。そして中大兄皇子が、入鹿には皇室をくつがえす野望があるのだ、と叫ぶように訴えると、皇極天皇は黙ったまま奥にひっこんだといわれている。女帝のうろたえぶりはなにかあるといわざる得ない。
・・・・・(中略)・・・・・
斉明につきまとう鬼をみた時の人々は、迷うことなく入鹿の亡霊であると決めつけた。そして斉明のまわりで人々が多く死ぬのをみて、これこそ入鹿の仕業だと確信する。人々のそのような恐れようからして、「日本書紀」には記されていない裏側で、入鹿と斉明とのあいだに断ち切ることのできない関係があったと考えてよい。

*斉明天皇と蘇我入鹿(高向王)が結ばれていたことが、これで明らかになった。そうなると当然、両者の子・漢皇子なる人物は、どこでなにをしていた者なのかという新たなる疑問が生じてくる。
漢皇子が入鹿の子であるとすれば、それは当然聖徳太子の子供ということになる。それでは、「日本書紀」のなかに聖徳太子の子としての漢皇子に比定しうる人物が実際にいたのだろうか。
・・・・・(中略)・・・・・
私は、この漢皇子こそが、壬申の乱で出雲王朝の絶大なる支持を得た、天武天皇その人ではないかと思うのだ。
それはとりもなおさず、天武が蘇我入鹿の子供であったという事実につながる。そして、入鹿の子が天武だとすると、大化改新から壬申の乱にいたるまでの多くの謎は、一挙にして整然と説明がついてしまうのである。
大化改新で天武が入鹿討伐に参加しなかったのは、天武が入鹿の子供であったからだ。あるいは、白村江の戦で天武の姿がみられなかったのも、天武が入鹿(太子)同様、九州王朝の極端な百済支持に同調できなかったからである。
さらに、天武が尾張氏を筆頭とする出雲系の豪族の絶大なる支持を得ていた壬申の乱において、近江朝の蘇我氏がすべて寝返ったのは、天武が出雲王朝の正統な皇子、つまり大王・入鹿(太子)の子供だったからにほかならない。
天武が九州王朝の持統によって前半生を抹殺されたのも、すべては天武が出雲王朝の大王だったからなのである!



(管理人)
他作家の説を取り入れながら、自説を展開していく著者の論説は、少々強引なところもあるが、実にご立派である。それから、大化改新、壬申の乱と続いていく古代史の流れは、一筋縄でいくものではなく、複雑怪奇で、さながら火曜サスペンス劇場のようだとも感じた。斉明天皇と蘇我入鹿(=聖徳太子)の関係で例示されるように、大化改新や壬申の乱の実体は、天皇家の複雑な婚姻に関わる裏の血筋が関連しているようである。
しかし、その本質は、唐・百済・新羅といった外国勢力の日本国内における勢力争いによって巻き起こされているのだ。
すべてが著者の説の通りとは、とても思えないが、かなり真実に迫っていると思う。
それにしても、「藤原氏」、「郭務悰」、「聖徳太子」、「物部氏」、「アマテラス」、「スサノオ」、「ニギハヤヒ」・・・と、古代史は謎の部分があまりに多い。そして、その謎を突き詰めていくと、何故かイルミナティとの関連を感じてしまうのは私の考え過ぎだろうか・・・。


評点:80点

その名の通り超ビッグで超パワフルな Big Mama Thornton

「ダイナマイト・ブルース・クイーン、Big Mama Thornton」


ブルース・クイーンともソウル・クイーンとも言えるビッグ・ママ・ソーントン(本名:Willie Mae Thornton)の命日が、明日7月25日なので追悼する。
1926年12月11日アメリカ・アラバマ州モンゴメリーに生まれる。1940年代から1950年代が最盛期であった。1952年に、ユダヤ人の少年ジェリー・リーバーとマイク・ストーラーの作った「ハウンド・ドッグ」が最大のヒット曲である。後に、この曲はエルビス・プレスリーがカヴァーして大ヒットする。私は、エルビスなんかより、ビッグ・ママのヴァージョンの方が、数倍迫力があって大好きなのだ。
マイク・ストーラーは、当時のビッグ・ママのことを「彼女は300ポンド近くあったように見えた。リハーサルのときでもおどけていたし、黒い鉄製の台が付いたマイクを片手に持って、それを宙にひっくり返しながら歌っていた。彼女は本当にパワフルな女性だった。彼女の顔にはナイフの傷がいくつかあったが、とても美しい微笑みをした。でも、たいていは辛辣だった。」と語っている。
他に、ジャニス・ジョップリンもカヴァーした「ボール・アンド・チェイン」も有名である。私は、「リトル・レッド・ルースター」の中での“鶏の鳴きまね”が大好きだ。
とにかく、彼女ほど、体型のみならず“超度迫力な声の持ち主”のブルースシンガー、ソウルシンガーは他にいないだろう。あのアリサ・フランクリンも顔負けではないだろうか。
晩年は心臓を悪くして、すっかり痩せてしまい、1984年7月25日(24日?)に、57歳で、心臓疾患(ガン?)により、ひっそりと亡くなったそうだ。
しかし、彼女の超パワフルな歌声は、今も我々の心に響き渡っている。
「YouTubeの動画で覚えよう英語の歌」のゆうこさんの「ハウンド・ドッグ」の対訳と動画を何点か紹介する。


http://dogaeigo.blog118.fc2.com/blog-entry-294.html
「Hound Dog」
You ain't nothing but a hound dog      あんたなんか ただの 猟犬じゃないの
Been snoopin' 'round the door         いつも 戸口を 嗅ぎまわってる
You ain't nothing but a hound dog      あんたなんか ただの 猟犬じゃないの  
Been snoopin' 'round my door         いつも 戸口を 嗅ぎまわってる
You can wag your tail               いくらでも しっぽを 振ればいいわ
But I ain't gonna feed you no more      もう 餌なんか あげないから

You told me you was high class        自分のこと 上流だと言ったわね
But I could see through that          でも ほんとの姿が わかったの
Yes, you told me you was high class     そうよ 上流だと言ったけど
But I could see through that           ほんとの姿が わかったの
And daddy I know                 そう わたし 知ってるの
You ain't no real cool cat             あんたは クールな人なんかじゃない

You ain't nothing but a hound dog      あんたなんか ただの 猟犬じゃないの
Been snoopin' 'round the door         いつも 戸口を 嗅ぎまわってる
You ain't nothing but a hound dog      あんたなんか ただの 猟犬じゃないの  
Been snoopin' 'round my door         いつも 戸口を 嗅ぎまわってる
You can wag your tail               いくらでも しっぽを 振ればいいわ
But I ain't gonna feed you no more      もう 餌なんか あげないから

You made me feel so blue           おかげで どんなに つらい思いをし
You made me weep and moan        どんなに 泣かされてきたことか
You made me feel so blue           おかげで どんなに つらい思いをし
Well you made me weep and moan     どんなに 泣かされてきたことか
'Cause you ain't looking for a woman    だって あんたが探してるのは
All you're lookin' for is a home         女じゃなくて 家庭なんだもの

You ain't nothing but a hound dog      あんたなんか ただの 猟犬じゃないの
Been snoopin' 'round the door         いつも 戸口を 嗅ぎまわってる
You ain't nothing but a hound dog      あんたなんか ただの 猟犬じゃないの  
Been snoopin' 'round my door         いつも 戸口を 嗅ぎまわってる
You can wag your tail               いくらでも しっぽを 振ればいいわ
But I ain't gonna feed you no more      もう 餌なんか あげないから











ジョージ・ワシントンの前には8人の大統領がいた!?

「プリンスが語るイルミナティの陰謀。“ケムトレイル”“歴史捏造”“アメリカは植民地であり、国民は使用人である”“オバマを信じない”“国連による宗教洗脳”」


天才ロックシンガー、プリンスが、イルミナティの陰謀を婉曲的な言い回しではあるが、暴露していた。かなり昔だが、彼のコンサートに行ったこともある。独自の音楽スタイルを持ち、ロック・ソウル・ファンク等のジャンルを飛び越えたマルチ・アーティストとしての才能は、現代のミュージシャンの中でも超一級であろう。
しかし、プリンスが、こういった骨太の発言をする「真実の勇気ある人」、であることはこれまで知らなかった。ジョン・レノンもイルミナティの陰謀に早くから気付き、暴露発言をしたことは“知る人ぞ知ること”ではあるが、「才能+努力+勇気+行動力」を伴った人間を「偉人」と呼ぶのであろう。プリンスは間違いなく「偉人」である。改めて、彼の曲が聞きたくなった。
しかし、ジョン・レノンやマイケル・ジャクソンが、イルミナティの陰謀を暴いて、抹殺されたことを思うと・・・・・彼の身が、大変心配である。
また、プリンスは「ジョージ・ワシントンの前に8人の大統領がいた」と発言しているが、ネットで検索しても、それについて解説しているサイトは見当たらない。誰か、このことについて知っている方がいたら、是非、教えて欲しい。
一部、 書き起こしと動画を紹介する。




だから彼はケムトレイルについて資料を見始めたんだ。それで彼が言い始めた事が、すごく痛いとこを突いていて、それで僕は皆に彼が言っている事をネットでも他の事からでも知る様に推薦しているんだよ。・・・(中略)・・・
最初の曲で言っているんだけど、生まれてからこれまで、同じ植民地で、米国は赤と白と青で、そして僕らは今、ちょうど植民地だと感じる場所に住んでいるんだ。僕らは皆、契約で決められた使用人なんだよ。わかるだろう?ジョージ・ワシントンの前には8人の大統領がいた事を知った時、誰かをぶちたくなったんだ。わかるだろう?どうして違って教えられたのか疑問に思ったんだ。ただ全てのストーリーを教えてくれ。自分で空白を埋めるから。でも僕が知っておく筈だと君が思う何かを教えないでくれってね。・・・(中略)・・・
それから・・・それは言う事じゃないんだ。バラク・オバマ・・・オバマ大統領は頭の良い人で、善意であるように見えると僕は思っていないんだっていう事をね。今では予言というものは私達は取り除かねばならないんだ。・・・(中略)・・・
そこでTVを見た時に国連から直接送られているのを見るんですが、彼らが宗教について随分話をしているのを聞くんですよ。聖書の指摘を継続的に聞くんです。
米国はかつてこんなのじゃなかったんですよ。
まるでほとんど神なんて必要ないって、宗教なんか必要ないって感じだったんだ。そして政治には公正さがあって、だからここでは教会と国に隔たりがある筈だったんだよ。国と道徳を分離する事はできませんがね。






併せて、ジョン・レノンのインタビュー「世界は狂人によって支配されている」を紹介する。






さらに、マイケルとジミヘンに関するイルミナティの陰謀を暴いた動画を紹介する。



TPP推進しますか、それとも人間やめますか

「原発とTPPを推進する多国籍企業(=イルミナティ)、自民党、売国奴連中」


国家の利益よりも多国籍企業(イルミナティ)の利益が優先される。国民が立ち上がって、原発を廃止に追いやったら、原発関連企業が利益を失ったとして、日本国家を訴える。そして、国際裁判所(当然、イルミナティの支配下)が、「それは当然日本が悪い、多国籍企業に賠償しなさい!」と命じる。そんなバカな!と思っても、カナダでも、メキシコでも100%多国籍企業が勝訴しているのだ。そんな“信じられない”ISDS条項という極悪条項が内在しているのがTPPの正体である。売国奴連中は、“グローバルスタンダード”とか、“船に乗り遅れるな”とか、「自分でも自分の言っていることが理解できていない言葉」を発するバカ・カスである。そんな悪魔の条約を推進している自民党・666のみんなの党・異神の怪に投票するのは、「どうぞ私を殺して下さい」と言っているようなものである。
TPPのことを解りやすく解説したブログと動画を紹介する。
ちょっと昔の覚醒剤撲滅キャンペーンのキャッチコピーじゃないけれど、「TPP推進しますか、それとも人間やめますか」と私は言いたい。



http://blogs.yahoo.co.jp/hellotomhanks/64001653.html
「本音言いまっせー!」さんの「孫崎亨氏の視点」より
原発とTPP:こんな事態考えたことありましたか
「TPPに入れば再稼働阻止が難しくなる」

今日、原発再稼働に反対するグループと、TPPに反対するグループが
別個に行動する場合が大きい。
 
今日本は極めて深刻な岐路にある、原発再稼働に反対するグループと、
TPPに反対するグループが強調する必要があると思う。

 この中、立教大学 郭 洋春教授「TPPすぐそこに迫る亡国の罠」
の論を一部紹介する。

 *************

日本中で、実に多くの人が原発に反対しています。
その一方でTPPに賛成する人も国民の半数を超えています。

 TPPの中に盛り込まれる条項をからこうさつすると、TPPに加盟すると
原発に反対することが出来なくなります。

 それを証明する事件がドイツで起きました。

 脱原発に転じたドイツ政府が、スウェーデンの企業からEU版「ISD条項」
によって訴えられた、

 ドイツ政府は2011年までに6つの原発を廃炉にし、2022年までに
残りの9つを廃炉にする」との政策を表明しました。

 このスウェーデンの企業バッテンフォール社がISD条項を盾に
ドイツ政府に対し原発ゼロ政策方針を取り消すよう求めてきた。
 
 バッテンフォール社はフランクフルト均衡に原発を提供していた企業です。

 その原発の寿命を計算すると約9000億円の損失が予想される」として
その賠償を求めたのです。

 国民の命と安全を守るために隣国のスウェーデンの企業バッテンフォール社
が取り消すよう求めてきたのです。

 これは日本にも置きます。


 日本の原発企業は米国企業と関係を持っています。

 脱原発されたら想定していた通りの利益が上がらなくなる。
その分を払えと訴えられる可能性があります。

 TPPによる市場アクセスと企業の自由な経済活動に抵触し、ISD条項で
訴えられる可能性がある。

 つまり、「TPP加盟=原発推進」なのです。
TPPの持つ属性で最も破壊的なものは「ISDS条項」と「ラチェット規定」の二つである。


http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2013/07/post-11d9.html
「神州の泉」さんの「TPPのISDS条項は国際法違反の国家消滅思想」より
今回はISDS条項について、「TPP 黒い条約」(集英社新書)から、「TPPを考える国民会議」の世話人で弁護士の岩月浩二氏の論述を参照させていただく。
ISDS条項(Investor State Dispute Settlement)とは、貿易協定の中で、外国投資家と国家の紛争をどう解決するのかということについて定める条文である。
注意を要するのは、この条項が《「国家」対「国家」》ではなく《「投資家」対「国家」》となっていることである。
貿易協定において、ある国が外国からの投資に対して規定や法律の制定などを設けていた。しかし、“その内国制度等によって”投資主体が損害を被ったと判断した場合、当事国に対して国際投資家裁判を起こし、賠償を請求できるというものである。
常識的に考えると、国際裁判に持って行くということがおかしい。
岩月浩二氏によると、外国投資家が違法に権利を侵害されたのであれば、当事国の裁判所に訴えることができるという。
日本では法の下の平等原則が及ぶので、外国投資家だからと言って不公平には扱われない。訴訟機会は保障され、司法判断も平等に下されるそうである。(※建前上はそうなっているが、植草事件等を見るとこの原則は必ずしも履行されていない。日本の司法はかなりヤバい。だが、これは国内問題。)
岩月氏によれば、国際法では国家が最高の権利主体であるから、その国家を第3者が一方的に裁判にかけることができないのが原則だという。
つまり国家間の紛争は当事国同士が外交交渉によって決着をつけるしかない。ましてや、一企業や一民間企業が第3者機関に対して国家を訴えるという“話”自体が最初から常軌を逸脱している。
岩月氏は重要なポイントを指摘する。ISDS条項は、国家にさえ認められていない、相手国を強制的に国際裁判に引っ張り出す権利を、なぜ外国投資家には認められるのか!?という一点である。
この場合の「投資家」とは通常イメージされているそれよりも範囲が広く、たとえば日本企業の外国人株主、外国社債権者等、一定の契約上の権利を持つ外国企業なども入るそうだ。
そうなるとISDS条項を盾にとって、日本という国を叩きまくって莫大な損害賠償を請求できる者とは、なにも外にいる投資家ばかりではないということになる。
橋本龍太郎政権から始まって、小泉政権になってから、わが国の大企業や中堅企業には軒並み外国株主が殺到し今や概ね日本企業の半分以上が外国人株主に経営権が移っている。
ということは、れわれが昔から純然たる日本企業だと思っていた名だたる企業群は、外国人株主がISDS条項を振り回して、日本国内で群雄割拠して暴利をむさぼることになる。
彼らは日本の社会制度をぶっ壊しながら、好き勝手に営業活動を行うことになるが、これに敗れた日本のまともな企業群は死屍累々の惨状を呈することになる。最後の血の一滴まで搾り取られ、二度と立ち上がることはできない。結果、巷には失業者があふれ、自殺者が激増する。
これは体内に猛毒ウィルスが侵入し、免疫が機能しない状態と同じことになる。外国投資家が国家を超越し、日本市場を暴君のように蹂躙できるのだ。これこそが究極の新自由主義による侵略ではないか。
国連憲章にある内政不干渉原則をISDS条項は完全に無視している。外国の一投資家が内国制度を無効化できるTPPという国際条約とは何であろうか。
ここで神州の泉は、あえて“国際条約”なる言葉を使ったが、実はISDS条項は国際条約とは似て非なるものだ。
ここが大事なのだが、ISDS条項は“グローバル条約”なのである。この条約の思想には国の際(きわ)、すなわち国際(international)とか国境(border)の概念はない。むしろ、それらを積極的に取り去る方向性を持つ。
ISDS条項とは、グローバリゼーションに付随するあらゆる属性を最大限発揮させるために先鋭的に条約化されたものである。
簡単に言えばISDS条項を主砲にしたTPPとは、国家主権をグローバル主権に置き換えながら、グローバル資本が他国の富を容易に略奪するための貿易協定なのである。
日本という国家を解体してまで、多国籍企業に百パーセント都合の良い商業ルールを認めなければならない道理はない。TPPに危機感を感じないグループや、自分から国際金融資本のポチに成り下がった日本人は、国を売り、同胞や親兄弟を阿鼻叫喚の地獄に導く人間のクズである。

国家とは、政府が国民の安全と生活を守るために非営利的な政策を行う統治機構である。この非営利的な国民防御のシステム全てを敵視し、無効化するのがグローバル化なのであり、TPPはその究極的な進展形態である。
「国会は国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。」(憲法第41条)
この条文がTPPによって機能しなくなれば、TPPで何か問題が起きても、国権の最高機関で法律的な対処ができなくなる。
岩月氏はこの状況を、国際投資家裁判所に立法権を明け渡すことだといっている。TPPとは、まったくとんでもない仕組みである。

CSISに籠絡(ろうらく)された自民党の幹部連中は、ISDS条項の真実をとことん知っていて推進に走っている。彼らがどれほど悪辣な日本人かよく分かる。





FEMAが殺しにやって来る!?

「いよいよFEMAがやってくる、ロシア人によるアメリカ人の強制収容所送りか!?」


かねてから噂されていた、「史上最悪の悪魔組織FEMAがアメリカで発動される」という噂の動画を目にしたので、嘘(もちろん嘘であってほしいが・・・)かホンマか判らないが、とりあえず紹介する。
その前に、FEMAとは、ウィキペディアによると

アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency of the United States、略称:FEMA)は、大災害に対応するアメリカ合衆国政府の政府機関である。天災にも人災にも対応する。アメリカ国土安全保障省の一部であり、緊急準備・即応担当次官 (Under Secretary of Emergency Preparedness and Response) の下に置かれている。FEMAは、洪水、ハリケーン、地震および原子力災害を含む、その他の災害に際して、連邦機関、州政府、その他の地元機関の業務を調整することを請け負っている。また、家屋や工場の再建や企業活動・行政活動の復旧にあたって、資金面からの支援を行う。各州や連邦政府直轄地等(ワシントンD.C.)には緊急事態管理局という下部組織が存在する

というのが建前であるが、オルタナティブ通信さんより引用する。


http://alternativereport1.seesaa.net/article/213447859.html
2011年07月06日
アメリカで、準備されている、クーデター計画


 米国では、災害救助法により、災害時には米国の全公務員が、FEMA=連邦緊急事態管理庁の「指揮下に入る」事が義務付けられている。

日頃から官僚組織の運営に手慣れている各省庁が、かつて一度も省庁の運営を担当したことが無いFEMAの、「指揮・命令」の下に、なぜ、災害と言う緊急事態に入らなければならないのだろうか。

災害時の救助を名目に創設されたFEMAは、戦車とマシンガン等で武装した軍隊である。地震で、ガレキの下になった市民を救助するため、ガレキを戦車の砲撃で吹き飛ばすのであろうか?

FEMAは、災害救助とは無関係な、重武装した軍隊である。

既に発令されている、災害時での、大統領命令。


1、アメリカ合衆国大統領特別命令第10995号「全報道機関の政府による接取」。

2、第10997号「全ての電気ガス石油エネルギーとその施設の接取」。

3、第10998号「全食料と農場の接取」。

4、第10999号「車両等の輸送手段、高速道路、港の接取」。

5、第11000号「全市民への強制労働命令権」。

6、第11001号「全病院、福祉施設、教育機関の接取」。

7、第11002号「全市民の個人情報の政府への登録義務化」。

8、第11003号「全航空機、空港の接取」。

9、第11004号「住宅予算局を窓口とした全市民の強制移住命令」。

10、第11005号「全鉄道、運河、倉庫の接取」。

11、第11490「政府の全権利、機能のFEMAへの移譲」。


エネルギー、食料、鉄道・道路交通網、空港、航空機、自動車・トラック等の車両、マスコミ機関、学校・病院等、あらゆる物資・設備が、全て政府の所有物・監視下に入る事が、「大統領命令」として既に出されている。

そして、この「政府」そのものが、FEMAの指揮下に入る事になっている。FEMAという軍隊が、アメリカ全土の、全設備の「所有主」になる。

このFEMAが、全市民に対し、強制労働=奴隷労働の命令権を持っている。全市民が、FEMAの「専属奴隷」となる。

全市民は、FEMAの命令した地域に「強制移住」させられ、現在、住んでいる住宅を「召し上げられる」。アウシュビッツの収容所への、「強制移住」と同様の、強制移住命令権を、FEMAが持っている。


 2011年現在、有効である、この大統領命令は、FEMAによる「軍事独裁政権」の樹立、アメリカでのクーデター計画を明白に宣言している。

このFEMAの創立者ズビグニュー・ブレジンスキーが、オバマ大統領の、「最高政策ブレーン」である。

これは、どういう事か?

オバマは、「アヤツリ人形」であり、ブレジンスキーが、その「ボス」である。ホワイトハウスが、最終的に、何を目指しているかが、ここには明確に示されている。


(管理人)
ガセだと信じたいが、人工地震や、原発事故や、TPPや、遺伝子組み換え食品や、ドル崩壊等、わけのわからない世界情勢だが、これが現実になってしまったら、日本も当然他人事では済ませられない。これがきっかけで、イルミナティは「第三次世界大戦」を計画通り勃発させるかもしれないのだ・・・
恐怖を煽っているわけではないのだが、最悪に備えて心の準備をしておく必要はあるだろう。
問題の動画及び、FEMAに関する動画を紹介する。











2025年、マイクロチップによる国民管理社会到来か!

「恐怖のシナリオ発表!イルミナティ・文部科学省・自民党が目指すべき社会は、マイクロチップ人体埋め込みによる国民管理社会だ」


「世の中おかしい・・・」さんからの情報だが、文部科学省技術科学研究所科学技術動向研究センター(長ったらしい名前だな)から、「2025年に目指すべき社会の姿」として、とんでもない内容の文章が発表されているらしい。「健康状態を常時モニタリングするための体内埋込み型センサーチップを使う場合もある。」とはっきりと明示している。さらに、「遺伝子組換え植物・食品に関する一般市民のポジティブな理解とコンセンサスの形成(2015年)」とまで、書かれている。どうやら自民党は、イルミナティ・ユダヤアメリカ政府に命ざれるままに、百害あって一利もないTPPに加入して、悪徳企業モンサント社の遺伝子組み換え食品を大々的に導入し、ただでさえ、人工地震とコンピューターウィルステロによる福島原発爆破によって引き起こされた放射能汚染で大変な状態なのに、日本国民をさらに死の淵に追い込もうとしているようだ。
お前たちは、イルミナティの手先になって、国民を騙し、殺戮することがそんなに嬉しいのか?因果応報というが、必ず悪事を働けば、つけが自分にまわってくる。少しでも、良心があるのなら、命懸けでも撤回せよ!
併せて、「さてはてメモ帳」さんを通して知った「長周新聞」さんの、「日本版NSC設置法案提出」(これまた大問題である)の記事と、「マイクロチップの人体埋め込み」に関する動画を紹介する。
前回選挙に続いて不正選挙をするだろうが、「決して自民党だけには投票してはいけない」と言いたい。(「666のみんなの党」や「異神の怪」もイルミナティ政党ですヨ!)

以下、引用開始。


http://ameblo.jp/hidy0701/entry-11572840206.html
文部科学省の文書「2025年に目指すべき日本の姿」日本でもマイクロチップ埋込計画
2013-07-15 10:53:21
テーマ:日本
興味深い文書を見つけましたよ

これは文部科学省技術政策研究所科学技術動向研究センターから出ている

文書「2025年に目指すべき社会の姿」です。



http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/beikokunisasizusarerusireitou.html
米国に指図される「司令塔」
日本版NSC設置法案提出
              政府にCIA真似た諜報機関
    2013年6月12日付

 株価乱高下の騒ぎに紛れて、先週末に安倍政府が米国の「国家安全保障会議」(NSC)を真似た「日本版NSC」を設置するための法案を国会に提出した。会期末の駆け込みで、次期国会での成立を目指す動きを見せている。外交や安全保障政策とかかわって司令塔になる組織とされ、首相、官房長官、外相、防衛相の4人を会議の司令塔に指名し、その下に専従スタッフ100人ほどを揃えた「国家安全保障局」を内閣官房に設置する内容になっている。第一次安倍政府の時期に米国ブッシュ政府からそそのかされ、その後も米国NSCと一体化した組織として機能する日本版NSCの設置が求められてきたが、今回の法案で盛り込まれている「国家安全保障局」の任務たるや情報収集で米国政府の諜報機関であるCIA(中央情報局)や、ネットや通信傍受での覗(のぞ)き見趣味が暴露されたばかりのNSA(国家安全保障局)といった組織の、いわば日本支部を設置するような動きになっている。 日本版NSCでは、司令塔4人による「4大臣会合」を定期的に開催して国家戦略を策定していくとしている。現有メンバーで見てみると安倍晋三、菅義偉、岸田文雄、小野寺五典の4人が「司令塔」になるというものだ。新たに安全保障担当の首相補佐官を常設し、さらに官房長官が指揮する国家安全保障局が内閣官房に設置され、省庁を飛び越えた強い権限を持って情報収集にあたるとしている。
 今のところ、日本版NSCがいかなる組織なのか、100人もスタッフを抱えて具体的に何をしようとしているのかは、漠然として明らかになっていない。ただ、ブッシュ政府が「対テロ」戦争を進めるにあたって日本政府に創設を要求し、米国本国のNSCとの一体的な運用、すなわちホワイトハウスの支店として機能することを願望してきたことや、こうした国会を飛び越えた「司令塔」の存在、国家警察的な組織の設置が、自衛隊が米軍の下請軍隊化するのとセットで進められてきたのは疑いのない事実で、官邸に軍事的な司令塔機能を強化することが狙いとなっている。
 母体となる米国本国では、情報・諜報活動をおこなう政府機関が幾つもあり、もっとも代表的なものとしては米国政府の諜報機関であるCIA(中央情報局)が世界を股にかけて諜報活動をしていることが知られている。また、国防総省の諜報機関で、主に通信関連の傍受を専門としているのがNSA(国家安全保障局)で、最近では一般人のパソコンや通信記録に至るまで情報収集していたことが発覚し、世間を賑わせている。
 安倍晋三は官房長官時代から、首相直轄の「対外情報機関」創設を掲げ、「日本版CIA」を内閣官房に設置することを目指してきた。「テロ」情報や外国の政治、軍事情勢の収集活動にあたる要員を育て、それらが米中央情報局(CIA)や英対外情報部(MI6)など各国の情報機関とも情報交換するなど連携体制を構築し、その要員としては警察、防衛省、内閣情報調査室、外務省などから人材を登用するというものだった。
 こうした動きの発端になったのは、日米同盟強化を合意した日米防衛政策見直し協議で、2005年に打ち出した「日米同盟:未来のための変革と再編」で、「部隊戦術レベルから戦略的な協議まで、政府のあらゆるレベルでの緊密かつ継続的な政策及び運用面の調整をおこなう」「部隊戦術レベルから国家戦略レベルに至るまで情報共有及び情報協力をあらゆる範囲で向上させる」と合意したものの具体化として進められている。
 さっそく「官邸主導」といってホワイトハウスの真似事を始めたのが安倍晋三で、第一次安倍政府の時代にも「チーム安倍」といって盛り上がったあげく、お友だち内閣が空中分解した経験がある。その後も民主党の菅・野田政府が引き継ぎ、昨年末の衆院選で与党が入れ替わるよりも前に日本版NSCの設置は決定され、関連する秘密保全法の法制化も進められてきた。民主党政府であろうが、自民党政府であろうが、米国政府からの要求に従って進めてきたホワイトハウスの「支店化」といわなければならない。

 日本国民の弾圧を意図 「対テロ」口実に

 近年、「日米同盟の強化」「対テロ」を口実にしながら、警察国家・国民監視社会の整備が進められてきた。「治安維持法」の上をゆくといわれた「共謀罪」「盗聴法」の導入、さらに警察官の増員など、国民弾圧体制を何年来にわたって強化してきたのが特徴だ。単純に「犯罪」撲滅のためというよりも、国家と国民の関係において矛盾がますます深まり、権力者が国民の反乱を恐れる時代が到来したなかで起きている。
 すでに車はNシステムで日本中の道路を監視、高速道路はETCで利用状況を監視、盗聴法で警察は盗み聞きもやりたい放題、監視カメラが街のあちこちに設置され爆発的に普及された。便利と思った携帯電話は電波傍受が簡単なだけでなく、GPSが組みこまれて居場所が宇宙から丸見えとなり、国民総背番号制で一人一人の暮らしもデータベース化されていく。情報をすべて住基ネットのID番号で整理すれば、どの銀行のどこの端末からだれに送金したか、何円預入れ・払戻ししたかといったことまで、一挙手一頭足がすべて監視されることになる。
 さらに、それら国民生活の膨大な情報データが一本化され、アメリカのCIAがオフィスで閲覧することも可能なシステムに統合されていく。なんでもかんでも電子情報化するのとあわさって、「日本国民監視」体制がつくられようとしている。
 小泉改革以後、日本社会では格差社会の浸透、絶対的貧困化や社会の退廃状況を反映した犯罪、猟奇的な殺人事件などが確かに増えた。それを逆手にとって進められる弾圧体制の特徴は、国民弾圧そのものに向いており、「プライバシー保護」を叫びながら、最大の「覗き見」国家になる方向に進み、国民監視だけではなく海外に向かって情報収集に出かけていくCIAの手先まで、政府機関に設置するところまできた。
 米国政府がチーム安倍をアゴで使う機関のことを「日本版NSC」といっているにすぎない。国家を動かす「司令塔」の司令塔がホワイトハウスに置かれ、国会を否定してその機能を飛び越えて権限を持たせる動きになっている。





聖徳太子は蘇我入鹿であり、蘇我善徳であり、スサノオと関係している

「聖徳太子は蘇我入鹿である」関裕二



1991年の書である。「歴史書とはその時代の権力者の存在理由を明らかにすることであり、自らの、そして先祖の偉大な功績を後世の人々に伝えたいという、権力者の欲求を満たす目的で編纂されたものであるため、「古事記」「日本書紀」の作者が作為をもってその記述内容をわからなくしてしまった、という前提に立ってみたら、古代史の多くの謎が解けるのではないか。」との視点で、古代史の謎に迫った著者のデビュー作である。
以下、一部引用。



*あまり知られていないことなのだが、天皇家の「皇祖心(こうそしん)」として崇められている天照大神(以下・アマテラス)の鎮座する伊勢神宮は、古代より天皇がほとんど参拝していない。正史である「日本書紀」のなかで初めて伊勢行幸をした天皇は持統天皇であるが、じつはこのとき、その当時中納言であった大三輪朝臣高市麻呂(おおみわのあそみたけちまろ)という人物が、冠位をなげうってまでその行動を諫めている。古代日本の中心である奈良盆地においてアマテラスを祀る神社といえば、三輪山のふもとにある桧原(ひばら)神社(元伊勢)という社をつくることもできぬほど質素なものであった。また、初代大和王朝であり、天孫族東遷の立役者でもある神武天皇を祀る場というものは、じつは明治時代に橿原神宮ができるまでは、なかったのが実状である。
いったい、それはなぜだろうか。

*アマテラスが高天原の統治を任されたのとは裏腹に、その後のスサノオは悪行がおさまらず、ついに怒ったアマテラスは、天の岩戸に隠れてしまった。けっきょくスサノオは高天原の問題児として、出雲の国へ追放され、そこでの八岐の大蛇の退治などの活躍譚と末裔たちが高天原の神々に屈服する過程が出雲神話という形になった。
このアマテラスとスサノオという相反する性格の二神は、あまりに白黒がつきすぎ、図式化されすぎている。
・・・・・(中略)・・・・・
さらにおかしなことに、「日本書紀」のなかで徹底的に醜い存在としてあつかっていたスサノオを中心とした出雲系の神々を困ったことに、当時の大和朝廷が手厚く祀っていた。
しかもそれは古代に限らない。明治天皇が初めて京都から東京に遷ったときに、まっ先に訪れた神社が高天原系の神社ではなく、出雲系の武蔵国の一の宮にあたる大宮氷川神社であったのだ。
とすれば、先ほどの神話におけるアマテラス=高天原系(天孫族)と、スサノオ=出雲系(出雲族)との間における、あれほどまでにはっきりとした勧善懲悪の図式というものと、現実に天皇家が敬い祀る、神々としての出雲族とはいったい何を意味するのか。

*この「先代旧事本紀」の記述を信じるならば、蘇我氏の母系の祖は物部氏であり、しかも孝元天皇の血を引き継いでいるということになる。しかもこの伝承を「日本書紀」は無視し、物部氏の伝承にのみ書かれていたということに大きな意味がある。
つまり「日本書紀」がいうように、物部氏と蘇我氏とが敵対関係にあって、しかも蘇我氏の素性も定かでないのであれば、物部氏にしてみれば、なにも無理をして自分たちの血筋に蘇我氏を組み入れる必要がないのだし、ひいては蘇我氏が天皇家の血をひいていることを蘇我氏になりかわって主張する必要などどこにもない。とすれば、蘇我氏が物部氏の血をひいていたという物部氏の伝承は、むしろ信憑性を増してくる。
この推論が成り立つとするならば、「日本書紀」によって、物部氏と蘇我氏の親密さというものが歴史から抹殺されたといえるだろうし、その両家が親密であったことが、(あくまで「日本書紀」編纂における)朝廷にとって都合の悪いことだったという疑いが強くなってくる。
その都合の悪かったことが何であったかを、今はまだ指摘する段階ではないが、ここで気になるのは、七世紀、物部氏と蘇我氏の橋渡し役を演じたであろう物部守屋の姪、鎌姫大刀自連公の存在である。
「先代旧事本紀」によれば、この女人は、ちょうど隋から裴世清が来日するそのとき、政局に重大な発言権を持っていたように記されているから、この人事に聖徳太子が大いにかかわっていたであろうことは、想像に難くない。したがって、この物部系の女人を通じて、物部氏、蘇我氏、聖徳太子という大きな歴史の謎が結びついてきた可能性は高い。
蛇足になるかもしれてないが、鎌姫大刀自連公について少し気になるのは、聖徳太子の妃のひとりで、山背大兄王の母である、刀自古郎女(とじこのいらつめ)に名前がよく似ていることである。
さらにこのように系図にしてみると、聖徳太子と蘇我馬子は「馬」で共通し、その妻は「刀自」で共通していることがわかる。

*今まで、架空の神話であり、おとぎ話としてのみ受けとめられ、歴史としてまともに取りあつかわれなかった神代の世界。そのすがたが明らかにされたことによって、われわれは神武天皇以後の大和朝廷というものが、じつは九州王朝(天皇家)と出雲王朝(物部氏・蘇我氏)の連合国家であることを知った。
連合体制がいつまで続いたのかは何もわからない。連合国家だったという事実は「日本書紀」によって抹殺されているからだ。
・・・・・(中略)・・・・・
かりに物部氏を出雲王朝の末裔とするならば、彼らが最も大きな打撃を受けたであろう事件は、蘇我馬子や聖徳太子とのあいだに起きた宗教戦争であったと考えられる。「日本書紀」には、守屋の一族はたしかにそこで滅び去ったとある。だが、先にあげた物部氏の伝承「先代旧事本紀」は、両者のあいだの一時的な対立はみとめるものの、大々的な戦争があったことは沈黙を守っている。しかも敵方の蘇我氏が出雲王朝の末裔であることさえ暴露しているのである。さらに「先代旧事本紀」は、蘇我馬子の妻が物部の出で、その息子が入鹿であり、入鹿は「日本書紀」によれば、物部氏の母の財力によって威を得ていたため、物部大臣とさえ呼ばれていたという。

*この「元興寺縁起」に登場する馬屋門皇子が俗にいう、「日本書紀」よってつくられた聖徳太子だとすれば、それとは別に聡耳皇子とよばれる、これまた聖徳太子とされる人物が実在したことがここで暴露されている。
しかもその人物は「大々王」にとって「わが子」であり、その母は物部氏出身の母をもち、元興寺を起こす処を見定め、完成させた、という。
これはだれか。
その答えは「元興寺縁起」をしめくくる文章のなかにこっそりと挿入されていた。
「推古天皇は池辺天皇の子・等与刀弥々(とよとみみ)大王(聖徳太子)、および蘇我馬子に仏法の隆盛を促し、また、蘇我馬子の長子・蘇我善徳を頭にして、もって元興を建てさせた」
蘇我善徳。
彼こそ、ニギハヤヒとならび、「日本書紀」「古事記」が全力をかたむけてこの世から抹殺しようとした男の名。そして、大々王の子であり、大王=天皇として君臨していた聖徳太子の素顔である。
・・・・・(中略)・・・・・
さらに「先代旧事本紀」を思い出していただきたいのであるが、そのなかに物部鎌姫大刀自(もののべのかまひめおおとじ)と嶋大臣(しまのおおおみ・蘇我馬子)との間にできた子が豊浦大臣(とゆらのおおおみ)で、その名を入鹿といったと書いてあるのだ。
しかも入鹿の別名は、君大郎(「藤氏家伝」)、宗我大郎(「藤氏家伝」)、林大郎(「法王帝説」)、蘇我臣入鹿時人称太郎是也(「聖徳太子伝暦」)とあって、長子としてあつかっているのを考え合わせると、なんと善徳という人物と入鹿は、奇妙なことに、ここでぴったりと重なってしまうのだ。

今まで「日本書紀」によって前代未聞の大悪人とされ、聖者である聖徳太子の一族を滅ぼしたとされる蘇我入鹿こそが、飛鳥の聖者、聖徳太子その人であったことになるのだ。

*仮に、大化改新当時、私見どおり、二朝並立という状態にあったのならば、先にみた現為明神御八嶋国天皇は、中大兄皇子の母・皇極天皇(斉明天皇)であった疑いが強い。
そこで、この人物に注目すると、興味深い事実が浮かびあがってくる。
斉明天皇二年の記述である。
「この年、飛鳥の岡本に、宮の地を定めた。(中略)ついに宮を建て、斉明天皇は遷られた。名づけて後飛鳥岡本宮(のちあすかおかもとのみや)という。
田身嶺(たむのみね)をぐるりと囲む垣をつくった。田身は山の名である。これを「たむ」という。また、嶺の上の二本の槻(つき)の樹のほとりに、高殿(たかどの)を建てた。これを名づけて両槻宮(ふたつきのみや)とした。または、天宮(あまつみや)といった」
ここに出てくる斉明天皇の宮・後岡本宮は、夫の舒明天皇の岡本宮の跡地である。どこにあったのかというと、定かなことはわからず、古くは飛鳥の東側の岡寺付近と考えられていたが、最近では「岡」とは、飛鳥の中心、雷岡を指すのではないかとする説が有力である。
ただし、私には、先の「日本書紀」の文面をすなおに読めば、旧説の方が正しいと思われる。その宮は多武峰に「周れる垣を以てす」とあるのだから、ここにいう飛鳥の岡本宮が、田身嶺=多武峰(とうのみね)につくられたと考えられる。また、岡寺が多武峰の中腹にあることを思うと、岡本宮は岡寺あるいは多武峰周辺にあった方が自然であろう。・・・・・(中略)・・・・・
この山に中臣(藤原)鎌足を祀った談山(だんざん)神社がある。この神社の名は、鎌足が中大兄皇子と蘇我入鹿を滅ぼすために談じ合った山という故事からつけられた。
・・・・・(中略)・・・・・
かたや蘇我善徳を中心とする出雲王朝は、大陸との往来に便のよい難波への遷都を計画し、この世の天寿国の実現へ、あと一歩のところのせまりつつあった。
中大兄皇子と中臣鎌足は起死回生の最後のチャンスとして、難波遷都直前の一瞬にすべてをかけた。それが聖者善徳暗殺だったのである。

*ところで、これはあくまでひとつの推論にすぎないのだが、入鹿暗殺の直後の古人大兄皇子のことば「韓人、鞍作臣を殺しつ」の「韓人」は、「日本書紀」の注では「韓政」を意味するとされていることは先に述べたが、もしすなおに皇子のことばを信じて、入鹿=善徳の殺人現場に「韓人」がいたとするならば、その人物を特定することができるであろうか。
・・・・・(中略)・・・・・
ほかの史料を漁ってもこれといった決定的な説は導き出せないのだが、「法隆寺資材帳」に残った妙な一節によると、持統天皇七年(693)のこと、法隆寺や飛鳥寺の三人の僧が、父母の報恩のために観世音菩薩像をつくり、この小さな善根を積むことで、迷いのない浄土へ行かれるよう願ったとあり、さらに、
「族は大原の博士、百済に王として在りし、此の土に王の姓なり」
とあり、この三僧の父は、もと百済の王で、日本に帰化してからは大原の博士と呼ばれたというのである。博士というのは中国では、儒教の教官であるとともに、皇帝の諮問に応じ、民政の教化にあたるなど、国政にもたずさわる存在であった。したがって、孝徳朝における、国博士高向玄理のような存在とみて間違いあるまい。いわば天皇にとってのブレーン的存在と解釈していいだろう。
大原というのはどこで、その博士とはいったいだれなのか。
現在の明日香村小原(おはら)はその昔、大原と書いた。飛鳥坐(あすかにいます)神社の社を右に入ってしばらく行くと、道の右手に藤原鎌足の母と伝えられる大伴夫人の墓があり、その少し先の左手の小じんまりした神社が「大原神社大神宮」である。
この地は、中臣鎌足誕生地と伝えられ、その石標には、大織冠誕生旧蹟とある。さらにその長子である定恵はこの地にて百済人に毒殺されたという。
中臣鎌足が大原に縁が深かったことはたしかであり、逆に大原といえば鎌足以外の人物を想像することはできない。
もし鎌足が百済王の末裔で、大原博士とよばれ、中大兄皇子の懐刀として入鹿=善徳暗殺を実行したのだとすれば、この時代の多くの謎が解けてしまうような気がするのだが、いかがだろうか。


*奈良県橿原市小綱(しょうこ)町に「小綱の大日堂」と親しまれている普賢寺(ふけんじ)。鎌倉時代の大日如来坐像が安置されているのが、その名の由来のようだが、その境内に入鹿の邸宅跡とされる入鹿神社がある。門脇禎二氏の「蘇我入鹿」には、
「「日本書紀」に悪逆ぶりを記された入鹿であるのに、邸宅の伝承と神社が在しつづけたことは、それだけで無視し難い気がする。そういえば、石鳥居にもどこにも入鹿神社の社名を示す文字も標識も何一つ無いことが、かえって後世になっても入鹿を祀りつづけることへの憚りを思わせるものである」
という指摘がある。
そしてこの神社の説明板にも不可思議な表記がある。
「入鹿神社本殿一棟
当社は廃普賢寺の東南部の一段高い所に向かって建ち、もとは同寺の鎮守社であったと伝えられる。祭神は、素戔鳴(スサノオ)尊と入鹿大臣の両柱を合祀している
また、寺の入口の路地のわきにある道標のような石碑には、側面に、
「蘇我入鹿公御舊跡」
とあり、正面には、
「聖徳太子御自作大日如来仏起山普賢寺」
と刻まれていた。

なおつけ足すならば、この一帯の人々は、つい数十年前までは多武峰の集落に敵愾心(てきがいしん)をもちつづけていたらしく、けっして婚姻関係を結ばなかったという。
どうやら歴史の因縁とは、そう簡単に消えないものらしく、人間のやっかいな習性のひとつかもしれない。しかし、だからといって、それを無意味なものと、一蹴するつもりは、さらさらないのではあるが・・・・・・。





管理人)
前回の「八切史観」にも驚かされたが、今回の「関史観」も、八切氏に負けないぐらいの衝撃的な内容であった。両史観は、「古事記」「日本書紀」が、藤原氏による偽歴史書であり、全く別の角度で調べないと真実の歴史を知ることはできない、との点では一致するが、内容的にはかなり異なっているようだ。

中大兄皇子については、八切氏は百済系としているが、関氏は特に記してないので、古代日本系との認識であるだろう。
藤原鎌足については、八切氏は中国系・吉備王朝で、郭務悰であるとしているが、関氏は百済系の王の末裔としている。
蘇我氏については、八切氏は新羅系としているが、関氏は出雲系としている。

私が思うに、藤原鎌足については、関氏が述べているように、大原神社にゆかりのある点からは百済系の可能性が高そうだが、八切氏の「藤は唐」「藤原京は桃源郷」「漢字は唐字」との説も実に説得力があると思うので、中国人説も信憑性が高いと思う。関氏は論点の根拠を明示しているが、八切氏は明示していないところに難がある。「藤原鎌足=郭務悰」の根拠を明示してもらいたいものだが、著者は他界しているので、それも無理な注文である。
中大兄皇子については、百済系であると思う。藤原鎌足が百済系なら、同郷ということで、大化改新(乙巳の変)を共謀したのも理解できる。藤原鎌足が中国系なら、中大兄皇子が利用されたのであろう。
蘇我氏については、新羅から出雲に渡ってきたのだと思う。

先日、「陰陽師Ⅱ」をテレビで観たが、「大和王朝に滅ぼされた出雲王朝の末裔が鬼・怨霊となって、京の都を襲いに来る」といった内容であった。まさに、この書が暴いていることを土台に映画化しているところは評価したいと思う。また、この映画は、「大和王朝が出雲王朝を滅ぼしたことのみならず、外国勢力(唐や百済)が日本を侵略し、日本原住民を虐殺したことを暗に伝えているのだ」と感じた。
藤原氏は、蘇我入鹿(=聖徳太子)を暗殺したのみならず、徹底的に悪人に仕立て上げ、自らの政権を美化した。そして、聖徳太子の虚像を世に広めることによって、歴史の真実を見えにくくさせ、蘇我氏と物部氏と出雲族の繋がりを隠し通した。さらに、実在した出雲王国及び元祖天皇家を神話の世界に封じ込め、「アマテラスは善で、スサノオは悪」といったスリコミを「古事記」「日本書紀」を使って二十一世紀の未来人に至るまで洗脳した。
藤原氏が、百済人であるか、中国人であるか、はたまたユダヤ人であるかは定かでない。ただし、藤原氏が、「御用作家を使って歴史を偽造し、日本原住民を虐殺した」というのは、紛れも無い、許しがたい事実である。

最後に、入鹿神社の箇所で、「スサノオと蘇我入鹿(=聖徳太子)が共に祀られている」との表記は、蘇我氏と出雲族の繋がりを示す証拠となるであろう。そして、「この一帯の人々は、つい数十年前までは、多武峰の集落に敵愾心をもちつづけたとのことで、決して婚姻関係をもとうとしなかった」との文章には、強烈な印象を覚えた。
権力者である藤原氏は、御用作家や御用学者を使って、いくらでも歴史を偽造することは出来たであろう。しかし、虐げられた民衆の声を全く消し去ることは出来なかったのだ。
一度、入鹿神社やこの書に記載されていた神社・仏閣に改めて訪ねてみたい気になった。


評点:90点

藤原氏(郭務悰)に支配された縄文日本原始住民

「日本古代史入門」八切止夫



1983年の書である。この書及び、著者の存在は、太田龍氏の書を通して知った。
ウィキペディアによると、本名は矢留節夫(やどめ せつお)、1914年~1987年、歴史小説家。太平洋戦争後、親交のあった関東軍将校と共に自決を図ったが、相手の将校が怯んだために未遂に終わった経験から、「腹切(=ハラ(チ)キリ)を止めた男(=止夫)」という意味で「八切止夫」の筆名となったとのことである。みずから、日本シェル出版という出版社を設立し、歴史学の常識に大胆な疑問符を投げかける歴史書を数多く出版した。井沢元彦は「鉄砲の使用には硝石の輸入が不可欠である」と始めに主張したのは八切止夫だと述べている。作家であることや奇抜な歴史観の持ち主であることから学界から不当な評価を受けた可能性も否定できない。とのことである。
どうやら、太田龍氏と同様に、自己の信念に基づき、万難を排して、「嘘八百のこの世界」に“真実の光”を灯した人のようである。私の気性に相通ずるところがあり、実に魅力的に感じる。
以下、一部引用。


*なにしろ西暦663年に郭務悰が進駐してきて藤原鎌足と、日本名になり唐の大宝律令をそのままに輸入したのは「天の古代史研究」に詳しいが、天孫と称したカクさんの方は良で、それまでの縄文日本人原住民はみな賎にされた。二大別とされた賎とは太平洋沿岸に漂着の八のもの。
次に裏日本から親潮寒流で能登や新潟へ入ってきたのが、獣の四つ足から、四つとよばれる。
源平藤橘と四大別するが、藤は唐でカクさんの一万二千のグループ。橘は、その唐を中国大陸で滅ぼし取って変った契丹系ゆえ、大陸人でもトウでナイゆえ、豪くみられず被差別とされる。
彼らは天神信仰だが、源は元ゆえ白山さま信仰。平は今のペルシアと同じで赤旗をふり祇園、八坂信仰で、宮島も紅殻の赤塗りである。藤は黒染の衣をきた坊主が宣教師で先にきたので、「黒住教」さえ残っていて、藤は唐で黒色。しかし四つの姓別は、最低四種以上の複合民族をさすが、勝てば官軍・負ければ賊で賎、黒の他は、次々と体制の変るたび限定居付部落へと追いこみ。
郭将軍に滅ぼされたものの、ナラ王朝と栄え桓武帝より良となったクダラ系は黄色である。
しかしエタ非人と一つにしたりまた分類し、エツタ島など海軍にそっくり召し上げられると、「江田島」と恰好良くなるのは、そうしたゲットーへ次々と敗戦捕虜が入れられ、混同している為だが、四大別ではなく、太古日本人はエケセテネが姓の上につくの処の「雑色」の人々だろう。
「皮剝ぎも皮細工も四つと呼ばれる騎馬民族。判りやすく言えば白筋の馬方は源氏だが、駕かき川越人足や雲助は平家で八つとよぶ赤筋の拝火宗徒。トウナイは唐無いで契丹系の部落民」と、はっきり種族別が分けられる、喜田貞吉は他国の捕虜とか社会の落伍者ときめつけるが、藤原王朝時代に征伐された日本列島原住民。足利時代は散所奉行が新設されて、南朝に味方した者らの反体制子孫を収容。これは「庶民日本史辞典」「野史辞典」「日本部落史料」で明白にされている。

*新興元が高麗水軍を先頭に攻めこんできて台風で悉く沈んだにしても、損害は高麗や新羅の捕虜兵だけなので、改めて来攻してくるというのは眼にみえていた。それゆえ時の執権北条時宗は、(元が又も懲りずに攻めてくるというのは、北条開祖の政子さまが、散々に源氏を戦わせて平定すると、もはや馬のりは無用の長物と使い捨てに殺したり、双方で戦わせたことへの仕返しに意地になって失地回復に攻めてくるのだから、もしもの用心に、すべて証拠の書類は燃やすべし)
間注文書から、大江広元に書かせた改訂第五次日本書紀も、まさか次の弘安四年の来攻の10万の元兵も、台風で又しても海の藻屑になってしまうとは、神ならぬ身の知るよしもなく、万全を期して片っ端から文字にでている物は、みな集めことごとく焼き払って灰にしてしまった。「時宗焚書」というのがこれである。学校歴史では、元寇の実際も明白にしていないが、今もハバロフスク民族館の正面入り口の扉の上には、沿海州人の民族章として大きな円形の笹りんどうの紋章がリリーフで掲げられている。つまりは元は、日本では源であって、同じ民族なのである。
明治時代の内田弥八の「義経再興記」つづいて小谷部圭一郎の「ジンギスカン義経説」は、源氏の風俗や言語が、沿海州人の元の民族とまったく同じなのが裏日本から入ってきた源氏ゆえ、そこから連想されたもので、ここが判らなくては元寇の意味も判らぬし、ジンギスカン義経説の由来も、ただ奇をてらうものとしか想われないかも知れぬ。がバイカル号でハバロフスクへ立ちよった者なら、源氏の笹りんどうの紋やパンダがその笹を嚙っているマークもみている筈である。

*さて幽閉された儘の後西さまは、おおいに立腹され、灯油は僅かゆえ夜明けより日没まで、「京こそ体制側であり、江戸は反体制である」と反対立証なさるため、宮中に散返していた勧学院派の日本書紀の断片を集めてこさせて、改めて、なす事もないから巻子本50巻に纏められた。
つまり後西さまは、江戸が朝廷にすり変ってしまった事への憤りから、自分らの方こそ正しいのだと、せっせと口惜しさに書きあげられたのが、今も残る東山文庫所蔵本の成立である。
・・・・・(中略)・・・・・
つまり今われわれのみられる日本書紀は、西暦720年のものではなく、江戸時代の五代綱吉の頃の、恐れ多くも後西さまの徳川家に対しての怨みつらみで、よせ集めて書かれた。「悲しみのもの大正三年刊の国史大系の日本書紀」は、やはり江戸時代の松下見林や伴信友の書いたものから作り直した黒板のものなのだが、その後の第九次日本書紀は、後西さまのものなのである。

*「庶民日本史歴史辞典」では、オケラの部である。野村直弘先生に御指摘をうけたが虫ではなく漢方辞典では薬草だというのは、日本原住民がレジスタンスをした際に、日本へきた七世紀の大陸人は、「根の国へ行かしてやる」と生き埋めのために土砂をかけて蓋とし奴婢となった者らに足で踏みかためさせるのが、今も東北三大祭の「ネブタ」で一つ穴に反抗し捕えた何百人もの日本原住民を放りこんで生き埋めにしているので、怨霊が穴から這い出してくるのではないかと根株が広がり、さながら地面にバリケードをはるように生い繁る「求」という草の種をもってきてうえた。
その草根に御先祖さまの霊があると、根をオケラとよんで八坂神社の神灯にされ、その火を分けて貰って雑煮を作り、日本原住民は腹仇を新年ごとに誓った。しかしわざわざ中国大陸から持ちこまれた草ゆえ、漢方薬になるのかと煎じて利尿剤とされたが、これに江戸期に入ってからの「蒼求」である。しかし東北地方では、根蓋の根株を這い回る地虫を今でもオケラとよぶ。
「庶民日本史辞典」は、しかし東北を主にしたので根蓋の上に生い茂るオケラ草の根株を巣にする地虫が、生き埋めにされた先祖の生れ変りとして、踏み殺す事は絶対にしない点をとった。

*「庶民日本史辞典」で「楠木合戦注文」の項目に、「湊川合戦の楠木方配置表が今も各地に残存するのは、足利氏も楠木正成の忠勇にうたれ」といった美化した話ではなく、注文つまり要請書としての文字がある通り、これは今いう指名手配書である。明国経由でカースタト制が入ってきて居付き(五木)部落つまりゲットーへ足利尊氏創業の邪魔をした南朝方の子孫の一斉狩込みを東西散所奉行をおき次々となし、散所(産所、山所、因地、別所、界化)の人外地へ、捕えてきた南朝方の子孫を今いう橋のない川へにみな収容したのである。

*「ええじゃないか」のお札ふりを各地でなさせた木梨精一郎は、上野戦争の時に千代田城にいた大村益次郎の代理として、長州人だが西郷隆盛の先遣参謀を勤めていましたが、英国公使館のパークスに諒解をとりにいったのは有名ですが、「将門記」を古い年号で筆写させ次々と各藩へ届けたのは、頼三樹三郎は志半ばかにして安政の大獄で先に刑死してしまったので、その遺志をつぎ何百もの筆写本を、筆のたつ志士に手分けして書かせたのは、吉田松陰の遺言によるもので、門下の白井小助といわれるものであります。
・・・・・(中略)・・・・・
選挙と同じで合戦も、ねじ廻しが充分されていて始めて、火蓋をきるのが終盤戦での決戦になる。なにも上海から買いつけてきた新しい硝石火薬で東軍に勝てたんじゃない。その前に何百部も筆写し箱根以西の大名家へ、領土用上士用と何部ずつも差し入れし読ませた為と、「徳川家にさからって御家取潰しになったら家中一統が困る・・・といった考え方は違う。ずっと飼い馴らされてきた犬みたいな習性にすぎん。自分から新皇と名のり勇ましく戦ったという将門伝説に目を通して頂けば、力がすべてで勝ってしまったらそれで良いと、判って頂ける筈です、と次々に説いて廻ったのが効を奏して、関東以北は別にして箱根より西では、筆写本のおかげで西軍に加担しなかった大名家はいなかったではないか。根廻しがうまくいっていたからだ。それを吉田松陰先生に言われて完全にやりとげたのが、この白井小助なんだ」

*~~~そうすると、藤原家の政権が確立されてから1300年ぐらいになりますか。この1300年間の日本の権力構造というのは、唐の占領軍ですね、大体多くみて二万人ぐらいですか・・・
~~~~兵隊は合計で四千人ですが軍人軍属が倍の約八千人それにくっついてきた一旗組がいっぱいいるわけです。だから武力で御所を押さえてしまい危なくなると、百済系の天皇をもってきたり、これは吉川弘文館から出てた「和気清麿」をみてもよく判るけれど、この桓武天皇の皇后から、御所全部の監督する女官までがみな百済人です。ずっと代々にわたって80年程は続く。

*郭務悰の率いる先発軍は白村江大勝の翌年五月に御所に入ってる。それで則天字使用命令、後に漢字といわれる唐の文字のことです。つまり唐の字と書くと、非常に当たりさわりがあるから、さかのぼって漢字といいます。そして縄文時代が弥生時代に変わるんです。要するに石の斧と貝ガラの刃物しかもってない日本原住民が鉄製の鉾とか青竜刀でアッサリやられちゃったからです。それで、これから鉄文化になるんです。

壬申の乱の年前の大化の改新前後から、みな仏教に帰依したのは「不可思議な国ジャポネ」に火薬の原料の硝石欲しさに、戦国大名が教義も判らずキリシタン大名になったように六世紀七世紀の豪族も、中国大陸の鉄武器ほしさに入手のため寺を建立したりして恰好づけしたものであると判る。




(管理人)
文体が少々難解であった。著者の唱える「八切史観」の根拠となるものの例示が今ひとつ不十分であったと想う・・・・・しかし、しかしである、この書に述べられていることは、旧来の「日本書紀」「古事記」を中心とした、一般の日本人が“知ってるつもり”であった日本の歴史認識を根本から覆す内容であり、おそらく、「ほぼ真実の歴史に近い」、と本能的に感じられる。

そのなかでも、「藤原氏の真実」には驚かされた。どうりで、学校で教えられた日本史は大化の改新以降のことばかりでそれ以前はほとんど教えられないことに疑問を感じていたが、要するに唐に支配されてからの偽りの歴史を教えられているわけで、唐に支配される前の日本原始原住民の歴史は闇に葬りさられているわけである。

「元寇の元と源氏の源が同一である」、というのにも納得させられた。北条氏は平家であり、馬をもつ蘇民系の源氏を利用し、滅ぼそうとしていることに対して、「源氏と同民族である元が、もう一度、源氏の政権にするために、失地回復のために攻めてきた」というのが元寇の真相であるらしい。そして、足利氏も源氏ではなく平家だとのことだ。

また、以前にも、硝石欲しさに戦国大名がキリシタン大名になった記事は書いたが、「六世紀七世紀の豪族も、鉄武器欲しさに寺を建立した」とのことだが、日本に伝わったキリスト教(正確にはユダヤ化されたキリスト教)のみならず、仏教までが、その教えが広まった理由は単純な信仰によるものではなかった、とのことなので、「仏教よ、お前もか」と、言いたくなる。

最後に、「ネブタの真実」は、あまりに恐ろしい話である。事実であるからこそ、そのへんのホラー映画の何百倍も恐ろしい。こうなってくると、私の祖先が、中国系なのか、韓国系なのか、ペルシャ系なのか、日本原始住民系なのかは不明である。しかし、この日本で育ち、生活している以上、虐げられた日本原住民への想いが当然のごとく強い。
現代日本人は、“日本原住民の声にならない声”をしっかりと受け止め、一人でも多くの人に真相を伝えていかなければならないと思う。著者の書は、インターネットでも公開されているので、是非、一読して欲しい。
http://www.rekishi.info/library/yagiri/



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