ルー・リード、ヴェルベッド・アンダーグラウンド - 嘘八百のこの世界

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ルー・リード、ヴェルベッド・アンダーグラウンド カテゴリーの記事

この肉体から俺を解き放ってくれ 俺と一緒に動いているこの大きな塊からこの肉体を遠く離れたところに行かせてくれ LOU REED

「MAGIC AND LOSS」LOU REED


1992年のアルバムである。
ルーの親友であるドク・ポーマス(ブルース歌手)とリタが、二人とも癌で死去したことに触発されたとのことである。私は当初このアルバムがこういった趣旨で作られたことを知らなかったのだが、歌詞の内容を見て、「どう考えても親しい人物の死がテーマになっているな」と感じたのだが、やはり、そういうことだった。
一つのテーマを題材として、これだけ歌詞の世界を膨らませていけるルーという男は、只者ではない。
そして、友人の死にここまで想いを込めることのできるルーという男は、実に優しい人物であるとも感じた。
特に印象に残った曲に、少し触れておく。

「ドリタ」
物語の始まりを知らせるファンファーレのようなインストである。

「ホワッツ・グッド」
「人生はマヨネーズ・ソーダのよう 人生は狭っ苦しい空間のようだし
ベーコンとアイスクリームを合わせたよう それが君のいない人生なんだ」
いかにもルーらしい人生観である。

「パワー・アンド・グローリー」
幻覚性物質を摂取して見た光景を記したような歌詞である。実際にルーは、この光景を見ていたのではないのだろうか。ジミー・スコットのバック・ヴォーカルが効果的である。

「マジシャン」
「この肉体から俺を解き放ってくれ 俺と一緒に動いているこの大きな塊からこの肉体を遠く離れたところに行かせてくれ」と歌う、内省的な曲である。恐らく、友人の癌で思うようにならない身体に対するもどかしい想いを推察して書いたのではないのだろうか。

「スウォード・オブ・ダモクレス」
癌治療のウソを、暗に歌っているような気がする。放射線治療や抗がん剤のウソを、当然、ルーは知っていたと思われる。

「ウォーリア・キング」
本作の中では数少ないロックである。
しかし、その歌詞は単純明快でないことを付け加えておく。








評点:80点

純粋なルーの心の内面に触れることができる貴重な作品 THE VELVET UNDERGROUND

「THE VELVET UNDERGROUND」
THE VELVET UNDERGROUND




ヴェルベット・アンダーグラウンドの1969年の3作目のアルバムである。
ジョン・ケイルの脱退(実質ルーによって解雇された)後の作品であり、このアルバムからが、実質上のルーのソロ活動と言いってもいいかもしれない。全曲、ルー・リード作である。

「キャンディ・セッズ」は、ルーの声にそっくりだが、本作で新加入したダグ・ユールのヴォーカルである。けだるい感じが、いかにもサイケでいい。

「ファット・ゴーズ・オン」は、一転してギター中心のロックである。歌詞は、ドラッグをやってるときの心の情景を歌っているのではないのだろうか?

「ペイル・ブルー・アイズ」は、淡々とした曲調だが、何故かほっとさせられる心境になる不思議なバラードである。

「ジーザス」は、本作のハイライトだろう。「ジーザス、私の居場所を見出してください。私の弱さから抜け出す術を教えてください。何故なら、私はあなたの慈悲からこぼれおちてしまったのだから。ジーザス」という短い歌詞を繰り返す歌である。ルーがキリストに関して歌っている曲は、恐らくこの曲だけではないだろうか。仮にキリスト教が善なる教えであったとしたら、その教えとは程遠い人生を送ったと思われる、ルーの“複雑な心境”が感じられる名曲である。

「ビギニング・トゥ・シー・ザ・ライト」は、「光が見え始めているんだ」と繰り返し歌う曲である。光とは「音楽業界における成功の光」のことを言っているのだろうか? 「イルミナティの光」ではないのだろうか?

「アイム・セット・フリー」は、「俺は自由にされたり束縛されたりしてきた。今俺は自由なのさ。新しい幻影を見つけるための」と歌う。やっと得られた自由も、新しい幻影を見つけるためだとは、なんとも皮肉な歌詞である。これは、当時の偽らざるルーの思いを歌っているなのではないのだろうか?


ライナー・ノーツには「これはルー・リードの贖罪のアルバムだとされた時代があった。今ではとんだお笑いぐさだが」と書かれているが、「ジーザス」あたりの歌詞から出た話であろうが、“お笑いぐさ”であることは間違いないだろう。本作発売後のルーの音楽活動を知っている者からすれば、ルーが少々の事で今までの人生を悔い改め、世のため人のため心を入れ替え、真っ当な人生を歩んでいくことを誓うようなタマではないことは、十分理解しているが(笑) しかし生半可な気持ちで本作を作ったとは私には思えない。当時のルーが真剣に自己の人生という奴に向き合っていたということは、紛れもない事実であるだろう。
そういった意味では、純粋なルーの心の内面に触れることができる貴重な作品である。











評点:80点








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絶対に買ってはいけない(?)アルバム LOU REED

「METAL MACHINE MUSIC」LOU REED


ルー・リードの1975年のアルバムである。
先日1975年のジョージ・ハリソンのアルバム1973年のジョン・レノンのアルバムを紹介したが、同時期にルーは、このようなアルバムを出していました・・・
ルーが亡くなってからルーのミュージシャンとしての偉大さに気づいてアルバムを遡って聴いている私だが、この問題作を聴くか否かは暫く躊躇していた。しかし、聴いた。
問題作とは分かっていたとはいうものの・・・、予想以上にビックリポンだった。
よくもまぁ、こんなアルバムが出せたものだな・・・
音楽業界にはルー・リードのアーティスト生命は絶たれたとする認識が広がり、もう二度とレコードを作ることとはできないだろうと言われた、ということも理解できる。
レコード会社も、よくもまぁ、発売したものだな・・・
ルーの他のアルバムの売上に影響が出ることを考慮して回収まですることになった、ということも理解できる。
世の中には問題作と呼ばれるアルバムは、数多存在している。
例えば、頭脳警察のPANTAが1981年に発表した「KISS」も、その一つである。政治絡みの過激な曲を歌っていた“硬派ロッカー”PANTAが、このアルバムでいきなりスウィート路線を打ち出したのだ。アルバム全体を通して過激な歌詞は全くなく、ラヴソングばかりなのである。当時PANTAは、自身のファンクラブからも「こんなアルバムをPANTAが出す必要性はない」と、批判されたものだ。日頃はブルースやアフリカ系を始めとしたブラックミュージックや洋楽ロックを主に紹介しているソウルマンが、森高千里やキャンディーズを紹介しだしてブーイングの嵐に巻き込まれたようなものである・・・。
誰も聴いてないか(笑)
冗談はさておき、本作の“問題ぶり”は、PANTAが「KISS」を出した程度のレベルの問題ではないのだ。はっきり言って、これは音楽ではない。明らかにノイズだ。
つまらない音楽を「ノイズだ」と言っているのではないのである。本当にノイズなのだ。
にもかかわらず、アマゾンのカスタマーレビューを見ると、けっこう「高評価」している人が多いことに驚かされる。「ルーには常人離れした特別な音楽感覚が存在しているのだ」などと無理やり思い込もうとしても無理がある。私に「宇宙人的感覚」が備わっていれば、本作を高評価したかもしれないが、どこにでもいる“平凡な地球人感覚”しか持ち合わせていない私には、本作は単なるノイズとしか聴こえてこないのだ。
何回か“頑張って”聴き返せば、ひょっとして“新たな世界”が見えてくるのかもしれないが、今の私にはこのアルバムを複数回聴き返す根性も備わっていないようである。

ルーはライナー・ノーツで自ら本作のことを語っているので、一部抜粋し、私のコメント(青字)も記しておく。


「これは、私のいうところの“真”のロック~“本物”である。私の知る限り、このレコードを最初から最後まで聴き通した人はいない。自分自身を含めてである。」
「“真”のロック=最初から最後まで聴き通した人はいない(自分自身を含めて)」というのは、矛盾しているように感じるが・・・
作り手である自分自身が最後まで聴き通していない作品を、“真”のロックとは呼べないのではないのでしょうか・・・


「大半の人たちはこのアルバムを嫌う。そして私は、そんな人たちを責めようとはまったく思わない。これはあなた方のために作られたわけではない。何らかの目的があるとすれば、私自身が聴くために作られたのである。誤解は免れない。これは消費されるべき力(実に陳腐な言い回しだ)だ。」
「私自身が聴くために作られたアルバム」を世間一般に販売するのは、問題があるような気もしますが・・・

「第一次世界大戦、第二次世界大戦、第三次世界大戦を始めたのは私たちではないし、ピッグズ湾事件が起きたのも、私たちのせいではない。いつだって同じだ。責任を免れるために言っておかなければならない。神経の集まるところを刺激すると、好ましくない影響が表れることもある。レコードは、何よりもまず聴き手を興奮させなければならないが、痙攣や精神的な障害などを引き起こすこともある。私の一週間はあなた方の一年に優る。」
「戦争が「彼ら」によって創作された八百長である」ことを、ルーは言ってます。一九七五年の段階で、第三次世界大戦に触れてるのが気になりますが・・・
「私の一週間はあなた方の一年に優る」という発言は、ルーの他のアルバムでの発言なら許されるでしょうが、本作のライナーに載せる言葉ではありませんナ。


何はともあれ“史上最大の絶対に聴いてはいけないアルバム”を「本当に」発表してしまったルー・リードの勇気(厚顔無恥が正解かもしれない)に、アッパレを差し上げたい。



評点:0点

絶対に買ってはいけません(笑)↓










AIDSにワクチンが必要なように どこかにAIDSを必要とするワクチンがある LOU REED

「SET THE TWILIGHT REELING」LOU REED


ルー・リードの1996年のアルバムである。

「エッグ・クリーム」は、パンクでノイジーな曲である。「ユー・スクリーム アイ・スクリーム」という歌詞が印象的だ。ひょっとしてルーは、榊原郁恵の「夏のお嬢さん」を聴いていたのだろうか?(笑)

「NYC マン」は、一転してスローな語り調の曲である。「ニューヨーク・シティ、愛してるぜ 瞬きしている間に、俺はおさらばさ この大きな街ではちっぽけな砂粒なんだから」と、歌う。

「トレード・イン」は、徐々に盛り上がっていくドラマティックな曲である。「どうしてこんな間違いをしてしまったんだろう それが本当などと、どうして信じてしまったんだろう 阿保に育てられた子供 そしてその阿保がお前になる どうして映画を信じることができたのか なぜ本を信じることができたのか」と、歌う。ルーは「嘘八百のこの世界」を理解していた。

「フーキーウーキー」は、痛快なロックンロールだ。「化学汚染された空の中」という歌詞が、繰り返し使用されている。これは、明らかにケムトレイルのことを歌っている。

「プロポジション」は、淡々とした曲である。「いかなる戦争に於いても北は南を必用とし」という歌詞は、「戦争するのには敵が必要だ」と、歌っているのである。はい、八百長戦争のことです。「AIDSにワクチンが必要なように どこかにAIDSを必要とするワクチンがある」という歌詞は、「AIDSもワクチンも「彼ら」が生みだした“人口削減計画のツールだ”」ということを歌っているのだろう。全てが“マッチポンプ”なのだ。

「アドヴェンチュアラー」は、ギター・リフが印象的なロックンロールである。冒険家を讃える歌詞だが、「ルーよ、他の誰よりもあなたこそが、讃えられるべき冒険家であった」と、私は言いたい。

「リップタイド」は、ノイジーで、クレイジーで、かつ詩的な曲である。

取り立てて際立ったメロディーラインを持った曲がないため、正直言って地味な印象は否めないが、ルーの内に秘めたメッセージが感じられるアルバムである。
ただ大多数のルーのファンは、ルーが伝えようとしていたことを理解できていないだろう。
ルーは明らかにこの世界の真実を理解していたし、それを訴えようとしていた数少ないミュージシャンであった。
「音楽」と「この世界の真実」、この二つに関心を持ち、その真実を見抜く力を持たない限り、ルー・リードが伝えようとしていた「本当のメッセージ」は、決して伝わらないだろう。










評点:70点






「俺は誰なのかと時々思う」「呼吸するために空気が必要であることを憎悪する」LOU REED

「The Raven」LOU REED



エクスタシー」に次ぐ、2003年のルー・リードのアルバムである。
エドガー・アラン・ポーの人生をテーマにした作品であり、ルー以外の俳優やミュージシャンも参加しており、実際の歌劇は演じられなかったようだが、音楽アルバムというよりも「エドガー・アラン・ポーに関する歌劇の舞台音楽」といった方が正解なのかもしれない。
アルバム内でルーは自ら手記を掲載しているので、その一部を紹介する。

「私もポーを何度も読み返し、何度も書き換えては、同じ疑問をぶつけてきた。自分は誰なのだ。なぜ禁じられた方向へ引きずられていくのか、と。幾度となく、そんな苦悩と格闘しつつ、破壊への衝動、自分を苦しめたいという思いにさいなまれてきた」

「禁じられた方向」というのは、特殊な性嗜好のことを言っているのではないだろうか。
ルーの性嗜好ついては前にも書いたが、真偽のほどは不明だが、エドガー・アラン・ポーについてもそういった嗜好があったという話も耳にする。
詩人、小説家としての面はもちろんだが、そういった内的な面も併せて、ルーはポーに魅かれたのではないだろうか。
私はポーの詩や小説を読んだことがないので彼のことはよく分からないが、ルーはポーのことを、分野は違うとはいえ同じく卓越した才能を持ち合わせた表現者として、また、ルーと同様の“問い”を持ち続けた人物として、共感を覚えたのではないだろうか。
本作はルー以外の俳優による朗読も含まれており、ルーの単独アルバムというよりも、「ルーが監督・主演を務めたロック歌劇」としては秀逸な内容であることは間違いない。しかし、正直言って、音楽作品としては手放しに評価できる内容とは感じられなかった。
ルーは「自分が産み出した作品の中でも最高峰のものだ」と語っているらしいが、これは「ミュージシャン・ルー・リード」というよりも、「芸術家ルー・リード」としての「芸術作品」として、本作を捉えたルーの発言ではないか、と感じる。

私の関心事である音楽面において、特に印象に残った曲を紹介する。
オープニングのインスト曲である「オーヴァーチュア」からドラマチックなロックンロールの「エドガー・アラン・ポー」につながる冒頭のノリは、最高である。
次に、一転してスローな語り調の「コール・オン・ミー」も、味わい深い。
「ギルティー」は、オーネット・コールマンのアヴァンギャルドなサックスが炸裂している。
「ホップ・フロッグ」は、あのデヴィッド・ボウイが歌っている。短い曲だが、「俺は跳ぶカエル」と歌っている。アリゲーターやらカエルやら、ボウイは謎の人物である・・・。
「フー・アム・アイ?」は、本作のハイライトである。「俺は誰なのかと時々思う」「呼吸するために空気が必要であることを憎悪する」「肉体を離れ 自由になりたい」「お前は生命の神秘を解き明かしたいのだ 誰かの喉もとを切り裂いたり 心臓を取り出すことによって」と歌う、実に、鬼気迫るルーの思いが感じられる。

ルーは、限られた自分の生命の中で、「何故に自分という人間が存在しているのだろう」「この世界は誰が何のために創ったのだろう」といった、決して簡単には回答を得ることのできない“問い”を、追及したミュージシャンであったようだ。
恐らく、エドガー・アラン・ポーも同様にそのような究極の“問い”を追求した人物であったと、ルーは考えていたに違いない。
私はこういった“問い”を抱えた人間に、人間としての魅力を感じる。
アンパンマンの歌で「何のために生まれて 何をして生きるのか 答えられないなんて そんなのは嫌だ」という歌詞を書いた、やなせたかしも、きっと同様の“問い”を抱えていたのだろう。
私の大好きなロック歌手・パンタも、似通った“問い”を抱えていた人物である。
頭脳警察でデビューした(まだ22歳)頃、「それでも私は」という曲の中で、「俺には分からねえ 生きるということが」「愛と平和を叫ぶのが人生か」「真実を求め続けることが人生か」「暖かい加護に包まれた幸せな家庭が人生か」「お金をたくさん持ったエライ奴になるのが人生か」と、パンタは歌った。
こういった“問い”を追及することは、ここ数年の軽薄な時代においては、「ダサイ」(今はこの言葉も死語になりつつあるが)又は「ウザイ」と、判断されがちである。
「この世界の真実」「自分の人生の目的」「何のために自分が存在しているのか」、こういった一筋縄では解決できない“問い”を抱える人間は社会の隅に追いやられ、その日その日をなんとなく暮らすことが「カッコイイ」とされるのである。
このクレイジー・ワールドにおいては・・・。
こういった物事を真剣に考えることから目を背けた“空気のような感性”が主流になるように仕向けたのも、「彼ら」であろう。

物事を真剣に考えるんじゃない。
とりあえず目先の事だけを考えておけば、それでいいんだ!


あなたが大学入学前の学生なら受験。何のために受験勉強をするのかなんて考える必要はない。どの高校、大学に入学するか、それだけを考えておけ。
あなたが大学生なら就職。どういった企業に就職したら満足できる給料がもらえるか、それなりの“働きがい”を感じることができるか、それだけを考えておけ。
あなたが社会人なら出世。より多くの給料をもらえるように、周りの人間よりも上の地位に立つことで優越感に浸れるように、それだけを考えておけ。
あなたが定年前の社会人なら老後の楽しみ。人生の大半を会社に縛られてきたのだから、せめて老後ぐらいは“余生が楽しめる”ように、それだけを考えておけ。

「この世界の真実」「自分の人生の目的」「何のために自分が存在しているのか」なんてことは、奴隷であるお前らが、考える必要はないのだ!

このような「彼ら」に用意された奴隷人生に疑問を感じ、限られた人生の中で本当に重要な“問い”を追求し続けた人間に、私は拍手を送りたい。
ルー・リードは、その一人であった。














評点:70点

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