旅行記 - 嘘八百のこの世界

嘘八百のこの世界

この世界の真実を追究して行くための読後評を中心に書いていきます

HOME プロフィール 真実を追究するマロン

ソウルマンの娘のマロンです。お散歩大好きです。 

最新記事 最新コメント 月別アーカイブ カテゴリ
ランキング
にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 ポチッと押してもらえると、明日への活力となります↑
ロック
頭脳警察、PANTA
RCサクセション、忌野清志郎
ブラック・ミュージック
広告
旅行記 カテゴリーの記事

ヴァチカンと イルミを結ぶ オベリスク

「伊太利亜(フィレンツェ・ローマ)見聞録」⑤

12月19日(月)

またもやモーニング・コールがなかった。くそホテル・・・
地下鉄でオッタヴィアーノ駅へ向かう。ヴァチカンに8時に到着する。
9時の予約をしていたのだが、係員に8時30分に再度来るように言われる。
入口正面にあったカフェに入り、
カプチーノと大きなハート形をしたパイ風の菓子を注文する。
生クリームにイチゴも二つ付いていたが、17ユーロもした。
高かったが、これも場所代だろう。8時40分に再度入場ゲートに行く。
すぐに入場できた。予約していない人は、長蛇の列だった。
ヴァチカン市国という独立した国らしいが、パスポートも要らず、
単にセキュリティーチェックがあるだけだった。
彫刻物、美術品の量・質ともに素晴らしいのは言うまでもないことである。
“これでもか”とばかりに、数々の美術品が展示されている。

これらの美術品とキリスト教には、何の関係があるのだろう?
元来キリスト教なるものは、偶像崇拝を禁じていたのではないのか?


最後に待ち受けるのが、システィーナ礼拝堂である。
あのミケランジェロの天井画「最後の審判」があるところである。
圧倒的な迫力に満ち溢れている。
「時間さえかければ、この程度なら俺でも描ける」なんて思っていない、思っていない(笑)
ここだけは写真撮影禁止で、静かにするように求められている。
おしゃべりをしていた観光客や、写真を撮った観光客が、係員にきつく注意されていた。
システィーナ礼拝堂を観終わった後、出口が左右に2箇所ある。
左側に進むように案内されており、右側は基本的に進入禁止のようにされているのだが、
ネット等に右側に進めば並ばずにサン・ピエトロ広場に出られると書かれていたのである。
中国人風の観光客が右側から出た時を見計らって、私も右側から出た。
やはり、こちらから出たら、並ばずにサン・ピエトロ広場に出ることができた。
写真を撮ったり、撮ってもらったりした。
これまた有名だが、サン・ピエトロ広場には巨大なオベリスクがそびえたっていた。

ヴァチカンと イルミを結ぶ オベリスク

ヴァチカンを後にし、ナヴォーナ広場へ歩いて向かう。
ナヴォーナ広場の近くのレストランを探したのだが、
見つからなかったので、途中見かけたレストランに入り、パスタと水を注文する。
可もなく不可もなく、といったところか。
それから雨が降り出した。今回の旅行で雨が降ったのは、今日が初めてである。
レインコートを持って来ていたので助かった。

パンテオンに行く。紀元前25年~27年の建築であったが、80年に火事によってその姿を消してしまい、紀元後118年から10年の歳月をかけて再建されたとのことだ。
古代ギリシャ建築を思わせる柱が印象的だ。
本来は古代ローマの神々が祀られていたわけだが、現在はカトリックの宗教施設へと姿を変えた関係で、破壊されることもなく残っているとのことです。

次に、サンティニャツィオ教会に行きました。
ここも今回の目的地の一つです。
はい、イエズス会の創設者である、あのイグナチオ・デ・ロヨラに捧げられた教会なのです。
あの恐るべきイエズス会・・・
入ってみると、天井画が美しい、いかにも“カトリック・キリスト教らしい”教会でした。

次に、迷いながらトレヴィの泉に行きました。
このころは凄い雨で、ツアー参加者には無料サービスとされていたジェラート屋さんで
ジェラートをゲットし、しばらく雨宿りさせてもらいました。
トイレも使用できて、正直助かりました。

次に、イエズス会の総本山であるジェズ教会に行きました。
これまた今回の目的地の一つです。
イグナチオ・デ・ロヨラだけでなく、あのフランシスコ・ザビエルも関係しています。
なんと、ザビエルの右手が収められてあるのです!
ホンマにザビエルの手かいナ?
ここも天井画が素晴らしく、これまた、いかにも“カトリック・キリスト教らしい”教会を
装っていました。

一般人の目は騙せても、私は騙されませんよ。イルミの中核組織、イエズス会さん(笑)

ヴェネチア広場からバスに乗って、コロッセオで降りました。
ライトアップされたコロッセオを見学しました。
地下鉄に乗って、レプッビリカ駅へ向かいました。レプティリアンみたいな駅名ですナ(笑)
最後の買い物をしに雨の中、三越を目指したのですが、
やっとの思いで到着したら、ナント臨時休業していました!
仕方なくテルミニ駅へ向かい、テルミニ駅地下のスーパーで土産を購入しました。
そして今夜もマクドで夕食をしました(笑)
今日は、地下のマクドです。
浮浪者風の男が二人それぞれ別に座って、ブツブツひとり言を言ってました。
心あるイタリア人が、浮浪者風の男にフライドポテトを差し出していました。

ホテルに戻って明日の準備をし、寝ました。


12月20日(火)

朝4時に起きてホテルを5時にチェックアウトし、地下鉄に向かいました。
地下鉄の扉がまだ開いていなく、地下鉄入り口前の階段で待ちました。
私以外に待っている人が、一人いました。
5時40分頃に扉が開き、地下鉄に乗車してテルミニ駅へ行きました。
テルミニ駅から空港までバスに乗りました(5.9ユーロ)
さよならテルミニ駅、さよならローマ。
帰りはKLMオランダ航空です。
しかし、アリタリア航空の係員がチェックインの代行手続きをしていました。
チェックインカウンターで待っている際、
Eチケットを航空券に変える必要はないのか不安でしたが(係員に訊いて大丈夫だとは言われたんですが、並び直すのは嫌なので)、結論として変える必要はありませんでした。
10時にローマを飛び立ち、アムステルダムに12時35分に着きました。
アムステルダム空港は、メチャメチャ広かったです。
関空がオモチャのように思えます。
ゲートの数も相当あり、さすがはイルミの本場だな、と感じました(笑)
ローマを出国する際は簡単だったが、アムスのゲート前の方が手続きは厳重でした。
実質、ここが出国手続きになるのでしょう。
アムステルダム発14時25分のKLMオランダ航空867便で、
関空には21日の9時15分に到着しました。お疲れさま。



<伊太利亜見聞録・総評>

自由旅行と言いながら、予約時間等が毎日あり、時間に追われた感が強いです。
はっきり言って、疲れました。
しかし月並みだが、やっぱり行って良かったです。
百聞は一見に如かず、です。
テレビやガイドブックで見るのと、実際に自分の目で見るのとでは、全く違います。

ここから持論を少々述べます。
私は以前添乗員をやっていましたが、実は基本的にツアーは嫌いです。
ツアーに参加したら、ホテルにも勝手に連れて行ってくれますし、
食事も観光も用意されていますし、文句が有ったら添乗員に言ったらいいわけで、
実に快適で楽ちんなのです。

しかし、しかしです。そんな快適・楽ちんなツアーが、本当の旅と言えるでしょうか?

本当の旅というものは、自分自身の力で苦労して経験するものでしょう。
自分自身で空港から交通機関を探してホテルに向かったり、ホテルを予約していなければ、
自分自身で歩いてホテルを見て回り、確保する。
観光地も分からないなりに自分で行きたいところを考えて、どうやったらそこへ行けるのかといったことを自分で調べる。
それが本当の旅ではないでしょうか?

そんな手作りの旅(トラベル)には、トラブルが付きものです。
今回はスリにも遭ってしまいました(笑)
しかし、それも終わってみれば、一つの思い出なのです。
もちろん命に関する危険性まで冒してはいけないでしょうが、
金さえ払えば“それなりの満足”を得ることのできる安心・快適なツアーに参加し、
現地の人と会話することもなくツアー参加者の日本人のみの交流に終始しているようでは、本当の意味で、その国を訪れたことにはならないでしょう。

いい思い出にしても、悪い思い出にしても、苦労をしたからこそ、思い出が残るのです。
元添乗員の私が言うのもなんですが、
日本人はツアーではなく、自分自身の足で回る“旅”をするべきだ、と言いたいです。

話は変わります。
今回のイタリア旅行で特に感じたのは、
古代ローマの時代と現代は、基本的に同じである」ということです。

古代ローマでは、1%の貴族・元老院が、99%の一般市民を支配していました。
その支配方法の一つがコロッセオのショーであり、カラカラテルメ等の温泉浴場でしょう。
つまり、娯楽を市民に与えることで、市民に
「僕達、私たちも、“それなりに”楽しみがあって、“それなりに”幸せだナ、幸せだワ」と、
思わせることを画策していたのではないのでしょうか。
力による統治のみでは、いずれ反発が訪れます。
市民に“偽りの幸福”を与えて、“それなりに”満足させることが、
実は、一番支配しやすい“安全な”統治形態なのです。

現在の“偽りの幸福”にあたるものが、テレビであり、映画であり、プロ野球であり、
オリンピックであり、マイホームであり、民主主義であり、宗教なのではないのでしょうか。
これらが国民・市民の洗脳ツールであることは言うまでもないことですが、
同時に、国民・市民に“偽りの幸福”を与えるためのツールでもあるのではないでしょうか。

まさに、“生かさず、殺さず”といったところなのでしょう。

キリスト教も、そのツールの一つでしょう。
現世がいかに辛くても、死後の世界に救いを求める。
生活に不満があっても、決して支配者を打ち倒せ、とは教えない。

明らかに、支配者にとっての都合のいいツールであるとしか思えません。
これが表向き“善良な宗教”に見せかけた、実質はピラミッドとホルスの目やオベリスクに
象徴される、悪魔崇拝を根幹とする西洋・イルミナティの正体なのでしょう。

きらびやかに装飾されたキリスト教会の偽善に騙されてはいけません!
民の心を救済することを目的とした宗教ならば、
豪華絢爛な絵画・彫刻で埋め尽くされた宗教施設など、必要ないはずなのです!


そして我々一般市民は、古代ローマ時代も今の時代も1%が99%を支配していること、
古代ローマから続く支配者層(西洋・イルミナティ)の支配方法が市民に“偽りの幸福”を与えることで成り立っていることに、そろそろ気づくべきではないでしょうか。


カトリック最高峰の大聖堂の前にそびえたつオベリスク!

「伊太利亜(フィレンツェ・ローマ)見聞録」④

12月18日(日)

昨日依頼していたにもかかわらず、モーニング・コールはなかった。
いい加減なホテルである。
地下鉄でコロッセオ駅へ向かう。
到着したら、いきなりコロッセオ。感動である。
後ろから「アンニョハセオ」と声を掛けられたので、「アンニョハセオ」と返した。
そしたら「○×△▲・・・」何を言ってるか分からん。
韓国人の女の子のようである。
私を韓国人と間違えたようである。
「アイム・ジャパニーズ」と言うと、彼女は去っていった・・・
凱旋門前で座っていると、今度は日本人風のオバチャンに声を掛けられた。
私の予約していたツアーガイドさんであった。
なんと、ツアー参加者は私だけだとのことである! ラッキー!
このガイドさん、この道うん十年といった感じで、メチャ詳しい!
コロッセオはもちろん、イタリアの歴史も含めてメチャためになった。
コロッセオには観客は無料でショーを鑑賞することができ、火を使用してバーベキューも食べていたとのことだ。
コロッセオの大理石は、掘られて他に利用されたとのことだ。
キリスト教がローマの公認となったこともあって、コロッセオは長く保たれた。
一般市民がコロッセオを住居として利用していたetc

ガイドさんはコロッセオ周辺の猫も餌付けしていて、観光地ごとに猫(それぞれ名前がある)がガイドさんに近づいてきた。
観光客だけでなく猫まで自在に引き付ける。たいした人物である。
コロッセオだけでなく、パラティーノの丘(アウグストゥスの宮殿が残っている)、
フォロ・ロマーノカンピドーリオの丘等を案内してもらった。
何個か凱旋門があったのだが、
私は凱旋門に「凱旋」という言葉が名付けられている意味を今回初めて知った。
ズバリ、当時の権力者が他国を支配・征服した結果、
その記念・自慢として「凱旋」パレードをした勝利の印として「凱旋」門が建造されたとのことである。
ティトスの凱旋門には、ローマがエルサレムを征服した際にソロモン神殿から奪った
メノーラーやユダヤ人の奴隷が彫刻されていた。


「真実の口」でガイドさんとお別れし、庶民的な地区であるトラステヴェレにあるレストラン(Ristorante Pizzeria Carlo Menta)へ向かった。
超満員であり、人気の高さが理解できた。
注文したのはパスタ(ラディッキオと海老のタリオーニ)とビールとマルガリータ・ピザ。
パスタは超々メッチャ旨かった!!!

今まで食べたパスタの中でも最高に旨かった!!!

マルガリータを中々持ってこないので、キャンセルして会計しようとしたら、
今になってマルガリータを持ってきた。
勘定に含められていたため文句を言ったら、持ち帰りとしてテイク・アウトを提案されたので、仕方なく応じた。
座る所を見つけ食べようとしたが、メチャ量が多い。少しだけ食べて、申し訳ないが処分した。
ローマで最古の教会といわれるサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂に行く。
紀元前38年にここに、1日中油が湧き出る奇蹟が起こり、キリストの世界制覇の恩寵を意味したといわれる。

バスに乗ってテルミニ駅へ行く。
途中、車窓からスペイン広場が見える。時間の都合で行けなかったので、この一瞬のみがスペイン広場とのご対面となった。
バスは超満員のすし詰め状態であり、乗り降りの際に切符を見せたりしなかった。
一応、乗り放題のローマパスを持っているわけだが、こんな調子だと、バスについてはチケットなしでも大丈夫のようだった。

テルミニ駅からローマ国立博物館 マッシモ宮に行く。ここもローマパスで無料である。
パラティーノの丘やフォノ・ロマーノ等で発掘された紀元前2~紀元4世紀の古代美術品が主に展示されている。
「リヴィアの家のフレスコ画」は紀元前20~10年に描かれたもので、
アウグストゥス帝と妃リヴィアの家から発掘されたものである。
そんな昔のフレスコ画とは思えないほど色鮮やかであり、当時の生活ぶりが偲ばれる。
「ランチェロッティの円盤投げ」ミイラ等、見どころが満載であった。

テルミニ駅からコロッセオ駅まで地下鉄に乗る。
コロッセオを東に歩く。今回の目的地の一つでもあったサン・クレメンテ教会に行く。
この教会は変わっていて、3層から成り立っている。
教会は第4代法王、クレメンテ(在位西暦88年から97年)に捧げられたものだが、1084年にノルマン侵攻で破壊され、1108年に再建されたものが1階部分の教会です。
エデンの園や十字架を描いた黄金のモザイク画や天井画はとても美しかったです。
1階の教会だけなら無料なんですが、地下を見学するのには10ユーロも必要です。
ネット等には5ユーロと案内されているようですが、短期間に相当値上げしたのでしょうか。
しかし、ここは目的地の一つであるだけに、行かないわけにはいきません。
地下1階は、ノルマン侵攻で破壊された4世紀に作られた教会の遺構である。
そして地下2階は、2世紀の末から3世紀のミトラ教の神殿等の遺構です。
はっきり言って暗くてよく見えなかったんですが、ミトラ教では有名な牛を屠るミトラ神も彫刻されていたようです。
こんな凄い遺構を観た、というほどの印象は残らなかったのだが、暗くてヒンヤリしていて、
とても不思議な感じがしました。表向きキリスト教の教会の地下に残されているミトラ教の遺構。
何とも言えない不思議な体験をした、という感じです。

表向きキリスト教、しかし、その地下に眠るミトラ教!

さらに東に歩いていき、洗礼堂とサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂に行きました。洗礼堂は狭いのですが、天井画等が美しかったです。丁度信者が団体で礼拝に集合していたようなので、速やかに立ち去りました。サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂は、教皇庁がヴァチカンに移る14世紀までキリスト教の中心だった教会であり、入場の際には手荷物チェックがありました。ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂よりも格上な存在だそうです。横たわったキリストの彫刻、天井の彫刻等、これまた立派でした。天蓋の棚の中にあるペテロとパウロの像の頭の中には、それぞれの頭骨が収められているとのことだ。ホンマカイナ!?
大聖堂の前にはエジプトから送られてきたオベリスクがそびえたっています。
この辺にも、キリスト教徒とイルミの関係が感じられますよね。

カトリック最高峰の大聖堂の前にそびえたつオベリスク!

地下鉄でサン・ジョバンニ駅からテルミニ駅へ向かった。
ローマ時代の巨大な浴場跡であるディオクレティヌスの浴場跡を見学した。
298~309年の間に作られ、一度に3000人が使用できたらしい。

またもやマクドで夕食を食べ、ホテルに向かった。
明日はいよいよ観光最終日、ヴァチカンである(続く)

そしてピサの斜塔にも、しっかりとケムトレイルが・・・

「伊太利亜(フィレンツェ・ローマ)見聞録」③

12月17日(土)

朝食をしっかり食べて、ホテルをチェック・アウトし、
サンタマリア・ノッヴェラ駅へ向かう。
駅構内で100ユーロ、キャッシングする。
券売機でピサ中央駅までの片道切符をカードで購入する。8.4ユーロである。
券を買ったはいいが、プラットホームの案内がない。
駅員らしき人も見当たらなく、直前までホームが分からなかった。
何とか分かって、刻印機で切符を刻印させ、列車に乗り込む。
フィレンツェ発8時28分、ピサ中央着が9時28分、ちょうど1時間である。
座席は車高も高く、グッドである。
ピサ中央に着くと、タバッキで240分有効のバスチケット(1.9ユーロ)を購入する。
バスの運ちゃんに「ピアッツァ・ドゥオーモ?」と訊いて乗り込む。
バスの運ちゃんと何やら口論している変な女が立っており、私に早く後ろへ行け、と促した。
切符を車内の刻印機に刻印しようとしていた時、前に座っていた白人の観光客に声を掛けられた。私の前のポケットを指さし、ストレンジ・ウーマンがどうのこうのと言っている。
私は彼が何を言おうとしたのか理解できなかった。
観光客らしき人々が大勢降りようとするので、運ちゃんにも訊き、降車した。
ピサの斜塔のあるところであった。
歩いてすぐ、斜塔は見えた。

思いっきり傾いている!
そしてピサの斜塔にも、しっかりとケムトレイルが・・・


観光客が例の斜塔を支えるポーズをして写真を撮っている。
斜塔の前で、「私も登れるか?」と、訊いた。
少し離れた入場券売り場で購入すれば大丈夫だ、とのことであった。
チケットを購入して、斜塔を登頂した。

思いっきり傾いている!

バランス感覚がおかしくなる。
が、登る距離はあっという間である。
フィレンツェのジェットの鐘楼と比べたら、比較にならないぐらいあっさりと登れた。
ローマ行の電車の時間が決まっているので、斜塔に登るか否かはその時の時間との兼ね合いにしようと思っていたが、期待しないで登って良かった。
ここまで来たら、そりゃ登った方がいいでしょう。
この頃からデジカメに「カード残量がありません」というメッセージが出るようになる。
よって、これからはガラホで写真を撮ることになる。
手提げかばんの肩にかけるものとの結合部分が破損してしまい、手で持たないといけなくなってしまった。よって、屋台の土産売り店の兄ちゃんから鞄を購入する。
20ユーロを12ユーロに値切った。
革製でファスナーもたくさんあって、これはいい買い物だ(^o^)
新しい鞄を購入後、元の鞄の結合部分に日本で百均で買った鍵を取り付けることによって、肩紐と鞄の結合部分を括り付けることが可能になることに気づき、元からの鞄も、従来通り、肩から下げて使用することができるようになった。
どこで何が役に立つようになるかは本当に分からないものである。
そうこうしている時に、小銭入れが無くなっていることに気づいた。

バスの中ですられたんだ!あの奇妙な女に!

それで、あの時あの兄ちゃんは俺に声を掛けて来たのか。
気づいたのなら、「ドロボウ!」と、大声を出して捕まえてくれたらよかったのに・・・
後の祭りである。財布は後ろポケットには絶対に入れてはいけないと思い、パスポートと一緒に前から吊るした小さい鞄に入れて管理していたのだが、小銭入れは前のズボンのポケットに入れていた。

まさか、ズボンの前ポケットまで狙っているとは・・・

私に後ろに行くように促して、すれ違う瞬間に抜き取ったんだ!
全く気づかなかった。明らかなプロである。
バスの運ちゃんに口論を仕掛けていたのも、
私のようなカモが来るのを待っていたのだろう。
被害額は、キャッシングしたばかりのユーロと一部日本円約2万円程度か。
パチンコで負けたと思ったら、笑いですむ金額である。
ローマでは二次被害にやられないように厳重なる注意を払うようになったことは、
言うまでもないことである。


ピサ中央初12時1分、フィレンツェ着13時22分の列車に乗った。
帰りは駅の窓口で切符を購入した。
急いで列車に乗り込んだため、切符に刻印するのを忘れてしまった。
後に駅員が検札に来たが、事情を説明したら見逃してくれた。
フィレンツェに着いて、ローマ行の印字されたペーパーのチケットをチケットに変える必要があるかとイタロの係員に訊いた。
変える必要はないとのことだった。
またもやプラットホームが分かるのは出発の直前とのことだった。
フィレンツェ発14時33分、ローマ・テルミニ着16時05分である。
ローマ・テルミニに着いて、駅員と少しもめた。
チケット・オフィスでローマパスを購入する。
帰りの空港バスの乗り場をチェックする。
少々観光する時間はあったが、荷物もあり疲れていたので、地球の歩き方に載っていたテルミニ駅近くのピザ屋(Rastarito Pizzarito)で早めの夕食を食べた。
よく分からんので、表の看板で宣伝していた8.5ユーロのやつを注文した。

超最悪だった!

私は普通のスパゲティーが食べたかっただけなのだが、出て来たのは全然違う代物だった。分からんなりに、ちゃんと確認しなければならない。
一応お勧めは何か? とは訊いたのだが・・・
出てきたのは、汁にマカロニのような何か分からない固形物が浮かんでいるものと、野菜と水である。はっきり言って、喰えた代物ではない。ほとんど残した。
勘定の際、別の客と間違え、高い料金を請求されそうになったので、
ただでさえ腹の立っていた私は、大阪弁でこのように言ってやった。

ただでさえマズイもの食わされて腹立ってるのに間違えるな! はよしてくれ! と(爆)

8.5ユーロ以上、ビタ一文支払ってないのは言うまでもありません。
腹が減ってるので、マクドナルドでハンバーガーを食べた。
早速ローマパスを使い、地下鉄に乗って、ホテルのある駅へ向かった。
ホテルにチェックインした。
三流ホテルだったが、交通の便がいい立地にあることのみがいいところだった。(続く)


町自体が美術作品であるフィレンツェにもケムトレイル・・・

「伊太利亜(フィレンツェ・ローマ)見聞録」②

12月16日(金)

ホテルでおいしいパン二つ、コーヒー、牛乳の朝食(ヴァイキング形式)を食べ、
朝のドゥオーモへと向かった。
フィレンツェ中心部は小さい町だから、全てが徒歩での移動で十分である。
すぐに、洗礼堂、ドゥオーモに着いた。
クリスマスツリーが飾られている。
写真を撮る。撮ってもらう。
そこから第一番目の目的地であるウフィツィ美術館まではすぐのはずなのだが、
中々見つからない。ダンテの家の前で水を撒いている人に訊く。
真っすぐ行け(アヴェーテ)、とのことだ。
はい、すぐにシニョリーア広場に着いた。
ダヴィデ像(コピー)やネプチューンの噴水がある。
屋外彫刻ギャラリーのあるロッジア・デイ・ランツィもある。
ヴェッキオ宮殿もある。
そして目的だったウフィツィ美術館も見つかった。
あるサイトを通して8時30分に予約してもらっていたのだが、
予約なしでも待たずに入場できたようである。
ヴェッキオ宮殿をバックに、
今まさに上空に向けてケムトレイルを撒こうとするケム散布航空機を撮る。

町自体が美術作品であるフィレンツェにもケムトレイル・・・

ウフィツィ美術館に入る。
日本語音声ガイドを借りる。代わりにパスポートを預ける。
音声ガイドを借りて正解である。
単によくわからない絵画等を見て回るのと比べて、
端的な解説が聴けるのとでは大違いであると感じた。
ボッティチェリの「ヴィーナス誕生」「春(プリマヴェーラ)」は、想像以上に良かった。
1~3階の回廊部分にも様々な彫像物があり、目を楽しませてくれる。
たくさんの部屋があり、膨大な美術品(基本的にはメディチ家所有のルネッサンス美術品)
が展示されている。
ダヴィンチの「受胎告知」もラファエロも良かったが、私が一番気になったのは、
イエスが左手にパンを持って信徒(?)とともに会している絵である。
なんと、イエスの頭上にあれが描かれているのである。

ピラミッドマークとホルスの目である・・・

解説には後に描き加えられたとあったが、誰が何のために描き加えたのだ?
イエスとこのマークに何の関係性が存在しているのだ?

この謎を感じたのは旅行中今回だけではなかった、とだけ記しておく。

ウフィツィ美術館を観終わるのに3時間を要した。
じっくり時間をかけて観る価値のある作品ばかりだと感じた。
素人の私でさえそれぐらい要したが、これらの美術作品に強い関心を持っておられる方なら、1日時間をかけても時間が足らないのではないのだろうか。
音声ガイドを返却する際に、パスポートを返してもらうのをうっかり忘れるところだった。

ヴェッキオ橋近辺を散策し、あるサイトで紹介されていた石窯フォカッチャの店、
ヴェラッツァーノに行く。
席数は少ないのだが、座らせてもらえた。
トマト風のと牛モツ系(?)の二つのフォカッチャとビールを注文する。
メッチャ旨かった(^o^)

ドゥオーモの教会内部を見学し、ドゥオーモのクーポラに登頂しようと並ぼうとしたが、
完全予約制になっているため無理だった。
まぁ、これも分かっていたのだが・・・
隣のジェットの鐘楼を登ることにした。
私の前に大型犬と共に登頂しようとしている年配の方がいた。
道を譲ってもらって登り進んだ。
途中の開口部から隣のドゥオーモがよく見える。
414段の階段だとのことで、かなり疲れた。
それだけに頂上に着いた時は、最高の気分だった。
風が気持ちよかった。
天気も良く、フィレンツェの町が一望できた。
何といってもドゥオーモのクーポラが見えるので、こっちのほうが良かった(^o^)
階段を下り切り、疲れ切った私は、デジカメの充電を兼ねてホテルに戻って休息した。
ホテルが近くて本当に助かった。

改めてホテルを16時頃に出発し、向かったのがサンティッシマ アンヌンツィアータ教会である。ここは凄かった。
キリスト教宗教美術作品で豪華に飾られた寺院であり、謎に満ちた寺院であった。

フレスコ画も凄いが、まず、廊下が黒と白のフリーメーソンの廊下である。

あのスカル&ボーンズのマークである髑髏と骨が、大理石の上に飾られている。

マリア像なのか何かわからないが、女性の像に短剣が7本刺さっている。

確か、イエスの頭上だと思うが、またしてあのマークが描かれていた。

ピラミッドとホルスの目である・・・


13世紀に創建され、15世紀に再建されたとのことですが、
明らかにここは “単なるキリスト教の教会”ではありません。興味津々です。

次に、アカデミア美術館に向かいました。あのダヴィデ像のあるところです。
17時30分の予約でしたが、何も言わないで、17時から待たずに入場できました。
いきなり正面にダヴィデ像が見えてきます。デカイ!
他にもたくさんのローマの彫像物・美術作品が展示されてありました。

美術館を観終わった後は、財布・ベルト・トレーナー等の土産を買いました。
夕食は、中央市場でフィレンツェ特産キアニーナ牛のハンバーガーを食べました。
メチャ旨かった!
さらには、日本人が経営しているラーメン店で、醤油ラーメンとビールを飲食しました。

こんなところに日本人、こんなところにソウルマン(笑)

それなりに旨かった。喰いすぎか?
明日はピサへ向かいます

最後に思いっきり“普通の”のブログを書いちゃってスミマセン(爆)(続く)


パリの空港の空は、ケムトレイルだらけだった・・・

「伊太利亜(フィレンツェ・ローマ)見聞録」①


皆さま、お久しぶりです。
実は私、12月15日から21日まで、イタリア(フィレンツェ・ローマ)に
行っておりました。
帰国後は、インフルエンザでぶっ倒れていました(笑)
個人的には史上最高の体温40度八分を記録してしまいました( ノД`)シクシク…
なんとか平熱に戻ったので、記憶が残っているうちに「伊太利亜見聞録」を記しておきます。

12月15日(木)

エール・フランス291で関空を11時50分に旅立つ。
パリに到着したのが現地時間の16時35分、日本とパリは時差が8時間あるので、
約13時間弱機内に閉じ込められていたことになる。
機内の窓から富士山が見えた。

パリの空港の空は、ケムトレイルだらけだった・・・

パリから乗り継いで目的地のフィレンツェへ向かうわけだが、
乗り継ぎゲートに向かう手前でパスポート及び手荷物検査がある。
実質これが、イタリア入国手続きと思っていいだろう。
自分一人で旅行するのなら、ここで少々手間取っても何も問題ないだろうが、
団体客を引き連れた添乗員が間違った案内をしてしまったら、ばつが悪いだろう。
客は当然、何から何まで“添乗員は知っている”と、思っているのである。
実は添乗員というものはそのようなスーパーマンではないということを、
皆さんは知っておいた方がいいでしょう。

添乗員には2種類存在します。
一つは、類似したツアーには何回も添乗している「プロの添乗員」です。
当然入国手続きも現地事情も把握しており、語学にもそれなりに精通している、
“外国事情に詳しく・頼りになる添乗員さん”なのです。
パックツアーの添乗員は、そのレベルは別として、ほぼ全員がこのタイプであるでしょう。
しかし、この「プロの添乗員」はツアーを主催する旅行会社の社員ではありません。
添乗派遣会社の社員なのです。

もう一つは、「アマチュア添乗員」です。
はっきり言って、ツアー参加者が向かおうとしている海外渡航先に関する情報・知識は、
ツアー参加者に毛の生えた程度であると思ってください。
さらに言えば、渡航先の国も初めて訪問することがほとんどなのです。
さらにさらに言えば、ツアー参加者と同様に初めて訪れた国に目を潤わせ、
本音では写真を撮りたいところだが、立場上そういうわけにはいかないので、
平静を装ってリピーターのフリを務めるのです(爆)
この添乗員の最大の仕事は、ツアー参加者に“自分が「初めての土地」であることを気づかさせないようにし、現地事情に詳しい存在であるかのように信じ込ませること”にあります。
この「アマチュア添乗員」は、皆さんが参加した旅行会社の社員です。
このタイプの添乗員は、大抵が不特定参加者のツアーではなく、企業や学校・各種団体等の
オーガナイザーのいるツアーに同行します。
「アマチュア添乗員」の目的は、ツアーを無事に終了させることだけではなく、
その団体の次回のツアーも契約できるように持っていくことにあります。
はい、旅行会社の社員の本業は、添乗業務ではなく「営業」なのです。
客がいなければ、ツアーも添乗も存在しないのです。

ところで皆さんは、「なんでアンタは旅行社や添乗員の裏事情に詳しいの?」と、
思っておられることでしょう。

白状しましょう。
ブログでは初めて白状しますが、実は私は以前、大手旅行会社に勤務していました。
はい、添乗員もやっていました(笑)
はい、「アマチュア添乗員」でした(爆)
もちろん、本業は「営業」でした。
私はこれまで「この世界の嘘」を腐るほど暴いてきましたが、
たまには「旅行業界の嘘」(本当は知らない旅行業界の真実)を
公表するのも悪くないでしょう。
これからもチョクチョク暴露していこうと思っています(笑)
ただ、私が旅行業界にいたのは10年以上前の事なので、
今も昔と同じだなどと言うつもりはありません。
基本的には、変わってないと思いますがね。
しかし、「旅行業界の嘘」など、まだまだカワイイものである。
一番ひどいのは、やはり医療業界・製薬業界なのだろうか?
この業界の連中がやっていることは人の命に関することだから、冗談ではすまされないでしょうナ。



思いっきり話が脱線してしまいました(笑)
イタリア旅行に話を戻します。

パリの空港で、100ユーロ、カードキャッシングしました。
携帯(私はガラホを所有しています)の無線ネットワークのデータローミングの変更を
本当は現地に到着してからしないといけないのに関空で間違えて先にやってしまったため、携帯の時刻がワケのわからない時間になってしまっている。
日本で買っておいた安物の腕時計をパリ時間に合わせる作業をした。
この時計が無ければ、今の時間さえ分からなくなってしまうところである。

パリ発17時50分のエール・フランス1766に乗り込み、フィレンツェへ向かった。
フィレンツェ空港に19時20分に到着した。やれやれである。
はっきり言って、疲れ切っている。
フィレンツェ空港からサンタ・マリア・ノッヴェラ駅(フィレンツェの中心駅)まで
バスに乗る。
バス乗り場がよくわからず、何人かに訊いてバスの乗り場が分かる。
初めて来る都市、空港である。まして外国である。
知らないのが当たり前なのだ。
まず、訊くことである。
恥ずかしがっている場合ではない。
短期間で勉強したイタリア語を使うのだ!
ただ、怪しい雰囲気を持った人間にはくれぐれも注意が必要なことは、言うまでもない。
ガイドブックに書いてあった通り、運転手に直接、切符代金を支払った。
あまりに長時間の旅のため身体が疲れ切った私は、バスの中でこのような思いだった。

俺は、何のためにイタリアまで来たんだ・・・

これが、その時の偽らざる正直な心境だった。
約1時間でサンタ・マリア・ノッヴェラ駅に到着した。
サンタ・マリア・ノッヴェラ駅からホテルまでは、歩いて約3分だった。
サンタ・マリア・ノッヴェラ教会を通り越して、すぐにホテルのネオンが目に入った。
付け焼刃のイタリア語で、「ボレイ・ウナ・カメラ・コン・ウナ・ベッラ・ビスタ」
(眺めのいい部屋を希望します)と、フロントマンに伝えたことが功を奏したのか、
このホテルにしては、眺めのいい部屋を与えてくれたようである(^o^)
バスタブも付いていた(^o^)
ホテルに到着したのが、現地時間の約21時である。
本当に長い1日だった。
おやすみなさい(続く)

テンプレート説明

このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。
背景はスライドショーになっています。

◎プラグイン説明

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。
←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。
このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

※最上部メニューバーの上に隙間がある方

最上部のメニューバーの上にFC2検索バー用のスペースを設けています。
検索バーを表示しない設定にしている方は、cssの最上部メニュー.MegaMenuの中にあるtop:27pxをtop:0に変更してください。

◎背景スライドショー説明

random : 1, // ランダム 0:オフ 1:オン
transition : 1, // 0:単純画像切替 1:フェード 2~7:移動 8:ページ更新毎に切り替え
transition_speed : 1000, // 画像間の切替時間
slide_interval : 3000, // 1枚毎の画像停止時間
slides : [
{ image : '画像URL' } // 画像の追加・削除はここ

★テンプレート名で検索すると、作者のブログにより詳しい説明があるかも知れません。