ウム・サンガレ - 嘘八百のこの世界
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ソウルマンの娘のマロンです。お散歩大好きです。 

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ウム・サンガレ カテゴリーの記事

「Seya」「Yala」Oumou Sangare

今日は、2曲。
2009年のケンブリッジフォークフェスティバルから、ウム・サンガレの「Seya」「Yala」です。





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「Fallin'」Oumou Sangare and Alicia Keys

今日の1曲は、ウム・サンガレ&アリシア・キーズの「Fallin'」です。





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「ますます個人主義になる世界の中で 私たちは生きていく 自己中心的な世界 世界の未来を私は心配している」byウム・サンガレ

「WOROTAN」OUMOU SANGARE


1996年にリリースされたウム・サンガレの3作目のアルバムである。
本作は対訳が記されており、分かりやすい。
全作ウムの自作曲で構成されている。
個別の曲に触れておく。

「Kum Fe Ko」
「何もかも不確かなこの世の中 将来どうなるかなんてわからない」と歌う。
素朴で淡々とした曲調。

「N’Guatu」
都会に富を求めて田舎を捨てるマリの若者に向けて、畑仕事の重要性を説く。
ウムとバックコーラスの掛け合いがいい。


「Baba」
タイトルは「父親」の意味だが、男性に向けて歌っている。
フルートがいい。これまたウムとバックコーラスの掛け合いがいい。

「Worotan」
マリでは結婚に際して花婿の親は花嫁の代金(結納?)としてコーラナッツを10個支払う習慣があるらしい。
「たった10個のコーラナッツで花嫁は奴隷になる」とマリの婚姻制度を批判している。


「Denw」
タイトルは「子供」の意味だ。マリでは子供のいない女性は不名誉な存在と見做されるらしく、「子供のいない女が魔女か泥棒のように扱われる社会だ」と憂いている。


「N’Diya Ni」
タイトルは「恋人」の意味だ。
パーカッションが効果的である。

「Tiebaw」
タイトルは「大男」の意味だが、自分を大物と勘違いしている男たちへの皮肉が込められている。併せて一夫多妻制を批判している。「アラヤンバラーン」をくり返す(笑)


「Sabu」
タイトルは「秘密」の意味だ。
「すべてはわけがあって存在している」と歌う。
素朴でリズミカルないい曲である。


「Fantan Ni Mone」
貧富の差の不公平や生まれた家系ゆえの職業選択の不公平を歌う。
しかし「どんな金持ちでも貧乏人でも ある日死とともにすべて終わる」と歌う。
パーカッションがいい。ウムとバックコーラスの掛け合いがいい。

「Djorolen」
タイトルは「苦悩」の意味だ。
おごそかで荘厳な雰囲気が漂う名曲である。本作のラストに相応しい。
「ますます個人主義になる世界の中で 私たちは生きていく 自己中心的な世界 世界の未来を私は心配している」と歌う。





ウム・サンガレのアルバムに、はずれはない。
「素晴らしい」の一言に尽きる。
もっともっとたくさんの日本人に、是非聴いてもらいたい。



評点:100点




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「偽善者が溢れている現在の人類について不安を感じる」byウム・サンガレ

「MOGOYA」OUMOU SANGARE


前作の「SEYA」から8年ぶりとなる2017年に発売された、ウム・サンガレのアルバムである。前作同様本作も日本盤であるが、前作には記載されていなかった歌詞の説明が解説のような形で書かれている。個別の曲に触れておく。


「BENA BENA(恩知らず)」
感謝の念を持たない人々について歌っている。
演奏とウムの歌声がマッチしている。


「YERE FAGA(自殺)」
「苦しみや痛みは人生の一部よ」と、自殺をしないよう諭している。
トニー・アレンのドラムが印象的である。



「FADJAMOU(苗字)」
マリの文化において非常に重要な側面である苗字について歌っている。
ドラムを中心とした、にぎやかな曲である。

「MALI NIALE(美しきマリ)」
一転して落ち着いた曲調である。
「人生は短い、だからこそ最大限楽しもう」と歌う。その通りだ。


「KAMELEMBA(女たらし)」
打楽器中心のノリノリの曲だ。
男性には耳の痛そうな歌詞のようなので、対訳がない方が都合いいかもしれない(笑)


「DJOUKOUROU(サポート)」
サポートしてくれている相手のことを称えている曲である。
ウムとバックコーラスの息もピッタリだ。ギターがちょいとメタルっぽい(笑)

「KOUNKOUN(悪いアワ粒)」
イントロの弦楽器(コラ?)からドラムに移行するところが実によくできている。
噂や嘘を広めることをやめるよう求めている歌である。
政治家・マスゴミ等の嘘つき詐欺師どもに聴かせてやりたいものだ。

「MINATA WARABA(雌ライオンのミナタ)
シンガーである母のことを雌ライオンになぞらえ、比べようもないほど素晴らしい心を持った偉大なシンガーだと歌っている。
母に対する感謝の念を持ち続けている、ウムの人柄の良さが感じられる。


「MOGOYA(今日の人々)」
「偽善者が溢れている現在の人類について不安を感じる」と、歌う。
当時も酷かっただろうが、ウムは今日のコロナ詐欺を予見していたのかもしれない。





ほとんどの曲をウムが書いている。
ウムはシンガーとしてだけでなく、ソングライターとしても超一流である。
バックを務めるミュージシャンも、超一流である。
本作で気になったことは、日本盤で歌詞の対訳説明が記載されていたことは嬉しいのだが、前作には記載されていたバックのミュージシャンの名前や楽器名が全く記載されていないことである。
ウムには全く責任のないことなのだが、レコード会社はそのあたりをもうちょっと考えてもらいたいものである。
我々音楽ファンが残念に思うだけでなく、これだけの演奏を聴かせてくれているミュージシャンに対しても失礼であるからだ。



評点:100点




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アフリカ伝統音楽と日本の民謡は繋がっていることを証明するミュージシャン(?)、ウム・サンガレ

「SEYA(セヤ~喜び)」OUMOU SAGGARE

ウム・サンガレの2009年のアルバムである。
今気づいたのだが、私はこれまでウム・サンガレについてほとんど触れていなかったようである。よって、ウム・サンガレについて少しだけ紹介しておく。

1969年生まれで、マリの南西部のワスル地方生まれのミュージシャンである。
ウムが2歳の時に両親が離婚し、ウムの母親はウムを含めて6人の子供を一人で育てた。
ウムの母親は、結婚式や洗礼の儀式で歌うことを仕事にしていた。
ウムも5歳から母親と一緒に仕事として歌うようになり、13歳には家族の収入を支えるようになっていた。
18歳の時にスカウトされ、ヨーロッパツアーにも参加するようになった。
1990年にマリでデビューアルバム「MOUSSOLOU(ムソル)」をリリースし、そのカセットテープは1カ月で約20万本を売り上げた。
1991年にワールド・サーキットの主宰者ニック・ゴールドとアリ・ファルカ・トゥーレを通してバマコで会い、ライセンス契約を結び、「MOUSSOLOU(ムソル)」は世界発売された。今ではアフリカを代表する歌手である。

曲について、少しだけ触れておく。

「Sounsoumba(ミツバチの巣箱での幸せを)」
ノリノリである。フルートとバラフォンとパーカッションがいい。


「Sukunyali(イチジクの木の下の山羊)」
バセク・クヤテとアンダラ・クヤテのンゴーニがいい。
「せーわ。せーわ」と歌うが、意味不明(笑)


「Kounadya(良き星のもとに生まれた人々は)」
8分の6拍子のリズムが心地よい。
ハモンドオルガンもいい。
タイトルの「こなでぃあ」と、くり返し歌う。


「Wele Wele Wintou(鐘を鳴らせ)」
ノリノリである。パーカッションがいい。サックスも効果的である。
ウムとバックヴォーカルとの掛け合いが絶妙である。


「Senkele te sira(誰もが誰かに愛されている)」
ジェリマディ・トゥンカラのギターを中心とした、ゆったりとした曲である。

「Seya(セヤ~喜び)」
ウムが途中で笑うところが面白い。マリの聴衆との交流を歌っている。
これまたウムとバックヴォーカルとの掛け合いが絶妙である。

「Iyo Djeli(年老いた女性グリオー)」
ゆったりしているようで、徐々に迫ってくる曲。

「Koroko(エンターテイナー)」
トーキング・ドラムとセネガルの打楽器サパールが使われている。
ジェリマディ・トゥンカラのギターがいい。ドラムはなんと、トニー・アレンが参加している。
これまたウムとバックヴォーカルとの掛け合いが絶妙だが、私には「生卵」と聞こえる(笑)






全編を通してウムのヴォーカルが素晴らしすぎる。
彼女は現代アフリカの歌姫である。
ワスル地方の伝統音楽と現代音楽を組み合わせた本作は、マジでヤバイ(笑)
ありきたりの西洋音楽を聴いている場合じゃない!
と言いながらも、そちらも十分聴いているが(笑)
そして、今回も改めて感じた。最早“悟りの境地”と言ってもいいだろう。

アフリカ伝統音楽と日本の民謡は繋がっている。

本作も、素人のど自慢(?)で「10番、津軽じょんがら節」と紹介されて聴いても違和感がないかもしれない(笑)
素人のど自慢とは現代アフリカの歌姫であるウム・サンガレには超失礼だろうが、私は歌の上手い下手を言っているのではなく、「ウムの歌い方が日本の民謡の歌い方に瓜二つだ」と主張しているのである。
同じようなことを以前アリ・ファルカ・トゥーレのCDレビューでも書いたが、これは「偶然」とはとても思えない。
太古の時代(?)かいつかは分からないが、アフリカの人々(特にマリ)と日本人は繋がっていたに違いない。
勿論肌の色は全然違うが、アフリカ人と日本人は同じルーツを持っているのでは?
何らかの文化交流があったとしか思えない。
言葉の発音も、とても似ている。
彼女を含めてアフリカのミュージシャンが発する言葉は日本語のように聞こえるのだ。
母音で構成された言葉なのである。
こんなこと言ってるのは世界でも私一人だけだと思うが、誰か調べてくれないかなとも思う。もし証明されたら、それこそ大発見となるだろう。
私はめんどくさがりなので、何もするつもりはないが(笑)

この話はさておき、ウム・サンガレは世界でも数少ない「本物のシンガー」です。
アフリカ伝統音楽と現代音楽を融合させた彼女の音楽は、唯一無二の極上サウンドです。
ただ、日本語対訳がないのがとても残念です。
最新版も今日注文しましたが、輸入盤のみなのがちょいと残念です。
レコード会社の方も何かと大変だとは思いますが、その辺を何とかしてもらえたらと思います。ウム・サンガレのアルバムの良さをきちんと宣伝し、歌詞対訳が記された日本盤アルバムを発売したら、日本にもファンがどんどん増えると私は思います。
「サブスク」なんて聴いてる場合じゃないことに気づくと思います(笑)


評点:100点




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