アフリカンミュージック - 嘘八百のこの世界
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ソウルマンの娘のマロンです。お散歩大好きです。 

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「Bamako」Bela Fleck & Toumani Diabate

今日の1曲は、ベラ・フレック&トゥマニ・ジャバテの「Bamako」です。









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<モリ・カンテ追悼>「Yeke Yeke」「Moko 」「Inch' Allah 」「Oh Oh Oh」「Nafiya」「Les Grands Hommes」Mory Kante

モリ・カンテが亡くなりました。70歳でした。


https://www.musiclifeclub.com/news/20200526_05.html
「イェケ・イェケ」のヒットで知られるモリ・カンテが70歳で死去

1987年のヒット曲「イェケ・イェケ」で知られるアフリカン・ミュージシャンのモリ・カンテ(Mory Kante)が5月22日、ギニアの病院で亡くなりました。享年70。

息子のバルラ・カンテ(Balla Kante)がAFP通信に語ったところによると、モリには慢性疾患があり、頻繁にフランスまで治療に通っていたものの、新型コロナの影響で通院できなくなり、急速に体調が悪化したそうです。しかしながら、以前にはもっと体調が悪くなった時もあったため、急逝に驚いているとのこと。

ギニアで最も有名なグリオ(griot =部族の歴史を伝承する語り部)一家に生まれたモリは、ギターやコラ(kora)、バラフォン(balafon)も演奏するシンガーでした。

西アフリカのマリ共和国で青春時代を過ごしたモリは、70年代初期にマリの人気歌手サリフ・ケイタ(Salif Keita)が在籍していたレイル・バンド(Rail Band)に加入、80年代にバンドを脱退した後、伝統的なマンディンゴ族の音楽と都会的なグルーヴを融合させることで西アフリカの音楽を革命的に変えました。

1987年に発表したアップビート・シングル「Yeke Yeke(イェケ・イェケ)」がヨーロッパで大ヒットし、この曲を収録したアルバム『Akwaba Beach』は、アフリカ音楽のベストセラー・アルバムの一つになりました。




「Yeke Yeke」「Moko 」「Inch' Allah 」「Oh Oh Oh」「Nafiya」「Les Grands Hommes」の6曲で、追悼します。
「Yeke Yeke」は超ノリノリですね。「ヤケクソ」ではありません(笑)
「Les Grands Hommes」ではミッテランが客席にいますね。



















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<トニー・アレン追悼>「Jeun Ko Ku (Chop'N Quench)」Fela Kuti and Afrika 70「Kindness」Tony Allen「Quimbara」AngeliqueKidjo「Slow Bones」Tony Allen & Hugh Masekela「African Man」Tony Allen「 Moanin」Tony Allen

「“アフロビートの発明者”であるトニー・アレン追悼特集」


“アフロビートの発明者”であるトニー・アレンが、4月30日に亡くなった。79歳だった。

https://www.udiscovermusic.jp/news/tony-allen-afrobeat-dead-79
“アフロビート”を発明して発展させたトニー・アレン(Tony Allen)逝去。その半生を辿る
5月 4, 2020
ナイジェリアを代表するドラマーであり、フェラ・クティとともに“アフロビート”を発明して発展させたトニー・アレン(Tony Allen)が、2020年4月30日にパリで亡くなったことが彼のマネージャーによって伝えられた。79歳だった。

マネージャーのエリック・トロセットは、トニー・アレンが心臓発作で死亡したことを米公共放送NPRラジオに語ったが、彼の死は新型コロナウイルスによるものではないと強調した。
「彼の体調はよかったんです」とトロセットはガーディアン紙にこう語った。「本当に突然でした。私はその日の午後1時に彼と話をしていたのに、その2時間後に彼は体調を崩してポンピドゥー病院に搬送され、そこで亡くなりました」
トニー・アレンは、1960~70年代にフェラ・クティのバンド「フェラ・クティ&アフリカ70」のドラマー兼音楽監督を務めていた。フェラ・クティは、1997年に亡くなっているが生前には「トニー・アレンがいなければ、アフロビートは存在しない」と語っていた。アフロビートは、西アフリカでフジ(Fuji)と呼ばれる音楽の要素をアメリカのファンクやジャズと融合させたものだ。

トニー・アレンは、ブライアン・イーノから「おそらく史上最高のドラマー」と絶賛されている。トニー・アレンのキャリアと人生は、2013年に出版された自伝『Tony Allen: An Autobiography of the Master Drummer of Afrobeat』に詳しく記されている。
ナイジェリアの首都だったラゴスで1940年に生まれたトニー・アレンは、18歳の時に独学でドラムを学んだ。彼は、アメリカのジャズドラマー、アート・ブレイキーとマックス・ローチの演奏を注意深く聞くことで技術を身につけたと生前語っていた。
2002年の『The Wire』のインタビューで、トニー・アレンはアート・ブレイキーについて次のように語っている。
「彼は、私のアイドルであり、スーパーマンなんです。アート・ブレイキーの演奏は一人の人間が演奏できるようなものではありません。彼のジャズには、アフリカンなフレージング、彼の独特の様式があるんです。そして、シンバルのリズムに乗っている時の彼は本当に真剣で、何かを感じさせるんです」
その後、トニー・アレンはアフロビート特有の対位法的なリズムを生み出し、手足のそれぞれで4つの異なるビートを演奏できると言われていた。
「別に多くのプレイをしたいわけではないし、事を荒立てたくないんです」と彼は『The Wire』に自身のスタイルについて語っている。「多くのドラマーは大げさにして、見せびらかすのが好きなんです。でも、それはすごい簡単。私が言いたいのはそういうことじゃない。シンプルでありながらも、力強いものを作ればいいんです」。
トニー・アレンがフェラ・クティと出会ったのは1964年のことで、彼らはフェラ・クティ&アフリカ70として『Gentleman』『Confusion』『Zombie』といった数十枚のアルバムを残した。その後、1979年にトニーは印税をめぐるバンドリーダーとの不和が報道された後、バンドを脱退。フェラ・クティはトニーの穴を埋めるために4人ものドラマーを必要としていたほどだった。
トニー・アレンは1984年にロンドンに移住し、その後にはパリに移り住んだ。長い音楽キャリアの中で多くのアーティストとのコラボレーションを行い、デーモン・アルバーン、ポール・サイモン、サイモン・トンらと結成したバンド、ザ・グッド,ザ・バッド・アンド・ザ・クイーンではドラマーを務めていた。また、晩年には名門ジャズ・レーベルのブルーノートから『A Tribute To Art Blakey & The Jazz Messengers』や『The Source』など、評価の高いタイトルをリリースしている。

マネージャーのエリック・トロセットはFacebookの投稿で「あなたの目には見えないものが見えていた」とコメントを投稿している。
ロンドンでトニー・アレンと一緒に過ごしたこともあるレッド・ホット・チリ・ペッパーズのベーシストであるフリーは、トニーについて「この地球上で最も偉大なドラマーの一人」と呼び、彼のことを「ヒーロー」と表現していた。そして彼の訃報を受けインスタグラムで下記のように投稿している。
「とてもワイルドな人で、重厚で親切で自由な心を持ち、唯一無二のグルーヴを持っている。フェラ・クティがアフロビートを発明したのではない、フェラ・クティとトニーが一緒に生み出したのだ。トニー・アレンがいなければアフロビートは存在しない
ベナンのシンガー、アンジェリーク・キジョーは、BBCの番組にてトニー・アレンの死と、今年3月にカメルーンの伝説的サックス奏者マヌ・ディバンゴが亡くなったことの両方が彼女にとって大きな痛みとなっていると語った。
「彼らから学び思い出すことは、音楽の会話、笑ったこと、一緒に喜んだこと。彼らは逝ってしまったけど、私の心の中からは消えてはいません」と語っており、インスタグラムでは「彼がアフリカ音楽の歴史を変えた」とコメントを寄せている。

ガーナを代表するのラッパー、M.anifestはトニー・アレンが「アフロビートにビートを注入してくた」とツイートし、「静かなる伝説になってくれた、その生涯に感謝している」と追悼している。




今週も追悼特集というわけにはいかないので、
今日でまとめてトニー・アレンを追悼したいと思います。
まずは、フェラ・クティ&アフリカ70の「Jeun Ko Ku (Chop'N Quench)」です。
これがトニー・アレンがフェラ・クティともに発明したアフロビートです。



トニー・アレンの「Kindness」です。




トニーがアンジェリーク・キジョのアルバム「Celia」に参加した曲で、「Quimbara」です。


トニー・アレン&ヒューマ・セケラの「Slow Bones」です。


トニー・アレンの「African Man」です。


最後に、トニーが大好きだったアート・ブレーキーをトリビュートした「Moanin」です。








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「Kelemagny」Jacky Molard Quartet & Foune Diarra Trio

今日の1曲は、ジャッキー・モラール・カルテット・アンド・フネ・ジャラ・トリオの「Kelemagny」です。







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「Full Up」「Goro City」「Tek Time」Manu Dibango

今日は、3曲。
マヌ・ディバンゴ追悼第二弾で、「Full Up」「Goro City」「Tek Time」です。













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